第70話 道を空ける
中継地点の机の上に、大きな地図が広げられていた。六つの村と、それらを結ぶ道、遺跡都市、そして怪物が目撃された場所。以前より、ずいぶん書き込みが増えている。地図の周りには、六村から来た者たちが集まっていた。壁際には縄の束があり、その隣にはイルから運ばれてきた布が置かれている。
入口の近くでは、トダの男たちが石材を降ろしている。外からは荷車の車輪が地面を転がる音が聞こえていた。少し前まで、ここは休憩と物資保管のための場所だった。今では誰かが来て、誰かが出ていく。大和は地図を覗き込みながら言った。
「こうして見ると、結構いるな」
ルシアンが答える。
「遺跡都市側はね」
地図には小さな印がいくつも付けられている。一つ一つが怪物の目撃地点だ。ただし、すべてが今もそこにいるわけではない。移動した個体もいれば、すでに倒された個体もいる。何日も確認されていない場所もある。ルシアンは別の木板を横へ置いた。
「こっちは最近の記録だけ」
印の数がかなり減る。シェルドが腕を組んだ。
「問題は、どこから手を付けるかだ」
大和は地図を見る。怪物が多い場所なら、遺跡都市に近い方だ。だが、そこへ行くには遠い。
「多いところから倒すんじゃないのか?」
「それも考えた」
シェルドが一本の道を指す。
「だが、ここを見ろ」
中継地点から伸びた道だった。途中で二つに分かれ、それぞれ別の村の方向へ向かっている。その周辺に、怪物の印が三つ。大和が見る。
「この辺?」
「使われている」
シェルドが答える。
「ただし、遠回りしている」
レティが横から地図を覗き込んだ。
「荷物が多いと大変なのよ。道はこっちの方がいいのに、怪物が出るから避けてるの」
近くにいたシアも地図を見る。
「ベルから来る時も、こっちを使えれば早い」
大和が振り向く。
「魚?」
「魚も」
「やっぱり魚なんだ」
「他の物もある」
「はい」
シアは指で道をなぞった。
「今はこっちへ回ってる」
かなり大きく迂回している。大和が聞く。
「どれくらい違う?」
「半日までは違わない」
「結構違うじゃん」
「魚なら違う」
「何で?」
「時間が掛かるから、遠くへ持っていく物はよく干す」
大和は少し考えた。
「じゃあ、この道使えたら?」
「もう少し柔らかいのも持っていける」
大和の顔が少し変わった。
「この前言ってたやつ?」
「何が?」
「ベルで食べる魚。もっと柔らかいって」
シアが頷く。
「持ってこられるかも」
「それはいいな」
シアが少し笑う。
「魚の方が上って分かる」
大和が止まる。
「まだ続いてるの、それ」
少し離れたところからラグが言った。
「肉の方が上だ」
「何でそこ聞こえてるの?」
「聞こえた」
シアがラグを見る。
「ベルに来れば分かる」
「鹿もいるんだろ」
「魚の話してる」
「鹿も見る」
大和は二人の間から地図へ戻った。
「はい。次」
トダから来ていたダガンが別の道を指した。
「石もこっち」
「石?」
「遠回りしている」
「魚より重いな」
「かなり」
大和が言う。
「今はどうしてるの?」
「運ぶ量を減らす」
「それしかないか」
「荷車で遠回りすると時間が掛かる」
ロウも地図を見ていた。
「道が悪いところもある」
大和が見る。
「ロウも使う?」
「カダから荷物を回す時にな」
「じゃあ結構重要な道なんだ」
「だから残ってる」
大和は道を見る。地図の線はただの一本だった。だが、その一本を使いたい理由は村ごとに違う。魚、石、麦、布、縄、そして人。シェルドが言った。
「怪物が一番多い場所を先に減らす必要はない」
アビナが耳を動かす。
「邪魔なところから倒すニャ?」
「そうなる」
「そっちの方がいいニャ」
即答だった。大和も同じことを思った。怪物を倒すことそのものが目的ではない。安全に歩ける場所と、荷物を運べる場所を増やすために怪物を減らす。ルシアンが三つの印を指でなぞった。
「この周辺では、ここしばらく三体が繰り返し確認されている」
大和が聞く。
「同じ三体?」
「おそらく。ただし確実ではない」
「三体倒して、それでもまた出たら?」
「記録を続ける」
「出なかったら?」
「少なくともこの周辺では減ったと考えられる」
大和は地図を見直した。シェルドが道の両側へ線を引く。細長い範囲が囲われた。
「まずはここだ」
「全部調べる?」
「この中を先に見る」
ラグが地図を覗く。
「痕跡を探せばいいんだな」
「頼む」
ダガンが言う。
「見つけたら捕まえる」
ネイドが続ける。
「吊るす」
シアが続ける。
「記録する」
ルシアンが頷いた。大和が周囲を見る。
「何かもう決まってるな」
アキトが言う。
「前にやっただろ」
「そうなんだけど」
シェルドが言った。
「今日から始める」
「早いな」
「決めたなら待つ理由がない」
大和は少し笑った。
「それはそうだ」
◇
その日のうちに、最初の捜索が始まった。全員で森を歩き回る必要はない。ラグたちが先に痕跡を探し、見つけたら知らせる。そこから必要な人数だけが動く。以前のように、怪物へ出会ってから慌てて人を集めるのではない。先に場所を決め、役割も決めている。大和はアキトと歩きながら周囲を見た。
「なんか変な感じだな」
「何がだ?」
「怪物を探しに行ってる」
「今までも探したことはあるだろ」
「そうなんだけど」
少し違う。以前は怪物を倒すために探した。今は、この場所から怪物をいなくするために探している。似ているようで、目的が違う。少し先からラグが戻ってきた。
「いた」
全員の動きが変わる。
「一体。道から少し入ったところ」
シェルドが聞く。
「動いてるか?」
「ゆっくり」
「こっちには気づいてない?」
「まだ」
短いやり取りだけで十分だった。ダガンが盾を持つ。シアが投槍を一本抜く。ネイドが縄を確認する。アキトとロウが左右へ分かれる。大和には特に指示がない。大和は自分から少し後ろへ下がった。アキトが見る。
「そこ?」
「必要になるまで」
「分かってきたな」
「最近ね」
怪物が姿を現した。四本脚で、肩の一部が異様に盛り上がっている。低い唸り声を上げながらこちらを見て、最後に大和へ視線を止めた。
「やっぱり俺か」
怪物が走り、ダガンが正面へ出る。ぶつかった瞬間に盾が鳴り、ダガンの足が滑る。それでも止めた。ラグが横から進路をずらす。アキトとロウが左右へ回る。シアが構える。
「投げる!」
槍が飛び、後ろ脚へ刺さる。怪物の身体が崩れた。ラグが金具を三回鳴らした。ネイドが入り、一本、二本と縄が掛かる。怪物が暴れ、そのうち一本が外れた。その瞬間だけ、大和が動いた。頭を横から押さえる。
「今!」
新しい縄が掛かり、数人が引く。怪物の身体が地面へ倒れると、大和は手を離して少し離れた。それだけだった。アビナが離れたところから聞いた。
「終わりニャ?」
シェルドが答える。
「戦闘はな」
怪物はまだ生きている。だが、もう逃げられない。あとは吊るす。大和が自分の手を見る。
「今回、触ったな」
アキトが聞く。
「不満か?」
「いや」
少し考える。
「前より出番少ないなって」
「いいだろ」
ロウが横から言った。
「必要な時だけ動けば」
大和が見る。
「ロウまでそれ言う?」
「違うのか?」
「違わない」
ロウはもう怪物を見ていなかった。道の方を見ている。
「ここ、荷車通ってたんだな」
大和も見る。草に覆われている。だが、道幅はある。
「分かる?」
「端が残ってる」
「俺には普通の道に見える」
「道なんだから普通だろ」
「そういう意味じゃなくて」
一体目は、その日のうちに隔離された。
◇
翌日、二体目が見つかった。今度は大和が触れる必要すらなかった。ダガンが受け、ラグが流し、シアが脚へ入れ、ネイドが縄を掛ける。アキトとロウが押さえた。大和は最後まで少し離れた場所にいた。終わったあと、怪物を見ながら言う。
「俺、何もしてない」
アキトが答えた。
「いた」
「いるだけ?」
「必要になったら動くんだろ」
「まあ」
ロウが言う。
「必要なかったんだからいいじゃないか」
大和は二人を見る。
「何かみんな慣れたな」
アキトが聞く。
「何に」
「俺が何もしないこと」
「前から何もしない時はあるだろ」
「そうだけど」
ラグが縄を確認しながら言う。
「暇なら道見ろ」
「急に仕事増えた」
◇
三体目は少し離れた場所にいた。発見まで二日掛かった。逃げようとしたが、ラグが先に進行方向を読み、シアが外側から寄せ、最後にはネイドの縄へ掛かった。大和はほとんど動かなかった。三体とも吊るされた。そこから先は待つだけだ。だが、怪物が死ぬまで何もしないわけではなかった。ロウが言った。
「道、見ておくか」
大和が振り向く。
「今?」
「怪物は捕まえた」
「まだ死んでないぞ」
「吊られてるだろ」
「まあ」
ダガンも立ち上がった。
「見る」
ネイドも来る。シアまで立った。大和が周囲を見る。
「みんな来るの?」
シアが答える。
「使うから」
「魚?」
「魚も」
「はい」
バルも中継地点から合流した。大和が聞く。
「バルも?」
「道なら見ておく」
ロウがすぐ言う。
「お前が見るのは道じゃない」
「またそれか」
「荷車通れないところは今いらない」
「歩ける」
「今回は荷車だ」
大和が笑った。
「その話まだ続いてるんだ」
ロウが見る。
「終わってない」
「何か違う気がするけど」
◇
怪物が出ていた範囲を避けながら、使われなくなっていた道を歩いた。昔はもっと人が通っていたらしい。草が伸び、端には木の根が入り、一部では土が削れている。それでも、道そのものは残っていた。ロウが最初に足を止めた。
「ここ」
大和が見る。
「何?」
「狭い」
「普通に通れるけど」
「荷車」
「ああ」
ロウは道の曲がりを見る。
「こっちから来ると曲がりにくい」
バルが横の森を見る。
「こっち抜ければいい」
ロウが振り向く。
「荷車が?」
「人が」
「だから荷車の話してるだろ」
「歩くならこっちが早い」
大和が二人を見る。
「はいはい。バルさんの道とロウの道は違うんですよね」
二人が大和を見る。
「何だそれ」
「この前聞いたから覚えた」
バルが少し笑う。
「分かってきたな」
「何を?」
「道」
ロウが答える。
「分かってない」
「どっちだよ」
少し先でダガンがしゃがみ込んでいた。地面を手で払う。大和が近づく。
「何してるの?」
「ここ沈む」
「分かるの?」
ダガンは地面を踏んだ。
「柔らかい」
大和も踏む。
「……ちょっと?」
「荷車が重いともっと沈む」
ネイドも来た。
「石を入れる?」
ダガンが頷く。
「入れる」
「どの石?」
大和が聞く。ダガンが当然のように言う。
「道の石」
「この前聞いたやつだ」
ダガンが怪訝そうに見る。
「何だそれ」
「いや、こっちの話」
ネイドが路面を見る。
「ここだけ高くするな」
ダガンが見る。
「平らにする」
ロウも戻ってきた。
「こっちまで入れて」
少し長い範囲を指す。ダガンが見る。
「そこまで?」
「途中だけ高いと車輪が跳ねる」
「ならそこまで」
大和がロウを見る。
「道になると細かいな」
「荷車が倒れたら面倒だろ」
「普通に分かりやすい理由だった」
ダガンが言う。
「石を運ぶ」
大和が聞く。
「石を運ぶ道にするために、石を運んでくるの?」
「ああ」
「何かすごい循環してるな」
ダガンは意味が分からないようだった。ネイドが言う。
「積みすぎるな」
「何を」
「石」
「運べるだけ運ぶ」
「縄が傷む」
「太くすればいい」
ネイドがダガンを見る。
「またそれか」
大和が吹き出した。
「もうそれ二人の挨拶みたいになってない?」
二人とも笑わない。本気だった。
◇
さらに進む。道の端へ伸びた枝を何本か落とす。荷車が引っ掛かりそうな根を確認する。ネイドは木の枝が張り出している場所で止まった。
「ここも切る」
大和が見る。
「荷車通れるだろ?」
「布」
「ああ」
「横へ積むと引っ掛かる」
シアも見る。
「魚は?」
ネイドが答える。
「積み方次第」
シアが少し考える。
「籠なら大丈夫」
大和が聞く。
「魚、この道になったら本当に変わる?」
「何が?」
「干し方」
シアは少し考えた。
「全部は変わらない」
「そりゃそうか」
「保存する分は干す」
「でも?」
「早く着くなら、今より柔らかいのも持っていける」
「やっぱり」
大和は少し嬉しくなった。
「食べてみたい」
シアが言う。
「ベルに来ればすぐ食べられる」
「それはそうなんだけど」
「来ないの?」
「行くよ。そのうち」
ラグが少し後ろから言った。
「俺も行く」
シアが見る。
「鹿?」
「鹿も」
「魚は?」
「食う」
大和が言う。
「そこは進歩したな」
ラグが眉を寄せる。
「最初から食わないとは言ってない」
「肉の方が上なんだろ?」
「上だ」
シアが即座に言う。
「違う」
大和は笑った。
「はい、道の話に戻ろう」
◇
道を見るだけのつもりだった。だが、一度見始めると、直す場所が次々に出てきた。翌日にはトダから石が来た。ダガンだけではない。数人が荷車で運んでくる。ネイドたちは荷物を固定する縄を見ている。ロウは石を入れる範囲を確認する。バルは道の横を歩き、森側から怪物や獣が入りそうな場所を見ている。
大和は石を降ろしながら言った。
「これ結構重いな」
ダガンが答える。
「軽い方だ」
「これで?」
「道に使う」
「それ重さ関係ある?」
「ある」
「聞くと長くなりそうだから後でいい」
ダガンは少し不満そうだった。ロウが遠くから声を上げる。
「そこじゃない!」
大和が止まる。
「俺?」
「その石、こっち!」
「はい!」
大和が持っていく。アビナが笑う。
「大和、運ぶ係ニャ」
「何か役割雑じゃない?」
「速いニャ」
「この重さ持って走らないよ」
「壊すニャ」
「壊さない」
ダガンが言う。
「落とすな」
大和が見る。
「ダガンまで?」
「石が欠ける」
「俺の心配じゃないんだ」
「石は道に使う」
「知ってるよ」
少し離れたところで、ロウとバルがまた話している。
「こっちは残す」
バルが言う。ロウが見る。
「何で?」
「森へ入れる」
「荷車はいらないだろ」
「見回りで使う」
ロウは少し考えた。
「じゃあ残す」
大和が近づく。
「今日は喧嘩しないんだ」
ロウが言う。
「してない」
「前も?」
「してない」
バルも言う。
「道の話してただけだ」
「二人ともそう思ってたんだ」
大和は笑った。
◇
怪物三体は、まだ生きている。動きは少しずつ鈍くなっていた。再生も遅くなる。だが、完全に死んだとは言えない。だから正式に安全になったとも言えない。それでも、道は少しずつ整っていく。人が通る前に。荷車が通る前に。誰かに命令されたわけでもない。使いたい者が、使えるようにしている。
大和はその様子を見ながら、少し変な気分だった。怪物を倒すために戦ったはずなのに。今、目の前でやっているのは道直しだった。
「これ」
アキトが見る。
「何だ」
「怪物の話だったよな?」
「そうだな」
「何で俺、石運んでるんだろ」
「道使うためだろ」
「正しいんだけどさ」
アキトも石を持ち上げる。
「なら運べ」
「はい」
◇
その間にも、中継地点は普通に動いていた。朝になると荷物が届く。昼には誰かが出ていく。夜になると、そのまま泊まる者もいる。大和が戻った日、外ではベルから来た者が干し魚を広げていた。シアもいる。大和が聞く。
「また持ってきたの?」
「減るから」
「誰がそんなに食ってるんだ?」
男は少し考えて、大和を見る。
「お前もだろ」
「俺かよ」
横でアビナが笑った。
「ヤマト、よく食べるニャ」
「最近はそうでもないだろ」
「怪物と戦った日は多いニャ」
「それは……まあ」
シアが干し魚を見る。大和が聞いた。
「まだ硬いやつ?」
「道がまだ使えるって決まってない」
「そりゃそうか」
「使えるようになったら持ってくる」
「覚えてたんだ」
「言ったから」
大和は少し笑った。レティが魚を一つ手に取る。
「これ、ラナにも持って帰る?」
アビナがすぐ言う。
「持って帰るニャ」
大和が答える前だった。
「決まるの早いな」
そんなやり取りをしている横で、トダの者たちは石材を降ろす。イルの者が傷んだ縄を直している。誰かが指示しているわけではない。必要だから、それぞれ動いている。大和は少し立ち止まり、その様子を見る。前なら、何かを作る時は自分も中にいた。今は、自分の知らないところで物が届く。直される。別の場所へ運ばれる。
道まで直される。それを見ているのも悪くなかった。
◇
日が過ぎた。吊られた怪物の動きが鈍くなり、再生も遅くなる。傷も閉じなくなり、一体、また一体と動かなくなった。最後の一体が完全に腐敗し始めた頃、ルシアンは地図の三つの印へ線を引いた。大和が聞く。
「これで終わり?」
「討伐はね」
「じゃあ安全になった?」
ルシアンは少し考えてから答える。
「それは、まだ」
大和は眉を上げた。
「また出るかもしれない?」
「その可能性はある」
「やっぱり慎重だな」
「確認していないだけだよ」
ルシアンは地図を見る。
「だから、見る」
巡回が続いた。一日。二日。数日。新しい痕跡は見つからない。以前なら、何度か足跡や壊れた木が確認されていた場所だった。さらに日が過ぎても、何も出ない。ルシアンが新しい記録を木板へ書く。
「少なくとも、この辺りでは減っている」
今度はそう言った。大和が地図を見る。三つあった印には線が引かれている。その周囲に、新しい印は増えていない。本当に減った。倒せばいなくなる。当たり前のようなことなのに、怪物相手ではずっと当たり前ではなかった。アキトが聞く。
「じゃあ次もやるのか?」
シェルドは別の場所を見ている。
「やる」
レティが聞く。
「次はどこ?」
シェルドはすぐには答えなかった。地図の上には、まだいくつもの印が残っている。だが、以前とは違う。全部を一度にどうにかする必要はない。一つずつ減らせばいい。大和もその先を見る。道はまだ続いている。危険な場所も、まだいくらでもある。
◇
翌朝、大和が中継地点の外へ出ると、荷車が一台こちらへ向かってきていた。見覚えのある道だった。
「あれ?」
大和は立ち止まる。今までなら、途中で別の道へ曲がっていたはずだ。荷車はそのまま真っ直ぐ進んでくる。横にいたレティも気づいた。
「あっち通ったんだ」
荷車を引いてきた男が、大和たちの前で止まった。荷台には袋がいくつも積まれている。大和が言う。
「早かったな」
男は首を傾げた。
「何が?」
「道。そっちから来たんだろ?」
「ああ」
「もう使ってるの?」
男は後ろを振り返った。
「怪物、いないんだろ?」
「今のところは」
「なら、遠回りする必要ないじゃないか」
それだけ言って、また荷車を引き始める。大和は少し黙った。
「許可とかないんだ」
レティが笑う。
「何の?」
「道使っていいですよ、みたいな」
「道でしょ?」
「まあ、そうなんだけど」
少しして、もう一人が同じ道から歩いてきた。その後ろにも人影がある。昨日までは静かだった道。今は、人が来る。ロウが向こうから歩いてきた。大和が指す。
「もう使ってるぞ」
「見れば分かる」
「早くない?」
ロウは荷車の跡を見る。
「通れるようにしたんだから、通るだろ」
「何かもっと様子見るのかと思ってた」
「何を?」
「本当に安全かとか」
「見回りはする」
「その間も使う?」
「使えるなら」
ロウは普通に答えた。少しして、道の向こうから別の荷車が見えた。今度は石。大和が目を細める。
「トダ?」
ダガンが荷車の横を歩いている。近づいてくる。大和が聞く。
「早くない?」
ダガンが答える。
「石がいる」
「道直す?」
「ああ」
「道が使えるようになったから、さらに道直すんだ」
「そうだ」
「やっぱり循環してる」
ダガンは意味が分からない顔をした。その荷車の後ろには、ネイドがいた。積まれた石を固定している縄を見ている。大和が聞く。
「太くした?」
ネイドが見る。
「何を」
「縄」
「してない」
「ダガンに言われたでしょ」
「必要ない」
後ろからダガンが言う。
「太い方がいい」
ネイドが振り返る。
「重い」
大和が笑った。
「朝からそれやるんだ」
さらに人が来た。今度はベル。大和はすぐ荷物を見る。籠。シアもいる。
「魚?」
「魚」
「柔らかいやつ?」
シアは一つの籠を見る。
「少し」
大和の顔が明るくなる。
「もう?」
「早く着いたから」
「本当に変わった」
シアが聞く。
「何が?」
「道一本で」
シアは少し考える。
「近くなっただけ」
「それが大きいんだろ」
シアは否定しなかった。ラグがいつの間にかシアの籠を見ている。
「それ、前のより柔らかい?」
シアが見る。
「食べる?」
「食う」
「肉より?」
ラグが止まる。大和が言った。
「朝から始めるなよ」
少し離れたところで、バルが森側から戻ってきた。ロウが聞く。
「どうだった?」
「痕跡なし」
「じゃあ今のところ問題ないな」
バルが荷車の列を見る。
「増えたな」
ロウが答える。
「道だからな」
「俺の道も残ってるぞ」
「はいはい」
大和が先に言った。二人が見る。
「何だ?」
「バルさんが歩く道と、ロウが荷車通す道は違うんですよね」
バルが少し笑う。ロウは大和を見る。
「本当に覚えたな」
「何回も聞いたから」
レティが横で笑った。一台。また一台。荷車が新しい道から入ってくる。魚。石。布。麦。人。同じ方向へ行く者もいる。中継地点で荷物を置き、別の村へ向かう者もいる。誰かが「今日からこの道を使え」と命令したわけではない。道が空いた。だから使う。それだけだった。大和はしばらく、その流れを見ていた。
地図の上では、三つの印が消えただけだった。実際には違う。魚が少し柔らかくなった。石を多く運べるようになった。布の遠回りが減った。荷車が真っ直ぐ来るようになった。人が歩くようになった。一つの道が戻ってきた。そして、その道を使う人間は、もう大和が何かを言うのを待っていなかった。レティが言う。
「使う方は早いのよ」
大和は少し笑った。
「そうみたいだな」
道の向こうから、また一人歩いてきた。その後ろにも、誰かいる。大和はもう数えなかった。




