Episode7ー街歩き③
アローチェは、王都で令嬢達に人気のカフェだ。人気商品はパイである。令嬢達はこぞってアップルパイや、ラズベリーパイなどを注文していた。何度かベルナントとも足を運んでいて、ヴィオレッタも他の令嬢達に倣ってラズベリーパイを注文していた。
「お嬢様。ミートパイでよろしいですか?飲み物は何になさいます?」
ごく普通の質問なのだが、ヴィオレッタは目を瞬かせた。
「ミートパイを頼んでもいいの?」
ルーカスが眉を顰める。
「当たり前ではありませんか。お好きな物をお食べください。なんですか?あいつはお嬢様にミートパイを禁じていたのですか?」
「そうじゃないけど……何度かミートパイを頼んで、後からあれは恥ずかしかったって言われたのよ」
ルーカスの表情が曇り、手に持っていた板のメニュー表から、バキっという音が聞こえた。
「そうじゃなくないじゃないですか。ミートパイの何がいけないんでしょうね全く。能無しの考えることは理解できないな……」
語尾はほとんど独り言の様だ。
「うーん。やっぱり『ミート』が可愛らしくなかったんじゃないかしら」
ラズベリーパイももちろん好きだが、この中ではヴィオレッタの一押しはミートパイなのだ。
ルーカスは微笑って言った。
「僕は可愛いと思いますよ。肉好きなお嬢様」
その破壊力のある微笑みに、両隣の席の令嬢たちが悶えている。
気付いているのかいないのか、気にした素振りなくルーカスは折れたメニュー表を眺めている。
「甘いものも欲しいですよね?ミートパイとラズベリーケーキも頼みましょう」
そう言い、店員を呼ぶ。
女性店員が注文を聞き終え、頬を染めながら言った。
「ご注文は以上でよろしいですか?アップルパイも、当店の人気メニューですが、よろしかったでしょうか?」
「うちのお嬢様はリンゴアレルギーなので。飲み物は紅茶をお願いします」
その受け越えたに、ヴィオレッタはまた目を見張る。視線に気づいたルーカスが困ったように言った。
「何ですか?執事なのですから、お嬢様の食べられないものくらい熟知しております」
「そうよね……」
(ベルナントなんて、いつも忘れてアップルパイを注文していたのに)
執事だから、そうなのか。ヴィオレッタは改めてルーカスを見た。
「わたし、あなたに好かれていないと思っていたわ」
「え?どうしてですか」
屋敷でルーカスを紹介された頃は、歳も近く、会えば色々と話していた。けれどしばらくして、同じ邸内にいるにも関わらず全く会わなくなったからだ。邸内で、ヴィオレッタに気付き廊下を引き返したルーカスを見たことがある。ルーカスは気付かれていないと思っただろうが、窓ガラスに一瞬移った銀髪を見てヴィオレッタはすぐに気付いた。”避けられている”と。避ける相手に自ら近づこうとは思わない。それから、すれ違うことはあっても、話をすることはほとんどなくなった。
「貴方、私を避けていたじゃない」
びくりとルーカスの身体が跳ねる。
「それは……申し訳ありません。私も未熟だったもので……」
「今は未熟じゃなくなって、嫌悪感を隠せるようになったということ?」
いら立ちを隠さずヴィオレッタが言うと、ルーカスが慌てて首を振った。
「ち、違います。その、婚約者のいるご令嬢との距離感が分からず、あのような接し方になってしまいました……」
語尾がしぼんでいく。視線をそらし、頬を染めながらルーカスは言った。
「なっ……!」
その姿が、見てはいけないような背徳的なものに見え、追及しかけたヴィオレッタは思わず口を噤んだ。
(何ですって?そんな可愛い理由だったの?……い、いえ!それでも、”嫌われたんだ”と思った時は辛かったのだから……!)
項垂れたルーカスが気まずそうに見上げて来る。
「申し訳ありません……」
「うう……」
(大の男が上目遣いをやめなさい!)
周りの令嬢達も困っているじゃないの。店員も配膳中に固まってこちらを見ている。
「ゆ、許すけれど、もう避けないでちょうだいね……」
脱力しながら言うと、ルーカスが頷いた。
「はい。誓って、もう二度とお嬢様を避けません」
許しを得て晴れ晴れとした顔のルーカスに、ヴィオレッタは活力を持っていかれた錯覚に陥った。
(な、なんだか気疲れしてしまったわね……)
ミートパイはやはり美味しかった。持ち帰りで邸宅で食べてはいたが、やはりお店で出来立てを食べるのとは訳が違う。
「美味しいわ」
「ええ。ほんとうに」
にこにことこちらを眺めるルーカスに気付き、窘める。
「ちょっと。見てないでルーカスも食べなさい。ぐずぐずしていると、貴方の分も食べてしまうわよ」
「ええ。どうぞ」
笑顔で言われると悔しいものがある。ヴィオレッタは視線を気にしない事にして、ミートパイを堪能した。しかしいつもなら一皿ぺろりといけるのだが、何故か今日は食の進みが悪かった。
「もうよろしいので?」
意外そうに言うルーカスをじろりと睨む。
「貴方がじろじろ見るからでしょう。もうお腹いっぱいになってしまったわ」
ルーカスは目を見開き、頭を下げた。
「それは……申し訳ありません」
気のせいか口角が上がっている気がする。
(何をにやにやとしているのよ)
「では残りは僕が責任もっていただきます」
ルーカスが大きめに切った一切れを口に運ぶ。ヴィオレッタの一口の三倍はありそうだ。テーブルに残ったパイがルーカスの口に入る様をしげしげと眺めた。
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