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この世界に残るもの  作者: 深空 律
第二部 残された世界
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第64話 次の村

「俺も行く」


大和が言うと、ロウが振り返った。


「来るの?」


「駄目?」


「駄目じゃないけど」


ロウは少し考える。


「大和、いらないよ」


「知ってるよ」


「なら何で?」


「セラ村を見たい」


ロウが大和を見る。大和も見返す。少しして、ロウが答えた。


「じゃあ来ればいい」


「軽いな」


「駄目じゃないから」


横で聞いていたアビナが顔を出した。


「私も行くニャ」


「何で?」


大和が聞く。


「セラ村を見たいニャ」


「俺と同じこと言っただけだろ」


「大和も同じニャ」


「何と?」


「私と」


「俺が先だよ」


「関係ないニャ」


レティが歩いてくる。


「何の話?」


アビナが答えた。


「セラ村に行くニャ」


「誰が?」


「私と大和ニャ」


「勝手に二人にしないで」


ロウが言った。


「俺も行く」


「ロウは案内だから数えないニャ」


「数えてくれ」


レティが大和を見る。


「いつ?」


「明日の朝」


「じゃあ私も行く」


大和が少し笑う。


「増えたな」


少し離れたところにいたノルアがこちらを見ていた。大和と目が合う。


「ノルアは?」


「行っていい?」


「もちろん」


「じゃあ行く」


ロウが四人を見る。


「遊びに行くんじゃないぞ」


アビナが首を傾げた。


「違うニャ?」


「違う」


大和が言う。


「怪物の倒し方を伝えに行く」


「それはロウがやるニャ」


「……そうだな」


「じゃあ私たちは?」


大和は少し考えた。


「見に行く?」


「遊びニャ」


「言い方」


レティが笑った。


     ◇


翌朝、五人はラナ村を出た。大和、アビナ、レティ、ノルア、そしてロウ。いつも怪物を探しに行く時より、荷物は少ない。武器は持っている。だが、怪物と戦うことが目的ではない。大和は歩きながら、前を行くロウに聞いた。


「セラって遠い?」


「カダより少し遠い」


「どっちから?」


「ここから」


「いや、それは分かる」


ロウが振り返る。


「何が聞きたい?」


「カダ経由で行くのかと思って」


「途中までは同じ道」


「そこから分かれる?」


「うん」


大和は頷いた。こういう話も少し前なら知らなかった。ラナとカダ。その二つだけで、大和の中では、この辺りの人の暮らしを何となく理解したつもりになっていた。実際には、まだ四つもある。アビナが横から言った。


「大和、地図作ればいいニャ」


「地図?」


「どこに何村があるかニャ」


「ああ」


大和は少し考える。


「それ、あった方がいいな」


ロウが言った。


「道は知ってる」


「ロウはね」


「みんなもだいたい知ってる」


「だいたい?」


「行ったことない村もあるから」


大和が止まりかける。


「ロウでも?」


「あるよ」


「六つしかないんだろ?」


「六つもある」


大和は少し笑った。


「その感覚なんだ」


レティが言う。


「遠いところは本当に行かないから」


「怪物がいるから?」


「それもある」


ロウが答える。


「用がなければ行かない」


大和が歩きながら呟く。


「俺のいたところと変わらないな」


ノルアが聞いた。


「昔も?」


「同じ町に住んでても、行かない場所いっぱいあったよ」


「近いのに?」


「近くても」


アビナが不思議そうに言う。


「何でニャ?」


「用がないから」


ロウが振り返った。


「同じじゃないか」


「……本当だ」


大和は笑った。


     ◇


昼前、道が細くなった。ラナとカダの間にある整えられた道とは違う。荷車が頻繁に通っている様子はない。代わりに、森の中へ入っていく細い道がいくつもある。大和が周囲を見る。


「道、多くない?」


ロウが答える。


「セラの人が使う」


「何でこんなに?」


「狩り」


少し進むと、木の幹に縄が巻かれていた。さらに先には、枝を組んだ小さな仕掛けがある。大和が足を止める。


「これ何?」


ロウも見る。


「罠だな」


「触るニャ?」


アビナが手を伸ばす。大和とロウが同時に言った。


「触るな」


アビナの手が止まった。


「二人で言わなくても分かるニャ」


「触ろうとしてただろ」


「見ようとしただけニャ」


「手で?」


「近くでニャ」


レティが仕掛けを見る。


「これ、何を捕るの?」


ロウが首を振る。


「分からない」


「ロウも?」


「セラの罠だから」


大和が少し興味を持った。


「村ごとに違うんだな」


「同じだったらセラの人に怒られる」


「何で?」


「自分たちの方が上手いって言うから」


「なるほど」


大和はもう一度罠を見る。そこまで複雑には見えない。だが、何がどう動くのかは分からない。昔の自分なら、形を見て。似たものを知っていると思ったかもしれない。今は、分からないものは分からない。


「行こう」


ロウに言われ、大和は罠から離れた。


     ◇


セラ村は森の中の開けた場所にあった。ラナ村より少し小さい。家の形も大きくは変わらない。だが、村へ入って最初に目についたのは吊るされた皮だった。何枚もある。その横では縄が束ねられている。骨や角を加工している者もいた。大和が思わず辺りを見る。


「全然違うな」


レティも頷く。


「ラナより外で使うものが多い」


村人たちも大和たちに気づいた。特に、大和を見る。人の耳と、人の顔。大和自身もその視線にはもう慣れていた。一人の男が近づいてくる。年齢はシェルドより少し上に見える。腕には細かい傷跡が多い。腰には短い槍と縄。


「ロウ」


「久しぶり」


二人は短く挨拶した。男の視線が大和へ移る。


「それが大和?」


大和が少し止まる。


「知ってるんですか?」


「名前だけ」


「何て聞いてます?」


男は少し考える。


「怪物を殺す人間」


大和が嫌そうな顔をした。


「他にないんですか」


「道を直した」


「そっちを先にしてください」


アビナが笑う。


「怪物を殺す人間で合ってるニャ」


「今はみんなも殺せるだろ」


男が大和を見る。


「その話を聞きに来た」


ロウが頷いた。


「それを伝えに来た」


     ◇


話をする場所へ移った。大和たちだけではない。セラ村からも、若い者、年配の者、狩りへ出ているらしい者が何人か集まった。皆、武器や縄の扱いに慣れているように見える。ロウはラナで何が起きたか、カダで何をしたか、必要なところだけを話した。怪物を弱らせる。


動きを止める。地面や周囲へ触れられない状態にする。再生した脚が届きそうなら切る。それ以外は無理に傷つけ続けない。そして、待つ。セラの男が聞いた。


「どれくらい?」


「最初は七日だった」


ロウが答える。


「カダも同じくらい」


「その間ずっと見張る?」


「交代で」


別の者が聞く。


「木に吊るす必要がある?」


ロウは少し考える。


「地面から離せればいいと思う」


その言葉に、何人かが顔を見合わせた。一人が言った。


「なら木じゃなくてもできる」


ロウが見る。


「何で?」


「罠で使う枠がある」


別の者が続ける。


「四方から引けば、木一本より動かない」


大和が顔を上げた。もう方法を聞くだけではない。自分たちのやり方へ変え始めている。男が地面へ線を描いた。怪物。その周囲に四本の杭。縄。


「脚を先に縛る」


ロウが言う。


「近すぎないか?」


「長く取る」


「切られたら?」


「二重にする」


「身体ごと倒れたら?」


別の者がすぐに答えた。


「上にも一本取る」


話が速い。大和は少し驚いていた。アビナが小声で聞く。


「大和、分かるニャ?」


「途中から分からない」


「私もニャ」


「安心した」


レティが横から言う。


「安心するとこ?」


「俺だけ分からなかったら嫌だろ」


ノルアは地面の絵を見ていた。


「ラナより縄使うの慣れてるね」


「そうみたい」


大和が答える。セラの男がロウへ聞く。


「縄はこれで足りるか?」


ロウがラナから持ってきた縄を見せる。男は受け取り、指で撚りを確認して、少し引いた。それから言った。


「細い」


ロウが言った。


「切れなかったぞ」


「切れないのと、安心して使えるのは違う」


「セラのを使えばいい」


「そうする」


大和が笑った。男が見る。


「何だ?」


「いや」


大和はロウを見る。


「持ってきた意味なかったなって」


ロウが縄を取り返す。


「見本にはなった」


「細い見本?」


「大和」


「はい」


アビナがまた笑った。


     ◇


昼、話はいったん止まった。食事が出された。干した肉。硬いパンに似たもの。煮た根菜。大和は肉を一口食べる。少し硬い。だが、味は濃い。


「うまい」


隣にいたセラの男が言った。


「鹿」


大和の手が止まった。


「鹿いるんですか?」


「いる」


「本当に?」


「何が?」


「いや」


大和は少し笑った。


「知ってる動物だったから」


男が大和を見る。


「大和のいた頃にもいた?」


「いた」


「同じか?」


大和は肉を見る。


「食っただけじゃ分からないな」


アビナが聞く。


「鹿って何ニャ?」


「四本脚の動物」


レティが言う。


「それだけだといっぱいある」


「角がある」


男が補足した。アビナが大和を見る。


「怪物の元ニャ?」


大和が少し止まった。


「……可能性はあるけど」


そこで考える。大型動物。四本脚。昔の技術。今まで考えていた仮説。だが、目の前にいる鹿は普通の動物として狩られている。


「でも、全部の動物が怪物になったわけじゃない」


男が聞く。


「何の話だ?」


大和は簡単に説明した。怪物と自分の身体が似ていること、昔の技術で、大型動物にも同じような再生処置をした可能性、長い時間の中で、今の怪物へ変わったのではないかと考えていること。男は肉を食べながら聞いていた。


「じゃあ、昔の鹿が怪物かもしれない?」


「そういうこともあるかもしれない」


「熊は?」


「熊の方がありそうだと思ってた」


「クマ?」


また説明が必要になった。大和が両腕を広げる。


「もっと大きい。強い。爪がある」


アビナが言う。


「怪物ニャ」


「だから元じゃないかって話」


男は少し考えた。


「なら、昔の人間は何でそんなものを死ななくした?」


大和は止まる。


「……それなんだよな」


「危ないだろ」


「危ないと思う」


レティが聞く。


「飼ってたんじゃない?」


「何のために?」


「分からない」


ノルアが言った。


「大和だって、何で自分がそうなったか全部分からないよね」


「そうだね」


大和は肉をもう一口食べた。有力だと思っている。それでも、まだ知らない部分は多い。ただ、そのことを考えながらも大和は少し不思議だった。昨日まで、怪物の正体を考える時は、ルシアンやシェルド、ラナの者たちと話していた。今日は、初めて来た村で、名前もまだよく知らない相手と同じ話をしている。自分が知っていることも考えていることも、少しずつラナの外へ出ている。


     ◇


午後、セラの者たちは実際に使う縄と杭を持ち出した。怪物はいない。代わりに、太い丸太を怪物に見立てた。


「今やるの?」


大和が聞く。セラの男が答える。


「怪物が出てから考えるよりいい」


「それはそうだ」


四人が動いた。縄を投げる。丸太の端へ絡める。反対側から引く。別の者が杭へ固定する。速い。ラナで怪物を木へ吊った時とは、まるで違う。


「すごいな」


大和が言う。ロウも見ている。


「こういうのはセラの方が上手い」


「知ってた?」


「知ってる」


「じゃあ先に教えてよ」


「何を?」


「怪物吊るす時」


ロウが少し考える。


「セラまで呼びに行くの?」


大和は黙った。


「……遠いな」


「だろ」


「はい」


丸太が地面から浮いた。完全に高く吊ったわけではない。何本もの縄で、地面にも周囲にも触れにくい位置へ固定されている。セラの男が周囲を歩く。一か所だけ、縄の角度を変える。


「これなら脚が一本伸びても届かない」


ロウが聞く。


「身体を振ったら?」


男が縄を掴む。


「こっちを締める」


「それで足りる?」


「怪物で試さないと分からない」


大和が少し笑う。男が見る。


「何だ?」


「いや」


「何だ」


「それ、最近よく聞くなと思って」


「何が?」


「試さないと分からない」


男は首を傾げた。


「分からないなら試すだろ」


「そうですね」


大和は素直に頷いた。男は使い終わった縄をまとめながら、その一本で大きな輪を作った。少し離れた場所に立っている杭を見る。腕を振る。輪が飛び、杭の上から落ちた。


「何ですか、それ」


大和が聞く。


「投げる練習」


男は縄を引き戻した。横でロウが嫌そうな顔をする。


「まだやってるのか」


「ロウもやるか?」


「やらない」


「前は三回外した」


「いつの話だよ」


大和がロウを見る。


「やったことあるんだ」


「前に来た時にな」


「じゃあ見たい」


「何でだよ」


男が縄をロウへ投げた。ロウは受け取る。少し離れ、同じ杭へ輪を投げた。輪は杭の横へ落ちた。少しだけ静かになる。男が言った。


「四回目だな」


「数えるな」


アビナが笑った。


「私もやるニャ」


「急に遊びになったな」


大和が言う。アビナは縄を受け取り、勢いよく投げた。輪は杭を大きく越えていった。


「遠かったニャ」


「近くに投げるんだよ」


レティも試した。杭には掛からなかったが、アビナよりは近い。その間、ノルアは黙って見ていた。大和が縄を拾おうとして振り返る。次の瞬間、輪が肩から両腕へ落ちた。


「……何?」


縄の先を持っていたのはノルアだった。


「捕まえた」


「俺を?」


「杭より大きいから」


「それは練習になってる?」


男が言った。


「引いてみろ」


「教えなくていいです」


ノルアが少し引く。大和は動かなかった。アビナが横から言う。


「もっと強く引くニャ」


「何でそっち側なんだよ」


ロウまで笑っている。大和は輪を外して、ノルアを見る。


「人で試さないでよ」


ノルアは少し考えた。


「分からないなら試すんでしょ?」


大和はさっき聞いた言葉を思い出した。


「……そうだけど」


今度は男も笑った。


     ◇


夕方、ラナへ戻る前。セラ村の入口で、男がロウに言った。


「次に出たらやる」


「呼ぶ?」


「最初は来てくれ」


「分かった」


「でも」


男は大和を見る。


「大和はいらない」


大和は少し笑った。


「またそれ?」


「普通の怪物なんだろ」


「そうだけど」


アビナが言った。


「大和は見に来るニャ」


「何で決めるの?」


「見たいニャ?」


大和は少し考える。以前なら、自分が行くべきだと思ったかもしれない。戦える。怪物を確実に止められる。失敗した時も助けられる。理由はいくらでもある。だが、セラの者たちが今日、縄を扱うところを見た。ロウもいる。やり方も伝わった。


「いや」


大和は言った。


「次はいいかな」


男が頷いた。


「なら、死んだら知らせる」


「うん」


大和は村を見る。今日初めて来た場所。知らない道。知らない人。知らないやり方。それでも、朝よりは、少しだけ知っている。帰り道。アビナが聞いた。


「大和、楽しかったニャ?」


「うん」


「遊びだったニャ」


「怪物の倒し方を伝えに来たんだって」


「ロウがニャ」


大和は前を歩くロウを見る。


「……まあ、そうだけど」


レティが笑った。ノルアも少し笑う。大和は頭を掻いた。必要だったから来たわけではない。来なければ困る者もいなかった。それでも、来てよかったと思った。セラ村への道が、朝より少し近くなった気がした。


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