Episode1ー婚約者とその幼馴染
「結婚すれば君を一途に愛すと誓うから、今だけは許してくれ」
そう言うのは私の婚約者、ベルナント・アクシオス伯爵令息。その隣には、彼の幼馴染、レティ・オルド伯爵令嬢。
【真実の愛は君の隣で】という舞台を見に来ていた私は、カップルシートに座る二人を見つけ、その場で婚約者を問いただした。
『どうしてレティ嬢とこの席に座っているの?』
『たまたまさ。ここしか空いていなかったんだ』
『この演目、私が誘った時は興味がないと言って断ったじゃない……』
『先にレティと観る約束をしていたものだから』
『だったら先にそう言ってちょうだい。誠実じゃないわ!』
『……そう言われてもな――』
そして冒頭のこのセリフである。
“今だけは許してくれ?”――は?何を言っているの?……つまり、何だ?浮気を認めるということだろうか。ふざけるのも大概にしてほしい。
私が眉間に皺を寄せると、隣で心配そうな視線を向けていたレティが立ち上がった。
「ごめんなさい!今だけなの!私ももう少ししたら、隣国の伯爵家の後妻に入ることになって……!思い出が欲しいだけだから……」
隣国の伯爵家の後妻……なるほど。あからさまな政略婚。うん。それは可哀そうだけど、だとしても、知らんがな。それは貴女の都合であって、「じゃあ良いですよ」とは言えないわ。
「――ふぅ」
深く深呼吸をして、優雅に、冷静に、お辞儀をした。
「ベルナント。あなたの意向は分かりました」
(私は何度も何度も言いましたよね?貴方とレティ嬢の距離感はおかしいと)
「もうあなた方の関係に関しては口出しは致しません」
(年頃の男女がそんな距離感でこんな所にいて、周りが何も言わないはずないでしょう)
そして精いっぱい綺麗に見えるよう微笑んだ。
「もう二度と顔も見たくないわ。私の前に現れないで頂戴」
(然るべき対応をさせてもらいますので、後日連絡をしますね)
……最後の一言は思考と言葉が逆だったかもしれないが、もうどうでもいい。
「あっ、待ってくれヴィオレッタ……!」
二度と私の名前も呼ばないで欲しい。
ヴィオレッタ・クロイツ。私は公爵家の長女である。貴族間でありふれている浮気、二股、愛人……私には到底理解できない。
「――お父様!」
公爵邸に戻り、父の執務室を訪ねた。
「やあ。ヴィオ。観劇は楽しめたかい?」
「ええ。ベルナントの浮気現場に見事に遭遇致しました。もう限界です。婚約は白紙に戻してくださいませ」
父が驚いて立ち上がった。机の書類の塔が一束崩れる。
「何だと?不誠実な……!いますぐ書信を送る。ルーカス!筆と文を!」
横で書類を整えていた執事のルーカスが、頷いて部屋を出ていった。
コンコン。
ルーカスと入れ替わるように執務室に訪ねて来たのは、母だ。
「お母様!」
「何かあったの?ルーカスが急いで出て来たけれど」
父がこめかみをぴくりと動かせながら言った。
「ヴィオがアクシオスの愚息の浮気現場に遭遇したらしい。もう婚約は破棄だ」
「まあ……!それは破棄ね。当然だわ。ヴィオ、辛かったわね……」
そう言いながら母が抱きしめてくれた。
“自分の婚約者には誠実に”――難しいことではないはずなのだ。現にうちの両親の婚約も幼い頃に決まったらしいが、不実はせずに今も思い合った仲良し夫婦だ。なので父も母も『一度の浮気は大目に見なさい』などと言うことはない。
「お嬢様、お客さまがいらしております」
扉の外で侍従の声がした。
「誰かしら?」
「レティ・オルド伯爵令嬢です。お約束はないのですが……」
そう。貴族のマナーとして、普通は先触れなしの訪問はしない。だがレティはベルナントの幼馴染と紹介されてから、たびたび先触れなしで訪問して来ることがあった。
そのようなことをする知人は初めてで、厳しく対処していいか分からず、婚約者の友人であったこともあり、何度か許してしまったのだ。
「……追い返してもいいのよ?」
低い声でそう言ったのは母だ。たしかにそうしても良いのだが、こんな状況の中で、どんな用があって訪ねてきたのだろうか?
(謝罪かしら……)
追い返しても気になってしまいそうだ。ヴィオレッタはため息を吐いた。
「応接室にお通ししてちょうだい。すぐに行くわ」
読んでいただきありがとうございます。
今日は1〜4話まで投稿予定です。
短編から来ていただいた方は、4話目から短編の続きになります。
いいね、ブクマ、コメントや★★★★★などで評価を頂けると励みになります!




