第62話 尽きなかったもの
昼の食事を終えたところで、アビナが大和の器を覗き込んだ。
「もう終わりニャ?」
「ああ」
「少ないニャ」
大和も空になった器を見る。
「いつもこんなもんだろ」
「そうだけどニャ」
アビナは自分の器と見比べた。身体の小さいアビナの方が、まだ食べている。今さら珍しいことではない。大和自身、この村で暮らすようになってから自分があまり食べないことには気づいていた。食べられないわけではない。
ただ、あまり腹が減らない。アビナが少し考えてから言った。
「でも、いっぱい食べてた時もあったニャ」
「いつ?」
「怪物にやられた後ニャ」
大和は手を止めた。
「……あったな」
大きな傷から身体が元に戻ったあと、普段より強く空腹を感じたことはある。
「毎回じゃないよな」
「そうかニャ?」
「たぶん」
大きな傷を負った怪物戦の後でも、それほど食べなかったことがある。その差が気になった。
「何の話?」
通りかかったルシアンが足を止めた。
「俺の飯」
「少ない」
「それは知ってる」
「じゃあ何?」
大和は空の器を指した。
「大きな傷を治した後って、俺、いつも食う量増えてた?」
ルシアンは少し考えた。
「いつもではなかったと思う」
「だよな」
「食事量まで毎回書いてなかったけど」
「そこまで記録されてたら嫌だよ」
アビナが笑う。大和は自分の右腕を見る。
「再生に何か使ってるのは間違いないだろ」
「うん」
「なのに、治した量と食った量が合わない時がある」
ルシアンも大和の腕を見る。大和は続けた。
「前に、大型の怪物から何か取ったかもしれないって話しただろ」
「骨刃を刺してた時?」
「そう」
あの時、骨刃が怪物の身体へ深く刺さったまま抜けなくなった。大和自身の傷は、それまで治りが遅くなっていた。ところが怪物と長く繋がった状態が続いた後、止まりかけていた再生が再び速くなった。その後に見つけた古い記録には、外部から与えられた生体材料を分解し、再生へ利用する技術が残されていた。
大和はその記憶を思い返す。
「あれ、本当に怪物から材料を取ってたんだとしたらさ」
「うん」
「治した分を、全部あとから飯で補ってるわけじゃない」
ルシアンが頷く。
「怪物から入ってる」
「そう」
アビナが首を傾げた。
「やっぱり怪物を食べたニャ?」
「その言い方やめない?」
「材料を取ったニャ」
「そっちで」
「同じニャ」
「違う」
ルシアンが少し笑った。大和も笑いながら、もう一度器を見る。
「結局、飯だけ見ても分からないんだな」
「何が?」
「俺の身体が、何を使ってるか」
大和は指を折った。
「食べたものが入る。身体の中にあるものも使える。怪物みたいな外のものから取ることもあるかもしれない」
「使う方は?」
ルシアンが聞く。
「生きてるだけでも使うだろ。動く時も。傷を治す時も」
少し考える。
「身体を変える時も、たぶん何か使ってる」
骨刃、脚、筋肉。必要になった時、大和の身体は元の形に戻るだけではなく、形そのものを変えてきた。
「入ってくるものと、使うものを分けて考えないと駄目か」
ルシアンが言った。
「たぶん」
大和は頷いた。
「食った量だけ測っても意味ないな」
「じゃあ何を見る?」
「まずは簡単なところからでいいんじゃないか」
大和は少し考える。
「普段どれくらい食ってるか。よく動いた日に増えるのか。怪我した時はどうか」
「骨刃は?」
「それも分かるなら」
ルシアンが頷く。
「書いとく」
「細かくしすぎなくていいからな」
「分かってる」
「本当に?」
「たぶん」
「またそれか」
アビナが笑った。しばらくして、大和はふと笑うのをやめた。
「怪物は尽きたんだよな」
ルシアンが大和を見る。
「うん」
「外から取れなくして、再生させ続けたら、最後には治らなくなった」
「うん」
大和は少し黙った。怪物と自分は再生の仕方が似ている。外部の材料を利用する可能性があり、身体の形まで変わる点も共通していた。それなのに、なぜ自分は尽きなかったのか。
「俺は、なんで尽きなかったんだろうな」
アビナが首を傾げる。
「寝てた時ニャ?」
「うん」
大和が目覚めた施設では、何かを供給していた痕跡があった。だが、その供給は途中で止まっていた。それでも大和は生きていた。どれほど長く眠っていたのかすら、まだ分からない。
「使う量が少なかった?」
ルシアンが言った。
「それもあるかもしれない」
「他から取ってた?」
「それも分からない」
大和は首を振る。今はまだ、答えを決める材料がない。だが、怪物にも限界があると知ったことで、なぜ自分は尽きなかったのかが以前より気になるようになった。
「調べる?」
ルシアンが聞く。
「うん。でも急がなくていい」
大和は器を重ねた。
「分かるところからでいい」
◇
午後、中継地点へ向かう途中、大和は森の奥を見ながら歩いていた。アビナとルシアンも一緒だった。しばらく歩いてから、大和が口を開いた。
「なあ」
「何ニャ?」
「怪物って、最初からあの形だったと思う?」
アビナが振り返る。
「怪物は怪物ニャ」
「まあ、そうなんだけど」
大和はこれまで見た怪物を思い出す。四本の脚、人間よりはるかに大きな身体、爪、牙、身体の外へ異様に伸びた骨。傷を負うたびに変わっていく形。
「俺の身体、必要になると変わるだろ」
ルシアンが頷く。
「うん」
「怪物も変わる」
「変わる」
「再生の仕組みも、かなり似てる」
そこまで並べると、大和の中では一つの形が見えてきた。
「怪物って、昔の大型動物なんじゃないか?」
ルシアンが大和を見る。
「大型動物?」
「熊みたいなやつ」
「クマ?」
「昔いた四本脚の動物。大きいやつなら怪物と同じくらいになる」
大和は歩きながら続ける。
「昔の人間が、動物にも再生とか不老化みたいな技術を使ってたとしたら?」
アビナが聞く。
「それが怪物になったニャ?」
「長い時間で身体が変わったなら、かなり説明できないか?」
ルシアンは少し黙った。これまで見てきたものを思い返しているようだった。
「四本脚」
「うん」
「大きい」
「うん」
「爪と牙がある」
「ある」
「大和と似た再生をする。身体の形も変わる」
大和が頷いた。ルシアンは言った。
「かなり合うと思う」
「だよな」
大和自身、考えれば考えるほど筋が通っているように思えた。人間と同じような技術を大型動物にも使った。その身体が長い時間の中で変わり続けた。そう考えれば、怪物が獣のような姿をしていることも、個体ごとに形が違うことも説明できる。大和とよく似た再生を持っていることまで一つに繋がる。
「今のところ、一番ありそうだな」
ルシアンが言った。
「俺もそう思う」
アビナが少し前を歩きながら振り返る。
「じゃあ、怪物は昔のクマかもしれないニャ?」
「熊そのものとは限らないよ」
大和は笑った。
「他にも大きな動物はいっぱいいたし」
「じゃあ、いろんな動物ニャ?」
「その可能性もある」
怪物には大きな個体差がある。もし元になった動物自体が違っていたなら、それも説明できる。大和は少し考えてから言った。
「これ、かなりありそうだな」
ルシアンも頷いた。今の三人が知っていることを並べれば、そう考えるのが一番自然だった。
◇
中継地点へ着くと、いつもより人が多かった。ラナ村の者だけでなく、カダ村から来た者たちもいる。地面には太い縄が何本も置かれていた。
シェルドとロウがその前で話している。
「何してるの?」
大和が聞く。ロウが縄を持ち上げた。
「カダでもやる」
大和はすぐに分かった。
「怪物か」
「ああ」
カダ村の男が縄を触りながら聞く。
「これくらいで足りるか?」
シェルドが首を振る。
「一本だけでは使わない」
「二本?」
「一つ切れても落ちないようにする」
別の男が聞いた。
「吊った後は、伸びるたびに脚を切るのか?」
ロウが答える。
「地面に届きそうなら切る。それ以外は触らなくていい」
「毎日じゃなくていい?」
「怪我させ続けるのが目的じゃない」
ロウは地面を指した。
「外から取れなくする方が大事だ」
大和は少し離れたところで聞いていた。数日前まで何日も観察して迷い、ようやく分かったことが今はもう手順として説明されている。
「最初は誰か来てくれるか?」
カダ村の男が聞いた。
「俺が行く」
ロウが答えた。
「一回やれば分かる」
男が大和を見る。
「大和も来るか?」
大和は少し考えた。シェルドが先に言う。
「普通の怪物なら必要ない」
大和はシェルドを見る。
「ずいぶん簡単に言うな」
「違うか?」
「いや」
大和は首を振った。
「合ってる」
カダ村の男が頷く。
「なら、まず俺たちでやる」
「危なくなったら呼べ」
大和が言った。
「それでいい」
話題はそのまま、縄の長さや吊るす場所、見張りの交代、脚が地面へ届きそうになった時の処理へと続いた。
話は、動かなくなってからどれくらい様子を見るかにまで及んだ。大和が口を挟むことはほとんどなかった。必要なことは、もうロウもシェルドも知っている。ルシアンの記録もある。
誰か一人の頭の中にしかなかったものが、少しずつみんなのやり方へ変わっている。アビナが大和の横に立った。
「大和、暇そうニャ」
「そう見える?」
「見えるニャ」
「実際、今はやることない」
「いいことニャ」
大和は地面に並んだ縄を見る。
「そうだな」
怪物についても自分の身体についても、まだ分からないことは残っている。怪物は昔の大型動物に古い技術を使ったものなのかもしれない。一方、大和自身は怪物と似た仕組みを持っているはずだ。それなのに、なぜ長い時間尽きずに残ったのか。答えはまだない。その一方で、怪物を倒す方法は大和の答えを待たず、すでに次の村へ伝わろうとしていた。




