第69話 偏り
怪物の記録は少しずつ増えていた。最初はラナ村の周囲やカダへ続く道、中継地点の近く。そのくらいだった。今は違う。中継地点の壁には大きな板が掛けられ、そこに六つの村と道、川、湖、遺跡都市が、分かる範囲だけ描かれていた。
正確な地図ではない。距離も方向も少しずつずれており、道も全部ではない。誰かが歩いた場所、覚えていた道、荷車が通るところ、狩りで使うところ。そうした線が少しずつ足されて、前よりずっと広い地図になっていた。大和はその板の前に立っていた。
「増えたな」
隣で、アビナが首を傾げる。
「何がニャ?」
「点」
怪物を見つけた場所には小さな印が付き、見ただけなのか、戦ったのか、捕まえたのか、死んだのかで形も少しずつ分けられるようになっていた。アビナが一つを指す。
「これ何ニャ?」
「目撃だけ」
「こっちは?」
「倒した」
「これは?」
大和も見る。少し変な形だ。
「……何これ」
ルシアンが後ろから答えた。
「場所が分からなかった」
「じゃあ何で書いたの?」
「この辺り、という記録」
「なるほど」
アビナが笑う。
「大和が描いた怪物より分かりにくいニャ」
「俺、怪物描いてないから」
「前に描いたニャ」
「それ俺じゃない」
アビナが少し考える。
「私だったニャ」
「自分で忘れてるじゃん」
ルシアンは二人を無視して、別の小さな印を追加した。大和はその手元を見る。
「それ今日の?」
「昨日」
「どこから?」
「ベル」
「また増えたな」
ルシアンは答えず、その横へ短い線を書いた。大和には意味が分からない。
「それは?」
「見つけたが近づいていない」
「そんなのも分けるの?」
「分けた方がいい」
「細かいな」
「後で分からなくなる」
「それは困る」
大和は素直に納得した。地図を見る。怪物の点、村、道。その間に、知らない線がどんどん増えている。少し前まで、六つの村がどこにあるのかさえ大和はちゃんと知らなかった。今は、その間の道まで壁に描かれている。
◇
ここしばらく、怪物が出るたびに情報が中継地点へ集まるようになっていた。どの村の近くか、どの道か、何人で見たか。戦ったのか、逃げたのか、拘束したのか、死んだのか。全部がすぐ届くわけではない。二日後、三日後、もっと遅いこともある。誰かが木の板や布、紙の代わりに使っている薄い木片を持ってくる。
書き方もまだばらばらだった。それをルシアンたちがまとめている。その日、シアがベル村から持ってきた板を机へ置いた。
「これで最後」
ルシアンが受け取る。
「外側も?」
「見た」
大和が聞いた。
「外側?」
シアが地図のベル村から、遺跡都市とは反対側、湖を越えたさらに向こうを指した。
「こっち」
「そこまで行くの?」
「行く」
「何しに?」
シアが大和を見る。
「色々」
「色々って」
「狩り」
「ベルって魚だけじゃないんだ」
シアの目が少し細くなった。
「魚だけで暮らしてると思ってたの?」
「いや」
大和は少し考える。
「ちょっと思ってた」
「何で」
「この前、魚が肉より上ってあんなに言ってたから」
シアは少し黙った。
「魚の方が上なのと、魚しか食べないのは別」
「まだそこは譲らないんだ」
「譲る理由ない」
大和は笑った。シアは気にせず地図へ戻る。
「湖の向こうにも獣はいる」
「鹿?」
「いる」
少し離れたところにいたラグが反応した。
「どんな鹿?」
シアが振り向く。
「鹿」
「大きさ」
シアが手で示す。ラグが見る。
「小さい」
「大きいのもいる」
「角は?」
シアがまた手を動かす。ラグが少し眉を寄せた。
「セラのとは違う」
シアが言う。
「鹿は鹿でしょ」
ラグがすぐ返す。
「違う」
大和が二人を見る。
「始まった」
シアがラグを見る。
「何が違うの?」
「足」
「足?」
「山にいるやつと、平らなところにいるやつで違う」
「ベルの外も平らじゃない」
「どんなところだ」
シアは地図の外側を指でなぞる。
「湖から離れると森。その先は少し高い」
ラグの表情が変わった。今度は本当に興味があるらしい。
「木は多い?」
「多いところもある」
「地面は?」
「湿ってるところと乾いてるところ」
「足跡残る?」
「雨の後なら」
大和が口を挟む。
「二人とも鹿の話になると細かいな」
ラグが言う。
「鹿だけじゃない」
「何でも?」
「獲物なら」
シアも言った。
「私も魚だけじゃない」
大和が頷く。
「それは今分かった」
シアはもう一度地図の外側を見る。
「何日か歩くこともある」
ルシアンが聞く。
「怪物は?」
「ほとんど見ない」
「一体も?」
「今回は」
少し考える。
「前も少ない」
大和が地図を見る。
「そんなに外まで行って、それでも?」
「うん」
「ベルだけ?」
「セラも似てる」
ラグが答えた。大和が振り向く。
「そうなの?」
ラグは地図上のセラを指した。そこから、遺跡都市とは反対側。
「こっちへ狩りに行く」
「どれくらい?」
「獲物次第」
「遠くまで?」
「行く時は」
「何日?」
「何日か」
「シアと同じくらいじゃん」
ラグは少し嫌そうな顔をする。
「場所が違う」
「そこ張り合うところ?」
シアが言った。
「ベルの方が湖がある」
ラグが見る。
「セラには森がある」
「ベルにもある」
「セラの方が多い」
「見たの?」
ラグが止まった。大和が笑う。
「まだベル行ってないんだ」
「行けば分かる」
シアが言う。
「魚もいる」
「また魚に戻した」
ラグは少し考えた。
「鹿もいるなら行ってみたい」
シアが僅かに笑う。
「魚は?」
「食う」
「肉より?」
「それは別」
大和は二人から地図へ視線を戻した。
「で、セラの外側も怪物少ない?」
ラグも話を戻す。
「少ない」
「逆は?」
「いる」
「遺跡都市の方?」
「ああ」
「結構?」
「結構」
「同じだな」
ラグは頷いた。
「狩りに出る時も、街側へ行く方が怪物を気にする」
「獣じゃなくて?」
「両方見る」
「分かるの?」
ラグが大和を見る。
「何が」
「怪物と獣の足跡」
「分かる」
即答だった。
「そんな違う?」
「違う」
「どう違う?」
ラグは少し考える。
「歩き方が変だ」
「変?」
「獣は普通に歩く」
「怪物は?」
「身体による」
「それじゃ分からない」
ラグは地面へ指で四つの点を描いた。
「四脚でも、重さの掛かり方が違う。脚の長さが揃ってないやつもいる。爪も違う」
大和が見る。
「そんなところまで見るんだ」
「見るだろ」
ラグには当然らしい。シアが横から言う。
「水辺ならもっと分かる」
「何で?」
「跡が残る」
「なるほど」
ラグがシアを見る。
「乾いたところでも分かる」
「聞いてない」
「何か競争になってない?」
大和が言った。
◇
昼前になると、中継地点へ人が増えた。トダからダガン、イルからネイド、カダからロウとバル。ラナからシェルド、アキト、レティ、ノルアも来ている。別に会議をする予定だったわけではない。荷物を持ってきた者、帰る途中の者、訓練に来た者が、それぞれ中継地点へ寄っただけだった。
大和は相変わらず地図の前から動いていない。レティが横へ来る。
「何してるの?」
「見てる」
「それは分かる」
「怪物」
レティも地図を見る。
「多いね」
「うん」
大和は遺跡都市側を見る。印が多い。そこから六つの村を越え、さらに外側へ行くほど減る。完全ではない。誰も行っていない場所なら、怪物がいても印は付かない。大和は少し間を置いて聞いた。
「これさ」
「何?」
「片寄ってない?」
レティがもう一度見る。大和は遺跡都市の近くを指した。
「こっち多いだろ」
「うん」
「村の外側は少ない」
「ベルの方?」
「ベルだけじゃない」
シアとラグを見る。
「二人ともそうだって」
ルシアンが記録板から顔を上げた。
「俺も見ていた」
大和が振り向く。
「やっぱり?」
「まだ決められない」
「記録の数が足りない?」
「それもある」
ルシアンが地図の前へ来る。
「人が通る場所が違う」
大和はすぐ頷いた。
「ああ」
道、狩り場、畑、水場。人が多く通る場所ほど怪物も見つけやすい。大和が少し残念そうに言う。
「じゃあ、見かけだけか」
「まだ分からない」
シアが口を挟んだ。
「外にも行ってる」
ラグも頷く。
「俺たちも」
そこでロウが近づいてきた。
「カダも村より向こうへは行くぞ」
大和が見る。
「どこまで?」
ロウが地図を指す。カダの外側。
「こっち」
バルがその指を見た。
「そこなら、こっちから行く方が早い」
別の線を指す。ロウが見る。
「それ道じゃないだろ」
「通れる」
「人はな」
「俺も人だ」
「荷車通らないだろ」
バルが少し考える。
「荷車は通らない」
「ほら」
大和が二人を見る。
「同じ村なのに違う地図見てない?」
ロウが言う。
「バルは道じゃなくても通る」
バルが答える。
「通れるなら道だろ」
「違う」
「何が」
「荷物を運べない」
「持てばいい」
「全部?」
「持てる分だけ」
ロウは少し呆れた顔をした。
「だからお前は狩りなんだよ」
「何が悪い」
「悪いとは言ってない」
大和が笑う。
「ロウは荷車基準なんだ」
「人と荷物が通れないなら、道として使いにくいだろ」
バルが言う。
「見回りなら使える」
「だから用途が違うんだって」
大和は地図を見る。同じカダでも、ロウが見ているのは村と村を繋ぐ道。バルが見ているのは、自分が歩ける場所。大和が聞く。
「で、外側に怪物は?」
ロウは少し考えた。
「少ないな」
バルも頷く。
「街の方へ行く時の方が警戒する」
大和を見る。
「昔、お前と道を調べた時もそうだっただろ」
「そういえば」
大和はカダへ向かった頃を思い出す。森と道、その途中で出会った怪物や融合個体。何度も戦った。反対側へはほとんど行ったことがない。大和自身が行っていないのだから、知らなかった。
「でも」
ロウが地図を指す。
「こっちの道は人も使う」
「外側?」
「ああ」
「畑?」
「畑もある。水を見る時もある。別の場所へ回る時にも使う」
「怪物は?」
「滅多に見ない」
バルが言う。
「獣はいる」
ラグが反応した。
「何が?」
バルがそちらを見る。
「色々」
「鹿は?」
「いる」
ラグが近づく。大和が笑った。
「ラグ、今日ずっと鹿の話してない?」
「してない」
「結構してるよ」
◇
「トダは?」
シェルドが聞いた。ダガンが地図を見る。太い指で遺跡都市側を指す。
「こっちは多い」
次に反対側。
「こっちは少ない」
「石を取りに行く場所は?」
「両方ある」
「同じくらい行く?」
「だいたい」
大和が聞いた。
「石って、わざわざ場所変えるんですか?」
ダガンが見る。
「変える」
「どこでも同じじゃないの?」
ダガンの顔が少し変わった。大和は一瞬で気づいた。
「あ、違うんだ」
「違う」
「そんな違う?」
「違う」
「何が?」
ダガンは少し考え、地図の一か所を指す。
「ここのは硬い」
「うん」
別の場所。
「こっちは割りやすい」
「へえ」
「こっちは道に使う」
「何で?」
「平らにしやすい」
別の場所。
「こっちは壁」
「石にそんな使い分けあるんだ」
ダガンが大和を見る。
「ある」
少し強い。大和は笑った。
「食べ物より全然喋りますね」
ダガンが眉を寄せる。
「石の話だろ」
「肉と魚の時、腹に入れば同じって言ってたのに」
「石は違う」
「魚も違う」
シアが遠くから言った。ラグも言う。
「肉も違う」
大和が笑う。
「増えた」
ダガンは気にせず続ける。
「この石を壁に使うと割れる」
「じゃあ逆は?」
「重すぎる」
「重い方が好きなんじゃないの?」
「必要なら」
「何でも重ければいいわけじゃないんだ」
ネイドがすぐ言った。
「当たり前だ」
ネイドがダガンを見る。
「器は」
ダガンが少し黙る。大和が吹き出した。
「そこ突くんだ」
ダガンはネイドを見た。
「器は割れない方がいい」
「重すぎる」
「まだやるの?」
大和が言う。ネイドは気にせず地図を見る。
「イルも同じ」
「何が?」
「怪物」
大和も話を戻す。
「外側が少ない?」
「少ない」
「外の道も使う?」
「使う」
「何で?」
「荷物を運ぶ」
「どこでも荷物だな、ネイド」
「仕事だから」
ネイドは地図の線を指す。
「こっちは雨の後に使わない」
大和が見る。
「何で?」
「沈む」
「何が?」
「車輪」
「ああ」
「荷物が重いともっと沈む」
「じゃあ別の道?」
「こっち」
別の細い線を示す。ロウが見る。
「そこ遠くない?」
「遠い」
「でも使う?」
「止まるよりいい」
大和はネイドを見る。
「そんなところまで覚えてるの?」
「運べなくなるから」
ラグが言う。
「木が多い」
ネイドが頷く。
「布を積んでる時は嫌だ」
「何で?」
「枝に引っ掛かる」
大和が笑う。
「ラグは足跡見て、ネイドは荷物が引っ掛かる木見てるんだ」
ラグが言う。
「見るものが違う」
「そうだな」
ネイドも否定しない。
「怪物は?」
大和が聞く。
「外では滅多に出ない」
これでベル、セラ、カダ、トダ、イルの五つが同じだった。大和はラナを見る。
「ラナは?」
アキトが答えた。
「外側は少ない」
シェルドも頷く。
「昔からそうだ」
「六つ全部じゃん」
少し静かになった。ルシアンは地図を見ながら、シア、ラグ、ロウとバル、ダガン、ネイド、そしてラナの話を一つずつ確認する。
「可能性は高い」
大和が聞く。
「かなり?」
「かなり」
「そこははっきり言うんだ」
「六つとも同じなら」
大和は少し笑った。
「そうだよな」
地図を見る。今までただの点だったものが、少し形を持ち始めていた。
◇
シェルドが地図の中心を見る。
「問題は」
遺跡都市へ指を置く。
「なぜだ」
誰もすぐには答えなかった。大和も考える。大きく、四脚で、獣に近い身体を持つ怪物。異常な再生。自分と似た技術が使われているのではないか。以前から考えていたことだ。大和が言う。
「やっぱり」
アビナが見る。
「何ニャ?」
「昔の人間が」
少し言葉を選ぶ。
「大きな動物に、俺と同じような再生の技術を使ったって話」
ルシアンが頷く。怪物が何だったのかは、まだ誰も知らない。今のところ、それが一番説明しやすい仮説だった。
「もし街の中で作ったなら」
大和は地図を見る。
「その近くに多いのは変じゃないよな」
ラグが聞く。
「外へ行かなかっただけか?」
「分からない」
大和が答える。
「でも」
少し考える。
「何か街の近くにいる理由があるのかもしれない」
ネイドが聞く。
「餌?」
「それもあるかも」
レティが言う。
「でも、街には食べ物あまりないでしょ」
「今はね」
大和は答える。
「昔は人がたくさんいた」
言ってから、少し嫌な感じがした。怪物が人を狙う。それは何度も見ている。だが、今の話だけで、昔の人間を食べていたと決めることはできない。大和は首を振る。
「いや。それだけじゃ分からないな」
ルシアンが言う。
「別のものかもしれない」
「材料?」
「可能性はある」
怪物は地面や切断した部位、別の怪物など、外部のものを身体へ取り込む可能性がある。大和は遺跡都市の絵を見る。
「街そのものに」
指を置く。
「何かある?」
アキトが聞く。
「何かって?」
「俺にも分からない」
大和は笑った。
「だから調べるんだろ」
シアが地図を見る。
「街の方は魚いない」
大和が見る。
「そこ?」
「湖じゃないから」
ラグが言う。
「獣も少ない」
「でも怪物は多い」
大和が答える。
「やっぱり変だな」
ダガンが言う。
「石はある」
全員がダガンを見る。
「いや」
大和が笑う。
「怪物、石食べないでしょ」
「分からん」
「そこは分からんのか」
ネイドが言う。
「食べるところは見てない」
ルシアンが頷く。
「確認していない」
「はい」
大和はすぐ引いた。
「じゃあ決めない」
◇
ノルアがずっと地図を見ていた。会話にもほとんど入らず、六つの村と遺跡都市を順番に目で追っている。
「ねえ」
大和が振り向く。
「何?」
ノルアがラナ、カダ、セラ、トダ、ベル、イルと、六つの村を順番に指す。
「村も」
指が遺跡都市を囲むように動く。
「偏ってない?」
大和が見る。
「どういうこと?」
「全部」
ノルアが言う。
「街の周りにある」
一瞬、誰も話さなかった。大和は地図から少し離れる。近くで見ている時には、道と怪物の点ばかり見ていた。少し離れる。六つの村。正確な円ではない。距離も違う。それでも、確かに遺跡都市の周囲へ点在している。アビナが言う。
「本当ニャ」
レティも地図を見る。
「あんまり考えたことなかった」
大和が聞く。
「昔から?」
シェルドが答える。
「村の位置か?」
「うん」
「少なくとも俺が生まれる前からだ」
アキトが言う。
「それはそうだろ」
「もっと昔」
大和が言い直す。シェルドは首を振った。
「知らん」
ロウも言った。
「カダも古い」
「誰が作ったかは?」
大和が聞く。ロウは少し考える。
「知らない」
「最初から今の場所?」
「たぶん」
バルが言う。
「畑も水も昔からある」
大和が見る。
「道も?」
ロウが地図を見る。
「今の道と全部同じかは知らない」
「そりゃそうか」
ラグも言う。
「セラも古い」
「何でそこに村作ったか分かる?」
「狩りやすいからじゃないか」
「昔の人に聞いた?」
「聞いてない」
「推測?」
「そう」
シアもベルを指す。
「湖があるから」
大和が言う。
「それは分かりやすい」
「でしょ」
ダガンが言う。
「石」
大和が笑う。
「トダも分かりやすい」
ネイドは少し考えた。
「イルは水と道」
「布作るから?」
「それもある」
六つとも、今そこに村がある理由はある。水、魚、獲物、石、畑、道。暮らすには困らない。だが、それだけで六つの村が遺跡都市の周囲に並んだ理由になるのかは分からない。いつ、誰が最初にそこへ住んだのか、はっきりした記録は残っていない。大和は地図を見る。遺跡都市には怪物が多い。その周りでは少し減る。
そこに六つの村がある。さらに外へ行けば、怪物はもっと少ない。
「これ」
大和が言う。
「たまたまかな」
ルシアンは少し長く考えた。
「分からない」
いつもの答え。大和は頷く。
「だよな」
ルシアンは続ける。
「でも、記録する価値はある」
「それも、だよな」
ノルアが地図を見る。
「昔の人は知ってたのかな」
大和が聞く。
「何を?」
「怪物が多いところ」
誰も答えなかった。大和も答えられない。その可能性はある。ただ、それだけだった。
◇
話が一段落しても、人はすぐには散らなかった。ダガンは地図のトダ付近に、新しい採石場所を一本足している。
「そこ道だったの?」
大和が聞く。
「石を運ぶ」
「じゃあ道?」
ロウが横から言う。
「荷車通るなら道だろ」
バルが言った。
「さっきと違う」
ロウが見る。
「何が」
「俺が通れるところは道じゃないって言った」
「荷車が通るなら道だ」
「俺も通る」
「お前基準にするな」
大和が笑った。
「まだやってる」
少し離れたところで、シアとラグはベルの外側にいる鹿の話をしていた。
「角は本当にそれくらい?」
「もっと大きいのもいる」
「見たい」
「来れば」
「行く」
大和が聞く。
「魚は?」
ラグが振り向く。
「食う」
シアが言う。
「肉よりうまい」
「それは違う」
「また始まった」
ネイドは地図の道を見ながら、ロウへ聞いている。
「ここ、荷車通る?」
「乾いてれば」
「雨の後は?」
「無理だな」
「じゃあ使えない」
「迂回する」
「どっち?」
二人で別の線を見る。大和はその様子を少し離れて眺めた。地図が変わっている。ルシアンが一人で書いているわけではない。誰かが歩いた道。誰かが運んだ道。誰かが狩った森。誰かが石を取った場所。誰かが魚を獲る湖。それぞれの生活が、板の上へ足されていく。怪物の点だけを集めていたはずだった。
いつの間にか、六つの村がどう暮らしているかまで地図に入り始めていた。
◇
夕方。地図へ新しい線が一本追加された。正確な境界ではない。怪物が多いと思われる側。少ないと思われる側。その間を大まかにつないだだけだ。大和が見る。
「壁みたいだな」
ルシアンが答える。
「壁ではない」
「分かってる」
「怪物は越える」
「それも分かってる」
「ならいい」
「そこ確認いる?」
ルシアンは答えなかった。大和は線の外を見る。六つの村。そして、その内側にある遺跡都市。怪物の印は多い。シェルドが地図を見る。
「今まで」
全員がそちらを見る。
「怪物が出たら対処していた」
大和が頷く。
「うん」
「だが」
シェルドは地図の線を指した。
「多い場所が分かるなら、待つ必要はない」
大和が少し笑う。
「探しに行く?」
「いきなり街の中心へは行かない」
「分かってるって」
「お前は先に行くから言っている」
「最近行ってないだろ」
アキトが言う。
「最近は」
「またそれ?」
シェルドは無視した。怪物が多い側の一番外。村や道に近いところを指す。
「ここから減らす」
ラグが見る。
「見つけて」
ダガンが続ける。
「捕まえる」
ネイドも続ける。
「吊るす」
シアが言う。
「記録する」
ルシアンが頷いた。ロウが地図を見た。
「道に近いところから?」
シェルドが答える。
「ああ」
バルが言う。
「見回りもしやすくなる」
レティも見る。
「荷物も通せる」
大和は少し止まった。怪物を倒す。それだけではない。一体減れば、その近くを歩ける。道が使える。荷物が通る。狩りへ行ける。石を運べる。魚も届く。縄や布も運べる。大和が言った。
「これ」
アビナが見る。
「何ニャ?」
「結構変わったな」
「何が?」
大和は少し考えた。怪物を倒せるようになったことではない。自分以外が戦えるようになったことでもない。地図を見ながら、次に何をするかを皆で決めている。その地図自体も、誰か一人が作ったものではない。シアが歩いた場所。ラグが狩った場所。ロウが使う道。バルが抜ける森。ダガンが石を取る場所。
ネイドが荷物を運ぶ道。それが全部、一枚の板へ集まっている。大和が言う。
「怪物が出るのを」
少しだけ笑った。
「待たなくなった」
シェルドが地図から目を離さず答える。
「ああ」
外はもう暗くなり始めていた。壁の地図には、たくさんの点と六つの村、伸び始めた道が描かれている。そして、その中心には。まだほとんど何も分かっていない遺跡都市があった。




