Episode6ー街歩き②
馬車が止まり扉が開いたので、街に着いたのだと思い顔を出した。
すると銀髪の貴公子がエスコートの手を差し伸べている。
淑女教育を真面目に受けていて良かったと心から思う。ルーカスだと分かっていても、思わず二度見してしまいそうだった。
「お嬢様?」
いつまで経っても手を取らない私を訝しげに見てルーカスは言った。慌てて手を伸ばす。
「あ、ごめんなさい」
「いえ。今日のお嬢様はいつも以上に可愛らしくて素敵ですね」
ルーカスが褒めてくれたが、耳から耳へ抜けて言った。だれがどう見てもルーカスの方が素敵だ。
(いつもの黒のフロックコートじゃないわ。執事服以外の装いは初めて見る……)
ルーカスの装いは、深緑のジェケットにアイボリーのベスト。華美な装飾こそないが、仕立ての良さと生地の上質さから、洗練されたの貴公子にしか見えない。
(公爵邸で、書類を持ち、執事服を着ていなければ、とても一介の執事には見えないわ)
街行く人々の視線もそう告げている。
初めて会った頃は同じくらいだった背も、この数年であっという間に差がついてしまった。よく見れば身体つきもがっしりとしている。
(騎士科のベルナントよりも筋肉がありそうね。それにこんなに綺麗な顔立ちをしていたら、女性関係が大変そうだわ)
「……ルーカスには今お慕いしている方はいないの?」
「え?」
もしいるならば、使用人と主人とはいえ、相手からすれば良い気持ちではない。ルーカスの返答によっては、エスコートしてもらうか、後ろに付いてきてもらうか、対応が変わって来る。
「……」
ルーカスは長考している。
(聞き方がおかしかったかしら?)
「もしくはお付き合いしている方とか……」
「――いません。……この状況を見られて不都合な相手はいないので、ご安心ください」
「そう?」
少し分かりにくい回答だったが、令嬢と二人で街歩きをしても問題ないと言うことなのだろう。ヴィオレッタはルーカスの腕に手を伸ばした。――が、寸前で恥ずかしくなったので止めた。
(やっぱり腕を絡ませるエスコートは街では恥ずかしいわね。並んで歩いてもらいましょう)
「ところで、待たせてしまってごめんなさい。食事はしたの?」
「ええ。お嬢様が邸宅で召し上がったと聞きましたので、僕も済ませました」
「じゃあまずは帽子屋へ行きましょう。春らしい帽子が見たいわ」
◇
帽子屋へ着くと、自分の帽子より紳士帽に目が行った。色々とルーカスに被らせてみる。見目がいいからか似合うこと似合うこと。最終的に似合わない帽子探しになり、二人で大いに笑い合った。
もちろん春らしい帽子も購入した。薄桃色のリボンが着いた帽子だ。『もう少し暖かくなったら、その帽子を被ってピクニックへ行きましょう』とルーカスが言った。こんなに楽しいショッピングは、ベルナントとしたことがない。婚約が決まってすぐの頃に何度か一緒に街へ出かけたが、高級ジュエリーショップで座って買い物をしたくらいだ。ルーカスの好きな真っ赤なルビーのカフスをプレゼントした気がするが、他はあまり記憶に残っていない。
「お嬢様?疲れましたか?」
帽子屋の次に入った小物屋で、赤いステンドグラスのランプを見ていた時、表情が暗かったせいかルーカスが心配そうに聞いた。
「あ、いいえ。少し思い出してしまって……」
ルーカスがヴィオレッタの視線を追う。
「ああ。好きでしたよね。赤とか、青とか、はっきりした色味の物が」
"誰が"とは言わないが、瞳が冷ややかになったのでベルナントのことを指しているのが分かる。
「すぐには無理でしょうが、ゆっくりと忘れて行きましょう」
ルーカスがそう言いながら、ヴィオレッタの手にレースのハンカチを置いた。淡いラベンダー色で、角に花の刺繍が施されていた。
「か、可愛い……」
ヴィオレッタの好みど真ん中のハンカチである。あまりの可愛さに持つ手が震える。
「ど……!」
どこで見つけたのか。こんな可愛い物を。
ヴィオレッタが顔をあげると、ルーカスがくしゃりと笑った。
「ふっ……!そんなに喜んでもらえるとは。お嬢様は、僕と会った頃、淡い色合いや可愛い物がお好きでしたよね?」
ヴィオレッタは思わずぽかんと口を開く。整った造形の顔が破顔すると、このような衝撃波を喰らうとは。
(か、可愛いのは貴方ですけど……)
内心本気でそう思いながら、ハンカチにまた視線を落とす。
「気に入っていただけると思いまして、もう購入しております。もう少し歩くと、お嬢様の行きたがっていたアローチェがありますよ。そこで休憩致しましょう」
読んでいただきありがとうございます。
今日は18:10にも更新予定です。
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