Episode3ー話し合いと余談。
「この度はヴィオレッタ公女にご不快な思いをさせてしまい、申し訳ありませんでした」
アクシオス親子が待つ応接室に入ると、開口一番アクシオス伯爵が頭を下げた。ベルナントも慌てて下げる。
「どうやら、劇場でベルナントとお会いしたようですが、あれは誤解なのです」
こちらには、ヴィオレッタ。父のクロイツ公爵、母の公爵夫人まで同席している。
「誤解……と言いますと、無理のある状況だったようですが、とりあえず弁明していただきましょう」
愛妻家として有名な父は、どちらかと言うと穏やかな方だが、今日に限ってはそうではない。冷ややかな視線をベルナントに向けている。顔が整っている分、冷たい印象が強く出ている。
伯爵が冷や汗をかきながら言った。
「今日の観劇は、劇場に投資している私がベルナントに依頼した視察でした。そこで偶然、幼馴染と会い、話をしていたところ、劇場側が勘違いしてあの席に案内したらしく……他の席は埋まっており、仕方なかったと……」
「何を……」
父が口を開きかけた時、母がとめた。
(ん?私に言わせてくれるのかしら?)
母が視線を送ってくる。
(まあたしかに。自分で言った方がすっきりするわよね)
息を吸い込んで、まっすぐ前にすわる二人を見た。ベルナントは気まずそうに座っているが、伯爵の方は納得いかないのが見て取れる。このまま婚約が破棄になっては困ると言う顔だ。
「――アクシオス伯爵。何も仕方なくありません。劇場側が勘違いしてあの席に案内したのなら、その時点で誤解を解けば済む話です。席がなければ、次の回を見れば良いだけのこと。あの席に座ることにより起こるリスクを考えればそうするべきでした」
父が大きく頷く。
「その通りだ」
一旦開いた口は止まらない。ヴィオレッタは更に言った。
「それと、伯爵は今日の件を弁明すれば良いとお考えの様ですが、そうではありません。今日の一件はきっかけに過ぎません。この二年のベルナントからの不誠実な振る舞いを、私が看過する理由がありませんもの。彼に対する好意も当然なくなりました」
伯爵が狼狽えながら言った。
「ふ、不誠実とは……?閣下から注意を受けてから、息子にはレティ嬢との振る舞いには気を付けるよう言って参りました……そうだろう?ベルナント」
ベルナントが渋々口を開いた。恐ろしい視線を向ける父を避け、母と私に向かって。
「ええ。気を付けました。レティと二人きりにならない様にしたり、外で二人で出かけたりするのもやめました」
「アカデミー内は“外”に入らないようですわね。アカデミーで二人でいらっしゃるのを、よく見かけましたよ。二人で観劇に行かれたのも、今日が初めてではないでしょう?友人たちが心配して教えてくれましたもの」
伯爵の顔色が悪くなった。追い打ちのように、ベルナントが「アカデミー内では噂になったとしても構わないだろう?」などと抜かしたので更に蒼白になった。
「伯爵、まだ弁解があるか?」
父の問いかけに、蒼白になりながらも伯爵は口を開く。
「し、しかし婚約破棄だけは……!息子にも更に教育し直しますので…」
「そう言うから一年待った。しかし無駄だったようだ。伯爵、君の息子は変わらない」
父がぴしゃりと言ったが、伯爵はまだ諦めきれないようで口を濁す。
「し、しかし」
話が平行線になって来たところで、母がルーカスを手招きした。ルーカスは頷くと、持っていた四角い箱――おそらくなんらかの魔道具だろう。それのスイッチを押した。
『私はずっとベルナントが好きだったの!ベルナントも私が好きって言ってたのよ!最後に思い出をくれたっていいでしょう!こんなに冷たい方と結婚するなんて、ベルナントが可哀そうだわ』
室内に甲高い声が響いた。
「……ルーカス。それは?」
低い声で父が聞いた。
「録音の魔道具です。伯爵方がお越しになるほんの数刻前にいらしたレティ嬢のお言葉です」
「ほう。ほう。可哀そうなベルナント君とは、結婚させるわけにはいかないな」
公爵からの明確な答えを聞いたからか、ベルナントはようやく慌て始めた。
「――い、いえ。公爵閣下。私はヴィオレッタ嬢と結婚すると信じてまいりました。レティは妹のような存在で、心配なさるような関係ではありません」
「君とレティ嬢の関係などどうでもいい。君が相手を慮り、配慮が出来ない男であることが問題なのだ。今日の観劇、ヴィオがいたのは私も劇場に投資しているからだ。君が行かないと言うので、一人で行くのもなんだから、ルーカスと一緒に行くかヴィオに聞いた」
ベルナントが眉を顰めると、父は声を低くして続けた。
「だがヴィオは断ったよ。変な噂を立ててしまったら君に申し訳がないからと」
ベルナントがバツの悪そうな顔をすると、父がため息と共にさらに言った。
「わかったか?君にもし、次に婚約者が出来ることがあれば、気を付けるんだな。さて、ルーカス。お客様のお帰りだ」
ルーカスが扉を開く。ルーカスの口元には微笑が浮かんでいるが、眼が一切笑っていないのでむしろ恐ろしい。
伯爵とベルナントは立ち上がり扉へ向かった。ベルナントが振り向き、何か言いたげな顔でこちらを見た。睨んでいると言った方がいいかもしれない。ヴィオレッタは静かに言った。
「ベルナント?最後に言いたいことがあれば言ってもかまわないわよ」
「ヴィオ……」
「なあに?先ほど言っていた、『結婚すれば君を一途に愛すと誓うから、今だけは許してくれ?』と、もう一度言いたいのかしら?」
私の言葉を聞き、応接室は静まり返った。
「ヴァルター」
口を開いたのは母である。そして『ヴァルター』とは父の名だ。
「何だ?」
父は恐ろしい形相の母を見て、慎重に返事をする。
「私たちが結婚した時の誓いを覚えているかしら?」
「あ、ああ。君に対して不誠実な行いをすれば、その……」
「ええ。浮気などすれば、男性である証を切り落とすと誓いましたよね。ヴィオのパートナーになる方にも同じく誓いを立たせましょう」
男性陣は母の言葉に背筋を伸ばした。
「あら?伯爵?まだなにか?」
母がそう言うと、伯爵とベルナントは急いで立ち上がり、硬直した顔のまま一礼をして出て行った。
「ヴィオ。無理して嫁ごうとしなくてもいいのだからね?ずっとこの家にいても良いのよ?ね、ルーカス?」
母の言葉にルーカスは困ったような顔で微笑った。
余談ではあるが、執事のルーカスは隣国の公爵家の三男である。領地経営を学ぶため、五年前からクロイツ公爵の執事として預けられている―銀髪の美麗な青年であった。
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短編から来ていただいた方は、4話目から短編の続きの番外編を何話か投稿予定です。
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