第72話 使う場所
中継地点に着いた大和は、入口の前で足を止めた。
「……入れないんだけど」
入口の脇まで、石や木箱、縄、布、袋に入った穀物、それにベルから届いた魚の籠まで積まれている。
少し離れたところには荷車が二台止まっていた。中から人が出てきて、その荷車から別の荷物を降ろし始める。
アビナが大和の横から顔を出した。
「増えたニャ」
「増えすぎだろ」
「ヤマト、そこ邪魔」
後ろからレティに言われ、大和は慌てて横へ寄った。
大きな袋を担いだ男が、その横を通っていく。
「俺が邪魔なのかよ」
「入口で止まってるからでしょ」
「前はこんなんじゃなかっただろ」
「前はこんなに来なかったもの」
中へ入ると、さらに狭かった。
壁際には食料、奥には縄や布があり、石材の一部は外へ出されている。
人も多い。
知らない顔もかなり増えていた。
六つの村から人が来るようになり、ここで荷物を置き、別の村へ向かう者もいる。
大和たちがいなくても、人と物が動いていた。
「置くところがないな」
大和が言うと、近くにいたシェルドが振り向いた。
「だから困っている」
「やっぱり困ってたのか」
「昨日からな」
その横ではミナが荷物を確認している。
「食べ物を外には置けないし、布も濡らしたくない。石は外でもいいけど、道具まで外に置くのは困る」
「どこか増やせないの?」
レティが聞いた。
シェルドが周囲を見る。
「探すしかないな」
「また建てる?」
大和が聞いた。
「それもできるが――」
「遺跡の中に、広いところあったぞ」
横から声が入った。
大和が振り向く。
ダガンだった。
トダから石を運んできたらしく、外には石を積んだ荷車が止まっている。
「広いところ?」
「建物だ。入口もでかい。中もほとんど何もなかった」
シェルドが聞く。
「どこだ?」
ダガンは入口の外へ出ると、遺跡都市の方角を指した。
「こっちから入って、古い道を少し行ったところ。左側」
「使えそうなのか?」
「屋根は残ってた。荷車も前まで行ける」
大和はダガンを見る。
「なんでそんなところ知ってるんだ?」
「見たから」
「見たって……遺跡の中?」
「ああ」
「いつ?」
「この前」
あまりにも普通に答えられた。
「見に行ってたの?」
ダガンは少し不思議そうな顔をした。
「近くまで来たら気になるだろ」
「……まあ、気になるか」
大和も遺跡都市の方向を見る。
考えてみれば当然だった。
怪物が減り、道が使えるようになった。
六つの村から人が集まるようにもなった。
そのすぐ近くに、自分たちの村にはない巨大な建物がいくつも並んでいる。
誰も見に行かない方がおかしい。
「他にも見た?」
アビナが聞いた。
「少しな。変なものばっかりだった」
「何があったニャ?」
「知らん。何に使うのか分からんものばっかりだ」
アビナの耳が動いた。
「見たいニャ」
「今は荷物だ」
シェルドが言った。
「まず、その建物を見る」
「俺も行く」
大和が言う。
「誰も止めてない」
「一応言っただけだよ」
◇
その日のうちに、遺跡都市へ向かった。
大和、アキト、シェルド、ルシアン、ドラン、レティ、アビナ、ノルア。
ダガンが案内につく。
ほかにも、実際に荷物を運ぶことになった場合のために何人か同行した。
遺跡都市へ続く道は、以前より歩きやすくなっていた。
壊れた部分には石が入れられ、荷車が通れる幅も確保されている。
都市へ近づくと、森の中から巨大な建物が姿を現した。
壁には継ぎ目がほとんどなく、長い年月を経ても形を残している建物も多い。
ダガンは迷わず進んでいく。
「こっちだ」
「結構入ってるな」
大和が言った。
「そうか?」
「そうかって」
ダガンは周囲の建物を見上げる。
「まだ向こうにも行ってないところがある」
「行くつもりなの?」
「そのうちな」
大和は少し笑った。
自分が知らないところで、もう遺跡都市を歩き回っている者がいる。
それが少し面白かった。
やがてダガンが足を止めた。
「ここ」
入口が広い。
建物の前まで古い道路が残っている。
中もかなり広かった。
天井は高く、床には大きな割れもない。
ドランが中へ入り、壁と床を見てから、入口まで戻って外の道を見る。
「使えるな」
「早いな」
「条件が揃ってる」
「何の?」
「荷物を置く条件だ」
ドランは指を折った。
「屋根が残ってる。壁も崩れてない。床が平ら。荷車が近くまで入れる。入口も広い」
大和は周囲を見る。
「本当にちょうどいいな」
ダガンが言った。
「だから言っただろ」
「よく見つけたな」
「見てただけだ」
建物の中へ進む。
壁際には何も残っていないが、床に薄い線がいくつも走っていた。
長方形に区切られている。
ノルアがその線の上に立つ。
「これ、何?」
大和も見る。
「区切ってたのかな」
壁には数字が並んでいた。
かすれているが、一部はまだ読める。
「番号だ」
「何の?」
「分からない」
少し奥へ進むと、床近くに金属製の部品がいくつも残っていた。
壁際にも似たものがある。
ドランがしゃがみ込んだ。
「これ、何かを固定していたんじゃないか?」
「荷物?」
大和が言う。
「たぶんな」
シェルドが入口を見る。
広い入口。
平らな床。
大きく区切られた内部。
「最初から、物を置く場所だったのかもしれないな」
大和はもう一度、建物全体を見た。
「俺たちも同じ理由で選んだのか」
「使いやすいからな」
アキトが言った。
「昔の人間も同じことを考えたんだろ」
「何百年経っても、倉庫は倉庫か」
大和は少し笑った。
◇
片づけが始まった。
床に落ちている小さな破片を集め、危険な金属片を取り除く。
入口近くには荷物を置ける場所を決める。
作業そのものは難しくない。
もともと中がほとんど空だったからだ。
アビナとレティが奥の壁際を調べている時だった。
「ヤマト」
レティが呼んだ。
「これ、読める?」
大和が近づく。
壁の一部に、大きな板のようなものが埋め込まれていた。
表面は汚れている。
布で拭くと、線が現れた。
「地図?」
ノルアも寄ってくる。
大和はさらに汚れを落とした。
線が何本も交差し、建物の形らしい四角や道路、いくつかの文字が描かれている。
「案内図だ」
「この辺の?」
「たぶん」
現在いる場所らしい表示も残っていた。
そこから太い道がいくつか伸びている。
大和は指で追った。
「これ、今使ってる道じゃないか?」
ルシアンが自分たちの地図を持ってきて、二つを見比べる。
完全には一致しない。
現在は森に埋もれた場所もあれば、崩れた建物もある。
それでも、大まかな道路の形は合っていた。
「こっちはまだ使ってない」
シェルドが一本の線を指した。
遺跡都市のさらに内側へ伸びている。
別の線は横方向へ続いていた。
その先にもいくつかの建物が描かれている。
アビナが目を細める。
「いっぱいあるニャ」
「昔は都市だったんだからな」
大和は文字を読む。
全部は分からない。
汚れて消えている部分も多く、知らない表記もある。
それでも、道路の位置だけなら使える。
「これ、写せるな」
ルシアンが言った。
「うん。建物の意味が分からなくても、道は使える」
「じゃあ持って帰る?」
レティが聞く。
「壁だから無理だろ」
「そうじゃなくて、写すの」
「ああ」
大和は笑った。
「それならいける」
ダガンも地図を覗き込んでいる。
「俺が行ったの、この辺か?」
「たぶん」
「じゃあ、この先にも道があるのか」
「昔はな」
「今も残ってるか見てみるか」
大和がそちらを見る。
「また行くの?」
「気になるだろ」
さっきと同じ答えだった。
◇
その時、建物のさらに奥から声がした。
「ちょっと来てくれ」
アキトだった。
全員が奥へ向かう。
そこだけ壁の形が違い、大きく抉れている。
最初は崩れただけかと思った。
だが近づくと、大和は足を止めた。
壁の一部が裂けたように壊れ、床にも深い傷が続いている。
人間が道具で壊したようには見えない。
崩落とも違う。
そして何より大きい。
大和は傷の端から端まで目で追った。
「……これ」
アキトも壁を見上げる。
「似てるな」
大和も同じものを思い出していた。
以前、中心区域を縄張りにしていた大型の融合個体。
あの周辺でも、硬い壁が大きく押し潰されたような跡を見ている。
「中心区域にいた、あの融合個体か?」
シェルドが傷を見る。
「大きさは近いな」
大和は周囲を見回し、それから地図へ目を落とした。
「でも、ここってあいつの縄張りから少し外れてない?」
ルシアンが現在地を確かめる。
「少し離れてる」
「じゃあ、別の融合個体?」
「そこまでは分からない」
「中心区域の奴がここまで来てたとか?」
「ずっと同じ場所にいたとは限らない」
それはそうだった。
あの大型融合個体が、いつから中心区域を縄張りにしていたのかは分からない。
それ以前に、どこを動いていたのかも知らない。
「じゃあ昔ここを通った可能性もあるか」
アキトが言った。
「……まあ、それならおかしくないか」
大和も頷いた。
いつ付いた傷なのかも分からない。
少し離れている。
だが、それだけで別の融合個体だったと決める理由もない。
ルシアンは傷の位置を確認し、持っていた木板へ記録した。
「残すの?」
大和が聞く。
「見つけたから」
「融合個体の跡かもしれないって?」
「そこは推測。記録するのは傷と場所」
「なるほど」
大和はもう一度、壊れた壁を見る。
少し気にはなる。
だが古い傷だ。
今ここに怪物がいるわけでもない。
外では作業の声が聞こえている。
「戻るか」
アキトが言った。
「だな」
◇
大和たちは入口側へ戻った。
その日の午後には、最初の荷物が運び込まれた。
まず石材。
次に縄。
さらに雨に濡らしたくない布。
ベルから届いた魚の籠も運ばれてくる。
古い床の区画線に合わせるように、荷物が並んでいく。
ドランがそれを見ていた。
「この線、そのまま使えるな」
「昔の人が決めた置き場所?」
レティが聞く。
「理由は分からんが、分けるにはちょうどいい」
アビナが一つの区画へ入る。
「ここは魚ニャ」
大和が籠を見る。
「この前より増えてない?」
「道が近くなったニャ」
「そういうところは覚えてるんだな」
「魚ニャ」
「理由になってない」
ドランが言う。
「勝手に決めるな」
「分かりやすいニャ」
大和が言った。
「匂いも分かりやすくなるな」
アビナが笑う。
「じゃあ決まりニャ」
「決まってない」
少し離れたところで、ノルアが壁の案内図を見ていた。
「これから、この辺にも行くの?」
大和も横に立つ。
案内図には、まだ知らない道がいくつも描かれている。
「使えるなら、そのうち行くんじゃないか?」
「ヤマトも?」
「面白そうなら」
ノルアが少し笑った。
「前と同じだね」
「何が?」
「見たいから行く」
大和は考えてから頷いた。
「まあ、それでいいだろ」
その横をダガンが通っていく。
「明日、あっちも見てくる」
案内図にあった別の道を指していた。
大和が聞く。
「仕事?」
「いや」
「じゃあ何で?」
ダガンは少し考えた。
「何があるか知らないから」
それだけ言って、荷物を運びに戻っていった。
大和はその背中を見送った。
外では荷車がまた一台到着した。
荷物を持った者たちが建物へ入ってくる。
何百年も人が使っていなかった場所だった。
それが今日から、また物を置く場所になる。
昔と同じ用途なのかもしれない。
使っている者は、もう昔の人間ではない。
大和は入口の外へ出た。
遺跡都市の建物が、木々の向こうまで続いている。
今までは、何が残っているのかを調べる場所だった。
今日は違った。
必要だから使った。
だが、それだけでもなかった。
誰かが勝手に歩き、誰かが勝手に見つけ、その話が別の誰かへ伝わる。
大和が知らないところでも、少しずつ人が遺跡都市へ入っている。
振り返ると、倉庫になった建物の中を人が行き来していた。
壁には古い案内図があり、その奥には融合個体のものかもしれない巨大な傷がある。
そして案内図には、まだ誰も確かめていない道が何本も残っていた。
「そこ、もう少し右!」
中から声が飛んでくる。
「誰に言ってる?」
「ヤマト!」
「俺かよ」
大和は建物へ戻った。
その間にも、遺跡都市のどこかでは、誰かが知らないものを見つけているのかもしれなかった。




