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この世界に残るもの  作者: 深空 律
第二部 残された世界
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第63話 使える形

朝、大和が村の作業場を通りかかると、アキトとシェルド、それにドランが一本の太い木材を囲んでいた。地面には別の木材が何本か並んでいる。


「何してるの?」


大和が聞く。アキトが木材の端を持ち上げながら答えた。


「上に載せる」


「上?」


大和が見る。作業場の横に、新しく組まれた木の枠がある。地面へ置いていた材料を雨から守るため、少し高い位置にも置けるように棚を増やしているらしい。ドランが上を指した。


「あそこだ」


「これを?」


「ああ」


大和は木材を見た。かなり太いが、アキトとドランなら持ち上げられるだろう。シェルドも加われば問題はない。ただ、一つ気になった。


「毎回それやるの?」


シェルドが大和を見る。


「他にどうする」


「いや」


大和は上と木材を見比べた。その間には、縄が一本置かれている。


「……輪っかがあれば」


アキトが聞く。


「何だ?」


「滑車」


三人とも大和を見る。そこへちょうどアビナがやってきた。


「何ニャ?」


「滑車」


「カッシャ?」


「上に輪を付けて、そこに縄を通すやつ」


アビナが木の枠を見る。


「縄を上から垂らすニャ?」


「そう」


大和は地面へしゃがみ、指で円を描いた。その上へ線を引き、下には荷物を描く。


「こういう輪を上に付けて」


円へ縄を通す。


「こっちを引けば、荷物が上がる」


アキトが絵を見る。


「それなら今もできるだろ」


「え?」


アキトは地面の縄を拾い、上の横木へ投げかけた。片方を木材へ結び、反対側を引くと、木材の端が少し浮いた。


「ほら」


大和は止まった。


「……それはそうなんだけど」


アビナが言う。


「大和のいらないニャ」


「いや、違うんだよ」


「何が違う」


シェルドに聞かれ、大和は学校や工事現場で見たものを探り、クレーンに使われていた滑車を思い出す。輪と縄と荷物。


「もっと軽くなる」


アキトが縄を持ったまま聞く。


「これが?」


「たしか」


シェルドが眉を上げた。


「たしか?」


「待って。滑車は絶対あるんだよ」


「あるかどうかは聞いてない」


「分かってる」


ドランが地面の円を見る。


「輪を回す理由は?」


「縄が滑りやすくなる」


「それだけか?」


大和は黙った。


「……それだけのやつもある」


「軽くなると言っただろ」


「別のやつがあるんだよ」


アビナがしゃがみ込む。


「輪が二つニャ?」


大和が見る。


「……そう」


「適当に言ったニャ」


「でも合ってる」


「本当ニャ?」


「たぶん」


シェルドがため息をついた。


「また始まったな」


「何が?」


「知っているが作り方は知らないやつだ」


大和は少し嫌そうな顔をする。


「その言い方、定着させないでくれる?」


ドランが笑った。


◇


少しして、レティとノルアも来た。ルシアンまで呼ばれている。地面には、大和が描いたよく分からない絵が増えていた。二つの円、縄、荷物、何度も書き直した線。レティがそれを見る。


「これ、何?」


「滑車」


「どれが?」


「全部」


「分からない」


「俺も今ちょっと分からなくなってきた」


ノルアが円の一つを指した。


「こっちは上?」


「上」


「こっちは?」


「荷物と一緒に動く」


ルシアンが聞く。


「輪が動くの?」


「そう」


「何で?」


「それで軽くなる」


シェルドが横から言った。


「らしい」


「らしいじゃなくて、なるんだよ」


「どうして?」


ルシアンに聞かれ、大和は黙った。全員が答えを待っている。


「……力が分かれる」


「どこに?」


「縄に」


「縄は一本」


「一本なんだけど、二本で支える感じになる」


大和は自分でも説明しながら、少しずつ思い出してきた。


「荷物を輪ごと下に付けて、縄の片方を上で固定する」


地面へ描く。


「縄を下の輪に回して」


そこからまた上へ線を引く。


「こうやって上に戻す」


ドランが絵を見ていた。しばらくして、別の木片を拾う。


「こうか?」


地面へもっと分かりやすい絵を描いた。大和が見る。


「ああ。たぶんそれ」


シェルドが言う。


「まだたぶんか」


「形はそれ」


アキトが聞く。


「これで軽くなる?」


「なる」


「じゃあ作ろう」


「早いな」


アキトは立ち上がった。


「作れば分かる」


大和は少し笑った。


「そういうところは好きだよ」


「何が?」


「何でもない」


◇


ドランは作業場から木片を持ってきて円形に削り、中央へ穴を開けた。さらに縄が収まるよう、木の輪の縁に沿って溝を一周掘る。大和は横から見ていた。


「そうそう。こういうの」


ドランが手を止める。


「知っていたなら最初から言え」


「今見て思い出した」


「便利な頭だな」


「褒めてる?」


「知らん」


アビナが木の輪を触ろうとする。


「まだニャ?」


「触るな」


ドランが言う。


「なんでニャ」


「刃物がある」


アビナは素直に手を引いた。レティが笑う。


「そこは聞くんだ」


「危ないのは嫌ニャ」


大和が言う。


「怪物には近づくのに?」


「怪物と刃物は違うニャ」


「どう違うんだよ」


「怪物は見えるニャ」


「刃物も見えてるよ」


ノルアが少し笑った。シェルドは出来上がりつつある輪を見ていた。


「これが一つなら、引く向きを変えるだけか」


大和が振り返る。


「たぶん」


「それでも使い道はあるな」


レティが聞く。


「どういう?」


「上に持ち上げる時、下向きに引ける」


アキトが縄を引く動きをする。


「踏ん張りやすい」


「それ」


大和が言った。


「固定する方は、軽くならなくても便利なんだよ」


ルシアンが記録板へ何か書いた。大和が見る。


「もう書くの?」


「使えるなら残す」


「まだできてないけど」


「できなかったら消す」


「合理的だな」


◇


昼前には、一つ目ができた。木の枠の上に固定した輪へ縄を通す。木材では重すぎるので、最初は穀物の入った袋を使うことになった。アキトが縄を持つ。


「引くぞ」


「どうぞ」


縄を引くと袋が上がり、アキトは何度か上下させた。


「軽くはない」


「だからそれは向きを変える方」


「じゃあ次」


「急かすなよ」


ドランが二つ目の輪を袋へ取り付ける。縄の端を上で固定する。そこから縄を下の輪へ通し、再び上へ戻す。最後に上の輪へ通して、引く側を下へ垂らした。シェルドが全体を見る。


「縄が長いな」


「たぶん、その分軽くなる」


大和が言うと、アキトが縄を掴んで引いた。袋がゆっくり持ち上がり、アキトの動きが止まる。


もう一度引く。


「軽い」


大和の顔が明るくなる。


「だろ?」


「でも」


アキトはさらに縄を引く。袋は少ししか上がらない。


「長い」


「そこは」


大和が袋と縄を見比べる。


「そうなる」


「知ってたのか?」


「今、思い出した」


シェルドが言う。


「軽くなった分、長く引く」


「そういうこと」


「なら使い分けだな」


レティが上の棚を見る。


「重いものを上げる時ならいいんじゃない?」


「水もいけるニャ」


アビナが言う。


「桶を下から上げるニャ」


ノルアも言った。


「力の弱い人でも持ち上げられる?」


大和が頷く。


「そう。それが一番使えると思う」


アキトが大和を見る。


「俺は普通に持った方が早い」


「お前はそうだろうな」


「大和も」


「俺もまあ……」


シェルドが言う。


「お前たち二人を基準にするな」


「はい」


大和は素直に答えた。アビナが笑った。


◇


何度か試し、今度はレティが引いた。


「本当に軽い」


ノルアも引く。


「これならできる」


アビナもやりたがった。


「私もニャ」


「ゆっくり」


大和が言う。


「分かってるニャ」


縄を引くたびに袋が少しずつ上がり、アビナの耳が立った。


「上がるニャ」


「上がるね」


「もっと重いのもできるニャ?」


ドランが答える。


「枠と縄が持てばな」


「じゃあ大和も上げられるニャ?」


大和が振り返る。


「何で俺を上げるんだよ」


「重いニャ」


「俺より木材の方が重いだろ」


アキトが言った。


「大和なら自分で上がれる」


「そういう問題じゃない」


レティが笑う。シェルドは枠の固定部分を確認していた。


「次は木材で試す」


「待って」


大和が前へ出る。


「俺も一回やっていい?」


シェルドがすぐ顔を上げた。


「駄目だ」


「何で?」


アキトが答える。


「壊す」


「壊さないよ」


アビナが言った。


「だいぶ壊さなくなったニャ」


大和がアビナを見る。


「だいぶ?」


「前よりニャ」


「それ褒めてないよね」


レティが言う。


「最近は本当に減ったと思う」


「ほら」


「減っただけ」


「何でみんなそこ強調するの?」


ドランが縄を大和へ渡した。


「一回だけだ」


大和が少し驚く。


「いいの?」


「どこが壊れるか分かる」


「俺、強度試験?」


「そうだ」


「扱いが雑だな」


大和は縄を握った。袋は下にある。


「普通に引けばいい?」


「普通にな」


シェルドが言う。


「分かってる」


大和は引いた。袋が上がる。


「ほら」


もう一度、少し力を入れた。その瞬間、ばきっと乾いた音がした。


大和の手が止まる。上の横木が、滑車を固定していたところから割れていた。輪が傾き、縄が外れ、袋がどさっと地面へ落ちた。


しばらく、誰も何も言わなかった。大和は縄を持ったまま上を見る。


「……」


アビナが言った。


「壊したニャ」


「見れば分かる」


レティが続ける。


「久しぶり」


「久しぶりって言うなよ」


アキトが割れた木を見る。


「やっぱり壊した」


「いや」


大和は上を指した。


「これ、固定が弱かったんじゃない?」


ドランが即答した。


「お前が強い」


「両方じゃない?」


「普通の者が使って壊れなかった」


「でもアキトは?」


「壊さなかった」


アキトが言う。大和は何も言えなくなった。シェルドが割れた部分を見上げる。


「だから最後にしろと言った」


「最後にはしただろ」


「本当に最後になったな」


アビナが笑い出した。レティも笑う。ノルアまで口元を押さえている。大和は全員を見る。


「そんなに面白い?」


アビナが頷く。


「最近壊さないから、もう壊さないと思ってたニャ」


「俺もそう思ってたよ」


「違ったニャ」


「そうだね」


ドランは割れた木を外し始めていた。大和が近づく。


「ごめん。直すの手伝う」


「持つな」


「何で?」


「また壊す」


「何もできないじゃん」


「割れた方を持て」


大和は言われた木を持ち上げる。


「これは壊れてるからいいの?」


「ああ」


「信用の方向がおかしいだろ」


シェルドが横から言った。


「正しいと思うぞ」


「シェルドまで」


アキトが大和から木材を受け取る。


「次はもっと太くすればいい」


ドランが首を振った。


「こいつに合わせる必要はない」


「え?」


大和が見る。ドランは新しい木材を選びながら言う。


「皆が使えるなら十分だ」


「俺だけ使用禁止?」


「必要ならアキトと持て」


「滑車の意味ないじゃん」


アビナが言った。


「大和専用はもっと大きく作るニャ」


シェルドが即答する。


「いらん」


「早いな」


また笑いが起き、大和も少し遅れて笑った。


◇


結局、壊れたところを直した後、滑車は作業場に残されることになった。最初は荷物を棚へ上げる時に使う。使えそうなら、別の場所にも増やす。ドランはもう少し丈夫な輪も試すと言っていた。レティは倉庫にも欲しいと言った。


アビナは水を上げるのにも使えないかと言った。ノルアは子供や力の弱い者でも荷物を扱えるなら便利だと言った。アキトは最後まで、


「持った方が早い」


と言っていた。


「だからお前は使わなくていいんだって」


大和が言う。


「分かった」


「素直だな」


「必要ないからな」


「そういうところだよ」


シェルドがドランと固定位置の話をしている。ルシアンは試した結果を書いている。大和は少し離れてその様子を見た。最初に知っていたのは、輪に縄を通すこと。それくらいだった。どう作り、どこへ付け、何に使い、どこが壊れるか。そこから先は皆で考えた。大和が作ったものでも、ドランだけが作ったものでもない。気づけば、誰のものなのかよく分からなくなっていた。その方が大和には少し嬉しかった。


◇


数日後、ルシアンが大和のところへ来た。何枚かの記録板を持っている。


「五日分」


大和が見る。


「もう?」


「五日経った」


「そうじゃなくて」


ルシアンは気にせず板を並べた。


「動いた量と、食べた量」


大和も重いものを運んだ日、長く歩いた日、あまり動かなかった日の記録を見る。


「どうだった?」


「かなり動いても、食べる量はほとんど増えてない」


大和は記録を見る。


「じゃあ、普通に動くくらいではあんまり使わない?」


「少なくとも、あとでたくさん食べないと戻らないほどではなさそう」


「そっか」


大和は少し考えた。怪物が尽きることを知ってから、ずっと一つの疑問が残っている。なぜ自分は長い眠りの間に尽きなかったのか。


「じゃあ」


大和が言う。


「寝てる間は、もっと少なかった可能性はあるな」


「あると思う」


「でも、それだけでどれくらい生きられるかは分からない」


「分からない」


大和は頷いた。それで十分だった。可能性が一つ増えた。今はそれだけでいい。


「続ける?」


ルシアンが聞く。


「普段の記録はもういいよ」


大和は答えた。


「怪我した時とか、何か変わった時だけ見よう」


「分かった」


話はそれで終わった。


◇


その日の夕方、カダ村から二人の男がやってきた。急いでいる様子はない。一人がロウを見つけて声をかける。


「死んだ」


近くにいた大和が振り向いた。ロウが聞く。


「怪物?」


「ああ」


大和も近づく。


「本当に?」


男が頷いた。


「吊って七日」


「傷は?」


「最後は閉じなくなった」


「脚は?」


「二回切った。二回目はほとんど戻らなかった」


ロウが聞く。


「動かなくなったのは?」


「昨日の前」


「なら何で今日?」


「待った」


もう一人が答えた。


「それで今日、臭いが変わった。傷のところも崩れ始めた」


大和がルシアンを見ると、ルシアンも頷いた。ラナ村で確認した時と、ほぼ同じだった。大和が聞く。


「ロウ、途中は?」


「行ってない」


ロウが答える。


「最初に吊るすところだけ見た」


カダ村の男が続ける。


「次は来なくていい」


ロウが少し笑った。


「俺も?」


「やり方は分かった」


「大和は?」


大和が自分を指す。男は即答した。


「もっといらない」


大和は一瞬止まり、それから笑った。


「そこまで言う?」


「普通の怪物だろ」


ロウが言う。


「そうだけど」


シェルドも近づいてきた。


「同じ結果が出たなら十分だ」


大和は頷いた。ラナ村だけで起きたことではない。同じように拘束し、外から取れないようにして待つ。それで、カダ村でも怪物は死んだ。一つの村で見つけた方法が、別の村でも使えた。カダ村の男が言った。


「次はセラにも知らせる」


大和が聞き返す。


「セラ?」


男が大和を見る。


「知らないのか?」


「知らない」


ロウが笑う。


「別の村だ」


大和は少し黙った。


「……まだあるの?」


「あるよ」


「どれくらい?」


ロウは少し考えた。


「この辺なら六つ」


「六つ?」


大和は思わず声を上げた。アビナが横から言う。


「大和、ラナ村しか知らなかったニャ」


「カダは知ってるよ」


「最近ニャ」


「それは結構前だろ」


「村の名前を知ったのは最近ニャ」


「それまだ引っ張る?」


アキトが聞く。


「本当に知らなかったのか?」


大和がアキトを見る。


「お前まで言うの?」


「聞いただけだ」


「知らなかったよ」


シェルドが言った。


「知らないことが多すぎるな」


大和は周囲を見た。そこにはアビナ、レティ、ノルア、アキト、シェルド、ロウ、ルシアン、ドランがいる。


今日は皆で滑車を作った。カダ村からは怪物の死亡報告が届き、まだ会ったこともない村の存在も知った。


「そうだな」


大和は笑った。知らないことはまだかなりあるらしい。けれど以前ほど、それを急いで全部知ろうとは思わなかった。


知らないなら、そのうち知ればいい。今はそう思えるようになっていた。


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