Episode9ー帰り道
馬車の中で向かい合って座り、ヴィオレッタは咎めるように言った。
「ルーカス!びっくりしたじゃない。あのナイフはどこから出したの」
「あれは護身用です。おもちゃですよ」
ヴィオレッタは憤慨した。
「嘘おっしゃい。私だって本物か偽物かくらい判断できます」
「ははは」
あくまでシラを切りとおそうとするルーカスを半眼で睨み、ヴィオレッタは両手を掲げた。
「……?」
危機感のない顔をするルーカスに、にやりと悪い笑みを受かべる。
「仕方ないわね。出さないのなら、自分で探します」
手をわきわきと動かし、ルーカスに近づく。最初は出来っこないと思っているのか余裕の顔をしていたルーカスも、ヴィオレッタがぴらりとシャツをめくっただけで音を上げた。
「わ、わかりました。見せますから、少し離れてください」
真っ赤な顔でヴィオレッタの手を掴むルーカスを見て、なんだか悪い事をしてしまった気分になった。
(ちょ、ちょっと大胆だったかしら?)
ヴィオレッタが少し後悔をしていると、ルーカスがじろりとこちらを見た。
「お嬢様。男性にそのように接してはいけませんからね。まさか他の人に、そんなことしておられませんよね?」
「し、してるわけないでしょう!」
圧のある物言いに、叫ぶように答えた。
「なら、いいのです。剣は普段ここにあります」
ルーカスが背中から剣を引き抜いた。くるりと背中を向け、ズボンのベルト通しに斜めに付けてあるナイフの鞘も見せてくれた。
「まあ……!いつも持っていたの?」
「いつもではありませんが……今日の僕の役目はエスコート兼、護衛でしたので」
ルーカスは剣も使えるのだろうか。思案しているとルーカスは見透かしたように言った。
「剣はそれなりに扱えます。ここへ来るまでは剣術を習っていましたから。クロイツ公爵家へ来てからも、時々騎士団の訓練に参加しているのですよ」
なるほど。確かに、実力者でなければ父が護衛もなしに街歩きを許可する訳がない。
「ルーカスのお家は、騎士の家系なの?」
隣国の貴族であることは知っているが、家門までは知らなかった。考えてみれば、ルーカスに関して知らないことが多い。
五年前、父から紹介された時も、『執事のルーカスだ』くらいだった。
「騎士の家系ではありませんが、幼い頃から剣術は習っておりました」
「そうなのね」
たしかにヴィオレッタの弟も幼い頃から剣術を習っている。貴族の令息は皆、そうなのかもしれない。女性で言う刺繍みたいなものだろうか。
「家業は何をしているお家なの?」
ルーカスは一瞬固まったように見えたが、答えてくれた。
「そうですね。父は文官ですが……取り立てて家業のようなものはありません」
「文官。お城に仕えてらっしゃるの?」
「ええ、まあ……そうです」
(家のことになるとルーカスは歯切れが悪くなるのね)
ルーカスがふいに外を眺め始めた。
(あら?家のことはあまり聞かれたくないのかしら)
ここで会話を止めても良いのだが、どうしても聞きたいことがあった。
「ルーカスがうちで執事をするのは五、六年だとお父様が言っていたけれど、そうなの?もう少ししたら隣国にもどるのかしら?」
ルーカスは思案しながら答えた。
「そうですね。当初はその予定でしたが、好きなだけこちらに居ても構わないと思います」
「そうなの?では、まだ執事を続けるのね?」
思わず安堵の声が出た。
「ええ。僕は三男なので、家督を継ぐことはありませんから」
ルーカスの言葉に満足したので、ヴィオレッタはそれ以上聞くことはせず、外を眺めた。
(私、ルーカスのことあまり知らなかったのね)
使用人と、その雇用主の娘だ。当然と言えば当然である。
「――知りたいな…」
ぽつりと口から出た呟きに、ヴィオレッタは驚いた。
「何か言いました?」
ルーカスが首を傾げる。
「な、何でもないわ」
ヴィオレッタは狼狽えた。そして狼狽えたことにまた驚いた。
(し、知りたいですって?いけないわ――……ん?いえ、私は今婚約者がいないのだから、いいのかしら)
婚約者がいるのならば、他の男性について知りたいなどと考えるだけで罪悪感が生まれるが、今はいいのだ。
(そうよ。ルーカスばかり私の事を知っているなんて、不公平だもの)
うんうんと頷く。
前を向くと、ルーカスが神妙な面持ちでこちらを見ている。ヴィオレッタが百面相をしながら狼狽えたり頷いたりしたからだろう。
ヴィオレッタだってそんなに鈍い訳ではない。ルーカスのことが知りたいと思ってしまったのは何故なのか、見当もついている。
しかし婚約者と破談になったばかりで、芽生えたばかりのこの気持ちに結論を出すのは時期尚早だ。
(見定めなければいけないわ。同じ目には会いたくないもの)
宣戦布告のような、挑むような視線をルーカスに向けた。その視線を受けたルーカスは、戸惑っているように見える。
「覚悟してちょうだい」
ヴィオレッタは不敵な笑みを浮かべて呟いた。




