↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この世界に残るもの  作者: 深空 律
第二部 残された世界
PR
68/71

第68話 六つの村

合同訓練は一度では終わらなかった。次の日も、その次も、全員が揃わない日もあったが、中継地点へ来られる者だけで何度か繰り返した。最初に作った木の怪物も少しずつ変わった。脚が一本増えた。縄を引く方向も変えられるようになった。途中で倒れたり、急に向きを変えたりする。


一度はドランが丸太を二本使って大きくした。ダガンは喜んだ。大和は嫌な予感がした。その日の最後、支柱が折れた。ばき、と嫌な音がして、木の怪物が横へ傾く。大和はすぐ両手を上げた。


「俺じゃないからな」


アビナが折れた木を見る。


「今日は違うニャ」


「今日はって何だよ」


ドランは何も言わず、折れた部分を持ち上げた。


「重くしすぎた」


大和はアビナを見る。


「ほら」


「今回はニャ」


「今回はを付けるな」


ダガンが折れた支柱を見ている。


「細い」


大和が嫌な予感を覚えた。


「それ昨日も聞いた気がする」


「もっと太ければ折れない」


ネイドが横から言った。


「重くなる」


ダガンが見る。


「怪物は重い」


「これは怪物じゃない」


「怪物の練習だ」


「運ぶのはこっちだ」


また始まった。大和が二人の間を見る。


「その話、器の時もしてなかった?」


ネイドが答える。


「ダガンが何でも重くするから」


「壊れない」


「運びにくい」


「壊れるよりいい」


アキトが折れた支柱を持ち上げた。


「これは壊れたぞ」


ダガンが少し黙った。アビナが言う。


「大和が触ってないからニャ」


「何で判断基準が俺なんだよ」


ラグが少し離れたところで笑った。シアも口元だけ少し動いている。大和は二人を見る。


「もうそっちまで定着してない?」


ラグが答えた。


「板を割った」


「ダガンも一緒だっただろ」


ダガンが言う。


「俺は押しただけだ」


「俺も押しただけだよ」


ロウが笑った。


「まだ言ってる」


「俺の名誉に関わるからな」


「もう遅いだろ」


「誰のせいだよ」


そんなことをしながら、合図は少しずつ身体に入っていった。一回で止まり、二回で下がり、三回で拘束する。誰が正面へ出るのか。誰が横へ回るのか。槍を投げる前には声を出す。縄を掛ける時は、前にいる者の位置を見る。ラグの口笛は合同訓練では使わなくなった。シアもベル村の合図を出さない。


村へ戻れば、それぞれ元のやり方を使う。だが、ここでは同じものを使う。最初は意識しなければならなかった。何度か繰り返すうちに、考えなくても身体が動くようになっていった。ダガンが正面へ出れば、アキトはもう同じ場所へ行かない。ラグが進路を変えれば、ロウとバルが反対側へ回る。


シアが「投げる」と言えば、その線上から人が外れる。三回鳴れば、ネイドが動く。大和は決まった場所を持たなかった。最初はそれが少し落ち着かなかった。今は、空いたところを探すようになった。


     ◇


その日、大和は中継地点の屋根の下で、縄を直していた。正確には、直しているネイドを見ていた。ネイドの手の中では、切れかけた縄が少しずつほどかれ、新しい繊維を足され、また一本へ戻っていく。大和は横から覗く。


「それ、俺にもできる?」


「できる」


ネイドは縄を編み直しながら答えた。


「じゃあ教えて」


一本渡される。大和は真似をして、捻り、重ね、引く。ほどけた。


「……できない」


「今のは違う」


「どこ?」


ネイドが大和の手元を見る。


「全部」


「全部?」


隣でレティが笑った。


「戦う方が簡単そうね」


「俺もそう思ってきた」


大和はもう一度縄を持った。ネイドが指を動かす。


「ここを先に」


「こう?」


「逆」


「こう?」


「それ」


引く。今度は、少し形になった。大和が持ち上げる。


「できた」


ネイドが見る。


「弱い」


「すぐ褒めてくれないな」


「使ったら切れる」


「それは駄目だ」


レティが大和の縄を引いた。簡単に形が崩れる。


「本当に弱い」


「もう少し優しく扱ってよ」


「縄に?」


「俺に」


レティが笑った。大和は崩れた部分をもう一度見る。


「でもさ」


ネイドが見る。


「これ、切れたら直すんだよね」


「直せるなら」


「新しいの作る方が早くない?」


「材料があるなら」


「ない時は?」


「直す」


即答だった。大和は少し考える。


「イルって、そういうの多い?」


「何が」


「壊れたもの直して使うの」


「普通だ」


「縄だけじゃなくて?」


「布も。袋も。道具も。持ち手も」


ネイドは編み直した場所を引く。


「使えるなら使う」


「ダガンと真逆だな」


「何が」


「最初から壊れないくらい重く作るか、軽くして壊れたら直すか」


ネイドは少し考えた。


「重いのは嫌だ」


「やっぱり」


そこへ、走ってくる足音がした。一人ではない。大和が顔を上げる。中継地点へ二人の男が入ってきた。一人には見覚えがある。トダから来ていた者で、息を切らしている。シェルドが立ち上がる。


「どうした」


男が答えた。


「怪物」


大和も立つ。


「どこ?」


「トダとここの間」


シェルドがすぐ聞く。


「何体」


「一体」


「大きさ」


「普通だ。四脚」


その言葉で、少しだけ空気が変わった。さっきまで縄を直していたネイドの手が止まる。大和は反射的に右腕を見る。まだ何も起きていない。そして、シェルドを見る。


「行く?」


シェルドは大和ではなく、周囲を見た。今日は六村の者が何人か残っている。アキト、ロウ、バル、ラグ、シア、ネイド。ダガンも朝から来ていた。全員ではない。だが、訓練で何度も組んだ者たちだ。シェルドが言った。


「行く」


誰も聞き返さなかった。


     ◇


準備は早かった。ダガンが盾を取る。シアは長槍を持たず、投槍を背へ回す。ネイドは途中だった縄を置き、別の縄を腰へ掛けた。ラグは地面に置いていた槍を拾う。ロウとバルも立ち上がる。大和はその様子を見ていた。


「何か」


アキトが見る。


「何だ」


「もう配置決まってるみたいだな」


シェルドが答えた。


「決めただろ」


「そうだけど」


本物が出た瞬間に、誰かが役割を確認するのかと思っていた。違った。ダガンは当然のように前へ行く準備をしている。ラグは怪物がいた場所までの道をトダの男へ聞いている。シアは投げる距離を確かめるように槍を一本抜き、また戻した。ネイドは縄の本数を数えている。アキト、ロウ、バルは互いに何も言わず、武器を持った。


シェルドが大和を見る。


「お前は?」


「俺?」


「何をする」


少し前なら、怪物を殺す、と答えていた。大和は少し考えた。


「空いたところ」


シェルドが頷く。


「それでいい」


大和は少し笑った。


「本当に役割になったな、それ」


「お前に場所を決めても守らないだろ」


「言い方」


アキトが横から言った。


「合ってる」


「お前まで」


     ◇


移動しながら、大和は少し変な気分だった。怪物が出た。以前なら、それだけで自分が前へ出ることを考えていた。今は周囲に七人いる。アキト、ロウ、バル、ラグ、ダガン、シア、ネイド。シェルドもいる。少し後ろには怪物を見つけたトダの二人がおり、ルシアンも来ている。大和が言った。


「本当に訓練みたいだな」


アキトが答える。


「本物だぞ」


「分かってるよ」


ダガンが前を向いたまま言う。


「木より重い」


「そこ楽しみにしてる?」


「少し」


大和が笑う。


「やっぱり不満だったんだ」


「軽すぎた」


「訓練だからね?」


「分かってる」


「本当に?」


ラグが振り返った。


「静かにしろ」


大和が見る。


「まだ遠いだろ」


「分からん」


その言葉で、大和も口を閉じた。ラグはもう、森や道、折れた枝、地面まで見ている。トダの男が進む方向だけではなく、その周囲まで確認していた。少し歩くと、ラグが道の端へ寄った。


「ここ、通った?」


トダの男が見る。


「俺たちは通ってない」


ラグはしゃがむ。大和も近づこうとした。


「来るな」


「何で?」


「踏む」


「はい」


大和は止まった。ラグは地面を見る。


「古い」


「怪物?」


「たぶん」


「たぶん?」


「足跡が崩れてる」


大和には、ただ土が少し窪んでいるようにしか見えない。ラグは立ち上がった。


「今のやつかは分からん」


ルシアンがその場所を見て記録する。さらに進む。森、道、古い石材。少しずつ人が通る跡が増えている。途中、一本の木に布が結んであった。大和が見る。


「これ?」


トダの男が頷く。


「ここから先」


怪物を見つけた場所を示す印。以前はなかったものだ。大和が聞く。


「誰が付けたの?」


「俺たちだ」


「目印?」


「ああ。戻って知らせる時に分からなくならないように」


ルシアンがその位置を見て、記録板へ書く。大和は少しだけ止まった。


「こういうのも決めたの?」


シェルドが答える。


「前の訓練の後だ」


「知らなかった」


「全部お前に相談する必要はない」


「それはそうだけど」


大和は木に結ばれた布を見る。少し嬉しかった。自分が何かを言わなくても、変わっている。前に進んでいる。


     ◇


先頭を歩いていたラグが手を上げた。全員が止まる。大和も止まった。誰も理由を聞かない。ラグは地面を見る。次に、右側の木を見る。幹に新しい傷がある。


「右から来てる」


ルシアンも目を凝らす。


「近い?」


「近い」


シアはもう投槍を一本手に持っている。ネイドは縄を外した。ダガンが盾を前へ出す。アキトとロウ、バルが少しずつ左右へ散る。大和は後ろへ下がった。シェルドが大和を見る。


「そこか」


「うん」


「分かった」


細かい指示はない。ダガンへ前に出ろとも、ラグへ右を見ろとも、シアへ構えろとも言わない。もう全員が自分で動いている。森の奥で枝が折れた。黒い身体が出てくる。四脚で、大きさは今まで何度も見た程度。背中には骨の突起があり、前脚は太い。複数の目を持つ通常個体だった。


怪物がこちらを見る。視線はダガン、アキト、ロウ、シアへと動き、最後に大和で止まった。大和の右腕から、骨刃が伸びかける。意識して止める。


「また俺か」


怪物が走った。


「来る!」


ダガンが前へ出た。怪物が向かっているのは大和だ。それでも、ダガンはその間へ入った。迷わない。盾を構える。衝突した。どん、と腹へ響くような音がした。ダガンの足が地面を一歩、二歩と滑る。それでも倒れない。


「おお」


大和が思わず声を出した。ダガンが叫ぶ。


「重い!」


「嬉しそうに言うな!」


本当に少し嬉しそうだった。怪物がさらに押す。ダガンの腕が震える。アキトが前へ動きかけた。だが、止まる。ダガンを見る。まだ持っている。アキトは正面へ入らず、横へ回った。


「任せる」


短く言った。ダガンは答えない。盾の向こうで怪物を押し返している。大和は少し驚いた。最初の訓練なら、アキトも正面へ入っていた。今は行かない。自分よりダガンの方が向いていると分かっている。怪物がダガンを押しながら身体を横へ向ける。ラグが走った。怪物の前脚へ槍を入れる。深く刺さない。進む方向だけを変える。


怪物がラグへ向く。ラグはもう次の場所へ動いている。


「こっち!」


怪物が追う。ダガンの正面から外れる。そこへアキトが入った。怪物の肩を横から押す。進路がさらにずれる。反対側では、ロウが走っていた。ラグが作った進路の先に回る。大和が気づいた時には、もうそこにいた。


「ロウ、そこ?」


「空いてる!」


短い返事。怪物がロウの方へ身体を振る。バルがその後ろから入る。ロウ一人では押し返せない方向を、大きな身体で支える。二人で進路を狭める。ラグがそれを見る。


「そのまま!」


誰に言ったのか、大和には一瞬分からない。だが、ロウもバルも動かない。怪物の向きが決まった。シアが槍を構える。投げない。大和は一瞬、何を待っているのかと思った。怪物の前をロウが横切った。シアの視線がロウを追う。ロウが射線から消える。


「投げる!」


槍が飛んだ。前脚へ突き刺さる。正確だった。怪物の体勢が崩れる。大和が思わず言う。


「今の見えてたんだ」


誰も答えない。当然だった。戦っている。ラグが金具を三回鳴らす。かん。かん。かん。ネイドが動く。一歩だけ前へ出る。縄が飛ぶ。一本の前脚へ掛かった。引く。怪物がさらに崩れる。だが、木の怪物とは違う。脚が暴れる。縄が伸びる。ネイドは無理に止めようとしない。手を緩め、一度力を逃がす。また引く。


怪物が身体を捻った。ネイドへ後ろ脚を振る。大和の身体が先に動いた。距離が消える。骨刃ではない。怪物の脚を横から蹴る。軌道がずれた。爪がネイドの横を通る。


「大丈夫?」


「大丈夫」


ネイドは大和を見ない。もう次の縄を取っている。一本目の縄が怪物の爪に引っ掛かった。強く引かれる。ぶつ、と切れた。大和が見る。


「切れた!」


「見えてる」


ネイドは切れた縄を捨てた。迷わず二本目。


「早っ」


「予備」


「そういう意味じゃなくて」


また縄が飛ぶ。今度は後ろ脚。掛かる。ラグが怪物の動きを見る。


「右へ倒す!」


アキトが右側から離れる。ロウも下がる。バルだけが怪物の胴へ一度身体を当て、倒れる方向を支える。ダガンが再び前へ入った。盾を怪物の肩へ押し込む。


「押すぞ!」


アキトが反対側へ回る。


「やれ!」


ダガンが押す。バルも押す。怪物が傾いた。ロウが空いた後ろ脚へ回る。槍の柄を使い、脚が戻るのを止める。怪物の爪がロウの腕を掠めた。布が裂ける。血が出る。


「ロウ!」


大和が動きかけた。


「浅い!」


ロウが叫ぶ。まだ離れない。アキトがその位置へ一歩入る。


「下がれ!」


今度はロウが下がった。入れ替わる。ほんの一瞬だった。誰も止まらない。誰かが抜ければ、別の誰かが入る。大和は動きかけた身体を止めた。自分が行かなくても、埋まった。怪物が倒れる。ラグが三回鳴らす。ネイドが別の脚へ縄を掛ける。シアは投げない。射線にアキトがいる。構えたまま待つ。大和はそれを見る。


今なら投げられる。そう思った瞬間、アキトが離れた。シアが言う。


「投げる!」


二本目。後ろ脚へ刺さる。怪物がさらに崩れる。ネイドが縄を引く。ダガンが盾で頭を押さえる。バルが胴を支える。ラグが全体を見る。ロウは傷ついた腕を押さえながら、反対側の逃げ道へ回っている。アキトは空いた位置を動き続ける。シェルドは少し離れた場所から全体を見ている。ほとんど指示を出していない。


それでも、崩れていない。大和は周囲を見る。


「これ」


誰も聞いていない。


「本当に俺、やること少ないな」


怪物が急に身体を捻った。ダガンの盾から頭が外れる。バルの足元へ爪が出る。大和が動いた。一気に間へ入る。怪物の肩を蹴る。向きを戻す。ダガンがすぐ盾を押し込んだ。


「助かった」


短い。大和も短く返す。


「どういたしまして」


それだけでいい。また後ろへ下がった。少し分かった。自分の役割は、怪物を倒すことではない。今は。誰かが崩れた瞬間だけ入ればいい。そこへ誰より早く行ける。それでいい。


     ◇


怪物を完全に動けなくするまで、少しかかった。木の怪物より、当然ずっと難しい。縄を一本切られた。ダガンの盾には深い爪痕が入った。ロウの腕も浅く裂かれた。バルの肩には怪物がぶつかった痕が残っている。シアの槍も一本、先端が少し曲がった。だが、誰も大きな怪我はしていない。


最後には、怪物の四肢が複数の縄でそれぞれ別方向へ固定され、身体は倒れたまま、ほとんど動けなくなった。大和が近づくと、怪物が大和へ噛みつこうとする。届かない。大和は少し離れる。


「まだ俺なんだな」


アキトが言う。


「好かれてるな」


「嬉しくない」


ダガンは盾を見る。爪痕を指でなぞる。大和が聞く。


「それ大丈夫?」


「大丈夫だ」


「結構削れてるけど」


「直せる」


少し離れたところでネイドが切れた縄を拾っている。大和が見る。


「それも直すの?」


「直せる」


「本当に何でも直すな」


シアが曲がった槍を見せる。


「これは?」


ネイドが見る。


「俺じゃない」


「そこは違うんだ」


「木ならトダ」


ダガンが振り向く。


「見せろ」


シアが槍を渡す。大和は少し笑った。もう勝手に回り始めている。


「ここからどうする?」


ダガンが聞く。シェルドが答える。


「運べる場所まで引く」


大和が見る。


「吊るす?」


「ああ」


怪物を殺す方法そのものは、もう新しくない。脚を使えなくし、補給できない状態にして、逃がさない。必要な時だけ再生した部位を切り、そして待つ。大和が言った。


「俺が殺した方が早いけど」


シェルドが見る。


「そうだな」


「……やらないよね」


「やらない」


「ですよね」


大和は笑った。今日は早く殺すことが目的ではない。六つの村の者が一緒に怪物を押さえられるか。それを確かめるために来た。怪物はまだ生きている。だが、もう逃げられない。


     ◇


中継地点へ戻る頃には、日が傾いていた。怪物は少し離れた場所に作った木枠へ吊られている。監視はトダとラナから二人ずつ。明日はカダとセラの者が交代するという。大和が聞いた。


「ベルとイルは?」


シェルドが答える。


「その次」


「もう決めたの?」


「さっき」


「いつ?」


「お前が怪物見てた時」


「早いな」


中継地点では、ルシアンが記録している。場所、時間、怪物の大きさ。誰が見つけ、どこから連絡が来て、何人で対応したか。縄が一本切れたこと、ダガンの盾の損傷、ロウの傷、シアが投げなかった場面、誰がどの合図で動いたか。大和が横から見る。


「そこまで書くの?」


ルシアンが答える。


「何が」


「シアが投げなかったところ」


「必要」


「投げたところじゃなくて?」


「投げなかったからロウに当たらなかった」


大和は少し止まった。


「ああ」


ルシアンは書き続ける。


「ネイドが一本目を切られた後、すぐ二本目へ移った」


「それも?」


「次に同じことが起きる」


「なるほど」


「ダガンは正面を止められた」


「うん」


「アキトは正面へ入らなかった」


大和が見る。


「それも良かったこと?」


「良かった」


ルシアンは普通に答える。


「同じ位置に二人必要なかった」


大和は記録板を見る。失敗だけでなく、上手くいったことも残している。


「ロウは?」


ルシアンが板を見る。


「空いた位置へ入った」


「俺も思った」


「バルはその後ろを支えた」


「ラグは?」


「最初に怪物の方向を見つけた。戦闘中も倒す方向を決めた」


「ネイドは縄」


「それだけじゃない」


ルシアンが言う。


「一本切れても動きが止まらなかった」


大和は少し笑った。


「みんな何かあるな」


「あるから来ている」


「そりゃそうか」


ルシアンが大和を見る。


「大和も」


「俺?」


「二回、崩れた場所へ入った」


「二回だけ」


「十分」


大和は少し黙った。その言葉は、思っていたより嬉しかった。


「いっぱい書くな」


「次に使う」


「今日の問題?」


「それも」


ルシアンが続ける。


「どこで怪物が出たかも残す」


大和は地図を見る。六つの村と、その間を結ぶ道。怪物が出た場所を示す点が、少しずつ増えていく。


「そのうち」


大和が言った。


「怪物が多い場所とか分かるかもな」


ルシアンが頷いた。


「そのために残す」


     ◇


夕食時。今日の戦いに参加した者たちが、中継地点の外に座っていた。昨日よりも、誰がどこの村なのか分かりにくい座り方になっている。ダガンの横にはアキト。その向かいにバル。ロウとラグは少し離れたところで同じ器から干し肉を取っている。シアは魚。ネイドは食べながら、切れた縄を膝の上に置いていた。


大和がダガンのところへ近づく。ダガンは盾の爪痕を見ている。


「嬉しそうですね」


「本物だった」


「盾削れてるけど」


「直せる」


アキトが言った。


「木より重かったな」


ダガンが頷く。


「かなり」


大和が聞く。


「満足?」


「満足」


「怪物と戦った感想じゃないな」


アキトが盾を見る。


「板より丈夫だったな」


大和が止まる。


「それ俺に言ってる?」


「言ってない」


「絶対言ってるだろ」


ダガンも盾を見る。


「板は割れた」


「ダガンもいたよね?」


「盾は割れてない」


「比較するものじゃないだろ!」


バルが笑う。ラグも聞いて笑った。もう六村の者まで普通に笑っている。大和はため息をつく。


「完全に広まったな」


アビナが横から来る。


「有名ニャ」


「お前が広めたんじゃないの?」


「みんな見たニャ」


「そうだった」


反論できない。ダガンが盾を置いた。大和が聞く。


「でもさ」


「何だ」


「あれ怖くないの?」


「何が」


「怪物が真正面から来るやつ」


ダガンが少し考える。


「来るなら止める」


「いや、だから、それが怖くないの?」


「止める役だろ」


大和は少し黙った。アキトが横で肉を食べながら言う。


「聞いても無駄だぞ」


「アキトは?」


「怖い時はある」


「あるんだ」


「あるだろ」


普通に答えた。大和は少し意外だった。アキトが続ける。


「だから今日はダガンに任せた」


ダガンが見る。


「何で」


「お前の方が向いてる」


「そうか」


それだけだった。大和が二人を見る。


「もっと張り合うかと思ってた」


アキトが眉を寄せる。


「何で」


「腕相撲したから」


「遊びだろ」


「そこ分けるんだ」


ダガンが言う。


「勝負は勝負だ」


「じゃあ続きする?」


「板があるなら」


「やらないよ」


     ◇


少し離れたところでは、ロウが傷のある腕で普通に食べていた。大和がそちらへ移動する。


「ロウ」


「何?」


「それ痛くないの?」


腕を指す。


「痛い」


「普通に食べてるけど」


「食べないと治らないだろ」


ラグが横から言う。


「避けるの遅かった」


ロウがラグを見る。


「お前がこっちへ流したんだろ」


「倒す方向決めた」


「俺がいた」


「見えてた」


「ならもう少し反対へやれよ」


「その後バルがいた」


バルが聞く。


「俺のせいか?」


「違う」


ラグが答える。


「ロウが遅かった」


ロウが肉を噛む。


「次はお前の前に怪物流す」


「やってみろ」


大和が二人を見る。


「仲悪くなってない?」


バルが答える。


「普通だろ」


「これ普通?」


ロウが言う。


「次、同じことしなきゃいいんだよ」


ラグも頷いた。


「次は先に右へ倒すって言う」


そこで話が終わった。大和は少し笑った。喧嘩ではない。失敗したことを、そのまま次へ持っていっているだけだ。


「でもロウ」


ラグが言う。


「何」


「反対側、よく入ったな」


ロウが少し止まる。


「どこ?」


「最初」


「ああ」


「俺が流した時」


ロウは考える。


「空いてたから」


「見えてたのか」


「見れば分かるだろ」


ラグは少しだけ笑った。


「俺は反対見てた」


「じゃあ俺が見るしかない」


大和は何となく、その言葉を覚えた。大したことを言ったようには聞こえない。ロウ自身もそう思っていない。空いていたから入った。誰かが見ていないなら、自分が見る。それだけだった。


     ◇


シアはネイドの縄を見ていた。


「それ、切れたやつ?」


「そう」


ネイドは食べながら、切れた端を指でほぐしている。


「直る?」


「直す」


「新しいの使えば?」


「これも使える」


「短くならない?」


「少し」


シアは少し考えた。


「ベルなら捨てるかも」


ネイドが顔を上げる。


「何で」


「短くなった縄は使いにくい」


「別のことに使える」


「何に?」


「荷物。補修。結ぶだけなら短くてもいい」


「全部使うの?」


「使えるなら」


シアが縄を見る。


「イルって、物捨てない?」


「使えなくなったら捨てる」


「いつ?」


「直せなくなったら」


シアは少し笑った。


「長そう」


「長い」


そこへダガンが口を挟んだ。


「最初から切れない縄にすればいい」


ネイドがすぐ見る。


「また重くするのか」


「太くする」


「重くなる」


「切れない」


「運びにくい」


「切れるよりいい」


大和が遠くから言う。


「また始まった!」


全員が少し笑った。シアも笑っている。ネイドは真顔のままだった。ダガンも真顔だ。二人とも本気だった。大和がネイドの横へ座る。


「でも今日、一本切れてもすぐ次出したよね」


「予備があった」


「焦らないの?」


ネイドが見る。


「切れたものは戻らない」


「だから?」


「次を使う」


「なくなったら?」


「直す」


大和は笑った。


「やっぱりそこなんだ」


シアが言う。


「投げる時もそうだった」


大和が見る。


「何が?」


「一回目、ロウがいたから投げなかった」


「見てた」


ロウが少し離れたところから聞く。


「俺?」


シアが頷く。


「前にいた」


「気づかなかった」


「だから投げなかった」


ロウが一瞬止まる。


「……ありがとう?」


シアが首を傾げる。


「当てたら駄目でしょ」


「まあそうだけど」


大和が笑った。


「シアって、投げられる時でも投げないんだな」


シアが大和を見る。


「当たらないなら投げる意味ない」


「違う。怪物には当たるけど、誰かいたら待つってこと」


「普通でしょ」


またそれだった。本人たちにとっては普通なのだ。ダガンが正面へ立つことも、ロウが空いた場所へ入ることも、ネイドが切れたら次を出すことも、シアが味方を見て投げないことも。大和には、それぞれ違う強みに見えた。


     ◇


少しして、ラグが大和へ聞いた。


「お前、今日は何した?」


「急だな」


「最後まで刃出さなかっただろ」


大和は右腕を見る。


「蹴った」


「二回」


バルが言う。大和が見る。


「数えてたんですか?」


「目立つからな」


「蹴っただけなのに」


アキトが言う。


「ネイド助けた」


ネイドは食べながら頷いた。


「助かった」


「あとダガンのところ」


ダガンも言う。


「助かった」


大和は少し困った。


「でも、それだけだよ」


シェルドが少し離れた場所から言う。


「それでいい」


大和が振り向く。


「また聞いてたの?」


「聞こえる」


「最近ずっとその位置だな」


シェルドは気にしない。大和が聞く。


「俺の役割って、本当にこれ?」


「何だ」


「誰かが危なくなったら入る」


シェルドは少し考えた。


「それだけではない」


「他にある?」


「予定通りにいかなかった時」


大和は黙る。シェルドが続ける。


「決めた役割から外れて動ける者が必要になる」


「俺?」


「ああ」


「何か、決まってないことが役割みたいだな」


アキトが言う。


「合ってるだろ」


「否定しにくい」


バルが笑った。


「大和らしいな」


「それ褒めてます?」


「たぶん」


「ノルアみたいなこと言わないでくださいよ」


少し離れたところでノルアが聞いていた。


「呼んだ?」


「呼んでない」


     ◇


食事はそのまま続いた。反省会をしているわけではない。誰も中央に立っていない。話題もまとまっていない。盾の傷の話をしていたと思えば、次は縄。そこからロウの傷、シアの槍、バルの肩、ラグが見つけた足跡、ダガンが本物の怪物を止めた時の重さ、アキトが正面へ行かなかった理由へと話題が移る。そんな話が、食べながらあちこちで続いている。


昨日までは、「セラでは」「ベルでは」「トダなら」「イルなら」と、村を主語にする言い方が多かった。今日は少し違った。「ラグが」「シアが」「ネイドが」「ダガンが」と、名前で話すことが増えている。大和はそれに気づいた。だが、口には出さなかった。アビナが干し肉を取る。シアは魚を食べている。


ダガンの器には、また麦も肉も魚も全部入っている。ラグがそれを見た。


「また混ぜてる」


ダガンが見る。


「何が悪い」


シアも見る。


「もういい」


ラグが言う。


「俺も諦めた」


大和が笑った。


「そこは仲良くなるんだ」


ラグとシアが同時に見る。


「違う」


また声が重なった。大和はさらに笑った。怪物はまだ少し離れた場所で吊られている。死んでいない。今日の戦いが成功したかどうか、本当の意味ではまだ分からない。それでも。誰も大きな怪我をしなかった。怪物は逃げていない。自分一人で倒したわけでもない。大和は食べ物を一つ取る。


「まあ」


レティが聞く。


「何?」


「十分かな」


レティが少し笑った。


「何が?」


大和は周囲を見る。


「今日」


それ以上は言わなかった。


     ◇


数日後。吊られた怪物は再生を止めた。さらに待つ。傷が崩れた。臭いが変わった。死亡。ラナでもない。カダでもない。セラでもない。トダでも、ベルでも、イルでもない。六つの村から集まった者たちが一緒に捕らえた怪物だった。ルシアンが記録板を前に少し考えている。大和が覗き込む。


「何してるの?」


「村」


「村?」


「どこにする」


大和も記録板を見る。今までなら、怪物を倒した場所や、対応した村の名前を書く。今回は一つではない。


「全部?」


「長い」


「じゃあ六つ?」


ルシアンは少し考えた。短く書く。大和が読む。六村共同。


「そのままだな」


「他にある?」


「ない」


アビナが横から言った。


「分かりやすいニャ」


「最近それ大事だと思ってきた」


大和はもう一度その文字を見る。六村共同。一つの村が怪物を殺したわけではない。大和が怪物を殺したわけでもない。ダガンが正面で止めた。ラグが進路を読んだ。シアが投げる時と投げない時を選んだ。ネイドが縄を掛けた。アキトが空いた場所へ入り直した。ロウが反対側を埋めた。バルがその後ろを支えた。


シェルドは全部を動かそうとはしなかった。ルシアンはそれを残した。そして大和は、崩れたところへ二度だけ入った。誰か一人ではない。一つの村でもない。大和は記録板の文字をもう一度見た。まだ六つの村は、六つの村だった。食べるものも違う。使う道具も違う。大事にするものも違う。


怪物との戦い方だって、少し前までは全部違った。それでも。怪物と戦う時だけは、少しずつ一つの側になり始めていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。