第68話 六つの村
合同訓練は一度では終わらなかった。次の日も、その次も、全員が揃わない日もあったが、中継地点へ来られる者だけで何度か繰り返した。最初に作った木の怪物も少しずつ変わった。脚が一本増えた。縄を引く方向も変えられるようになった。途中で倒れたり、急に向きを変えたりする。
一度はドランが丸太を二本使って大きくした。ダガンは喜んだ。大和は嫌な予感がした。その日の最後、支柱が折れた。ばき、と嫌な音がして、木の怪物が横へ傾く。大和はすぐ両手を上げた。
「俺じゃないからな」
アビナが折れた木を見る。
「今日は違うニャ」
「今日はって何だよ」
ドランは何も言わず、折れた部分を持ち上げた。
「重くしすぎた」
大和はアビナを見る。
「ほら」
「今回はニャ」
「今回はを付けるな」
ダガンが折れた支柱を見ている。
「細い」
大和が嫌な予感を覚えた。
「それ昨日も聞いた気がする」
「もっと太ければ折れない」
ネイドが横から言った。
「重くなる」
ダガンが見る。
「怪物は重い」
「これは怪物じゃない」
「怪物の練習だ」
「運ぶのはこっちだ」
また始まった。大和が二人の間を見る。
「その話、器の時もしてなかった?」
ネイドが答える。
「ダガンが何でも重くするから」
「壊れない」
「運びにくい」
「壊れるよりいい」
アキトが折れた支柱を持ち上げた。
「これは壊れたぞ」
ダガンが少し黙った。アビナが言う。
「大和が触ってないからニャ」
「何で判断基準が俺なんだよ」
ラグが少し離れたところで笑った。シアも口元だけ少し動いている。大和は二人を見る。
「もうそっちまで定着してない?」
ラグが答えた。
「板を割った」
「ダガンも一緒だっただろ」
ダガンが言う。
「俺は押しただけだ」
「俺も押しただけだよ」
ロウが笑った。
「まだ言ってる」
「俺の名誉に関わるからな」
「もう遅いだろ」
「誰のせいだよ」
そんなことをしながら、合図は少しずつ身体に入っていった。一回で止まり、二回で下がり、三回で拘束する。誰が正面へ出るのか。誰が横へ回るのか。槍を投げる前には声を出す。縄を掛ける時は、前にいる者の位置を見る。ラグの口笛は合同訓練では使わなくなった。シアもベル村の合図を出さない。
村へ戻れば、それぞれ元のやり方を使う。だが、ここでは同じものを使う。最初は意識しなければならなかった。何度か繰り返すうちに、考えなくても身体が動くようになっていった。ダガンが正面へ出れば、アキトはもう同じ場所へ行かない。ラグが進路を変えれば、ロウとバルが反対側へ回る。
シアが「投げる」と言えば、その線上から人が外れる。三回鳴れば、ネイドが動く。大和は決まった場所を持たなかった。最初はそれが少し落ち着かなかった。今は、空いたところを探すようになった。
◇
その日、大和は中継地点の屋根の下で、縄を直していた。正確には、直しているネイドを見ていた。ネイドの手の中では、切れかけた縄が少しずつほどかれ、新しい繊維を足され、また一本へ戻っていく。大和は横から覗く。
「それ、俺にもできる?」
「できる」
ネイドは縄を編み直しながら答えた。
「じゃあ教えて」
一本渡される。大和は真似をして、捻り、重ね、引く。ほどけた。
「……できない」
「今のは違う」
「どこ?」
ネイドが大和の手元を見る。
「全部」
「全部?」
隣でレティが笑った。
「戦う方が簡単そうね」
「俺もそう思ってきた」
大和はもう一度縄を持った。ネイドが指を動かす。
「ここを先に」
「こう?」
「逆」
「こう?」
「それ」
引く。今度は、少し形になった。大和が持ち上げる。
「できた」
ネイドが見る。
「弱い」
「すぐ褒めてくれないな」
「使ったら切れる」
「それは駄目だ」
レティが大和の縄を引いた。簡単に形が崩れる。
「本当に弱い」
「もう少し優しく扱ってよ」
「縄に?」
「俺に」
レティが笑った。大和は崩れた部分をもう一度見る。
「でもさ」
ネイドが見る。
「これ、切れたら直すんだよね」
「直せるなら」
「新しいの作る方が早くない?」
「材料があるなら」
「ない時は?」
「直す」
即答だった。大和は少し考える。
「イルって、そういうの多い?」
「何が」
「壊れたもの直して使うの」
「普通だ」
「縄だけじゃなくて?」
「布も。袋も。道具も。持ち手も」
ネイドは編み直した場所を引く。
「使えるなら使う」
「ダガンと真逆だな」
「何が」
「最初から壊れないくらい重く作るか、軽くして壊れたら直すか」
ネイドは少し考えた。
「重いのは嫌だ」
「やっぱり」
そこへ、走ってくる足音がした。一人ではない。大和が顔を上げる。中継地点へ二人の男が入ってきた。一人には見覚えがある。トダから来ていた者で、息を切らしている。シェルドが立ち上がる。
「どうした」
男が答えた。
「怪物」
大和も立つ。
「どこ?」
「トダとここの間」
シェルドがすぐ聞く。
「何体」
「一体」
「大きさ」
「普通だ。四脚」
その言葉で、少しだけ空気が変わった。さっきまで縄を直していたネイドの手が止まる。大和は反射的に右腕を見る。まだ何も起きていない。そして、シェルドを見る。
「行く?」
シェルドは大和ではなく、周囲を見た。今日は六村の者が何人か残っている。アキト、ロウ、バル、ラグ、シア、ネイド。ダガンも朝から来ていた。全員ではない。だが、訓練で何度も組んだ者たちだ。シェルドが言った。
「行く」
誰も聞き返さなかった。
◇
準備は早かった。ダガンが盾を取る。シアは長槍を持たず、投槍を背へ回す。ネイドは途中だった縄を置き、別の縄を腰へ掛けた。ラグは地面に置いていた槍を拾う。ロウとバルも立ち上がる。大和はその様子を見ていた。
「何か」
アキトが見る。
「何だ」
「もう配置決まってるみたいだな」
シェルドが答えた。
「決めただろ」
「そうだけど」
本物が出た瞬間に、誰かが役割を確認するのかと思っていた。違った。ダガンは当然のように前へ行く準備をしている。ラグは怪物がいた場所までの道をトダの男へ聞いている。シアは投げる距離を確かめるように槍を一本抜き、また戻した。ネイドは縄の本数を数えている。アキト、ロウ、バルは互いに何も言わず、武器を持った。
シェルドが大和を見る。
「お前は?」
「俺?」
「何をする」
少し前なら、怪物を殺す、と答えていた。大和は少し考えた。
「空いたところ」
シェルドが頷く。
「それでいい」
大和は少し笑った。
「本当に役割になったな、それ」
「お前に場所を決めても守らないだろ」
「言い方」
アキトが横から言った。
「合ってる」
「お前まで」
◇
移動しながら、大和は少し変な気分だった。怪物が出た。以前なら、それだけで自分が前へ出ることを考えていた。今は周囲に七人いる。アキト、ロウ、バル、ラグ、ダガン、シア、ネイド。シェルドもいる。少し後ろには怪物を見つけたトダの二人がおり、ルシアンも来ている。大和が言った。
「本当に訓練みたいだな」
アキトが答える。
「本物だぞ」
「分かってるよ」
ダガンが前を向いたまま言う。
「木より重い」
「そこ楽しみにしてる?」
「少し」
大和が笑う。
「やっぱり不満だったんだ」
「軽すぎた」
「訓練だからね?」
「分かってる」
「本当に?」
ラグが振り返った。
「静かにしろ」
大和が見る。
「まだ遠いだろ」
「分からん」
その言葉で、大和も口を閉じた。ラグはもう、森や道、折れた枝、地面まで見ている。トダの男が進む方向だけではなく、その周囲まで確認していた。少し歩くと、ラグが道の端へ寄った。
「ここ、通った?」
トダの男が見る。
「俺たちは通ってない」
ラグはしゃがむ。大和も近づこうとした。
「来るな」
「何で?」
「踏む」
「はい」
大和は止まった。ラグは地面を見る。
「古い」
「怪物?」
「たぶん」
「たぶん?」
「足跡が崩れてる」
大和には、ただ土が少し窪んでいるようにしか見えない。ラグは立ち上がった。
「今のやつかは分からん」
ルシアンがその場所を見て記録する。さらに進む。森、道、古い石材。少しずつ人が通る跡が増えている。途中、一本の木に布が結んであった。大和が見る。
「これ?」
トダの男が頷く。
「ここから先」
怪物を見つけた場所を示す印。以前はなかったものだ。大和が聞く。
「誰が付けたの?」
「俺たちだ」
「目印?」
「ああ。戻って知らせる時に分からなくならないように」
ルシアンがその位置を見て、記録板へ書く。大和は少しだけ止まった。
「こういうのも決めたの?」
シェルドが答える。
「前の訓練の後だ」
「知らなかった」
「全部お前に相談する必要はない」
「それはそうだけど」
大和は木に結ばれた布を見る。少し嬉しかった。自分が何かを言わなくても、変わっている。前に進んでいる。
◇
先頭を歩いていたラグが手を上げた。全員が止まる。大和も止まった。誰も理由を聞かない。ラグは地面を見る。次に、右側の木を見る。幹に新しい傷がある。
「右から来てる」
ルシアンも目を凝らす。
「近い?」
「近い」
シアはもう投槍を一本手に持っている。ネイドは縄を外した。ダガンが盾を前へ出す。アキトとロウ、バルが少しずつ左右へ散る。大和は後ろへ下がった。シェルドが大和を見る。
「そこか」
「うん」
「分かった」
細かい指示はない。ダガンへ前に出ろとも、ラグへ右を見ろとも、シアへ構えろとも言わない。もう全員が自分で動いている。森の奥で枝が折れた。黒い身体が出てくる。四脚で、大きさは今まで何度も見た程度。背中には骨の突起があり、前脚は太い。複数の目を持つ通常個体だった。
怪物がこちらを見る。視線はダガン、アキト、ロウ、シアへと動き、最後に大和で止まった。大和の右腕から、骨刃が伸びかける。意識して止める。
「また俺か」
怪物が走った。
「来る!」
ダガンが前へ出た。怪物が向かっているのは大和だ。それでも、ダガンはその間へ入った。迷わない。盾を構える。衝突した。どん、と腹へ響くような音がした。ダガンの足が地面を一歩、二歩と滑る。それでも倒れない。
「おお」
大和が思わず声を出した。ダガンが叫ぶ。
「重い!」
「嬉しそうに言うな!」
本当に少し嬉しそうだった。怪物がさらに押す。ダガンの腕が震える。アキトが前へ動きかけた。だが、止まる。ダガンを見る。まだ持っている。アキトは正面へ入らず、横へ回った。
「任せる」
短く言った。ダガンは答えない。盾の向こうで怪物を押し返している。大和は少し驚いた。最初の訓練なら、アキトも正面へ入っていた。今は行かない。自分よりダガンの方が向いていると分かっている。怪物がダガンを押しながら身体を横へ向ける。ラグが走った。怪物の前脚へ槍を入れる。深く刺さない。進む方向だけを変える。
怪物がラグへ向く。ラグはもう次の場所へ動いている。
「こっち!」
怪物が追う。ダガンの正面から外れる。そこへアキトが入った。怪物の肩を横から押す。進路がさらにずれる。反対側では、ロウが走っていた。ラグが作った進路の先に回る。大和が気づいた時には、もうそこにいた。
「ロウ、そこ?」
「空いてる!」
短い返事。怪物がロウの方へ身体を振る。バルがその後ろから入る。ロウ一人では押し返せない方向を、大きな身体で支える。二人で進路を狭める。ラグがそれを見る。
「そのまま!」
誰に言ったのか、大和には一瞬分からない。だが、ロウもバルも動かない。怪物の向きが決まった。シアが槍を構える。投げない。大和は一瞬、何を待っているのかと思った。怪物の前をロウが横切った。シアの視線がロウを追う。ロウが射線から消える。
「投げる!」
槍が飛んだ。前脚へ突き刺さる。正確だった。怪物の体勢が崩れる。大和が思わず言う。
「今の見えてたんだ」
誰も答えない。当然だった。戦っている。ラグが金具を三回鳴らす。かん。かん。かん。ネイドが動く。一歩だけ前へ出る。縄が飛ぶ。一本の前脚へ掛かった。引く。怪物がさらに崩れる。だが、木の怪物とは違う。脚が暴れる。縄が伸びる。ネイドは無理に止めようとしない。手を緩め、一度力を逃がす。また引く。
怪物が身体を捻った。ネイドへ後ろ脚を振る。大和の身体が先に動いた。距離が消える。骨刃ではない。怪物の脚を横から蹴る。軌道がずれた。爪がネイドの横を通る。
「大丈夫?」
「大丈夫」
ネイドは大和を見ない。もう次の縄を取っている。一本目の縄が怪物の爪に引っ掛かった。強く引かれる。ぶつ、と切れた。大和が見る。
「切れた!」
「見えてる」
ネイドは切れた縄を捨てた。迷わず二本目。
「早っ」
「予備」
「そういう意味じゃなくて」
また縄が飛ぶ。今度は後ろ脚。掛かる。ラグが怪物の動きを見る。
「右へ倒す!」
アキトが右側から離れる。ロウも下がる。バルだけが怪物の胴へ一度身体を当て、倒れる方向を支える。ダガンが再び前へ入った。盾を怪物の肩へ押し込む。
「押すぞ!」
アキトが反対側へ回る。
「やれ!」
ダガンが押す。バルも押す。怪物が傾いた。ロウが空いた後ろ脚へ回る。槍の柄を使い、脚が戻るのを止める。怪物の爪がロウの腕を掠めた。布が裂ける。血が出る。
「ロウ!」
大和が動きかけた。
「浅い!」
ロウが叫ぶ。まだ離れない。アキトがその位置へ一歩入る。
「下がれ!」
今度はロウが下がった。入れ替わる。ほんの一瞬だった。誰も止まらない。誰かが抜ければ、別の誰かが入る。大和は動きかけた身体を止めた。自分が行かなくても、埋まった。怪物が倒れる。ラグが三回鳴らす。ネイドが別の脚へ縄を掛ける。シアは投げない。射線にアキトがいる。構えたまま待つ。大和はそれを見る。
今なら投げられる。そう思った瞬間、アキトが離れた。シアが言う。
「投げる!」
二本目。後ろ脚へ刺さる。怪物がさらに崩れる。ネイドが縄を引く。ダガンが盾で頭を押さえる。バルが胴を支える。ラグが全体を見る。ロウは傷ついた腕を押さえながら、反対側の逃げ道へ回っている。アキトは空いた位置を動き続ける。シェルドは少し離れた場所から全体を見ている。ほとんど指示を出していない。
それでも、崩れていない。大和は周囲を見る。
「これ」
誰も聞いていない。
「本当に俺、やること少ないな」
怪物が急に身体を捻った。ダガンの盾から頭が外れる。バルの足元へ爪が出る。大和が動いた。一気に間へ入る。怪物の肩を蹴る。向きを戻す。ダガンがすぐ盾を押し込んだ。
「助かった」
短い。大和も短く返す。
「どういたしまして」
それだけでいい。また後ろへ下がった。少し分かった。自分の役割は、怪物を倒すことではない。今は。誰かが崩れた瞬間だけ入ればいい。そこへ誰より早く行ける。それでいい。
◇
怪物を完全に動けなくするまで、少しかかった。木の怪物より、当然ずっと難しい。縄を一本切られた。ダガンの盾には深い爪痕が入った。ロウの腕も浅く裂かれた。バルの肩には怪物がぶつかった痕が残っている。シアの槍も一本、先端が少し曲がった。だが、誰も大きな怪我はしていない。
最後には、怪物の四肢が複数の縄でそれぞれ別方向へ固定され、身体は倒れたまま、ほとんど動けなくなった。大和が近づくと、怪物が大和へ噛みつこうとする。届かない。大和は少し離れる。
「まだ俺なんだな」
アキトが言う。
「好かれてるな」
「嬉しくない」
ダガンは盾を見る。爪痕を指でなぞる。大和が聞く。
「それ大丈夫?」
「大丈夫だ」
「結構削れてるけど」
「直せる」
少し離れたところでネイドが切れた縄を拾っている。大和が見る。
「それも直すの?」
「直せる」
「本当に何でも直すな」
シアが曲がった槍を見せる。
「これは?」
ネイドが見る。
「俺じゃない」
「そこは違うんだ」
「木ならトダ」
ダガンが振り向く。
「見せろ」
シアが槍を渡す。大和は少し笑った。もう勝手に回り始めている。
「ここからどうする?」
ダガンが聞く。シェルドが答える。
「運べる場所まで引く」
大和が見る。
「吊るす?」
「ああ」
怪物を殺す方法そのものは、もう新しくない。脚を使えなくし、補給できない状態にして、逃がさない。必要な時だけ再生した部位を切り、そして待つ。大和が言った。
「俺が殺した方が早いけど」
シェルドが見る。
「そうだな」
「……やらないよね」
「やらない」
「ですよね」
大和は笑った。今日は早く殺すことが目的ではない。六つの村の者が一緒に怪物を押さえられるか。それを確かめるために来た。怪物はまだ生きている。だが、もう逃げられない。
◇
中継地点へ戻る頃には、日が傾いていた。怪物は少し離れた場所に作った木枠へ吊られている。監視はトダとラナから二人ずつ。明日はカダとセラの者が交代するという。大和が聞いた。
「ベルとイルは?」
シェルドが答える。
「その次」
「もう決めたの?」
「さっき」
「いつ?」
「お前が怪物見てた時」
「早いな」
中継地点では、ルシアンが記録している。場所、時間、怪物の大きさ。誰が見つけ、どこから連絡が来て、何人で対応したか。縄が一本切れたこと、ダガンの盾の損傷、ロウの傷、シアが投げなかった場面、誰がどの合図で動いたか。大和が横から見る。
「そこまで書くの?」
ルシアンが答える。
「何が」
「シアが投げなかったところ」
「必要」
「投げたところじゃなくて?」
「投げなかったからロウに当たらなかった」
大和は少し止まった。
「ああ」
ルシアンは書き続ける。
「ネイドが一本目を切られた後、すぐ二本目へ移った」
「それも?」
「次に同じことが起きる」
「なるほど」
「ダガンは正面を止められた」
「うん」
「アキトは正面へ入らなかった」
大和が見る。
「それも良かったこと?」
「良かった」
ルシアンは普通に答える。
「同じ位置に二人必要なかった」
大和は記録板を見る。失敗だけでなく、上手くいったことも残している。
「ロウは?」
ルシアンが板を見る。
「空いた位置へ入った」
「俺も思った」
「バルはその後ろを支えた」
「ラグは?」
「最初に怪物の方向を見つけた。戦闘中も倒す方向を決めた」
「ネイドは縄」
「それだけじゃない」
ルシアンが言う。
「一本切れても動きが止まらなかった」
大和は少し笑った。
「みんな何かあるな」
「あるから来ている」
「そりゃそうか」
ルシアンが大和を見る。
「大和も」
「俺?」
「二回、崩れた場所へ入った」
「二回だけ」
「十分」
大和は少し黙った。その言葉は、思っていたより嬉しかった。
「いっぱい書くな」
「次に使う」
「今日の問題?」
「それも」
ルシアンが続ける。
「どこで怪物が出たかも残す」
大和は地図を見る。六つの村と、その間を結ぶ道。怪物が出た場所を示す点が、少しずつ増えていく。
「そのうち」
大和が言った。
「怪物が多い場所とか分かるかもな」
ルシアンが頷いた。
「そのために残す」
◇
夕食時。今日の戦いに参加した者たちが、中継地点の外に座っていた。昨日よりも、誰がどこの村なのか分かりにくい座り方になっている。ダガンの横にはアキト。その向かいにバル。ロウとラグは少し離れたところで同じ器から干し肉を取っている。シアは魚。ネイドは食べながら、切れた縄を膝の上に置いていた。
大和がダガンのところへ近づく。ダガンは盾の爪痕を見ている。
「嬉しそうですね」
「本物だった」
「盾削れてるけど」
「直せる」
アキトが言った。
「木より重かったな」
ダガンが頷く。
「かなり」
大和が聞く。
「満足?」
「満足」
「怪物と戦った感想じゃないな」
アキトが盾を見る。
「板より丈夫だったな」
大和が止まる。
「それ俺に言ってる?」
「言ってない」
「絶対言ってるだろ」
ダガンも盾を見る。
「板は割れた」
「ダガンもいたよね?」
「盾は割れてない」
「比較するものじゃないだろ!」
バルが笑う。ラグも聞いて笑った。もう六村の者まで普通に笑っている。大和はため息をつく。
「完全に広まったな」
アビナが横から来る。
「有名ニャ」
「お前が広めたんじゃないの?」
「みんな見たニャ」
「そうだった」
反論できない。ダガンが盾を置いた。大和が聞く。
「でもさ」
「何だ」
「あれ怖くないの?」
「何が」
「怪物が真正面から来るやつ」
ダガンが少し考える。
「来るなら止める」
「いや、だから、それが怖くないの?」
「止める役だろ」
大和は少し黙った。アキトが横で肉を食べながら言う。
「聞いても無駄だぞ」
「アキトは?」
「怖い時はある」
「あるんだ」
「あるだろ」
普通に答えた。大和は少し意外だった。アキトが続ける。
「だから今日はダガンに任せた」
ダガンが見る。
「何で」
「お前の方が向いてる」
「そうか」
それだけだった。大和が二人を見る。
「もっと張り合うかと思ってた」
アキトが眉を寄せる。
「何で」
「腕相撲したから」
「遊びだろ」
「そこ分けるんだ」
ダガンが言う。
「勝負は勝負だ」
「じゃあ続きする?」
「板があるなら」
「やらないよ」
◇
少し離れたところでは、ロウが傷のある腕で普通に食べていた。大和がそちらへ移動する。
「ロウ」
「何?」
「それ痛くないの?」
腕を指す。
「痛い」
「普通に食べてるけど」
「食べないと治らないだろ」
ラグが横から言う。
「避けるの遅かった」
ロウがラグを見る。
「お前がこっちへ流したんだろ」
「倒す方向決めた」
「俺がいた」
「見えてた」
「ならもう少し反対へやれよ」
「その後バルがいた」
バルが聞く。
「俺のせいか?」
「違う」
ラグが答える。
「ロウが遅かった」
ロウが肉を噛む。
「次はお前の前に怪物流す」
「やってみろ」
大和が二人を見る。
「仲悪くなってない?」
バルが答える。
「普通だろ」
「これ普通?」
ロウが言う。
「次、同じことしなきゃいいんだよ」
ラグも頷いた。
「次は先に右へ倒すって言う」
そこで話が終わった。大和は少し笑った。喧嘩ではない。失敗したことを、そのまま次へ持っていっているだけだ。
「でもロウ」
ラグが言う。
「何」
「反対側、よく入ったな」
ロウが少し止まる。
「どこ?」
「最初」
「ああ」
「俺が流した時」
ロウは考える。
「空いてたから」
「見えてたのか」
「見れば分かるだろ」
ラグは少しだけ笑った。
「俺は反対見てた」
「じゃあ俺が見るしかない」
大和は何となく、その言葉を覚えた。大したことを言ったようには聞こえない。ロウ自身もそう思っていない。空いていたから入った。誰かが見ていないなら、自分が見る。それだけだった。
◇
シアはネイドの縄を見ていた。
「それ、切れたやつ?」
「そう」
ネイドは食べながら、切れた端を指でほぐしている。
「直る?」
「直す」
「新しいの使えば?」
「これも使える」
「短くならない?」
「少し」
シアは少し考えた。
「ベルなら捨てるかも」
ネイドが顔を上げる。
「何で」
「短くなった縄は使いにくい」
「別のことに使える」
「何に?」
「荷物。補修。結ぶだけなら短くてもいい」
「全部使うの?」
「使えるなら」
シアが縄を見る。
「イルって、物捨てない?」
「使えなくなったら捨てる」
「いつ?」
「直せなくなったら」
シアは少し笑った。
「長そう」
「長い」
そこへダガンが口を挟んだ。
「最初から切れない縄にすればいい」
ネイドがすぐ見る。
「また重くするのか」
「太くする」
「重くなる」
「切れない」
「運びにくい」
「切れるよりいい」
大和が遠くから言う。
「また始まった!」
全員が少し笑った。シアも笑っている。ネイドは真顔のままだった。ダガンも真顔だ。二人とも本気だった。大和がネイドの横へ座る。
「でも今日、一本切れてもすぐ次出したよね」
「予備があった」
「焦らないの?」
ネイドが見る。
「切れたものは戻らない」
「だから?」
「次を使う」
「なくなったら?」
「直す」
大和は笑った。
「やっぱりそこなんだ」
シアが言う。
「投げる時もそうだった」
大和が見る。
「何が?」
「一回目、ロウがいたから投げなかった」
「見てた」
ロウが少し離れたところから聞く。
「俺?」
シアが頷く。
「前にいた」
「気づかなかった」
「だから投げなかった」
ロウが一瞬止まる。
「……ありがとう?」
シアが首を傾げる。
「当てたら駄目でしょ」
「まあそうだけど」
大和が笑った。
「シアって、投げられる時でも投げないんだな」
シアが大和を見る。
「当たらないなら投げる意味ない」
「違う。怪物には当たるけど、誰かいたら待つってこと」
「普通でしょ」
またそれだった。本人たちにとっては普通なのだ。ダガンが正面へ立つことも、ロウが空いた場所へ入ることも、ネイドが切れたら次を出すことも、シアが味方を見て投げないことも。大和には、それぞれ違う強みに見えた。
◇
少しして、ラグが大和へ聞いた。
「お前、今日は何した?」
「急だな」
「最後まで刃出さなかっただろ」
大和は右腕を見る。
「蹴った」
「二回」
バルが言う。大和が見る。
「数えてたんですか?」
「目立つからな」
「蹴っただけなのに」
アキトが言う。
「ネイド助けた」
ネイドは食べながら頷いた。
「助かった」
「あとダガンのところ」
ダガンも言う。
「助かった」
大和は少し困った。
「でも、それだけだよ」
シェルドが少し離れた場所から言う。
「それでいい」
大和が振り向く。
「また聞いてたの?」
「聞こえる」
「最近ずっとその位置だな」
シェルドは気にしない。大和が聞く。
「俺の役割って、本当にこれ?」
「何だ」
「誰かが危なくなったら入る」
シェルドは少し考えた。
「それだけではない」
「他にある?」
「予定通りにいかなかった時」
大和は黙る。シェルドが続ける。
「決めた役割から外れて動ける者が必要になる」
「俺?」
「ああ」
「何か、決まってないことが役割みたいだな」
アキトが言う。
「合ってるだろ」
「否定しにくい」
バルが笑った。
「大和らしいな」
「それ褒めてます?」
「たぶん」
「ノルアみたいなこと言わないでくださいよ」
少し離れたところでノルアが聞いていた。
「呼んだ?」
「呼んでない」
◇
食事はそのまま続いた。反省会をしているわけではない。誰も中央に立っていない。話題もまとまっていない。盾の傷の話をしていたと思えば、次は縄。そこからロウの傷、シアの槍、バルの肩、ラグが見つけた足跡、ダガンが本物の怪物を止めた時の重さ、アキトが正面へ行かなかった理由へと話題が移る。そんな話が、食べながらあちこちで続いている。
昨日までは、「セラでは」「ベルでは」「トダなら」「イルなら」と、村を主語にする言い方が多かった。今日は少し違った。「ラグが」「シアが」「ネイドが」「ダガンが」と、名前で話すことが増えている。大和はそれに気づいた。だが、口には出さなかった。アビナが干し肉を取る。シアは魚を食べている。
ダガンの器には、また麦も肉も魚も全部入っている。ラグがそれを見た。
「また混ぜてる」
ダガンが見る。
「何が悪い」
シアも見る。
「もういい」
ラグが言う。
「俺も諦めた」
大和が笑った。
「そこは仲良くなるんだ」
ラグとシアが同時に見る。
「違う」
また声が重なった。大和はさらに笑った。怪物はまだ少し離れた場所で吊られている。死んでいない。今日の戦いが成功したかどうか、本当の意味ではまだ分からない。それでも。誰も大きな怪我をしなかった。怪物は逃げていない。自分一人で倒したわけでもない。大和は食べ物を一つ取る。
「まあ」
レティが聞く。
「何?」
「十分かな」
レティが少し笑った。
「何が?」
大和は周囲を見る。
「今日」
それ以上は言わなかった。
◇
数日後。吊られた怪物は再生を止めた。さらに待つ。傷が崩れた。臭いが変わった。死亡。ラナでもない。カダでもない。セラでもない。トダでも、ベルでも、イルでもない。六つの村から集まった者たちが一緒に捕らえた怪物だった。ルシアンが記録板を前に少し考えている。大和が覗き込む。
「何してるの?」
「村」
「村?」
「どこにする」
大和も記録板を見る。今までなら、怪物を倒した場所や、対応した村の名前を書く。今回は一つではない。
「全部?」
「長い」
「じゃあ六つ?」
ルシアンは少し考えた。短く書く。大和が読む。六村共同。
「そのままだな」
「他にある?」
「ない」
アビナが横から言った。
「分かりやすいニャ」
「最近それ大事だと思ってきた」
大和はもう一度その文字を見る。六村共同。一つの村が怪物を殺したわけではない。大和が怪物を殺したわけでもない。ダガンが正面で止めた。ラグが進路を読んだ。シアが投げる時と投げない時を選んだ。ネイドが縄を掛けた。アキトが空いた場所へ入り直した。ロウが反対側を埋めた。バルがその後ろを支えた。
シェルドは全部を動かそうとはしなかった。ルシアンはそれを残した。そして大和は、崩れたところへ二度だけ入った。誰か一人ではない。一つの村でもない。大和は記録板の文字をもう一度見た。まだ六つの村は、六つの村だった。食べるものも違う。使う道具も違う。大事にするものも違う。
怪物との戦い方だって、少し前までは全部違った。それでも。怪物と戦う時だけは、少しずつ一つの側になり始めていた。




