第52話 子供たち
昼前、大和が中継拠点へ着くと、いつもと違う高い声が聞こえた。それも一人ではない。建物の横へ回ると、子供がいた。
三人いる。一人は荷車の横を覗き込み、もう一人は屋根の柱を触っている。残りの一人は交換棚の前で、並んでいる物をじっと見ていた。大和は足を止めた。
「……何で子供いるの?」
近くにいたロウが振り返る。
「来たからです」
「それは見れば分かる」
大和は子供たちを見る。
「村の外だよ?」
「はい」
「大丈夫なの?」
ロウは少し不思議そうな顔をした。
「大人も一緒ですよ」
見ると、少し離れたところで荷物を降ろしている者がいる。一人ではない。中継拠点へ荷物を運んできた者たちについてきたらしい。
「前から来てた?」
「最近ですね」
「最近?」
「道が歩きやすくなったから」
大和はもう一度、子供たちを見る。一人がこちらに気づいた。
「あ、大和だ」
「知ってるの?」
「知ってる」
当然のように言われた。大和は少し困った。
「俺、君の名前知らないんだけど」
「知ってる」
「何が?」
「大和が知らないの」
「それ知ってるって言うの?」
子供が笑った。ロウも少し笑っている。
◇
大和はしばらく中継拠点の周囲を見ていた。子供たちは邪魔にならない範囲で勝手に動き、交換棚や水桶を見て、ドランが作った屋根の下へ入る。大和には見慣れたものばかりなのに、珍しいものでもあるように、何もかも見て回っていた。
「そんな面白い?」
子供の一人に聞く。
「面白い」
「何が?」
「いっぱいある」
「村にもあるでしょ」
「同じじゃない」
「どう違うの?」
子供は少し考えて、荷車を指した。
「いっぱい来る」
「人が?」
「うん」
それだけ言って走っていった。大和はその背中を見る。確かに、村とは違う。カダの者だけではない。別の村から来る者、道路作業をする者、荷物を運ぶ者、泊まる者。
中継拠点には、色々な人間が出入りするようになっている。子供から見れば、それだけでも珍しいのかもしれない。
「危なくないの?」
大和はもう一度ロウに聞いた。
「何がです?」
「ここまで来るの」
ロウは道の方を見る。
「前よりは」
「前より?」
「道から外れなければ」
ロウが指を折る。
「途中に人がいる」
「うん」
「何かあれば中継拠点まで来られる」
「うん」
「最近、この区間では怪物も見てない」
大和は少し考える。
「出ないとは限らないよね」
「それは村の近くも同じです」
言われて、大和は黙った。確かに、完全に安全な場所などない。村の柵の近くまで怪物が来たこともある。今まで子供を外へ出さなかったのは、危険がゼロになるまで待っていたからではない。危険に対処できなかったからだ。
今は道があり、周囲を見る者も、人の往来もある。途中には戻れる場所があり、情報も共有される。
危険そのものが消えたわけではない。危険に対応できる範囲が広がった。
「そういうことか」
大和が呟く。ロウが見る。
「何がです?」
「いや」
大和は子供たちを見る。
「前より遠くまで行けるようになったんだなと思って」
「そうですね」
ロウにとっては、もう当たり前らしかった。
◇
昼、子供たちは屋根の下で食事をしていた。親らしい者たちと一緒だった。大和も少し離れて座る。レティが来た。
「何見てるの?」
「子供」
「見れば分かる」
「今日みんなそれ言うな」
レティが隣へ座る。
「珍しい?」
「ここにいるのが」
「最近たまに来てるよ」
「知らなかった」
「大和、西ばっかり行ってたから」
まただった。大和は苦笑する。
「俺、知らない間に色々変わってるな」
「いいことじゃない?」
「うん」
大和は素直に頷いた。少しして、子供の一人が走ってきた。
「大和」
「何?」
「向こう行っていい?」
指しているのは西。中継拠点からさらに先へ続く道だった。大和はすぐ答える。
「駄目」
「何で?」
「まだ危ないから」
「大和は行ってる」
「俺はいいの」
「何で?」
「怪物出ても何とかできるから」
言ってから、大和は少し考えた。あまり良い説明ではない。子供が聞く。
「いつ行ける?」
大和は道の先を見る。道路は伸びている。その向こうには、まだ確認していない場所も多い。
「そのうち」
「いつ?」
「それが分かったらそのうちじゃない」
子供は不満そうな顔をする。レティが笑った。
「大人みたい」
大和が見る。
「俺、大人だから」
「そういう意味じゃなくて」
子供はまだ西を見ている。
「行きたい?」
大和が聞く。
「行きたい」
「何しに?」
「見たい」
「何を?」
「知らない」
大和は少し笑った。どこかで聞いた答えだった。
「アビナみたいだな」
「アビナ?」
「気にしないで」
大和は西を見る。自分もそうだった。先に何があるか分からない。だから見たかった。危険だと分かっていても進んだ。
だが今は、自分が行くことより、この子たちがいつか普通に行けるようにすることの方を考えている。その変化が少し不思議だった。
◇
午後、子供たちはロウたちが使っている道具を見に行った。もちろん触らせてもらえないものもある。
「これ何?」
「土固めるやつ」
「これは?」
「石動かす」
「これ?」
「触るな」
質問が止まらない。大和は少し離れて見ていた。ロウは困っているが、追い返さずに一つずつ答えている。
そのうち一人が、大和のところへ戻ってきた。
「大和は何する人?」
大和が止まった。最近聞いたような話だった。
「それ俺も考えてるところ」
「分からないの?」
「分からない」
子供は少し考える。
「怪物倒す人」
「それだけは嫌だな」
「何で?」
大和は少し迷った。
「他のこともしたいから」
「何?」
「道路作ったり」
「ロウがやってる」
「うん」
「物作ったり」
「ドランがやってる」
「うん」
「……何だろうな」
子供が笑う。
「やっぱり分からない」
「うるさいな」
大和も笑った。少しして、子供が言った。
「でも大和が道作るって言ったんでしょ?」
大和が見る。
「誰に聞いたの?」
「ロウ」
少し離れたところでロウがこちらを見ないふりをしている。
「まあ、最初はね」
「じゃあ、大和がいなかったらここ来れなかった?」
大和はすぐには答えなかった。道を作ろうと言ったのは自分かもしれない。だが、実際に直したのは多くの人だ。中継拠点の維持も、水の管理も、安全の確認も、自分一人でやったことではない。
「俺だけじゃ無理だったよ」
「でも最初は大和?」
「まあ」
子供は少し笑った。
「じゃあありがとう」
そう言って、また走っていった。大和はその場に残った。何か返そうと思ったが、もう遅かった。胸のあたりに、少し温かいものが残った。今のは、嬉しい。
多分、いや。嬉しい。大和は小さく笑った。
◇
夕方、子供たちが村へ戻る時間になった。荷物を運んできた者たちも一緒に帰る。
「走るな」
「道から外れるな」
「先に行くな」
何度も言われている。それでも子供たちは楽しそうだった。大和は入口の近くで、道を歩いていく後ろ姿を見る。以前、自分はあの森を一人で歩いた。何が出るかも、自分がどこにいるのかさえ分からず、怪物を見て逃げた。
今は同じ森の中を、子供が笑いながら歩いている。もちろん大人はいる。怪物も消えてはいない。まだ行かせられない場所もある。
それでも、ここまでは来られる。大和は道を見る。整えた地面、途中の目印、水場、中継拠点。どれも一つだけなら大したものではない。だが、全部がつながると、誰かが行ける場所が増える。
「結構変わったな」
大和が言った。近くにいたレティが聞く。
「何が?」
「ここ」
大和は子供たちの背中を指す。
「前だったら、あの子たちここまで来れなかっただろ」
「うん」
「今は来れる」
「うん」
レティは大和を見る。
「嬉しい?」
大和は少しだけ考えた。以前なら、安全になった。道路が役に立った。中継拠点が機能している。そんなふうに考えていたかもしれない。
今は、もっと簡単だった。
「うん」
大和は答えた。
「嬉しい」
レティが笑う。大和も道の先を見る。子供たちの姿は、もう木々の間に小さくなっていた。今日、新しい設備を作ったわけではない。新しい道を開いたわけでもない。
ただ、子供がここまで来た。それだけだった。でも大和には、それが今まで作ってきたものの中で、かなり分かりやすい答えのように見えた。




