4.『カフェ・ショーブランで昼食を』part 7.
「誰か、魔国貴族名鑑をこれへ!」
「は、ただいま」
黒い棒みたいな大臣さんが、斜め後ろの文官さんに指示を出すと、なにやらドデカい本が魔法でフヨフヨと運ばれてきた。
革表紙で金の装飾が施された巨大本は、青髪悪魔大先生がいつも小脇に抱えてる大きな本の12倍くらいある。
真ん中には厳重に鍵が掛けてあったけど、大臣さんの紋章みたいな金鎖に反応してカチャッと開いた。
それを見て、セドレツ大臣が小さい声で説明してくれる。
「あれは魔道具の一種でしてな、ジェヴォーダン朝の開闢以来、魔国の貴族に名を連ねた者が記録されるのです。統率者たるロワであり、我らが祖たるタキオン王が、そういった契約をあの本としたらしいですな」
「本と契約?」
「ええ、あの本は精霊が宿っていると言われています。真の魔国民たる貴族の証として、あの本に名が刻まれるということは我らの誇り……」
ということは、本が自動的に貴族名鑑を更新してるの……?
ちょっと変な気もするけど、ファレリ島には知り合いの本もいるし、私としてはもう受け入れるしかない。
そう、本になっちゃった代官様、セナイレン・ロージ卿の前例がある。
もしかしたら喋れる本なのかなぁ? と思ったけど、どうやら今まで一度も言葉を発したことはないらしい。そのため、皆さん「あれは魔道具だろう」と、それぞれに納得しているのだとか。
よくわからないけど、精霊が乗り移ってるワケじゃなくて、精霊が管理してる本なのかもね。
なんてことを考えていると、文官さんたちの動きが急に慌ただしくなった。
「しかし、まさかそんなことは!」
「だが実際に消えているではないか!」
「ですが、一度名鑑に載った名前は、永久に保存されるはずですぞ」
「前代未聞です、ですが名鑑は絶対。あとは更新されたとしか……」
「何ですと!?」
さりげなくセドレツ大臣も話に入っているようだ。
それを見ていた王様が、珍しく苛立たしげに声をかける。
「誰か説明せよ! 大魔法使いの名はあったのか?」
それを聞いて、皆一斉に黙り込んだ。
でも、王様の問いを無視する訳にもいかず、代表して黒い棒みたいな大臣さんが口を開いた。
「……ございませんでした」
「ふむ……だが、余の記憶では確か、人間族の大魔法使いヴィルジェニー・イレイスは、その功績を認められ魔国貴族となったはずだ」
「左様、歴史書にも正式に魔国貴族となった旨が記載されております。ですが……」
「よい、続けよ」
大臣さんたちは、お互いを見遣りながら、気まずい空気を醸し出していた。
その中で、王様に発言を促された文官さんが言葉を繋ぐ。
「魔国貴族名鑑の記載に間違いはあり得ません。従って、大魔法使いヴィルジェニー・イレイスは貴族籍を失い、今現在も生きているということになります」
『……!?』
会議室のざわつきとは別に、ビデオ通話の向こう側からも、戸惑うようなウィノナ様の息遣いが聞こえてきた。
「そして、我が妹たるチュレアに害をなしている……と、そう言うのだな?」
王様の言葉に、誰も肯定する意見は言わなかったけど、その沈黙こそが答えだった。
『え、マジで……?』
会議室が静まり返っていたせいか、呑気なライオン公爵様の呟きがしっかり聞こえてしまう。
その声で公爵夫人が会議に参加しているのを思い出したのか、王様は眉根を寄せながら目をつぶり、額を拳で支えながら押さえた声で言った。
「公爵夫人、かの者について何か知っていることは無いだろうか?」
人の好い王様にしてはかなり低い声だった。でも、人間族であるウィノナ様に類が及ばないように配慮している感じもあって、すぐさま人間族排除に動くつもりはなさそう。
公爵夫人のウィノナ様も、そこはさすが元王女様という感じで平静を保って答え、変に人間族を擁護する方向に行かない。そこが論点になると、周りの大臣さんたちも意見を言わなきゃいけなくなって、結果的に良くない結論が出る危険性があるからだ。
「わたくしの知る限りではございますが、ヴィルジェニー・イレイスは、自由に行動することを良しとする個人主義者でしたわ」
クロだとしても単独犯ってことね……
私も人間族が全員危険とは思わない。今回の災害では、教会付近に住んでた人間族も巻き添えを食っていた。
つまり被害者側に立てるのだ。
魔族だけが被害に遭って人間族が全員無事だったら、陰謀論も出てくるだろうけど、今回それはない。
私が考え込んでいるのをどう勘違いしたのか、ベアトゥス様が急に手を握ってくる。
「安心しろ、魔国が人間に手を出すと言うのなら、俺が……守ってやる」
……いや、そういう言葉を皆んなあえて避けてるんですけどね……
最強筋肉勇者様のお言葉が聞こえてしまったのか、魔国上層部の皆さんに緊張が走る。
それを牽制するかのように、ベアトゥス様の目つきが鋭くなった。
その視線の先には、戦争大臣のセンチネル・ゼンダー卿がいる。
……戦いたいんだな……
純粋な力比べなら、魔国最強戦力のチュレア様と既にやらかしているというのに。
武人の血ってやつなのか、ベアトゥス様は騎士団の練習に付き合うのが大好きなのだ。
戦いには力だけでなく技術も必要なんだって。団体戦になるとさらに複雑で、知略が無いとすぐ負けるって楽しそうに言ってたわ、そういえば。
そういう構成要素の面白さにハマってしまった勇者様は、ソロ活動だけでは飽き足らず、仲間と一緒に戦うための研究もはじめたらしい。
軍のトップともなれば、歴史上の戦争で採用された用兵の定石なんかを何パターンも頭に叩き込んでいるはずだから、さぞかし面白い戦いができることだろうけど……戦争大臣と勇者様が軍事訓練をやってる余裕なんて今はない。
微妙な空気感をどうゴマかそうかと悩む私の足元に、フワフワの感触がスリッと寄ってきた。
「ムー!」
「王子の言うとおりである、今は各々の思惑は二の次だ。湖水地方の問題解決に向け、注力するように」
フワフワちゃんが何を言ったのか分からないまま、王様の鶴の一声で魔国の方針が決まった。
大臣たちがそれぞれ自分の職務に戻っていくのを見て、ベアトゥス様もフッと殺気を消し、何事もなかったように席を立つ。
それから私を見て、不思議そうに言った。
「どうした? 行かないのか?」
「あ、えっと……少しお話ししてから行きます」
「そうか。俺は奴と話してくる」
ベアトゥス様が親指で無造作に指した先には、眠るヤーちゃんに毛布をかけ直してあげてるマーヤークさんがいた。
そこ、そんな仲良かったっけ……?
疑問に思いながらも、私は敢えてスルーした。
「わかりました……喧嘩しないでくださいよ?」
「わかってる」
ベアトゥス様が行っちゃったのを見て、私はスマホに向き直った。
「ウィノナ様、正直にお答えください。ヴィルジェニー・イレイスは敵ですか?」
画面の中の公爵夫人は、困惑したような表情で沈黙した。
そして、苦しそうに言葉を繋ぐ。
『わたくしにとっては……いいえ。ですが、魔国にとっては、分かりませんの……』
「いえ、何となく分かりました。今はそのお答えで結構です」
『ミドヴェルト、わたくし……まだあの大魔法使い様を信じたい気持ちはありますわ。でも、この公爵領のためを一番に考えております』
「大丈夫です、またご連絡しますね」
スマホ魔法を切る前に、私は思いっきり笑顔で頷いてから、画面を閉じた。
不安だけど、できるだけ前向きでいくしかない。




