第71話 湖の村
「俺も行く」
大和が言うと、シアが振り返った。
ベルから届いた籠を一つ持ち上げたところだった。中には、今朝運ばれてきた魚が入っている。
「どこに?」
「ベル」
「何しに?」
「魚食べに」
シアが少し黙った。
「それだけ?」
「それだけ」
大和が答えると、近くで荷物を見ていたレティが笑った。
「ずいぶん堂々としてるね」
「だって前から来ればって言われてたし」
シアは籠を持ったまま大和を見る。
「言った」
「じゃあ行っていいだろ?」
「駄目とは言ってない」
「よし」
話が終わった。
大和が満足していると、横からアビナが顔を出した。
「私も行くニャ」
「何しに?」
大和が聞く。
「魚食べにニャ」
「俺の真似しただけだろ」
「大和も魚食べに行くニャ」
「そうだけど」
レティも荷物を置いた。
「じゃあ私も行こうかな」
「増えたな」
少し離れたところにいたノルアがこちらを見る。
大和と目が合った。
「ノルアは?」
「行っていい?」
「もちろん」
「じゃあ行く」
シアは四人を順番に見る。
「みんな来るの?」
「駄目?」
レティが聞く。
「別に」
シアはあっさり答えた。
その時。
「俺も行く」
後ろから声がした。
大和は振り返る。
ラグだった。
「やっぱり来るんだ」
「何が」
「鹿?」
シアが先に聞いた。
ラグが答える。
「鹿も」
「魚は?」
「食う」
大和が笑う。
「前と全く同じじゃん」
ラグが眉を寄せた。
「行くって言っただろ」
「覚えてたんだ」
「お前と一緒にするな」
「まだ名前聞かなかった話引っ張る?」
「鹿は覚えてた」
「それもういいだろ」
シアが二人を見る。
「行くなら朝の方がいい」
大和が聞く。
「今日じゃないの?」
「今日はもう遅い」
「じゃあ明日?」
「朝」
大和は頷いた。
「決まりだな」
アビナが耳を動かす。
「遊びニャ」
大和は少し考える。
今回は否定する理由がなかった。
「そうだな」
◇
翌朝。
六人は中継地点を出た。
シアが先頭。
少し後ろにラグ。
大和、アビナ、レティ、ノルアが続く。
道は、つい最近まで怪物を避けるために遠回りしていたところを通っていた。
大和は歩きながら周囲を見る。
草が刈られた場所。
石を入れた路面。
荷車の車輪が通った跡。
昨日まで見ていた道だ。
「本当に使ってるな」
シアが振り返る。
「何が?」
「この道」
「使えるから」
「みんなそれ言うな」
「何で使わないの?」
「いや、使うけどさ」
大和は足元を見る。
自分たちで怪物を減らした。
ロウたちが道を直した。
次の日には荷車が通った。
そして今は、自分がその道を歩いてベルへ向かっている。
前に地図の上で見ていた線が、本当に村と村を繋いでいる。
ラグが突然、道の脇へ寄った。
大和が見る。
「何?」
ラグは地面を見る。
「鹿」
シアも振り返る。
「もう?」
ラグが指を差す。
土の上に小さな跡がある。
大和には、少し窪んでいるくらいにしか見えない。
「これ?」
「そう」
「本当に?」
ラグが大和を見る。
「何に見える」
「土」
「聞くんじゃなかった」
シアも近づき、跡を見る。
「小さい」
ラグが頷く。
「若い」
「分かるの?」
大和が聞く。
「大きさ」
「へえ」
ラグは道の外を見る。
森が続いている。
「こっちにもいるな」
シアが言う。
「いるって言った」
「セラのと同じかはまだ分からん」
「鹿は鹿でしょ」
「違う」
大和が笑う。
「ベルに着く前から始まった」
アビナが足跡を覗き込む。
「食べるニャ?」
ラグが答える。
「獲れれば」
シアが言った。
「今日は魚」
「鹿がいたら見る」
「見るだけ?」
「獲れるなら獲る」
「魚食べに来たんじゃないの?」
ラグが少し考える。
「両方でいい」
大和が言う。
「一番強い答え出たな」
◇
道は次第に下り始めた。
森の隙間から、明るい場所が見える。
最初、大和は空だと思った。
だが、その色が地面より低いところまで続いている。
少し進んで、木々が途切れた。
大和は足を止めた。
「……でか」
湖だった。
向こう岸は見える。
だが、今まで村の近くで見てきた川とは全く違う。
広い水面が朝の光を反射している。
風が吹くたび、細かな波が岸へ寄せていた。
アビナも足を止める。
「水いっぱいニャ」
「そのままだな」
「いっぱいニャ」
「まあ、そうなんだけど」
ノルアは何も言わず、水面を見ている。
レティも少し驚いたようだった。
「こんなに広いんだ」
シアだけは普通に歩いている。
大和が慌てて追う。
「シア」
「何?」
「毎日これ見てるの?」
「見る」
「慣れる?」
「何に?」
大和は湖を見る。
「大きさ」
シアも湖を見る。
「ずっとこれだから」
「そういうもんか」
ラグは湖ではなく岸辺を見ていた。
大和が気づく。
「ラグ、湖見ないの?」
「見てる」
「足元しか見てないけど」
「跡がある」
「やっぱり鹿?」
「違う」
ラグがしゃがむ。
「人」
大和も見る。
今度は分かった。
何人も歩いた跡がある。
岸に沿って道が続いていた。
少し先には、魚を入れるらしい籠が積まれている。
縄に似た太い網を広げている者もいた。
木の枠に魚が並べられ、風に当てられている場所もある。
村へ近づくほど、人が増えた。
網を直す者。
籠を運ぶ者。
魚を切っている者。
水際から何かを引き上げている者。
大和は辺りを見る。
「本当に魚の村だ」
シアが見る。
「だから言った」
「いや、もっとこう……」
「何?」
「魚が多い」
「魚の村だから」
「そうなるよな」
大和は笑った。
◇
ベル村へ入ると、すぐ何人かがシアに声を掛けた。
「戻ったのか」
「うん」
「そっちは?」
視線が大和たちへ向く。
シアが答える。
「ラナとセラ」
説明が短い。
一人の女が大和を見る。
「人間?」
「はい」
「大和?」
「そうです」
女は大和の耳を見る。
「本当に丸い」
大和は自分の耳に触れた。
「やっぱりそこなんだ」
アビナが言う。
「あと壊すニャ」
「広めるなって」
シアが少し笑った。
女はよく分からないまま、大和とアビナを見る。
「何壊した?」
「説明しなくていいです」
ラグが横から言う。
「板」
大和が振り向く。
「お前まで!」
ラグは普通に続ける。
「滑車も」
「何でそこまで知ってるんだよ」
シアが答える。
「有名だから」
「ベルまで来て言われると思わなかった」
女が笑った。
大和も諦めた。
シアが村の中を進む。
大和たちも付いていった。
干している魚の量は、中継地点で見るものよりずっと多い。
だが、それだけではなかった。
水を張った桶。
切ったばかりの魚。
塩らしいものを擦り込んでいる魚。
大きく開いて干しているもの。
形のまま吊るしているもの。
大和が一つずつ見る。
「全部違うんだな」
シアが答える。
「魚が違うから」
「干し方も?」
「変える」
「どれも同じように干すわけじゃない?」
「当たり前でしょ」
また言われた。
大和は少し笑った。
「俺、ベルに来てから当たり前って言われてばっかりだな」
「知らないから」
「そうだな」
それが嫌ではなかった。
◇
少し進んだところで、ラグが突然止まった。
大きな魚が置かれている。
大和の腕より長い。
ラグが見る。
「これ?」
シアも見る。
「何が?」
「前に言ってた大きい魚」
「これは普通」
ラグが少し眉を寄せる。
「普通?」
「もっと大きいのもいる」
ラグは魚を持ち上げようとする。
近くにいた男が言った。
「持っていいぞ」
ラグが両手で持つ。
「重いな」
シアが少し得意そうだった。
「魚も重いでしょ」
ラグは魚を見る。
「鹿の方が重い」
「またそれ?」
大和が言った。
シアもすぐ返す。
「一匹ならね」
ラグが見る。
「何匹持つんだ」
「籠いっぱい」
「それは魚じゃなくて籠が重い」
「中身は魚」
「籠もある」
大和は二人を見る。
「まだ勝負続いてるの?」
レティが笑う。
「本人たちは勝負だと思ってないんじゃない?」
「そうなの?」
ラグとシアが同時に答える。
「違う」
大和は笑った。
「そこだけ合うんだよな」
◇
昼が近づく頃。
シアが一軒の作業場へ入った。
屋根だけが大きく張り出し、その下に台がいくつも並んでいる。
そこで何人かが魚を捌いていた。
大和はすぐ手元を見る。
速い。
刃を入れる。
腹を開く。
内側を取り、必要な部分とそうでない部分を分ける。
魚の形によって切り方も少しずつ違う。
「うまいな」
大和が言う。
近くの女が顔を上げた。
「何が?」
「捌くの」
「毎日やってるから」
それだけだった。
シアが魚を一匹持ってくる。
「これ食べる?」
大和が見る。
朝に中継地点へ届いたものより、ずっと瑞々しい。
「今獲ったやつ?」
「朝」
「焼く?」
「何でも」
大和は魚を見る。
少し考えた。
そして、昔の食事を思い出した。
「これ、生で食べることある?」
シアが首を傾げる。
「そのまま?」
「うん」
近くにいた女が答えた。
「この魚なら、獲った日に少し食べることはある」
大和が見る。
「食べるんだ」
「味を見る時とか」
「じゃあいけるか」
シアが聞く。
「何するの?」
大和は少しだけ得意になった。
「俺のいたところに、魚を生のまま切って食べる料理があった」
アビナの耳が動く。
「焼かないニャ?」
「焼かない」
「煮ない?」
レティが聞く。
「煮ない」
ラグが魚を見る。
「干さない?」
「干さない」
シアが聞く。
「切るだけ?」
「基本は」
ラグが少し怪しい顔をした。
「料理なのか?」
「料理だよ」
大和は魚を指した。
「刺身って言う」
アビナが聞く。
「サシミ?」
「そう」
ノルアが魚を見る。
「大和、作れるの?」
大和は止まった。
少しだけ。
「……たぶん」
シアがすぐ見る。
「たぶん?」
「見たことはいっぱいある」
「作ったことは?」
大和は少し黙った。
「ない」
ラグが言う。
「駄目だろ」
「待て。理屈は知ってる」
「理屈」
「頭を落として、腹を開いて、骨に沿って三枚にする」
シアが聞く。
「三枚?」
「身、骨、身」
手で三つに分ける。
「それから皮とか骨を取って、切る」
シアは魚を見る。
「できる?」
大和はもう一度魚を見る。
「やってみれば分かる」
ラグが笑った。
「その言葉、好きだな」
「最近みんな言うんだよ」
◇
刃物を借りた。
大和は魚を前に立つ。
全員が見ている。
「そんな見る?」
アビナが答える。
「見るニャ」
「失敗待ちじゃないよな?」
レティが笑う。
「成功も見たいよ」
「言い方」
大和は魚を見る。
まず頭。
これは分かる。
刃を入れた。
思ったより硬い。
「あれ」
シアが聞く。
「何?」
「もうちょっと簡単に切れると思ってた」
「骨あるから」
「知ってるよ」
力を入れる。
頭が落ちた。
「よし」
ラグが言う。
「それは俺でもできる」
「今からだから」
次は腹。
刃を入れる。
ここも何となく分かる。
内側を取り、洗う。
そこまでは問題ない。
大和は少し自信を取り戻した。
「いけるな」
シアが黙って見ている。
「何?」
「まだ三枚じゃない」
「今から」
背中側から刃を入れる。
骨に沿わせる。
そのはずだった。
刃が止まる。
「……あれ?」
少し角度を変える。
進む。
だが、思っていた場所ではない。
身が一緒に骨側へ残っている。
大和は魚を持ち上げた。
「ちょっと待って」
ラグが横から覗く。
「残ってるぞ」
「分かってる」
「いっぱい」
「見れば分かる」
シアも覗く。
「そこ、もっと骨の近く」
「やってみる?」
「いいの?」
「いや、俺がやる」
「じゃあ続けて」
大和は再び刃を入れる。
今度は骨を意識しすぎた。
刃先が引っ掛かる。
「……難しいな」
アビナが言う。
「大和、下手ニャ」
「初めてなんだからしょうがないだろ」
「壊すニャ?」
「魚は壊さない」
大和が言った直後。
身の一部が変な方向へ裂けた。
少し静かになった。
大和は裂けた魚を見る。
アビナを見る。
「今のは壊したに入らないよな?」
アビナが考える。
「少しニャ」
「少しかよ」
ラグが骨側を指す。
「それ、肉残しすぎだ」
「魚だよ」
「身」
「言い換えても同じだよ」
「セラで鹿をこんな切り方したら怒られるぞ」
大和がシアを見る。
「魚なんだからシアに言って」
シアは骨を見る。
「私でもそんなに残さない」
大和は止まった。
「味方いないな」
レティが笑った。
ノルアも口元を少し緩めている。
◇
大和は何とか片側を外した。
形は悪い。
もう一方は、さらに悪い。
出来上がった三枚は、大和が知っている三枚おろしとはかなり違った。
中央の骨には、まだ食べられそうな身がたくさん残っている。
大和は腕を組んだ。
「まあ」
ラグが聞く。
「何だ」
「最初にしては」
シアが言う。
「下手」
「最後まで言わせてよ」
近くで見ていたベルの女が笑った。
「貸して」
大和が刃物を渡す。
女は別の魚を置いた。
ほとんど迷わない。
頭を落とす。
腹を開く。
刃を滑らせる。
大和が見ている間に、片側の身が外れた。
「早っ」
反対側。
それもすぐ。
骨にはほとんど身が残っていない。
大和は自分の魚と見比べる。
「全然違う」
女が答える。
「毎日やってるから」
朝と同じ答えだった。
大和が自分の手を見る。
「知ってるだけじゃ駄目だな」
シアが聞く。
「大和のところでは、みんなできたの?」
「いや」
大和はすぐ答えた。
「俺みたいにできない人の方が多かったと思う」
「じゃあ誰が作ってた?」
「店の人とか、料理する人」
「その人たちは毎日やってた?」
大和は少し考えた。
「たぶん」
シアが頷く。
「同じ」
大和は笑った。
「そうだな」
昔の料理を知っている。
名前も知っている。
どう切るのかも、大体は知っていた。
でも、それだけだった。
目の前のベルの人たちの方が、魚を扱うことについては遥かに上手い。
当然だった。
ここでは毎日、それをやっている。
◇
捌くところはベルの女に任せた。
大和は切るところだけ担当することになった。
「これならできる」
シアが聞く。
「本当に?」
「薄く切るだけだろ」
大和は身を置き、刃を入れる。
一枚。
少し厚い。
二枚目。
今度は薄すぎた。
三枚目。
斜めになった。
大和は止まった。
「……店のやつって、何で全部同じ厚さだったんだろ」
レティが覗く。
「これ違うの?」
「かなり」
アビナが一枚取ろうとする。
大和が手を止める。
「待って」
「食べるニャ」
「まだ並べてる」
「同じニャ」
「料理には見た目もあるんだよ」
シアが切った魚を見る。
「これで?」
大和は黙った。
皿代わりの板の上には、厚いもの、薄いもの、長いもの、短いものが並んでいる。
「今日は味で勝負しよう」
ラグが言う。
「切っただけだろ」
「そこは言わなくていい」
シアも一枚見る。
「何つけるの?」
大和が止まる。
「醤油」
「何?」
「あ」
忘れていた。
あるわけがない。
大和は少し考える。
「塩は?」
「ある」
「じゃあ塩で」
ラグが言った。
「刺身ってやつ、最初から違ってないか?」
「大体同じだよ」
「大体」
「細かいこと言うな」
◇
最初に食べたのは大和だった。
一枚取る。
少し塩。
口へ入れる。
噛む。
大和は少し止まった。
「どう?」
レティが聞く。
「うまい」
シアがすぐ言う。
「魚だから」
「刺身だからって言わせてよ」
だが、本当に悪くない。
焼いた魚とも、干した魚とも違う。
柔らかい。
噛むと魚の味がそのまま出る。
大和はもう一枚取った。
「これ、ちゃんと刺身だ」
ラグが聞く。
「本当に?」
「形は違うけど」
「形違うなら違うんじゃないか」
「食えば分かる」
ラグは板を見る。
手を伸ばさない。
シアが一枚取った。
何もつけず、そのまま食べる。
少し噛む。
大和が聞く。
「どう?」
シアはすぐ答えなかった。
もう一度噛む。
「柔らかい」
「生だからね」
「魚の味が強い」
「嫌?」
「嫌じゃない」
シアはもう一枚取った。
今度は少し塩をつける。
「こっちの方がいい」
大和が笑う。
「成功じゃん」
アビナも食べる。
「柔らかいニャ」
レティも続く。
「本当だ。いつもの干したのと全然違う」
ノルアも一枚取った。
しばらく噛む。
「変な感じ」
「嫌?」
大和が聞く。
「ううん」
もう一枚取る。
「じゃあ気に入った?」
ノルアは少し考えた。
「たぶん」
「その答え便利だな」
残るのはラグだった。
全員が見る。
ラグが眉を寄せる。
「何で俺を見る」
シアが言う。
「食べるんでしょ」
「食う」
ラグは一枚取った。
一番厚いやつだった。
大和が止める。
「それ俺が失敗したやつ」
「同じ魚だろ」
「そうだけど」
ラグが食べる。
噛む。
誰も言わない。
ラグも言わない。
さらに噛む。
飲み込む。
シアが聞いた。
「肉より?」
ラグはすぐ答えた。
「それとこれは別だ」
大和が笑う。
「逃げた」
「逃げてない」
ラグはもう一枚取った。
シアが見る。
「食べるんだ」
「うまくないとは言ってない」
「魚の方が上?」
「それは違う」
「じゃあ何で二枚目?」
「うまいから」
シアが少し笑った。
大和が言う。
「もうそれでいいだろ」
ラグも三枚目を取った。
「結構食うな」
「残す方が駄目だろ」
「そこはセラだな」
◇
大和が失敗した魚も無駄にはならなかった。
骨に残った身は削ぎ取られた。
一部は汁物へ。
形の悪いところは焼く。
皮も別に使う。
大和はそれを見ていた。
「全部使うんだ」
ベルの女が答える。
「食べられるから」
「ネイドみたいだな」
シアが聞く。
「何が?」
「イルのやつ。直せるものは直すって」
「魚は直さない」
「そうじゃなくて」
レティが笑った。
シアは少し考えた。
「食べられるところは食べる」
ラグが頷く。
「それはセラも同じ」
「そこは合うんだ」
大和が言う。
ラグとシアが同時に見る。
「普通だろ」
今度は言葉まで同じだった。
大和が笑う。
「やっぱり似てるところもあるじゃん」
二人とも何も答えなかった。
◇
食べ終わっても、すぐには帰らなかった。
理由は特にない。
アビナが水際へ行った。
ノルアも付いていく。
レティは魚を干していた女たちと、保存について話している。
ラグは村の男から、湖の反対側にある森について聞いていた。
大和はシアと湖の近くを歩いた。
水際には網が広げられている。
ところどころ破れており、何人かが直していた。
大和がしゃがむ。
「これ、ネイドに見せたら喜びそう」
シアが聞く。
「何で?」
「縄とか網とか直すの好きだから」
「好きなの?」
大和は少し考える。
「好きかは分からない」
「じゃあ何で」
「普通に直すから」
シアが網を見る。
「ベルでも直す」
「そうだよな」
大和は破れた部分を見る。
結び方が自分には分からない。
「でもやり方違うんだろうな」
「イルと?」
「たぶん」
「見せたら?」
「今度な」
自然にそう言っていた。
今度。
いつなのかは決めていない。
それでも、また誰かがここへ来ることを前提に話している。
大和は立ち上がった。
少し先で、アビナが水の中へ手を入れている。
「アビナ、落ちるなよ」
「落ちないニャ」
言った直後、大きな波が来た。
アビナが一歩下がる。
大和が笑う。
「危なかったじゃん」
「落ちてないニャ」
「今のは結果だろ」
ノルアが言う。
「大和もよく同じこと言うよね」
「何を?」
「大丈夫だったから大丈夫」
「そんな言った?」
レティが遠くから答える。
「言う」
「みんな聞いてるな」
シアも少し笑った。
◇
ラグが戻ってきた。
「向こうに鹿がいる」
大和が見る。
「聞いたの?」
「ああ」
シアが言う。
「だからいるって言った」
「種類を見る」
「今日は行かないよ」
ラグが湖の反対側を見る。
「遠い?」
「今日は」
「じゃあ次だな」
大和が少し笑った。
「ラグもまた来るじゃん」
ラグが見る。
「鹿見るからな」
「魚は?」
シアが聞く。
ラグは少し黙る。
「……あれば食う」
シアが笑った。
大和も笑った。
それで十分だった。
◇
夕方。
六人はベルを出た。
来た時より荷物が増えている。
アビナが魚を持っている。
レティも小さな籠を一つ。
ラグまで干していない魚を包んでもらっていた。
大和が見る。
「それ何?」
「魚」
「見れば分かる」
「持って帰る」
シアが聞く。
「セラで食べるの?」
「ああ」
「刺身?」
ラグが魚を見る。
「俺は切れない」
大和が言う。
「俺がやろうか?」
ラグが即答した。
「いらない」
全員が笑った。
「そこ即答する?」
「今日見た」
「次はもうちょっとうまくなるよ」
シアが言う。
「練習すれば」
「魚貸してくれる?」
「ベルでなら」
「じゃあまた来る」
シアが大和を見る。
少し間があった。
「次は、ちゃんと捌けるようになってから来て」
「だから教えてよ」
「私が?」
「ベルの人なら誰でもいいけど」
「ベルで?」
「ベルで」
シアは少しだけ笑った。
「じゃあ次」
大和も頷いた。
「次」
それで話は終わった。
誰も、また来ていいかとは聞かなかった。
道はもう知っている。
ベルがどこにあるかも知っている。
湖がどれくらい広いか。
魚をどう干すのか。
シアがどんな場所で暮らしているのか。
ラグが次に何を見たがっているのか。
少しだけ知った。
帰り道。
アビナが大和の横を歩きながら聞く。
「楽しかったニャ?」
大和は少し考えた。
「うん」
「魚失敗したニャ」
「そこだけ覚えるなよ」
「板も壊したニャ」
「今日は板壊してないだろ」
「魚ニャ」
「魚も壊してない」
ノルアが後ろから言う。
「少し壊した」
大和が振り返る。
「ノルアまで?」
レティが笑う。
ラグまで少し笑っている。
大和は前を向いた。
少し先をシアが歩いている。
その向こうには、昨日までより短くなった道が続いている。
大和はもう何も言わなかった。
次にベルへ来る時は、もう少し綺麗に魚を切れるようになっていたいと思った。




