第73話 集まるもの
「ヤマト、これ何だ?」
朝、中継地点へ着いたばかりの大和は、いきなりそう聞かれた。
「何って?」
差し出されたのは、細長い灰色の部品だった。手のひらより少し長い。金属にも見えるが、触ると妙に軽い。
「どこにあったの?」
「遺跡」
「それは見れば分かる」
男は首を傾げた。
「じゃあ何だ?」
「俺が聞いてるんだけど」
横からアビナが覗き込む。
「棒ニャ」
「それは俺でも分かる」
大和は部品を裏返した。片側に細い溝がある。端には小さな突起。何かにはめ込むようにも見える。だが、大和にも見覚えはなかった。
「……分からない」
男の耳が動いた。
「ヤマトでも?」
「俺が生きてた頃の物とは限らないからな」
「そうなのか」
「俺が寝てから、かなり時間経ってるみたいだし」
男は少し残念そうに部品を見る。
「じゃあ捨てるか」
「いや、ちょっと待って」
大和はもう一度持ち上げた。
「何に使ってたかは分からないけど、何かに使えるかもしれないだろ」
男が考える。
「軽い」
「うん」
「硬い」
「たぶん」
「じゃあ道具にできるか?」
「それは俺じゃなくてドランに聞いて」
男は納得したように頷き、今度はドランを探し始めた。大和はその背中を見送った。
「朝から何なんだ」
レティが笑う。
「人気者ね」
「そういう人気はいらないんだけど」
中へ入ると、また声がかかった。
「ヤマト」
「今度は何?」
ベル村の女が立っている。手には何も持っていない。少し安心した。
「遺跡の道の横に、細い穴がずっと並んでるんだけど」
「穴?」
「これくらい」
指で大きさを作る。
「何に使う?」
「場所見ないと分からないよ」
「じゃあ後で来て」
「今日?」
「今日じゃなくてもいいけど」
「じゃあ後で」
大和が返事をする前に、女は別の者へ話しかけに行った。
「……増えてない?」
大和が呟く。レティも周囲を見た。
「何が?」
「俺に聞いてくる人」
「増えてる」
「やっぱり?」
「昨日も探してる人いたよ」
「俺を?」
「うん」
大和は少し嫌な予感がした。
◇
昼までに四人来た。一人は壁についていた透明な板、一人は道路脇に並ぶ小さな突起、一人は押すと少し沈む壁の一部について聞きに来た。最後の一人は何も持ってこなかった。
「変なものがある」
「もう少し説明して」
「丸い」
「何が?」
「でかいのが」
「どれくらい?」
男は両腕を広げた。
「これくらい」
「で、それ何?」
「分からんから聞いてる」
「俺も見てないから分からないよ!」
少し離れたところでアキトが笑っていた。
「笑ってないで助けてよ」
「俺に聞いても分からん」
「そうだけどさ」
そこへルシアンが来た。
「何の話?」
「丸くてでかい何か」
「場所は?」
男が遺跡都市の方向を指す。ルシアンは持っていた板を出した。
「この辺?」
「もっと右」
「ここ?」
「そこ」
ルシアンが印を付ける。
「見た時間は?」
「昨日の夕方」
「動いた?」
「動かない」
「音は?」
「してない」
「怪物の痕跡は?」
「見てない」
ルシアンが頷いた。
「じゃあ今すぐ確認する必要はない」
「それでいいの?」
大和が聞く。
「危険情報じゃない」
「丸くてでかいのに?」
「丸くて大きいことと危険かどうかは別」
「まあ、そうだけど」
ルシアンは板を見た。そこには、大和の知らない印がいくつも増えていた。
「これ全部何?」
「最近の報告」
「こんなに?」
「ここ数日」
大和は板を受け取った。道、建物、崩れた場所、用途不明の構造物、怪物を一度見た場所、まだ通れる古い道路、水が溜まっている場所。昨日まで何も書かれていなかった遺跡都市の外縁が、少しずつ埋まっている。
「誰が調べたの?」
「いろいろ」
「いろいろって」
「六村から来た人」
その答えで十分だった。倉庫が使われるようになった。だから人が遺跡都市へ行き、周囲を見る。知らないものがあれば近づいて触り、分からなければ誰かに聞く。それだけだった。誰も探索を命令していない。
「みんな暇なの?」
大和が聞く。ルシアンは大和を見る。
「お前も最初は見て回ってた」
「……そうだった」
理由まで同じだった。何があるのか分からないから、見たいのだ。
◇
午後、大和は倉庫になった建物へ向かった。質問されたものを全部見に行くつもりはなかった。というより、無理だったので、シェルドが先に分けていた。怪物の痕跡は狩りや巡回をしている者へ、道路や建物の破損はトダの者たちへ、材料として使えそうな物はドランやイルの職人へ回し、文字が残っているものだけ大和にも回す。
「俺のところ減ってない?」
「減らしている」
「助かる」
「全部お前に聞いていたら何も進まん」
「それは本当にそう」
倉庫へ着くと、入口の横で数人がしゃがみ込んでいた。
「何してるの?」
誰も振り向かない。中央には何かが置いてある。大和も覗いた。薄い板だった。表面には細い線が走っている。一人が板の端を押すと少し曲がり、手を離すと元に戻る。
「これ何?」
大和が聞いた。
「分からない」
「俺に聞くんじゃないの?」
「今考えてる」
セラ村の男が板を持ち上げた。
「曲がるけど折れない」
イル村の女が端を見る。
「ここだけ擦れてる」
「何かに挟んでた?」
「かもしれない」
「弓にはならないか?」
「短すぎる」
「罠の部品なら?」
別の者が板を曲げる。
「戻る力は使えそうだぞ」
大和は少し驚いた。誰も、本来何に使われていたのか分かっていない。それでも会話はすでに、何だったのかから、どう使えるのかへ進んでいた。
「ヤマトは分かる?」
イル村の女が聞く。
「全然」
「じゃあいい」
「軽いな」
「何が?」
「俺が分からなくても普通に話進むんだな」
女は首を傾げた。
「分からないなら考えるしかないでしょ」
「……そうですね」
その横では別の二人が、壁から外した小さな部品を調べていた。一人が縄を通す。
「入る」
「引っ掛けられるな」
「これ、ここに付ければ縄がずれないんじゃないか?」
本来の用途とは、おそらく違う。大和にはそう見えた。だが、それを止める理由もなかった。
「壊すなよ」
ドランが奥から声を飛ばす。
「使うなら一個だけだ。残りはそのままにしろ」
「なんで?」
「本当の使い方が分かる前に全部外したら戻せん」
「なるほど」
大和も頷いた。
「それ大事だな」
ドランがこちらを見る。
「お前も覚えとけ」
「俺?」
「一番触りそうだから」
否定できなかった。
◇
夕方になる頃には、さらに報告が増えていた。
「向こうの道、途中まで荷車で行ける」
「古い建物の裏に地下へ下りるところがあった」
「水が出てる場所がある」
「怪物の骨みたいなのがあった」
「それ先に言え!」
シェルドが振り向いた。
「骨だけだ」
「場所は?」
「西側」
「ルシアンに伝えろ」
別のところから声が飛ぶ。
「ヤマト、文字!」
「ちょっと待って!」
大和は頭を抱えた。
「前より忙しくなってない?」
アビナが笑う。
「人気者ニャ」
「だからこの人気いらないって」
「前はヤマトが全部見つけてたニャ」
「うん」
「今はみんなが見つけるニャ」
大和は返事をしようとして、止まった。確かにそうだった。今までは、自分たちが歩いた場所だけ情報が増えた。今は違う。六つの村から来た人間が、別々の時間に、別々の方向へ行く。一人が一つ見つけるだけでも、それが何十人にもなれば、一日に集まる情報は大和たちだけで歩いていた頃とは比べものにならない。
「楽になると思ってたんだけどな」
「何が?」
「みんなが動けるようになったら」
アビナは少し考えた。
「動く人が増えたら、見つけるものも増えるニャ」
「そうなんだよなあ」
大和は記録板を見る。自分が知らない場所も、自分が見ていないものも、自分では答えられない質問も、全部増えている。でも、悪い感じはしなかった。
「ヤマト」
また声がした。
「今度は何?」
振り返ると、見覚えのない男が立っていた。どこの村だったか、一瞬分からない。男は文字の書かれた薄い板を持っていた。大和が受け取ると、かなり汚れており、一部は欠けていた。それでも文字だった。
「これ、どこにあった?」
「東の方」
「建物?」
「でかい建物だ」
大和は板の汚れを指で払った。読める部分を追う。施設案内らしい。いくつかの文字は消えている。
「中は?」
「よく分からん」
「何がある?」
男が考える。
「同じような棚みたいなのが、ずっと並んでる」
「棚?」
「ああ。あと、壁にも文字が多い」
大和の指が止まった。もう一度、板を見る。欠けた文字。残っている部分。大和は目を細めた。
「……図書館?」
男が聞く。
「何だ、それ」
大和は板を見ながら答えた。
「知識蔵に近い場所だよ」
「知識蔵?」
「昔の人が、いろんな知識や記録を集めて、必要な人が調べられるようにしてた場所」
男の表情が変わった。
「じゃあ、昔のことが分かるのか?」
その言葉に、大和ももう一度板を見る。
「……分かるかもしれない」
歴史、この都市のこと、自分が眠っていた間に何が起きたのか、人間がどうなったのか。少なくとも大和が知っている図書館なら、そういう情報が残っている可能性がある。
「場所、分かる?」
大和が聞いた。男は頷いた。
「分かる」
大和はすぐに立ち上がりかけた。だが、周囲にはまだ何人もいる。記録を整理しているルシアン、怪物の情報を聞いているシェルド、見つけた部品について話している職人たちを見て、大和はもう一度座った。
「……明日でいいか」
ルシアンが少しだけ大和を見る。
「珍しいね」
「俺だって順番くらい考えるよ」
「そう」
「何その反応」
大和はもう一度、板を見た。図書館。そこに何が残っているのか。まだ分からない。だが遺跡都市の中で、誰かが勝手に歩き回った結果、その場所は見つかった。大和が探したわけではない。大和が命じたわけでもない。遺跡都市の地図は、もう大和一人の歩いた跡では埋まらなくなっていた。
六つの村から来た人々が、それぞれの場所で、知らないものを見つけている。そして、その知らないものが、次々とここへ集まり始めていた。




