4.『カフェ・ショーブランで昼食を』part 1.
ラハールちゃんに手を引かれて教会の外に出ると、風景が何やら全体的に煤けている。
石造りの建物が多い王都は、街並みだけはそのままだけど、街路樹は真っ黒な枯れ木になっていて、周囲の建築物はほとんど外壁が黒焦げになっていた。
「え……!? 王都ですよね? だって、ここ、大通りの……」
焦って周囲を見渡すと、道ゆく人々が彫刻のようにたくさん立っていた。
全員が真っ黒で、まるで影のようにも見える。
急に心臓がドキドキしてきて、現実感が持てない。
え? どゆこと……?
教会の中は普通だったのに……?
勘違いだと思いたくて、今出てきたばかりの教会のほうを振り返ると、背の高い屋根の先まで真っ黒だった。
なに? これ……
しばらくすると、黒い彫刻の森から抜け出るように歩いてきた青髪悪魔のロンゲラップさんが、何やらサンプルを入れた試験管を振りながら調査結果を伝えてくれた。
「ほとんどガラスになっている……生存者はいないようだな」
「は……? え、ガラスって……?」
「超高温の火魔法に一定時間曝された後、風魔法もしくは氷魔法などの低温環境に置かれた有機体は、まれにガラス質に変化することがある」
いや、説明を求めたわけではありませんが……
私に真っ直ぐ向き合って、ゆっくりと話してくれた青髪悪魔大先生のイケメンぶりにに感謝しつつ、その内容に脳が拒否反応を示してフリーズする。
いや、ガラスって……
私は言葉を失って、近くの黒い彫刻を見つめた。
「あ……」
間違いない。ちょっとふくよかなゴマちゃん体型、これはフルーツ屋のおじさんだ!
真っ黒だけど、見覚えのあるシルエットに、心がざわついて落ち着かない。
これって本物? 何だか大変なことになってるけど、本当はどっか別の場所に隔離されて、大丈夫なんだよね……?
「通常なら急激に熱せられると、水分が蒸発して気体になるので、脳が爆発するのだが……これはその余裕すら与えられなかったようだな」
「ばく……?」
王都の皆んな死んでるの……?
チュレア様が、ころし……
「おい、しっかりしろ!」
「あ、す、すいませ……」
呆然としながら、私の意識がよくない方向に傾きかけているところを、ベアトゥス様が引き留めてくれた。さすが勇者様。
そうだよね、いくらあの恐ろしい女公爵様が暴走したっていっても、魔国民をこんなふうにするわけない。
今はまだ状況証拠だけで、真実はわからないんだから、決めつけないほうがいい……と思う。
そうは思うけど、あのときの王様の話しぶりとか、さっきのベリル様の言い方とか思い出すと……
いや待って? 精霊女王ベリル様は「まだ間に合う」みたいなこと言ってたよね?
確かそんなこと言ってたよ!
だから絶望してる暇はない、動け動け動け!!
「ありがとうございます、ベアトゥス様!」
「お!? おう……」
私が急にガシッと腕をつかんでしまったせいか、ベアトゥス様はちょっとビクッとしていた。
繊細勇者に酷いことしてゴメン。
でもほんと、「ありがとう」って伝えたかっただけだから許して。
「とりあえず王城に向かいましょう! 王様は会議室にいらっしゃるとのことでしたから!」
王城に向かって歩きながら、チラリと私たちの家があるほうを見ると、そっちもやっぱり黒っぽくなっていて、遠目にも何体かガラスの魔国民が見える。
私に寄り添うように、てててと歩くラハールちゃんを見ながら、お留守番させなくて正解だったな……と思った。
自分勝手でゴメンとしか言えないけど……それでもひと安心しちゃってる私がいる。
みんなが大変なときに、なんて奴だ。
でも、ベアトゥス様とラハールちゃんが隣りに居てくれてホントに助かった。
家族が無事で良かった。
◇◆◇・・・◇◆◇・・・◇◆◇
「これは……」
王城に入ると、見慣れたはずの高い城壁が、物凄く真っ黒で威圧感がすごい。
元々、魔国の王城は黒っぽい灰色の石造りではあったけど、ここまで黒くはなかった。
もっとこう、普通の……とにかく灰色だった気がする。
今は何というか……黒曜石でできてるみたいにツヤツヤで黒い。
王都側から見る分には、ちょっと煤けてるなあって感じだったんだけど……もしかすると、チュレア様は王城内で暴走したんじゃないだろうか、と思えるくらいに内側のほうが被害を受けている感じ。
いや、まだチュレア様犯人説が確定したわけじゃないけど……
城内には護衛の騎士さんも文官さんも居ない。
とりあえず、黒ガラス化した人は居ないっぽかった。
マーヤークさんを先頭に、誰も何も言わないまま、真っ黒な長い廊下をひたすら歩いた。
フワフワちゃんも、王子様として色々と思うことはあるだろうけど、大人しくマーヤークさんに抱っこされている。
ぱっと見、カーペットとかカーテンとか額縁とか絵とか、燃えやすそうなものは綺麗さっぱり残っていない。
その代わり、真っ黒な壺だとかシャンデリアの骨組みなんかは、全然壊れた様子もなくそのままソコにあった。
爆風みたいな衝撃は無かったのかもしれない。
急に熱だけが来た……?
城内の人たちはどこに避難したんだろう?
大階段を登って2階に上がると、謁見の間の扉が見えた。
「これって……」
「木製の部分は燃えてしまったようですね」
細かな装飾が施された金属部分はそのままに、室内が透けて見える状態になった扉を押し開けて、マーヤークさんが言った。
謁見の間は、すべてが真っ黒で静謐さすら感じる。
中央の数段高い場所に王様の椅子はあったけど、クッション部分が消えていた。
カーペットが無くなってしまったので、どこを歩いたらいいのかわからない。
「会議室はこの先です」
執事らしくかしこまるマーヤークさんに案内されて、私たちは黙ったまま奥に進んだ。
何もない壁の突き当たりまでくると、マーヤークさんが手をかざして壁の石に魔力を流し込む。
それがスイッチになっているのか、床に魔法陣が浮かび上がって転移がはじまった。
◇◆◇・・・◇◆◇・・・◇◆◇
「ようやく来たか」
目を開けると、私たちは大きな広間に居た。
明るい室内に、大きくて豪華な机が並べられている。
窓辺に置かれた長椅子には、大臣らしき高そうな服を着たおじさんが寝ていた。
全体的に草臥れた雰囲気が漂っていて、どうも活気がない部屋だけど……
疲れ切ったような顔の王様に声をかけられて、マーヤークさんが深々とお辞儀をする。
「大変遅くなりました、魔国の統治者たるロワ。王子殿下とその教育者様をお連れいたしました」
「うむ、火山のほうはどうなった?」
「落ち着きましてございます」
「ならばこちらに手を貸してもらえるか?」
「承知いたしました」
王様は、人手が増えて嬉しいというようなことを厳かな言い方でしていたけど、疲れちゃったみたいで部屋の隅の長椅子に歩いて行って横になった。
大臣さんたちがほとんど寝ているところを見ると、どうやら王様は私たちを待ってくれていたらしい。
魔国の統率者たるロワ……当代の王様ミューオン・イム・ジェヴォーダンは、前王朝から王権を奪い取った宰相の子孫とされている。
魔族的には、弱肉強食の考え方が主流だから、べつに簒奪者ってわけでもないらしいんだけど、反対派はいまだにいると聞いた。
そういう事情で謙虚に振る舞ってるだけかと思ってたけど、何だか知れば知るほど複雑な事情があるっぽいね。
火山で悪魔たちが話していたドラゴン化ってやつはしてなさそうだし……やっぱりそういう理由で魔王って名前を使ってなかったんだろうか?
魔国は厳密な契約社会だから、本物の魔王でもないのに魔王を詐称すると、もしかしたら何かペナルティがあるのかもしれない。
そんなことを考えながら、王様に寄り添うフワフワちゃんとマーヤークさんを眺める。
息子と部下に大切にされてる様子を見ると、たぶんいい王様なのだろう。
この王様の妹君であらせらせる女公爵のチュレア様も、なんだかんだ言いながら兄王を尊重していた。
一体なぜこんな事態になってしまったのか……
まずはチュレア様にお会いする……?
できるのかな、そんなこと。
黒いガラスになった自分の姿をイメージして、私はちょっと落ち込んだ。




