Episode2ーレティの訪問
「ヴィオレッタ嬢……!」
応接室に入ると、空色の瞳に涙を溜めたレティがハンカチを握りしめて立ち上がった。なんだか、ものすごく気に障る。
「レティ嬢。何の御用ですか?それと……もう先触れなしの訪問は遠慮していただきたいわ」
短く息を吐くと、レティの瞳にさらに涙が溜まり、ぼろぼろと流れた。
(え、ええ~)
会って数秒での号泣に、ヴィオレッタもさすがに身が引く。
「ご、ごめんなさいっ!私ったら、焦ってしまって……。ヴィオレッタ嬢がそこまで怒ると思わなくて……」
「そうかしら?婚約者が他の女性と二人きりで、暗闇でデートをしていたら、怒るのが普通じゃなくて?」
「く、暗闇だなんてっ……!他にも人はいましたよ!」
(反応するのそこなの?)
真っ赤になり慌てて言いつくろうレティに、呆れる事しか出来ない。
もともとはアクシオス伯爵家から希望してきた縁談だ。顔合わせでも、その後何度か行ったお茶会でも、ベルナントは好青年だったし、婚約して一年目はとても誠実だった。二年目でレティを紹介された。しばらくして二人の距離感がおかしいことに気付いたけれど、その時にはベルナンドに好意を持ち始めていたので、どうにかレティとの接し方を改めてほしいと何度かお願いした。その都度、『わかった。傷つけてごめんね。改めることにするよ』と言われたのだが、変わらないまま三年目を迎え、そして今、婚約して四年目になる。蔑ろにされるようになった期間に比例して、もちろんベルナントに感じていた好意も減っていった。
「うう……」
レティはしゃくりあげる程ではないが、まあまあ泣いている。
(どうすればいいかしら)
様子を窺っていると、レティも視線に気づいたようだ。何故か胸元のネックレスを触りながらこちらを見ている。
「これ……先程ベルナントから貰ったものなのだけど、気に障りますよね。すみません……外します」
「え?」
(障らないし、外さなくてもいいけれど?)
否定するのも面倒になり、好きにさせておく。するとレティが視線を俯けて言った。見ようによっては悲観した令嬢に見えなくもない。
「私、アカデミーを卒業したら、隣国の伯爵家の後妻になることになったんです」
「そう。それはさっき聞いたけれど」
ミルクティーを口に運ぶ。いらいらしては負けである。糖分を摂取しなければ。
「伯爵は、今32歳で……私よりも10歳以上年上で……!」
「そう」
(思ったよりも若いわね。彼女の悲壮感がすごいから、50歳くらいの方なのかと思ったわ)
もう一度ミルクティーを口に運ぼうとすると、レティがわなわなと震え始めた。
「ひ、ひどいわ!ヴィオレッタ嬢……!私が嫁ぐ事を馬鹿にして……!」
「え?」
「私はずっとベルナントが好きだったの!ベルナントも私が好きって言ってたのよ!最後に思い出をくれたっていいでしょう!」
叫ぶように言うレティを、ヴィオレッタはぽかんと見つめた。
「こんなに冷たい方と結婚するなんて、ベルナントが可哀そうだわ……!」
そう言うとレティは泣きながら応接室を出て行った。
「な……?」
何の茶番だったのか。
「お嬢様、おつかれさまでした」
ルーカスが扉から顔を出した。
「何だったのかしら?あれは……」
ヴィオレッタが言うと、ルーカスは冷ややかな目でレティが去った先を見た。
「気になさらずともいいことです。彼女が公爵家の敷居を跨ぐことはもうありませんから」
そう言いながら、何か箱のような物を懐にしまった。
「お、お嬢様」
扉から、侍従が言いにくそうに声をかけて来る。嫌な予感がする。
「ベルナント様と、アクシオス伯爵がお越しになりました」
ルーカスが冷ややかな目のまま、ヴィオレッタに言った。
「閣下も同席してもらいましょう。呼んで参ります」
ベルナントだけならば追い返すところだが、伯爵も一緒ならばさすがにそうはいかない。ヴィオレッタはため息を吐いて答えた。
「ええ。お願い」
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