第66話 一緒に戦う
中継地点へ着いた大和は最初に人数を数えた。
「……多くない?」
アビナが隣で言う。
「いっぱいニャ」
「それは見れば分かる」
いつもの中継地点とは違う。ラナの者、カダの者、それ以外にも大和がまだ顔を覚えていない者たちが何人もいる。武器を持っている者が多かった。槍、弓、縄、短い刃物。見たことのない幅の広い木製の盾まである。レティが後ろから来た。
「今日、集まるって聞いてなかった?」
「聞いてたけど」
大和はもう一度人数を見る。
「各村から二、三人くらいだと思ってた」
「だいたいそうでしょ」
「六つあると多いな」
「この前知ったばっかりだからね」
「それ、しばらく言われそうだな」
少し離れた場所では、シェルドが何人かと話している。ルシアンはすでに記録板を持っていた。アキトは知らない大柄な男と並んで立っている。大和はそちらを見る。
「……でかいな」
アキトも大きい。だが、その男はさらに横幅がある。身体だけなら、ドランにも近い。
「アキトの仲間ニャ?」
「大きさで仲間を決めるなよ」
アビナは大男を見る。
「二人並べると強そうニャ」
「それは分かる」
大和が近づこうとすると、別の方向から声がした。
「大和」
大和が振り返る。
「お」
ロウだった。その隣に、見覚えのある男がいる。
「バル?」
大柄な犬型の男が頷いた。
「久しぶりだな」
「久しぶり」
以前、カダとの道を調べた時に一緒に歩いた男だ。狩りと見回りをしている。大和は少し懐かしくなった。バルが大和を上から下まで見る。
「また速くなったか?」
大和が止まる。
「まだそこ基準にするんですか」
バルが少し笑った。
「前に聞いたからな」
「俺より遅いってやつ?」
「ああ」
「普通それ覚えてます?」
ロウが横から言う。
「大和も覚えてるじゃないか」
「それはそうだけど」
アビナがバルを見る。
「大和より遅いニャ?」
「たぶんな」
「ほとんど全員そうだよ」
大和が言った。
◇
少しして、全員が中継地点の前へ集まった。シェルドが地面に置いた板を見る。六つの村を描いた。あの地図だった。アビナの鹿も残っている。大和が指した。
「まだ消してないの?」
「セラの印ニャ」
「もう正式採用なの?」
「分かりやすい」
ロウが言った。
「嘘だろ」
「セラだってすぐ分かる」
「場所じゃなくて鹿で覚えてるだけじゃん」
シェルドが二人を見る。
「今は地図の話ではない」
「はい」
大和は黙った。その時、セラから来ていた男と目が合った。前にセラ村で話した男だ。怪物の拘束方法を聞き、自分たちの罠へ置き換えて、実際に怪物を殺した者の一人でもある。大和は男を見て、少し考える。
「そういえば」
男が見る。
「何だ?」
「名前聞いてなかった」
一瞬、周囲が静かになった。アビナが大和を見る。レティも見る。
「何?」
大和が聞く。アビナが言った。
「大和、そういうの多いニャ」
「村の名前の話はもういいって」
「今は人の名前ニャ」
「余計悪くなってるな」
男が笑った。
「ラグだ」
「ラグ」
「今度は覚えろ」
「覚えます」
「たぶんニャ」
「アビナ」
ラグがまた笑った。
◇
シェルドが集まった者を順に紹介した。ラナからはシェルド、アキト、ほかに二人。カダからはロウとバル。セラからはラグと、もう一人。そして、トダ。先ほどアキトの横にいた大男が前へ出た。
「ダガン」
短く名乗る。太い腕に、厚い胸板。腰には武器らしいものがない。代わりに、大きな盾と、先端を補強した長い棒を持っている。大和が聞いた。
「それで戦うんですか?」
ダガンが棒を見る。
「ああ」
「槍じゃなくて?」
「怪物に刺しても死なない」
「それはそうだけど」
ダガンは盾を軽く叩いた。
「近づけなければいい」
大和は少し納得した。
「なるほど」
トダでは石を切り、重いものを運び、古い道や壁を直す者が多いという。ダガン自身も普段は石を扱っているらしい。
「だから大きいニャ?」
アビナが聞く。ダガンが自分の身体を見る。
「知らん」
「アキトと同じニャ」
アキトが言う。
「俺は石を運ばない」
「木は運ぶニャ」
「運ぶ」
「同じニャ」
「違うだろ」
大和が少し笑った。次はベル村。前に干し魚を持ってきた女とは別の者だった。大和より少し背が低い、細身の猫型の女だ。長い槍を一本持ち、背には短い槍を何本か背負っている。
「シア」
女が名乗った。大和は背中を見る。
「それ、投げるやつ?」
シアが一本抜いた。
「そう」
「怪物に?」
「怪物にも」
「届く?」
シアが大和を見る。
「何が?」
「遠くから投げて」
「届かなければ近づく」
「そうじゃなくて」
アビナが横から言う。
「大和、見たいニャ」
「俺も見たいけど」
シアは少し離れた木を見る。
「あれくらい?」
かなり遠い。大和が目を細める。木の幹には、誰かが以前付けた小さな傷がある。
「まさか、あそこ?」
シアは答えず、短槍を持ち直した。一歩踏み出して身体を捻り、投げる。槍が飛び、乾いた音を立てた。大和が木を見ると、傷のすぐ横に刺さっている。
「……うま」
アビナが走って見に行こうとする。
「待って!」
大和が止める。
「今、槍飛んだところだから!」
「もう飛ばないニャ」
「次があるかもしれないだろ」
シアが言った。
「もう投げない」
「じゃあいいけど」
「大和が一番心配してるニャ」
「普通だよ」
最後、イル村。前へ出たのは細身の犬型の男だった。年齢は大和とそれほど変わらないように見える。武器は短い槍。だが、腰から肩まで、何本もの短い縄をまとめて掛けている。
「ネイド」
大和が縄を見る。
「イルも縄使うんだ」
ネイドが答える。
「使う」
ラグが言った。
「セラのとは違う」
「何が?」
大和が聞く。ネイドは一本外すと、そのまま近くにあった柱へ回した。手が一度、二度と動く。ほとんど止まらないまま、あっという間に固定される。大和が見る。
「早い」
ネイドは結び目を一度引く。今度は、簡単に外れた。
「外すのも早い」
「運ぶ物を固定することが多いから」
イルでは、布、縄、道具、傷んだ装備の補修と、そうした仕事が多いという。大和は六つの村から集まった者たちを見る。
「全然違うな」
ノルアが隣で言った。
「何が?」
「戦い方」
「うん」
同じ亜人、同じような村。少し前まで、大和はそんなふうに見ていた。実際には、暮らしている場所が違えば、作るものも、得意なことも、怪物への対処も違う。シェルドが言った。
「今日は、それを確認するために集めた」
大和が見る。
「怪物の倒し方?」
「その次だ」
◇
地図の中央、ラナでもカダでもない村と村の間に、シェルドが指を置く。
「ここで怪物が出たとする」
ロウが地図を見る。
「どこの村が行く?」
「近いところ」
ラグが答えた。
「それでいい」
シェルドが言う。
「だが、近い村が一つとは限らない」
大和も地図を見る。村と村を繋ぐ道、中継地点、古い都市へ続く道。人の移動が増えれば、怪物を見つける場所も一つの村のすぐ近くだけではなくなる。シェルドが続ける。
「ラナとカダから同時に人が来ることもある」
「あるな」
ロウが頷く。
「セラとトダも」
ラグが言う。
「なら一緒にやればいい」
ダガンが答えた。大和も最初はそう思った。だが、シェルドが聞く。
「どうやって?」
ダガンが眉を寄せる。
「どうやってとは?」
「怪物がこちらへ走ってきた」
シェルドが言う。
「ラナなら?」
アキトが答える。
「前を止める」
「セラ」
ラグが答える。
「止めない。横へ流す」
アキトがラグを見る。ラグも見る。大和が言った。
「もう違う」
シェルドは続ける。
「ベル」
シアが答える。
「走っている間に脚へ投げる」
「トダ」
ダガンが答える。
「前に立つ」
「イル」
ネイドが答える。
「脚へ縄を取れる位置まで待つ」
少しの間、誰も話さなくなった。大和が地図を見る。
「全部、間違ってないよな」
「うん」
ルシアンが答える。
「一つずつなら」
大和は顔を上げる。その意味が分かった。アキトは前へ出る。ラグは横へ流したい。ダガンも前を止める。シアは外から槍を投げる。ネイドは縄を取れる位置まで引きつける。全員、自分の村ではそれで戦ってきた。だが、同時にやれば邪魔になる。最悪の場合、味方に当たる。
「一緒に戦ったことないの?」
大和が聞く。ロウが答える。
「ラナとはある」
「俺たちはな」
アキトも言う。
「カダとも少しある」
「六つでは?」
誰も答えない。
「ないんだ」
大和が言った。シェルドが頷く。
「だから今日集めた」
◇
「合図は?」
ルシアンが聞いた。
「怪物が動いた時、どう知らせる?」
ラグが指を口へ当て、短く鋭い口笛を一度鳴らした。
「これで寄せる」
大和が聞く。
「寄せる?」
「追う側が動く。罠の方へ持っていく」
シアがラグを見る。
「それ、うちだと投げる合図」
ラグが止まった。
「何?」
シアも指を口に当て、同じような短い口笛を鳴らす。
「一回で投げる」
大和が二人を見る。
「同じじゃん」
「少し違う」
シアが言った。ラグが言う。
「違う」
「俺には同じに聞こえたけど」
アキトも言った。
「俺もだ」
シアがもう一度鳴らす。ラグも鳴らす。大和は聞き比べた。
「……分からん」
アビナが言った。
「二つ目の方が少し高いニャ」
全員がアビナを見る。
「分かるの?」
「分かるニャ」
大和はアビナの耳を見る。
「その耳ずるくない?」
「耳ニャ」
「知ってる」
シェルドが言った。
「アビナだけ分かっても意味がない」
「そうだよね」
一方、ネイドは縄を一度強く張った。
「イルではこれで止まる」
「音じゃないの?」
大和が聞く。
「近い者に伝える」
ダガンは棒で盾を二回、どん、どんと叩いた。
「トダはこれで下がる」
アキトが言った。
「怪物が近くにいたら、音でこっちを向かないか?」
ダガンが答える。
「向かせるために使う時もある」
「下がるのか向かせるのかどっちだよ」
大和が聞く。
「叩き方が違う」
「またそれ?」
ダガンが実際にやる。どん、どん。次は、どんどんどん。大和は黙る。
「分かったか?」
「二回と三回なのは」
「十分だ」
「本当に?」
少しずつ笑いが起きた。だが、シェルドだけは地図を見ていた。
「このままでは駄目だな」
ロウが頷く。
「同じ怪物を囲んだら混乱する」
ラグがシアを見る。
「俺が笛を吹いたら、お前が投げるのか」
「今のままなら」
「やめてくれ」
「そっちが変えればいい」
「そっちだろ」
大和が二人の間を見る。
「もう訓練必要じゃん」
シェルドが大和を見る。
「そのつもりだ」
「決まってたの?」
「今日、問題がなければ必要ないと思っていた」
大和は周囲を見る。
「あるね」
「あるな」
◇
昼を過ぎても話は続いた。誰が前へ出るか。誰が後ろから見るか。怪物が走った時、怪物が倒れた時、誰かが怪我をした時、縄を掛ける時、槍を投げる時。一つ決めようとすると、別の村のやり方が出てくる。大和は途中から面白くなっていた。
「これ」
ノルアが隣で聞く。
「何?」
「大和、楽しそう」
「そう?」
「うん」
大和は集まった者たちを見る。アキトとダガンが、どちらが怪物の正面に立つか話している。ロウとラグは、走る怪物をどちらへ誘導するか、地面に線を描いている。シアはネイドに、縄を投げる時、槍を止める合図は何がいいか聞いている。
「知らない人がいっぱい出てきたからかな」
大和が言う。
「人?」
「うん」
「強い人じゃなくて?」
「それもあるけど」
大和は少し考えた。今まで、怪物と戦える者と言われれば、アキト、シェルド、ロウ、そして自分。その辺りを思い浮かべていた。単に、自分が知っている範囲が狭かっただけだ。別の村には、別のやり方で、ずっと怪物と生きてきた者たちがいる。
「俺」
大和が言った。
「この辺のこと、全然知らなかったんだな」
ノルアが少し笑う。
「今知ってる」
「そうだね」
◇
夕方前、シェルドが全員を集めた。
「明日」
シェルドは続ける。
「実際に合わせる」
大和が聞く。
「怪物?」
「違う」
「だよね」
「大きな木を組む」
ドランが後ろから言った。いつの間にか話に加わっている。
「脚も付ける」
大和が振り返った。
「作るの?」
「簡単なものだ」
ドランは地面へ四本脚の形を描く。太い木を胴体にし、細い木を脚として付け、縄を引けば誰かが動かせるようにする。大和は少し目を輝かせた。
「怪物みたいに?」
「本物ほど動かない」
「十分だよ」
シェルドが言った。
「まず、同じものを相手に全員で動いてみる」
ラグが聞く。
「倒す?」
「それが目的ではない」
「じゃあ?」
「一緒に動けるかを見る」
シアが頷いた。ネイドもダガンも異論はないようだった。大和が聞く。
「俺は?」
シェルドが見る。
「何が」
「参加するの?」
「する」
「見てる側かと思った」
「なぜ」
「普通の怪物なら俺いらないって最近ずっと言われてるから」
アキトが言った。
「戦わないわけじゃないだろ」
「そうだけど」
シェルドが続ける。
「お前だけに合わせる訓練ではない」
大和は少し止まった。
「うん」
「だが、お前を外す訓練でもない」
大和は少し笑った。
「分かった」
その言い方が妙に嬉しかった。必要だから中心に置かれるわけでもない。必要ないから外されるわけでもない。一緒に戦う者の一人として、入っている。アビナが手を上げた。
「私は?」
シェルドが見る。
「何をする」
「見るニャ」
「好きにしろ」
「参加ニャ」
「見学だ」
「同じニャ」
「違う」
大和が笑った。
「そのやり取り、俺じゃなくてもするんだな」
◇
夕方、各村の者たちは明日のために中継地点へ残る者と、一度戻る者に分かれた。食事の準備が始まる。ラナの食べ物、カダの麦、セラの干し肉、ベルの魚、イルから持ってきたもの。トダの者が持ってきた硬い焼き物の器。一つの場所に、色々なものが混ざっている。大和はその中に座っていた。隣にはアキト。向かいにはバル。
少し離れたところには、今日初めて名前を知ったラグ、ダガン、シア、ネイドがいる。大和は干し肉を一つ取った。見覚えがある。
「これ、鹿?」
ラグが顔を上げた。
「鹿」
「やっぱり」
「鹿は覚えてたんだな」
大和の手が止まった。
「何が?」
「俺の名前は今日聞いた」
アキトが大和を見る。
「前に会ってたのか?」
「セラで一日いた」
ラグが答えた。アキトの視線が大和へ戻る。
「一日いて名前聞かなかったのか」
「話はしたよ」
「何を」
「鹿とか」
ラグが頷く。
「鹿は覚えてた」
「それ、しばらく言うつもり?」
「覚えてる間は」
「名前も覚えたって」
向かいでバルが笑った。大和は干し肉を噛む。前にセラで食べたものより、さらに硬い気がした。
「これ、前のより硬くない?」
「硬い」
ラグは迷わず答えた。
「やっぱり?」
「干しすぎだ」
大和が肉を見る。
「セラから持ってきたんだろ?」
「だから分かる」
ラグは自分も一つ取った。指で曲げ、噛む。少し嫌そうな顔をした。
「硬い」
アキトが横から一つ取る。
「食えるぞ」
ラグがアキトを見る。
「食えるかどうかの話じゃない」
「食う物だろ」
「うまい方がいい」
「腹に入れば同じだ」
ラグが少し眉を寄せた。
「違う」
大和が笑う。
「結構こだわるんだな」
「肉なんだから、ちゃんと食った方がいい」
その言葉に、少し離れたところから声がした。
「魚の方がいい」
シアだった。ラグがそちらを見る。
「何が?」
「食べるなら」
シアはベルから持ってきた魚を一つ取った。ラグが干し肉を持ったまま言う。
「肉の方が腹に溜まる」
「魚も溜まる」
「骨が多い」
「肉にも骨はある」
「魚は細かい」
「捌けばいい」
返事が早い。ラグが少し考えた。
「セラじゃ魚はほとんど食わない」
シアが魚を一口食べる。
「じゃあ分からないだけでしょ」
ラグが止まった。大和は思わずシアを見る。返しが強い。
「ベルではそんなに魚食べるの?」
「普通に食べる」
「毎日?」
「獲れれば」
「焼く?」
「焼く。煮る。干す」
シアは手に持った魚を見る。
「これは遠くへ持っていく方」
「やっぱり保存用なんだ」
「村で食べるのはもっと柔らかい」
大和が少し興味を持った。
「それ食べてみたいな」
シアが大和を見る。
「ベルに来ればある」
「行っていいの?」
「駄目な理由ある?」
「ないなら行く」
「なら来ればいい」
大和は少し笑った。最近、どこかで同じようなことを言われた気がする。ラグがまだ納得していない。
「でも肉の方が大きい」
シアが見る。
「大きいと何がいいの?」
「たくさん食える」
「大きい魚もいる」
「鹿より?」
「いる」
今度はラグが少し興味を持った。
「どれくらい」
シアが両手を広げる。ラグがその幅を見る。
「それだけ?」
シアがさらに広げる。
「もっと大きいのもいる」
「本当に?」
「湖に来れば分かる」
ラグが黙った。大和が笑う。
「ラグもベル行くことになってない?」
「魚を見るだけだ」
「食わないの?」
「うまければ食う」
シアが少しだけ笑った。
「肉よりうまいよ」
「それはない」
また始まりそうになった。その時、大和は少し横を見た。ダガンは麦も肉も魚も、全部同じ器に入れて食べていた。しかも、ラグとシアの話を聞いている様子がない。黙々と食べている。大和はしばらく見た。
「ダガン」
ダガンが顔を上げる。
「何だ」
「肉と魚、どっちが好き?」
ダガンは大和を見る。それから、自分の器を見る。
「両方入ってる」
「それは見れば分かる」
「なら何だ」
「どっちがうまい?」
ダガンは少し考えた。本当に考えているらしい。
「腹に入れば同じだろ」
ラグとシアが同時にダガンを見た。
「同じじゃない」
声まで重なった。ダガンが二人を見る。
「面倒だな」
大和が吹き出した。アキトも笑う。
「お前、さっき俺と同じこと言ったぞ」
「そうなのか」
「俺は怒られた」
「何でだ」
「知らん」
ラグが言う。
「食べるものは大事だ」
シアも頷いた。
「毎日のことだから」
ダガンはもう次を口に入れている。
「腹が減らなければいい」
「全然聞いてないな」
大和が言った。ダガンは気にしていなかった。その横で、ロウがカダから持ってきた麦を食べている。大和が見る。
「ロウは?」
「何が?」
「肉と魚」
ロウは少し考える。
「麦」
「選択肢増やすなよ」
「カダならこれだろ」
ロウは麦を指した。ラグが言う。
「肉の方がうまい」
シアも言う。
「魚の方がうまい」
ロウは二人を見る。
「肉も魚もない日はあるだろ」
二人が少し止まる。
「麦はある」
大和も麦を見る。
「強いな、それ」
バルが横から言った。
「獣は逃げる。魚も場所が悪ければ獲れない」
「麦は逃げない?」
「畑からはな」
ラグが言った。
「怪物に踏まれる」
ロウがすぐ返す。
「それは肉も魚も同じだろ」
今度はラグが黙った。大和は少し笑った。同じ食べ物の話なのに、見ているところが全部違う。セラは獲物、ベルは湖、カダは畑。それぞれ、自分たちが毎日やっていることから話している。大和は麦を少し取った。
「ラナは何なんだろう」
アキトが答えた。
「何が」
「これが一番ってやつ」
アキトは考えることもなく、目の前のものを食べた。
「食えるもの」
「ダガン寄りじゃん」
「一緒にするな」
ダガンが顔を上げた。
「何が違う」
「知らんけど違う」
「知らないのか」
「何でお前に詰められるんだよ」
大和がまた笑った。その時、手に持った器が妙に重いことに気づいた。
「これ、重くない?」
ダガンが見る。
「何が」
「器」
「普通だ」
「これが?」
大和は器を持ち上げる。厚い。硬い。食事を入れるためだけに必要とは思えない重量がある。ネイドが横から言った。
「重い」
ダガンがネイドを見る。
「丈夫だ」
ネイドも器を見る。
「運ぶ時に邪魔だ」
「割れない」
「重い」
「割れない」
大和が二人を見る。
「食べ物よりそっちで揉めるんだ」
さっきまで肉と魚に何の興味も見せなかったダガンが、今度はすぐに答える。
「薄い器は割れる」
ネイドが言う。
「厚すぎる」
「落としても割れない」
「落とさなければいい」
「落ちる」
「固定すればいい」
ダガンがネイドを見る。
「縄で?」
「縄で」
「緩まないのか」
「緩ませない」
「切れたら?」
「直す」
ダガンが少し眉を寄せた。
「最初から切れない方がいい」
ネイドも少しだけ表情を変えた。
「全部を重くすればいいわけじゃない」
「丈夫な方がいい」
「運べなければ意味がない」
「運べる」
「ダガンはな」
一瞬、静かになった。大和がダガンを見る。ダガンは大きく、ネイドは細い。確かに、同じ荷物でも話が違いそうだった。アキトが言う。
「さっきまで食い物は腹に入れば同じって言ってたのに」
ダガンが器を指す。
「食べ物と器は違う」
「そこはこだわるんだ」
大和が言った。
「トダの物だからな」
短い返事だった。だが、今までより少しだけ強かった。ネイドも、自分の足元にまとめて置いた縄を見る。
「イルなら、運べるようにする」
ダガンが言う。
「トダなら、壊れないようにする」
二人は少しの間、互いを見る。喧嘩をしているようには見えない。だが、譲る気もなさそうだった。大和は思わず笑う。
「明日、大丈夫かな」
アキトが聞く。
「何が?」
「一緒に戦うの」
アキトはラグとシアを見る。まだ肉と魚について何か話している。今度はネイドとダガンを見る。片方は軽くしろと言い、片方は丈夫にしろと言っている。
「今日の話聞いてたら、最初から無理なの分かってるだろ」
「そうだけど」
少し離れた場所からシェルドが言った。
「だから訓練する」
大和が振り向く。
「聞いてたの?」
「聞こえる」
「シェルドは肉と魚どっち?」
「明日の話をしているんじゃなかったのか」
「これは別」
シェルドは少しだけ考えた。
「どちらでもいい」
ラグとシアが同時にシェルドを見る。シェルドは気にしない。
「食べられるなら問題ない」
ダガンが頷いた。
「そうだろ」
「仲間いたな」
大和が言う。
「何の話だ」
シェルドはそれ以上付き合わなかった。明日、この者たちと一緒に戦う。本物の怪物ではない。まだ練習だ。大和は周囲を見る。今日会ったばかりの者もいる。セラのやり方がいいと言う者、ベルのものがいいと言う者、丈夫であることを譲らない者、運べて直せることを大事にする者。
それぞれ違う場所で暮らし、それぞれ違うものを当たり前だと思っている。昼間は、それが戦い方の違いとして出た。夜になれば、食べ物や器の話でも同じだった。大和は少し楽しみだった。自分がどこまで強いのか、それを確かめたいわけではない。誰が一番強いのか、それを決めたいわけでもない。
こんなに違う者たちが、同じ相手を前にした時、どうなるのか。そして、たぶん最初から上手くはいかない。大和は今日の口笛を思い出した。一方では怪物を動かす合図で、もう一方では槍を投げる合図になる。
「明日、絶対何か起きるな」
大和が呟いた。隣のアキトが聞く。
「何が?」
「いや」
大和は少し笑った。
「怪我しないようにしような」
アキトは普通に頷いた。
「そうだな」
向かいのバルが言った。
「お前が一番気をつけろ」
大和が見る。
「何で?」
アビナが少し離れた場所から答えた。
「壊すからニャ」
大和はため息をついた。六つの村で初めて行う訓練の前日まで、その話が残るとは思っていなかった。




