4.『カフェ・ショーブランで昼食を』part 8.
「ヴィルジェニー・イレイス……あった! えーと……248ページ……これか?」
王都も王城も真っ黒焦げになってしまい、貴重な本も魔国貴族名鑑みたいに曰く付きの代物以外は灰になってしまった今、私はファレリ島の図書塔で調べ物をしていた。
フワフワちゃんが王族パワーで竜車を出してくれたので、プライベートジェット的な感覚で日帰り出張だ。
王城の竜舎も半焼してたらしいんだけど、竜たちが自己防衛してくれたおかげでほぼ無傷だったらしい。
その代わり、というわけじゃないけど、魔車は全滅した。
魔車に使われてる素材は、装飾は豪華だったけど普通の木だったらしい。竜車の素材は、なんか知らないけど燃えない特殊素材だったみたいで、その分重くて普通の羽魔には引けない代物なんだって。
見た目的には、どっちも豪華で私には違いがわからなかったけど、普通のタクシーと装甲車くらいに強度が違ったらしい。
だから竜車は王族が一緒の時じゃないと使えないって話だったのか……
魔国に来る最初の時から竜車移動だったので、私の感覚はバグっていたようだ。
魔車は車感覚で、竜車は飛行機感覚だった。
現実世界では、どっちも一般人が使えるものだったので、まさか竜車がエアフォースワン的なヤバい乗り物だとは思わなかったのだ。
「しかし、歴史上の人物がまだ生きているとは……魔族並みの人間もいるものだな」
本になっちゃったファレリ島代官のセナイレン・ロージ卿は、私の調べ物に付き合ってくれている。奥様のピオナさんとも相変わらずの仲の良さで、おしどり夫婦で二人三脚といった感じらしい。
今現在セナイレン本を持つ文官さんは、なんとお二人の息子さんのサングレン君。先月試験に合格して、正式にファレリ島配属になったんだって。
割とホワイトな魔国の文官職は、よっぽど問題がない限り希望申請が通るのだとか。サングレン君は、騎士団に憧れて剣の修行をしてたんだけど、お父さんが本になっちゃってからというもの、文官になるべくイチから勉強して進路変更をしたらしい。
ちなみに、弟のサンマルカ君は、図書塔で司書をやっている。
以前はセナイレン卿がおひとりで単身赴任のファレリ島代官、ご家族は王都でタウンハウスにいるっていう、一般的な貴族生活だったけど、今ではロージ家が全員揃ってファレリ島暮らしだ。ファレリ島が経済特区になって、いろいろ開発され、居住区も充実してきたので住みやすいってのもあるみたいだけど、やっぱり一番はお父さんを心配してのことみたい。
「ミドヴェルト様には、大変お世話になったと母から聞いております」
急な訪問にも関わらず、一家揃ってご挨拶していただき、調べ物感覚で出向いた私はちょっと恐縮してしまった。
お兄さんのサングレン君は、代官本持ち運び係という立場上、挨拶以外はほとんど喋らず職務に徹している。
そんでもって、今やりとりしてるのは、主にこの図書塔司書のサンマルカ君。
資料集めには代官秘書のピオナさんも参加してくれて、いい香りのお茶まで用意してくれた。
「それにしても、王都の惨状を聞くにつけ、なんとも恐ろしいことですね」
ピオナさんは、チュレア様の問題に触れないよう、無難な感想を述べていた。
ファレリ島に移住しないまま王都に住んでたら、ロージ家の皆さんも今頃どうなっていたかわからない。
もし街の中心部にいれば、確実に黒ガラス化していただろう。
「こちらの図書塔が無事で、本当に助かりました」
私の無難な返しにも、にこやかに答えてくれる。
「ミドヴェルト様もご無事で良かったです」
「いや〜たまたま火山対策に行ってただけで……」
「いえ、女神様のお導きでしょう。安らぎと感謝を」
「え……」
女神様って?
ピオナさんの言い方に引っ掛かりを感じて、資料から顔を上げると、うっとりとした顔でこちらを見る彼女と目が合った。
「やはりそっくりですね」
まさか……ここにもあるのか? あのエセ教会が……
「えっと……念のためお聞きしますが、何にそっくりと……?」
「女神様ですよ。王都の大司教様から祭壇に設置する女神像が贈られまして、このファレリ島にも小さいながら聖堂ができたのです」
アレが、ここに……!?
「おい、こっちもヴィルジェニーイレイスの本を見つけたぞ」
「そそそ、そんなことより大変ですよ!!」
「あ? そんなことって、お前な……」
慌てて資料を見つけてきてくれた勇者様に取りすがると、私はベアトゥス様を本棚の陰に押し込んだ。
「おいまさかこんなところで……」
「ウェスパシア教の分祀がとうとうこの楽園にも……!」
司書さんに気を使って、一応小声でまくし立ててみたけど、勇者様のひと言で私の頭の何かがぶっ飛んだ。
「……ああ、女神像が届いた件か」
「え? ちょっと! 黒幕はベアトゥス様ですか!? 何やってくれてんですか!!」
「いや、ファレリ島の開発に貢献したという理由でお前の銅像を建てたいという話を聞いたのでな、それなら良いのがあるぞと……」
「なんでよりによってアレを!? 恥ずかし過ぎるのでやめて欲しいんですけどぉ!!」
「まあ落ち着け、実はさっき見物してきたんだが、なかなか良い出来だったぞ」
「ぎゃー! もうホントにやめてって言ってるのにぃ!! ベアトゥス様のバカァ!!」
「すまんすまん、だが許してやれ、悪気はないのだ……ここは図書塔だぞ、静かにしないとだろ? しー……落ち着け、な?」
「もう嫌! 文句言ってやる! あの極悪ツノエルフぅ!! 帰還魔法発動!」
「あ、おい! やめ……」
◇◆◇・・・◇◆◇・・・◇◆◇
勢い余って帰還魔法を使った私は、次の瞬間、ベアトゥス様と一緒に王都に戻ってしまっていた。
「あ……」
「はあ……やっちまったな……」
誰もいない教会の真ん中に瞬間移動して、はじめて状況のヤバさに冷静になる。
目の前の勇者様に差すステンドグラスのカラフルな光が、完全に王都の教会感を醸し出している。
「ど、どうしましょう……わ、私……フワフワちゃんを置いてきちゃった……」
「まあ、やっちまったことは仕方ねえだろ。向こうには竜車もあるし、問題はないはずだ」
図書塔で本棚に体を押し付けていた姿勢のまま、広い場所に瞬間移動してしまったので、私が勇者様を押し倒したみたいになってる。いや、それはいいとして……
「でもでも……! 私、王子殿下の教育係なのに……わざわざ無理言って竜車も出してもらったのに……」
「そうだな。だが、お前がこんなに取り乱すとは思わなかった。俺も悪かった」
いくら焦ってパニック起こしたとはいえ、こんな失態は初めてかも知んない……
素直に謝ってくれるベアトゥス様が、妙に大人に見えて、自分の情けなさが際立つ。私の方が年上なのに……
「ピオナさんに……本も探してもらってたのに……」
「そうだな。俺もいい本を見つけたのだ。お前に見せたかった」
サイテー……最低だな私。皆んなに迷惑かけて……バカみたいに大騒ぎして……!
「も、戻らないと……なんとかして……ファレリ島に!!」
「だがどうやって戻る? まずは王城の会議室に行って……」
そうなんだよね! ファレリ島は竜車で3時間かかるから、たぶん東京から台湾ぐらいの距離はあると思う。
歩きは無理だし、海も渡れないし、ベアトゥス様の飛行靴でもだいぶ時間が……って、ラハールちゃん置いてきちゃったじゃん!!
「戻って!! 戻り魔法!! 今のナシ魔法!! ファレリ島に帰還魔法!!」
「おい、落ち着け……!」
◇◆◇・・・◇◆◇・・・◇◆◇
「ふぐぅ……」
ベアトゥス様に抱きしめられて、筋肉まみれのみぞおちに顔を押し付けた私は、変な声を出して不満を表明した。
よくわかんないけど、後頭部をでかい手でガッチリ押さえられてるので、身動きが取れない。
足も絡められて、完全に固められちゃってるので、仕方なく唯一自由な手首で勇者様の脇腹をペシペシ叩いてみた。
タップアウトって、この筋肉勇者に通用するのか……?
「お、落ち着け……」
「ぶぇあとすさばこそ……」
「あ、すまん」
ベアトゥス様が私を拘束する力を緩めてくれたので、大きく息をついて辺りを見回す。
「ここって……どこです?」
なんとなく教会っぽい雰囲気だけど、さっきまでいた王都の教会とは明らかに違う。
規模が小さいというか……ちょっと茶色い。
私と同じように周囲を見回していた勇者様が、天井を見上げたまま言った。
「おそらく……戻ったぞ」




