第54話 廃棄された施設
戻ってから、大和たちは前に遺跡都市で集めた記録をもう一度広げた。木板に写した文字、持ち帰った小さな記録片、覚えている範囲で書き直した設備番号、施設で見た管理票の内容が、机の上に並んでいる。今まで別々に見ていた情報だった。ルシアンが一枚の木板を指した。
「これ」
大和が見る。
「医療施設?」
「多分」
以前、都市の記録を調べた時に写しておいたものだった。当時は人口や都市機能の集約ばかりを見ていて、細かい施設名までは気にしていなかった。今見ると、その中に医療施設らしい一覧がある。番号、区画、状態。いくつかは文字が欠けていた。
大和が言う。
「この番号、見たことある」
シェルドが顔を上げる。
「どこで」
「施設」
大和は別の木板を取った。前回、カプセルの近くで写した番号を並べる。完全に同じではないが、先頭の並びは一致している。
ルシアンが見比べる。
「同じ系統?」
「そう見える」
大和は少し考えた。
「でも、書き方が違うな」
「何が?」
「こっち」
都市側の記録を指す。
「番号の付け方が細かい」
次に、自分が目覚めた施設のもの。
「こっちは単純」
シェルドが言う。
「古い?」
大和はすぐには答えなかった。
「かもしれない」
まだ、それだけでは決められない。
◇
そこから比較が始まった。最初は番号、次は管理票の書式。都市側で見つけた医療関係の記録と、大和の施設に残っていたものでは、使っている言葉も少し違う。都市側では短くまとめられている項目が、古い施設では細かく分かれている。
逆に、古い施設にはあるが都市側には見当たらない項目もある。
「これ、同じ時代のものに見える?」
大和が聞く。ルシアンが首を振る。
「見えない」
シェルドも言う。
「建物も違った」
「やっぱり?」
「都市の中で見た施設より、あっちは狭い」
大和は、自分が目覚めた場所を思い出す。長い通路、小さな部屋、単独に近い設備配置。対して、遺跡都市の医療区画らしい場所はもっと大きく、複数の人間を同時に扱う前提の構造だった。
「規模が違うだけじゃない?」
大和が言う。ルシアンが答える。
「可能性はある」
「だよね」
「でも、他も違う」
「他?」
ルシアンが木板を指す。
「用語」
「そこ気になる?」
「同じ機能なら、後の記録ほど統一されることはある」
大和は少し考えた。
「逆もあるけどね」
「そう」
簡単には決めない。それでも、同じ方向を示す違いが増えていく。
◇
午後、大和たちは、都市側の古い記録をさらに探した。以前は意味が分からず飛ばしたものも多い。その中に、施設再編らしい記述があった。大和が読む。
「医療機能……統合」
その下の行も読む。
「旧施設……順次停止」
シェルドが聞く。
「停止?」
「使わなくするってこと」
「壊す?」
「必ずしも」
大和は続けて読む。
「患者……移送」
少し間を置く。
「設備停止」
ルシアンが別の行を見る。
「番号がある」
大和も見る。いくつか並ぶ施設番号の中に、見覚えのあるものがある。大和は前回写した木板を取り、隣に並べた。今度はかなり近い。
「これ」
声が低くなった。
「たぶん、あそこだ」
シェルドが確認する。
「確実?」
大和は数字を追う。区画、番号、補助記号。完全一致ではない。だが、位置に関する記録も合っている。都市から外れた旧区画、大和が目覚めた施設の方向。
「かなり可能性高い」
ルシアンが言う。大和は頷いた。その行の最後、文字が残っている。
「運用終了」
大和が読む。部屋が静かになった。
◇
「いつ?」
シェルドが聞く。大和は日付を見る。すぐには分からない。都市側の時系列はまだ完全には復元できていない。ただ、人口集約の記録、居住区の再編、医療機能の統合。
それらとの前後関係は追える。大和が別の記録を持ってくる。
「これより前だ」
「何が?」
「大規模な都市集約」
木板を並べる。都市人口が減り、周辺施設を閉じ、機能を中心部へ集めていった記録。その前段階ですでに、旧医療施設の整理が始まっている。
「じゃあ」
シェルドが言う。
「お前がいた場所は、都市が今の形になる前からあった?」
大和は少し考えた。
「そうなる」
ルシアンが続ける。
「そして、かなり早い段階で使われなくなった」
「うん」
大和は黙った。今まで、遺跡都市を古いものだと思っていた。実際に古い。だが、自分が目覚めた施設は、その都市が今残っている形へ再編されるより前から使われ、かなり早い段階で運用を終えていたらしい。
「俺、そんな古いところにいたのか」
誰に言うでもなく呟いた。
◇
そこで、大和は一つの単純な疑問を持った。
「じゃあ、患者は?」
シェルドが見る。
「何が」
「施設止める時」
大和はさっきの記録を指す。
「患者移送って書いてある」
「なら移したんだろ」
「普通はね」
大和は少し止まる。
「俺も移された?」
誰もすぐには答えなかった。大和自身が先に気づく。
「いや」
自分は、あの施設で目覚めた。同じカプセル、同じ部屋。少なくとも、最後にはそこにいた。
「移されてない」
ルシアンが言う。
「そう見える」
シェルドが腕を組む。
「お前だけ?」
大和は何も言わなかった。以前、施設で見た記録が頭に戻る。家族連絡不能。引受先なし。覚醒反応なし。生命活動安定、経過観察。
「……置いていかれた?」
言葉にすると、少し嫌だった。シェルドがすぐに言う。
「分からない」
大和が見る。
「うん」
「記録がない」
「分かってる」
ルシアンも言う。
「移送できなかった可能性もある」
「そうだね」
「移送対象から外れた可能性もある」
「うん」
「別の管理方法があった可能性も」
「それもある」
大和は少し息を吐いた。一つに決めるには早い。それでも、施設が閉じられた。患者は移された。自分は最後までそこにいた。
その組み合わせは、あまり気分のいいものではなかった。
「置いていかれたと思うと、ちょっと嫌だな」
大和は素直に言った。シェルドが見る。
「嫌なのか」
「まあ」
大和は少し笑う。
「忘れられたみたいで」
言ってから、少しだけ不思議だった。以前なら、もっと簡単に処理していた気がする。仕方ない。時間が経った。そういうものだ。
今は、嫌だと思った。そのこと自体を、大和はそのまま受け入れた。
◇
夕方、アビナが途中から戻ってきた。別の場所を見ていたらしい。
「まだやってるニャ?」
「今かなり嫌なこと分かった」
大和が言う。アビナがすぐ近づく。
「何ニャ?」
「俺がいた施設、かなり昔に使われなくなってたっぽい」
アビナが瞬きをする。
「でもヤマト、そこにいたニャ」
「そう」
「じゃあ変ニャ」
「そうなんだよ」
大和は机の上の木板を見る。施設運用終了、患者移送、設備停止。どれも意味は単純だった。アビナが首を傾ける。
「設備止まったら、ヤマトどうするニャ?」
大和の動きが止まった。シェルドもルシアンも大和を見る。大和はゆっくり顔を上げた。
「……そうだ」
施設は止まった。設備も止まった。人もいなくなった。それなのに、自分はそこで目覚めた。
◇
「生命維持は?」
シェルドが聞く。
「止まるはず」
大和が答える。
「栄養供給は?」
「普通なら止まる」
「空気は?」
「最低限は入るかもしれないけど、それだけじゃ無理」
「水」
「ないと無理」
「どれくらい?」
大和は少し考える。
「普通の人間なら、そんな長期間は絶対無理」
それだけは言える。施設閉鎖から現在まで何年経ったのか、正確には分からない。しかし、施設は古く、都市再編より前に停止している。現在の遺跡の状態から見ても、数日や数か月という話ではない。
「じゃあ」
アビナが言う。
「ヤマト、何で生きてたニャ?」
大和は答えられなかった。
◇
大和は、以前施設で見た、後から追加されたらしい細い管を思い出す。
「配管」
アビナも同時に言った。
「白い跡のやつニャ」
「うん」
シェルドが聞く。
「あれなら説明できる?」
大和は首を振る。
「分からない」
「水なら?」
「水だけじゃ無理」
「栄養なら?」
「それでも」
大和は止まる。人間は、水と栄養だけ入れれば永遠に生きるわけではない。身体は劣化する。病気になる。臓器も変わる。
何より、自分は解凍後も覚醒しなかった。どんな状態で何年経過したのかすら分からない。
「説明には足りない」
ルシアンが言う。大和が頷く。
「うん」
「でも関係はあるかもしれない」
「それはある」
大和は木板の上に、もう一つだけ書いた。後付け配管、その横、用途不明、長期使用痕跡。
「今はここまで」
大和が言う。アビナが不満そうな顔をした。
「調べないニャ?」
「調べるよ」
「今?」
「今から施設戻るの?」
窓の外はもう暗くなり始めている。アビナが少し考えた。
「明日」
「元気だな」
◇
夜、大和は一人で木板を見た。施設運用終了、設備停止、患者移送。その文字の横に、自分の名前を書いた。藤原大和。解凍済み。
覚醒せず。引受先なし。その後、不明。今まで、自分は長く眠っていたのだと思っていた。最近になって、凍っていた時間と、解凍された後の時間が別だと分かった。
そして今日、さらに一つ分かった。自分が眠っていた場所そのものが、ずっと自分を守っていたわけではない。むしろ、かなり前に役目を終えていた。大和は少しだけ背筋に冷たいものを感じた。
もし、施設が自分を生かしていたのではないなら。
「じゃあ」
小さく呟く。
「俺、何で生きてたんだ」
答えはない。だが、問いだけは、今までよりずっとはっきりしていた。




