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この世界に残るもの  作者: 深空 律
第二部 残された世界
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67/72

第67話 同じ合図

朝、中継地点の横に、妙なものが立っていた。大和はしばらく黙って見た。


「……怪物?」


ドランが答える。


「違う」


「ですよね」


太い丸太の横から四本の細い木が伸びている。前には別の木材が括り付けられ、頭のようなものまである。そこから縄が何本も伸びていた。少し離れた場所で、ラナの男たちが縄を持っている。引けば、丸太の脚が動くらしい。アビナが横から覗き込む。


「怪物ニャ」


「ドランは違うって言ってるぞ」


「怪物に見立てるニャ」


「それならそう」


ドランは胴体の丸太を叩いた。


「壊すな」


大和がすぐ答える。


「まだ何もしてないですよ」


「先に言っている」


アキトが笑った。


「信用がないな」


「最近は壊してないだろ」


アビナが言う。


「滑車ニャ」


「それはもういい」


少し離れたところで、ダガンが木の怪物を見ていた。腕を組んでいる。


「軽い」


大和が見る。


「何が?」


「本物より」


「そりゃ木だから」


ダガンは不満そうだった。


「止めても意味が分からん」


ドランが言う。


「ならもっと重くするか」


「それがいい」


「待って」


大和が二人を見る。


「訓練で本物みたいな重さにする必要ある?」


ダガンが聞く。


「ないのか?」


「最初から潰されたら練習にならないでしょ」


アキトが頷いた。


「大和が珍しく正しい」


「珍しくって何だよ」


     ◇


シェルドが集まった者たちを見た。


「最初は何も決めない」


大和が聞く。


「昨日の話は?」


「自分の村で普段やっているように動け」


「それ危なくない?」


「だから武器は本物を使わない」


シアを見る。彼女の手には、昨日の投槍より短く、先端を丸くした木の棒があった。ラグも刃物を持っていない。ダガンの棒も先端の補強を外してある。ネイドだけは普段通り縄を持っている。


「まず」


シェルドが言った。


「どこでぶつかるか見る」


ルシアンは少し離れたところで記録板を持っている。大和が見る。


「俺も?」


「ああ」


「普通に?」


「普通に」


大和は少し考えた。


「本当に?」


シェルドが睨む。


「何だ」


「俺が普通に動いたら、たぶんすぐ追いつくけど」


「壊すな」


「そこじゃなくて」


アキトが言う。


「怪物を倒す必要はない」


「分かってるよ」


「なら問題ない」


大和は木の怪物を見る。今日は倒す訓練ではなく、一緒に動く訓練だ。大和は頷いた。


「了解」


     ◇


配置についた。正面にはアキト、少し離れてダガン。側面にラグ、反対側にロウとバル。シアは後方、ネイドは縄を持って少し下がっている。大和はどこに立つか迷った。


「俺どこ?」


シェルドが答える。


「自分で考えろ」


「最初から難しいな」


大和は少し後ろへ下がった。全体が見える場所。シェルドが手を上げる。


「始める」


縄を持った男たちが走り出した。木の怪物が動く。思ったより速い。脚が不規則に跳ねる。


「意外と怪物っぽい」


大和が呟く。次の瞬間、ラグが口笛を一度鳴らし、シアが投げた。


「え」


大和の目の前を木の棒が飛び、ダガンの盾へ、ばこんと当たる。ダガンが止まり、シアも止まる。ラグが叫ぶ。


「何で投げる!」


「合図しただろ」


「寄せる合図だ!」


「うちは投げる!」


「昨日言っただろ!」


「だから変えたのかと思った」


「変えてない!」


その間にも木の怪物は進む。アキトが前へ出て、ダガンも出る。二人は同時に正面へ立った。


「そっち行くのか」


アキトが言う。


「止める」


ダガンが答える。


「俺もだ」


二人が並ぶ。木の怪物がぶつかる。丸太そのものは軽い。だが後ろから三人が縄を引いている。アキトとダガンが同時に押す。方向がずれた。木の怪物が横へ流れる。


「こっち!」


ラグが走る。自分の方へ誘導しようとする。だが、流れた先にネイドがいた。


「待て」


ネイドが縄を投げる。一本の脚へ掛かり、それを引くと、木の怪物がさらに横へ倒れかける。


「今!」


シアが投げた。


「待っ――」


ラグが避ける。木の棒が脚のすぐ横を通った。


「危ない!」


大和が思わず前へ出た。一気に距離を詰め、倒れかけた木の怪物を横から押さえる。止まった。全員が動きを止め、少し静かになった。アビナが離れた場所から言った。


「ぐちゃぐちゃニャ」


大和が答える。


「うん」


シェルドも言った。


「止めろ」


     ◇


木の怪物を元の位置へ戻した。誰も怪我はしていない。だが、大和はさっきの動きを思い返す。


「本物だったら」


アキトが言った。


「シアの槍がダガンに当たってたな」


シアが答える。


「盾で止まった」


ダガンが見る。


「本物なら刺さる」


「盾がある」


「槍が壊れる」


「そこ?」


大和が聞いた。ラグがシアを見る。


「そもそも俺の合図で投げるな」


「同じ音を使う方が悪い」


「セラではずっとこれだ」


「ベルも」


「じゃあどっちが変える」


「そっち」


「何でだ」


昨日と同じだった。大和は少し笑う。シアが見る。


「何?」


「いや、本当に昨日の続きだなって」


シェルドが地面へ線を引いた。


「まず合図を決める」


ラグとシアを見る。


「村の合図は使わない」


二人とも黙る。


「ここでは」


シェルドが続けた。


「全部、新しくする」


ネイドが聞く。


「音?」


「音だけでは足りない」


ルシアンが言った。全員が見る。


「怪物がうるさい時もある。離れて聞こえないこともある」


ダガンが盾を叩いた。どん。


「これは?」


アキトが首を振る。


「怪物が向く」


「向かせたい時もある」


「だから駄目なんだよ」


大和が笑った。ダガンが少し考える。


「そうか」


     ◇


それから、合図を作った。難しいものにはしなかった。多ければ覚えられない。シェルドが言う。


「三つでいい」


一つで止まる。二つで下がる。三つで拘束に入る。音は、中継地点にあった古い金具を短く叩くことにした。かん、と高い音が出る。一回、二回、三回。回数で意味を分ける。大和が聞く。


「攻撃は?」


「各自」


「投げる時は?」


シアが聞いた。


「声」


シェルドが答える。


「投げる前に言え」


「何て?」


大和が口を挟む。


「投げる、とかでいいんじゃない?」


シアが大和を見る。


「そのまま?」


「分かりやすいでしょ」


ラグが言った。


「投げる」


少し間があった。


「分かりやすいな」


「でしょ?」


アビナが離れた場所から言う。


「大和でも分かるニャ」


「何で俺基準なんだよ」


     ◇


次は役割を決めた。シェルドが地面へ怪物を表す丸を描き、その正面を示す。


「止めるのは一人」


アキトとダガンを見る。二人が顔を見合わせた。大和が聞く。


「どっち?」


ダガンが言った。


「俺」


アキトが答える。


「いい」


あっさりだった。大和が少し驚く。


「いいの?」


「ダガンの方が止めるのに向いてる」


アキトは普通に答えた。


「俺は横へ入る」


ダガンも頷く。


「それがいい」


大和は何となく嬉しくなった。昨日まで、二人とも同じ場所へ立っていた。別に、どちらが上かを決める必要はない。使う場所を変えればいい。シェルドが続ける。


「ダガンが正面」


地面へ線を引く。


「ラグは進路を決める」


別の線を引く。


「アキト、ロウ、バルは横」


「大和は?」


大和が聞く。シェルドが少し考える。


「自由」


「一番困るやつじゃん」


「お前は動ける場所が多すぎる」


「それ褒めてる?」


「事実だ」


ルシアンが言った。


「最初は後ろで見た方がいい」


大和がルシアンを見る。


「俺もそう思ってた」


「なら聞くな」


「参加しろって言われたから」


シェルドが言う。


「必要な時に入れ」


「了解」


次はシア。


「後ろから脚を狙う。ただし声を出してから」


「分かった」


次はネイド。


「拘束は合図の後」


「分かった」


ラグが聞く。


「俺が誘導してる途中で拘束した方がいい時は?」


シェルドが答える。


「お前が三回鳴らせ」


「俺が?」


「一番近くで動きを見ている」


ラグは少し考え、頷いた。大和が言った。


「シェルドが全部指示するんじゃないんだ」


「離れている時まで俺を見るのか?」


「無理だな」


「なら、その場所にいる者が決める」


大和は頷く。その方がずっと現実的だった。


     ◇


二回目。木の怪物が動き、ダガンが前へ出る。今度、アキトは行かずに横へ回る。ロウ、バル、ラグが走り、怪物の進行方向をずらしてダガンの盾へ向かわせる。ぶつかる。どん、とダガンが一歩下がる。だが、止めた。


「重くない」


まだ不満そうに言う。大和が遠くから叫ぶ。


「今それいいから!」


ラグが横へ回る。木の怪物の向きを変える。シアが槍を構える。


「投げる!」


全員が少しだけ位置を確認する。シアが投げ、木の棒が一本の脚へ当たった。


「今!」


ラグが金具を、かん、かん、かんと三回鳴らす。ネイドが動き、一本の脚へ縄を掛ける。アキトが反対側の脚を押さえ、ロウとバルが胴体の動きを抑える。木の怪物が傾き、倒れる。大和はまだ動いていなかった。


「……終わった?」


アビナが聞く。大和も少し驚く。


「終わったっぽい」


シェルドが言った。


「止めろ」


全員が手を離した。さっきより、かなり早い。何より、誰も誰かの前へ飛び出していない。大和は木の怪物へ近づいた。


「俺、何もしてない」


アキトが言う。


「必要なかった」


「またそれ?」


「良かっただろ」


大和は少し笑った。


「まあね」


     ◇


三回目は少し変えた。怪物役の男たちが途中で急に方向を変えた。ダガンの正面へ行かない。ラグが追う。


「そっち!」


アキトが先へ回る。シアは投げない。射線にロウがいる。ネイドも待つ。大和は今度は動いた。逃げる木の怪物の前へ一気に回り込む。ただし、触らずに進路を塞ぐ。


「こっち!」


大和が声を出す。怪物役の男たちが予定通り方向を変える。それを見たラグが、さらにダガンの方へ誘導する。どん、と盾へ当たり、金具が三回鳴る。縄、槍、横からの押さえ。止まった。今度は、大和も中にいた。だが、最後まで、怪物そのものには触らなかった。シェルドが聞く。


「どうだった」


大和は少し考える。


「楽」


「何が」


「全部やらなくていい」


アキトが言う。


「最初からそうだ」


「俺は最近知ったんだよ」


バルが笑う。


「遅いな」


「うるさいな」


     ◇


昼、全員が中継地点の前に座り、食べ物を回していた。昨日より座る場所が混ざっている。アキトの横にはダガン、ロウの向かいにはラグが座っている。シアはネイドと、さっき縄を掛ける時にどこまで待つか話している。大和はその少し外側で食べていた。アビナが隣へ座る。


「大和、暇そうだったニャ」


「訓練中?」


「うん」


「結構忙しかったよ」


「走っただけニャ」


「俺の役割だよ」


「速い係ニャ」


「雑だな」


ノルアも座った。


「でも、大和に合ってるんじゃない?」


「何が?」


「決まった場所にいなくていいところ」


大和は少し考えた。


「それ褒めてる?」


「たぶん」


「またそれ?」


レティが食べ物を持ってきた。


「自由に動く人が一人いる方がいいんじゃない?」


大和が受け取る。


「俺、自由すぎない?」


「前からでしょ」


「そうかな」


三人とも否定しなかった。


「否定してよ」


アビナが笑った。少し離れたところでは、アキトとダガンが朝の訓練について話していた。


「やっぱり、お前が正面でいいな」


アキトが言う。ダガンは食べながら答える。


「止めるならな」


「俺より押す力あるだろ」


「知らん」


「いや、あるだろ」


ダガンは少し考えた。


「石なら押す」


大和がそちらを見る。


「石なら?」


「動かすからな」


アビナも見る。


「アキトよりダガンの方が強いニャ?」


アキトが答える。


「押す力なら、たぶんな」


ダガンが言う。


「分からん」


「じゃあ比べればいいニャ」


大和が嫌な予感を覚えた。


「何を?」


アビナは二人を見る。


「どっちが強いかニャ」


「だから怪物相手の強さと力比べは違うって」


「力だけニャ」


「それなら……」


大和は少し考えた。二人を見る。


「腕相撲でもする?」


アキトが聞く。


「何だそれ」


「知らない?」


誰も反応しない。大和は食事を置いた。


「こうやって」


近くにあった平たい板を自分の前へ引き寄せる。肘をつく。


「二人で手を握って、相手の手をこっちまで倒した方が勝ち」


ダガンが板を見る。


「それだけか?」


「それだけ」


アキトも大和の手を見る。


「腕だけ?」


「基本は」


ラグが少し離れたところから聞く。


「何が分かる?」


「腕相撲が強いかどうか」


「それだけ?」


「それだけ」


ラグは少し考えた。


「意味ないな」


「遊びなんだから意味なくていいんだよ」


大和が言った。アビナがすぐ板の横へ移動する。


「やるニャ」


「アビナはやらないだろ」


「見るニャ」


「さっきと同じだな」


アキトがダガンを見る。


「やるか?」


「ああ」


「乗るんだ」


大和が言う。二人が板を挟んで座った。ダガンが太い腕を置き、アキトも肘をつく。手を握ると、大和は二人の手を見た。どちらも大きい。


「板、大丈夫かな」


ネイドが顔を上げた。板を見る。


「薄い」


大和が止まる。


「やっぱり?」


ダガンが板を軽く叩く。


「これくらいなら大丈夫だ」


ネイドが言う。


「固定されてない」


「腕相撲するだけだよ」


「ずれる」


ロウが板の反対側を足で押さえた。


「これでいいだろ」


ネイドは少し見る。


「たぶん」


大和が言う。


「ネイドの『たぶん』怖いな」


「始めないのか?」


アキトが言った。


「あ、はい」


大和が二人の手を見る。


「じゃあ」


少し考える。


「始め」


一気に力が入った。板が、ぎ、と鳴った。だが、腕はほとんど動かない。


「お」


大和が身を乗り出す。アキトの腕も太い。ダガンはさらに太い。二人とも声を出さない。ただ、握った手だけが少しずつ震える。アビナが覗き込む。


「動かないニャ」


「今やってるから」


ロウも見る。バルも少し近づいてきた。ラグまで食事を持ったまま見ている。シアはまだ座ったままだった。本当に少しずつ、アキトの腕が傾いた。大和が言う。


「ダガン押してる」


アキトが力を入れ直す。戻った。


「おお」


今度はバルが言った。


「アキトも強いな」


ダガンの顔が少しだけ変わった。笑っている。


「強いな」


アキトも笑う。


「そっちもな」


大和は二人を見る。


「何か普通に楽しんでない?」


アビナが答える。


「勝負ニャ」


もう一度、ダガンが押した。今度は戻らない。ゆっくり傾く。アキトも粘る。だが最後に、手の甲が板へついた。どん。


「終わり」


ロウが言った。


「何でロウが判定してるの?」


「近かったから」


アキトが腕を離す。手を何度か振った。


「強いな」


ダガンも手を開く。


「お前も」


アキトは気にした様子もなく言った。


「やっぱり正面はお前だな」


ダガンが見る。


「腕相撲で決めるのか?」


「訓練でも止めてただろ」


「そうか」


大和は少し笑った。勝った負けたより、朝の役割の確認になっている。アビナが言った。


「次ニャ」


「まだやるの?」


「やるニャ」


バルが板の前へ出た。大和が見る。


「バルも?」


「やるならやる」


「急に参加するなあ」


ロウが笑う。


「バル、こういうの好きだぞ」


バルがロウを見る。


「誰が言った」


「今座っただろ」


「それはそうだけど」


大和が笑った。今度はバルとダガンが手を組む。カダでも狩りや見回りをしているバルは大きい。だが、ダガンほどではない。


「始め」


最初から板がきしんだ。大和が板を見る。


「本当にこれ大丈夫?」


ネイドが答える。


「今は」


「今はって何?」


ダガンが押す。バルもかなり粘った。しかし、少しずつ押される。バルが負けた。


「強いな」


立ち上がりながら言う。ダガンは頷いた。


「石を動かすからな」


ラグが聞く。


「毎日?」


「必要なら」


「どれくらいの石?」


ダガンは周囲を見る。少し離れたところに転がっている石を指した。大和が見る。


「それ?」


「それくらいなら一人で動かす」


「普通に?」


「ああ」


ラグが石を見る。


「鹿より重そうだな」


シアが食べながら言う。


「鹿と比べるの?」


ラグが振り向く。


「運ぶなら同じだ」


「違うでしょ」


「重いものを運ぶ話だ」


昨日の肉と魚とは違う。今度は、持つ物の話になっていた。ロウが言う。


「麦袋も重いぞ」


大和が見る。


「どれくらい?」


「運べるくらい」


「それ何も分からない」


バルが両手で大きさを示す。


「これくらい」


「結構あるな」


「収穫の時は何度も運ぶ」


ラグが言った。


「鹿は一回だ」


ロウが答える。


「麦は逃げない」


「またそこ?」


大和が笑う。シアが言った。


「網も重い」


全員が少しそちらを見る。


「魚?」


大和が聞く。


「魚も。水を吸った網も」


シアは手で引くような動きをした。


「湖から上げる」


ラグが聞く。


「一人で?」


「何人かで」


「じゃあ一人の力じゃない」


シアがラグを見る。


「何で一人でやる必要があるの?」


ラグが少し止まった。大和が笑う。


「それ、今日の訓練で聞いた話みたいだな」


アキトも笑った。ラグは少し不満そうだったが、否定はしなかった。ネイドが縄を持ち上げる。


「濡れた縄も重い」


大和が見る。


「イルまで参加する?」


「重くなる」


「そうじゃなくて」


ネイドは気にせず続けた。


「布も濡れると重い」


ダガンが言う。


「石は濡れても同じだ」


「少し重くなる」


ネイドが答える。ダガンが考える。


「少しだろ」


「少しでも増える」


「そこ気にするんだ」


大和が言った。ネイドは当然のように答えた。


「運ぶから」


昨日は器の重さで揉めていた。今日も結局、同じところへ戻っている。ただ、昨日より話している相手が増えていた。アビナが板を指す。


「次、ラグニャ」


ラグが見る。


「俺?」


「鹿運ぶニャ」


「鹿を運ぶのとこれは違う」


「さっき同じって言ってただろ」


大和が言った。ラグが黙った。ロウが笑う。


「やれよ」


「お前がやれ」


「いいぞ」


今度はロウが板の前に座った。大和が少し驚く。


「ロウもやるんだ」


「何だよ」


「いや、判定する人かと思ってた」


「誰が決めた」


ラグも向かいに座る。二人が手を組む。大和が見る。


「セラ対カダ?」


シアが言う。


「そういうのにするの?」


「しない方がいい?」


「負けた方が面倒そう」


ラグが見る。


「何で俺を見る」


「見てない」


「見てた」


大和が言う。


「始めていい?」


ロウとラグが頷く。


「始め」


今度はさっきより動いた。ラグが押す。ロウが戻す。またラグ。大和は少し面白くなってきた。


「結構いい勝負」


バルが言う。


「ロウ、力抜くな」


「抜いてない!」


ラグが笑った。その瞬間、ロウが少し押し返す。


「笑うなよ」


「お前が言うからだろ」


今度はラグが力を入れる。ロウの腕が傾く。止まる。また少し傾く。最後はラグが押し切った。


「終わり」


今度はアキトが言った。ロウが手を離す。


「狩りしてる奴は強いな」


ラグも腕を振る。


「お前も道ばっかり歩いてる割に強い」


「道歩くの関係ある?」


大和が聞いた。ロウが言う。


「荷物も運ぶ」


「結局みんな何か運んでるな」


「生きてれば運ぶだろ」


バルが言った。大和は少し納得した。


「それはそうか」


アビナが突然、大和を見る。嫌な予感がした。


「次、大和ニャ」


「やらないよ」


即答した。


「何でニャ?」


「俺入れたら比較にならないだろ」


ラグが言う。


「やってみないと分からない」


大和が見る。


「何で急にそっち側なの?」


「見たい」


シアまで言った。


「シアも?」


「速いのは見た」


「腕力は?」


「知らない」


「だから見たい?」


シアが頷く。ネイドだけは大和ではなく板を見ていた。


「やめた方がいい」


大和がネイドを指す。


「ほら」


アビナが聞く。


「何でニャ?」


「板が持たない」


一瞬、全員が板を見る。大和も見る。


「そんなに?」


ネイドは板の端を持ち上げた。


「薄い。下も支えてない」


ダガンが叩く。


「さっき持った」


「さっきはダガンとバル」


「俺もいる」


「だからだよ」


大和が言った。ダガンが大和を見る。


「やるか」


「何で相手がダガンなの?」


「今一番強い」


「そういう大会になったの?」


アビナが言う。


「一番決めるニャ」


「最初そんな話じゃなかっただろ」


アキトが笑う。


「怖いのか?」


大和がアキトを見る。


「煽るなよ」


ロウも笑っている。バルまで言った。


「やればいい」


「何でカダまで敵になってるの?」


ラグが言う。


「勝てば終わる」


「俺が勝ったらダガンが納得しないだろ」


ダガンが答える。


「する」


大和が止まる。


「するんだ」


「負けたら負けだ」


「そこは潔いな」


シアが言った。


「早くやれば?」


完全に逃げ道がなくなった。大和は板を見る。次にネイドを見る。


「本当に壊れる?」


「分からない」


「一番怖い答えだな」


ダガンはすでに座っている。大和はため息をついた。


「分かったよ」


向かいに座る。肘を板へ置く。ダガンと手を組む。大きい。大和の手でも、かなり握り応えがある。ダガンが聞いた。


「これでいいか」


「いいけど」


大和は板を見る。


「力加減どうする?」


「普通に」


「普通が一番困る」


アビナが目を輝かせている。


「始めるニャ」


「待って。アビナがやるの?」


「始めニャ!」


「ちょ――」


ダガンに力が入った。反射的に大和も押し返した。動かない。一瞬だった。ダガンの腕にさらに力が入る。大和も力を入れた。ばきっ。乾いた音がした。二人とも止まった。誰も動かなかった。大和がゆっくり下を見る。板の中央に亀裂が入っている。


「……」


みし。もう一度音がした。次の瞬間、板が二つに割れた。大和とダガンの肘が同時に落ちる。


「うわっ」


二人とも手を離した。割れた板が地面へ落ちる。しばらく、誰も何も言わなかった。大和が板を見る。ダガンも見る。アビナが言った。


「大和ニャ」


「待って」


大和がすぐ顔を上げる。


「今回は絶対俺だけじゃない」


ダガンが言う。


「俺は押しただけだ」


「俺も押しただけだよ!」


ロウが吹き出した。バルも笑う。アキトはもう普通に笑っている。大和が指差す。


「何でみんな俺を見るんだよ」


ラグが割れた板を見る。


「本当に壊すんだな」


大和が振り向く。


「誰から聞いた?」


「昨日から聞いてる」


シアも板を見る。


「滑車も壊したんでしょ」


「何でそこまで広がってるの?」


アビナが答える。


「有名ニャ」


「誰が広めたんだよ」


ネイドがしゃがんだ。割れた部分を見る。


「だから持たないと言った」


大和がネイドを見る。


「今それ言う?」


「言った」


「それは聞いた」


ダガンもしゃがむ。割れた板を一本持ち上げる。


「薄い」


ネイドが言う。


「使い方が悪い」


「もっと厚ければ割れない」


「重くなる」


「またそれ?」


大和が言った。昨日の器と同じだった。ダガンが割れた板を見る。


「次は厚い板を使う」


大和が止まる。


「次あるの?」


「勝負が終わってない」


周囲がまた笑った。大和は頭を抱えた。


「もういいだろ」


アビナが言う。


「引き分けニャ」


ダガンが少し考える。


「引き分けか」


「そこで納得するんだ」


アキトが言った。


「午後の訓練で決めればいいだろ」


大和が見る。


「何を?」


「どっちが役に立つか」


ダガンが答える。


「それはもう役割が違う」


「分かってるじゃん」


大和は思わず笑った。さっきまで腕一本で勝ち負けを決めていたのに、怪物相手になれば話は別らしい。シェルドの声が飛んできた。


「遊んでいるなら、そろそろ戻れ」


全員がそちらを見る。大和が聞く。


「いつから見てたの?」


「板が割れる前」


「止めてよ」


「止める前に割れた」


「俺のせいみたいに言うなよ」


シェルドは割れた板を見る。


「ドランには自分で言え」


大和の顔が止まった。


「これ、ドランの?」


ロウが板を見る。


「中継地点のだろ」


「もっと早く言ってよ!」


アビナが笑った。昼休みが終わる頃には、腕相撲で誰が一番強いのかは結局分からなかった。分かったのは、ダガンがかなり強いこと。バルも強いこと。ラグとロウが思ったよりいい勝負をすること。そして、大和とダガンを同じ板の上で力比べさせてはいけないことだった。


     ◇


午後、もう何度か繰り返した。完璧ではない。合図を聞き逃す。縄が絡む。ダガンが前へ出すぎる。ラグの誘導と怪物役の動きが合わない。シアが投げられない時間が長い。大和が速すぎて、逆に他の者が追いつけないこともある。そのたびに止め、話し、変えて、もう一度試す。


最初のように、全員が自分の村のやり方へ戻ることは少しずつ減っていった。一度、ダガンが正面へ出すぎた。アキトが横から言う。


「板みたいに壊すなよ」


ダガンが答える。


「壊したのは大和だ」


「何で確定してるんだよ!」


大和が後ろから叫ぶ。ラグまで笑った。


「大和、壊すなよ」


「お前まで言うの?」


シアも少し離れた場所から言う。


「投げる!」


「シアは普通に訓練して!」


木槍が飛んだ。今度は誰にも当たらない。大和は少し笑った。午前中なら、ラグの笛とシアの槍で全員が止まっていた。今は、シアが声を出せば、前にいる者が少しだけ開く。ラグが金具を三回鳴らせば、ネイドが縄を投げる。ダガンが正面に立てば、アキトはもう同じ場所へ行かない。ロウとバルも、その横へ自然に回る。


誰かが一つ変わると、その分だけ別の誰かも動く。夕方、最後の一回が終わった。木の怪物は地面へ横倒しになっている。四本の縄が別々の方向へ伸び、シアの木槍が一本の脚に刺さったように挟まっている。ダガンは正面。アキトたちは側面。ラグは少し離れて全体を見ている。大和もその中にいた。シェルドが言った。


「今日はここまで」


大和が息を吐く。


「明日も?」


「必要なら」


「本物で試さないと分からないこともある」


ルシアンが言った。皆、少し静かになった。木は噛まない。爪もない。急に形を変えず、怪物のように死なないわけでもない。大和が倒れた木を見る。


「まあ」


大和は言葉を継いだ。


「本物が出ない方がいいけど」


アキトが答える。


「そうだな」


ラグもダガンもシアもネイドも、誰も反対しなかった。それでも、次に怪物が現れた時は昨日までとは違う。六つの村から来た者たちには、同じ合図がある。同じ役割がある。そして、誰か一人のやり方ではない。大和は地面に転がった金具を拾い、軽く、かんと一度叩く。アビナがすぐ言った。


「止まるニャ」


大和が見る。


「覚えたの?」


「簡単ニャ」


「参加してないのに」


「見てたニャ」


大和は少し笑った。一つの音。昨日までなら、村ごとに意味が違った。今は、ここにいる全員が同じ意味を知っていた。


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