Episode5―街歩き①
「久しぶりに街へ買い物に行くのはどうかしら?」
休日の朝、母が言った。ベルナントへの気持ちは冷めていたとは言え、やはり"婚約破棄"というものは精神的に堪えるものがある。しょんぼりと過ごしていたヴィオレッタを気遣ってくれている。
(そうね。久しぶりに、アローチェのミートパイが食べたいわ。春っぽい帽子もほしい)
気分が落ちている時には買い物に限る。それも邸宅で見るのではなく、自分の足でお店に行くのが良いのだ。
「ではお母様、付き合ってくださる?」
「あっ。お母様は今日は家に居なくてはならないの……うう。ごめんなさいね」
提案した手前、断るのが心苦しいのだろう。母が悶えながら答えた。
「いいのよ。一人でもお買い物は楽しいわ」
ヴィオレッタが慌てて言ったが、母は納得していないようだ。
「うーん……あ!ルーカスと行ってはどうかしら?」
「ルーカスと?でも……」
「良いじゃない!もう婚約者もいないのだし、他の殿方と出掛けても咎める人はいないわ」
(殿方って……ルーカスはお父様の執事でしょうに)
母も父も、時々ルーカスを使用人じゃないように話す時がある。分からなくはない。あまりに貴公子然とした風貌に、どこか良いところのお坊ちゃんじゃないのかと錯覚させられる。かくいうヴィオレッタも、ルーカスを初めて見た時は驚いたものだ。
(でも、そうよね。ルーカスには悪いけど、もし噂されたとしても迷惑がかかる人はもういないのだもの)
「そうね。お母様、ルーカスと行ってくるわ」
「ええ。ええ、そうしましょう!ルーカスを呼んで来てちょうだい」
母が大げさに喜ぶものだから、ヴィオレッタもお出掛けが更に楽しみになった。メイドたちも異様に盛り上がり、ヴィオレッタはその後しばしお着替え人形にされた。
◇
メイドと母がこれでもかと言うほど、衣装と髪のセットに力を注いだ。
最近はベルナントの好みに合わせてビビットなカラーのドレスを選ぶことが多かったが、今日はヴィオレッタの好みの淡い水色のドレスを選んだ。髪もドレスに合わせ、水色のレースと一緒にゆるく編み込んである。
エントランスを下りると、父が出迎えてくれた。
「やぁ!今日は一段と可愛いなぁ。どこへお出掛けだい?」
(あら?お母様から聞いていないのかしら)
「街へ買い物へ行ってきます。今日は一日ルーカスを借りますね」
父の眉がぴくりと動いた。
「……ほう?ルーカスと?なるほど。夫人がルーカス借りて行ったのはそういうことか…」
声のトーンが下がった気がする。
「連れて行って大丈夫でしたか?」
「うーん……」
渋る父に、母が後から声をかけた。
「ちょっと。今さら駄々をこねないでちょうだい。ヴィオレッタ。いいのよ。今日はルーカスは貴方に付けたのだから」
そうは言っても、雇い主が納得していないのならば連れて行きにくい。
ヴィオレッタが父を見上げると、父は苦渋の顔で頷いた。
「――うぅむ。いいだろう。今日だけだ。街で気分転換して来なさい」
ルーカスとのお出掛けがちょっと楽しみになっていたので、ヴィオレッタはほっとした。
「ありがとうお父様」
「ああ。しかし肝心のルーカスはどこだ?いないじゃないか」
たしかに。出掛ける時はだいたいエントランスにいるはずなのだが。母がうきうきと言った。
「待ち合わせになるように、街の馬車寄せで待ってもらってるの。デートっぽいでしょう?」
父が顔を歪めた。私も唖然と口を開く。
「えっ。じゃあずっと待ってるの?」
デートと言う単語にも首を傾げそうになったが、いつから待たせているのだろうか?支度に時間がかかってしまい、もう昼過ぎになっている。ヴィオレッタは化粧の前に軽食を済ませたが、ルーカスは食べたのだろうか?
「全くもう!お母様、早く言ってちょうだい」
急ぎ足で馬車に乗り、出発させた。
「楽しんで来てね」
笑顔の母に、半ば投げやりに手を振った。
読んでいただきありがとうございます。
街歩き編が少し続きます。
明日の18時頃に投稿します。
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