第51話 役割
朝、中継拠点へ着くと、すでに何人かが動いていた。ロウは道路作業へ出る者たちと話している。ミナは交換棚の前で木板を確認していた。ドランは建物の横で金具を叩いている。シェルドは地図を広げ、今日どこまで確認するかを決めている。
大和は入口で立ち止まった。
「……俺、何すればいい?」
近くにいたミナが顔を上げる。
「何かしたいの?」
「いや、そういうわけじゃないけど」
「じゃあ何もしなくていい」
「それはそれで困るな」
ミナはまた木板へ目を戻した。大和は周囲を見る。以前なら、中継拠点へ来れば、荷物を運んだり道路を見たりと、何かしら自分がやることがあった。
遺跡へ行き、怪物がいれば戦い、何か新しい仕組みを考える。以前はそんなことも大和の役目だったが、今はそれぞれが自分のやることを知っている。大和が指示する必要はない。
「ロウ」
呼ぶと、ロウが振り返る。
「はい?」
「今日、道路行く?」
「行きます」
「俺も行こうか?」
「今日は大丈夫です」
即答だった。
「大丈夫?」
「人数足りてるんで」
「そう」
大和は少しだけ取り残されたような気分になった。その感覚に気づいて、自分でも少し驚いた。ノルアに自分の気持ちを聞かれてから、自分が何を感じているのかを以前より少し意識するようになっている。今のこれは、多分、寂しい。ほんの少し。
でも、それだけではない。ロウが自分で人数を確認して、必要ないと判断した。それは良いことだった。大和は少し笑った。
「じゃあ任せる」
「はい」
ロウは普通に答えた。
◇
大和は今度はシェルドのところへ行った。
「何見てる?」
「西側」
地図の一部を指す。道路の線、中継拠点、途中の水場。いくつか新しい印も増えている。
「ここ何?」
「崩れてる」
「直す?」
「今は通れる」
「じゃあ後?」
「必要になったら」
大和は頷いた。最近、「必要になったら」という判断が増えた。何でも先にやらない。今困っているものから手をつける。大和自身も、そのやり方に慣れてきた。
「今日どこまで行くの?」
「俺は行かない」
「え?」
「確認はロウたちがする」
大和は地図とシェルドを見る。
「じゃあ何するの?」
「ここ」
別の木板を指す。そこには、誰がどこへ行くか、何を持っていくか、誰が戻ってきたか、簡単な記録がある。
「これ見る」
「シェルド、最近ずっとそれやってない?」
「必要だからな」
大和は少し考える。
「現場行かなくなった?」
「行く時は行く」
「でも前より減った?」
「減った」
「何で?」
シェルドは当然のように答えた。
「行かなくても分かることが増えたから」
大和は少し止まった。記録があり、報告する者も、道路を見てくる者もいる。すべてをシェルド自身が確認しなくてもいい。
「楽?」
大和が聞く。シェルドは少し考えた。
「違う」
「違う?」
「見るものが増えた」
「結局忙しいのか」
「そうだな」
大和は笑った。楽になったから仕事が減るとは限らないらしい。やることの種類が変わっている。
◇
昼前、ドランのところへ行く。金属を叩く音が続いている。大和は少し離れて座った。
「それ何?」
「留め具」
「何の?」
「屋根」
「また屋根?」
「交換棚の上」
「交換棚、屋根いる?」
「雨降ったら濡れる」
「ああ」
考えれば当然だった。布、乾燥した植物、食べ物。濡れれば困るものもある。
「誰か頼んだ?」
「ミナ」
「なるほど」
ドランは金属を熱し、形を整えている。村で使っている金属加工は大規模なものではない。今ある材料を使い、必要な形にして、壊れれば直す。それでも、生活には十分役に立っている。
「ドランって」
大和が言う。
「何だ」
「最近ずっと作ってるね」
「前からだ」
「そうだっけ」
「お前が見てなかっただけだ」
またそれだった。大和は苦笑する。自分がこの村へ来る前から、ドランは道具や家、金具を作り、修理もしていた。大和が知らなかっただけだ。
「俺、最初ドランのこと、何でも作れる人だと思ってた」
「作れないものもある」
「知ってる」
「ならいい」
大和はドランの手元を見ながら、少しして尋ねた。
「これって仕事?」
ドランが手を止める。
「何が」
「こういうの」
「必要だからやる」
「でもいつもドランがやってるじゃん」
「俺が一番できる」
単純だった。
「じゃあ仕事でいいのか」
「好きに呼べ」
ドランはまた金属を叩き始めた。大和はその音を聞く。必要だから、できるから、だからやる。今のところ、それで成立している。
◇
午後、交換棚の前に人が集まっていた。大和も近づく。ミナが何人かに説明している。
「持ってきたらここ」
木板を指す。
「持っていく時はこっち」
別の欄。
「分からなかったら聞いて」
一人が聞く。
「誰に?」
ミナが少し止まる。
「私」
大和が横から言った。
「完全に担当だね」
ミナが見る。
「何が?」
「交換棚」
「そう?」
「毎日見てるじゃん」
「他に見る人いないから」
「じゃあ担当じゃん」
ミナは少し考える。
「別に決めてない」
「決めなくても、そうなってる」
ミナは木板を見る。確かに、交換棚を使う者が増えてから、誰が何を持ってきたか、何を持っていったか、揉めた時にどうするか。一番知っているのはミナだった。
「嫌?」
大和が聞く。
「何が?」
「ずっとこれ見るの」
ミナは少し考えた。
「嫌ならやめる」
「それだけ?」
「他の人がやればいい」
大和は少し笑った。
「そうだね」
役割はある。だが今のところ、誰かに命令されて固定されているわけではない。できる人がやり、必要なら変わり、嫌なら他の人へ渡せる。
そのくらいだった。
◇
夕方、道路作業の者たちが戻ってきた。先頭にいるロウは泥まみれだった。大和が手を上げる。
「お疲れ」
「ただいま」
ロウは道具を置くと、すぐシェルドのところへ行って地図を広げた。今日見た場所、崩れていたところ、直したところ、水を使った量を一つずつ話していく。大和は少し離れて聞いていた。以前なら、自分もそこにいて、自分が見たことを話していた。
今はロウがやっていて、しかもちゃんとできている。大和は胸の中に、少し変なものを感じた。また寂しいと思う一方で、嬉しくもあった。
今度はすぐ分かった。
「何笑ってる?」
横からレティの声がした。大和が振り返る。
「笑ってた?」
「ちょっと」
「何かあった?」
大和はロウたちを見る。
「いや」
少し考えてから、今度はちゃんと答えた。
「嬉しいんだと思う」
レティが同じ方向を見る。
「何が?」
「俺いなくても、ちゃんと進んでる」
「前から進んでるよ」
「最近それよく言われる」
レティが笑う。大和も笑った。
「でも、ちょっと寂しい」
「何で?」
「俺のやること減ってるから」
レティは少し考える。
「じゃあ何かすれば?」
「そういう問題かな」
「暇なら」
「すごい現実的」
レティが笑う。大和もまた笑った。以前なら、自分が必要なくなっていくように感じたかもしれない。今も少しはそう感じる。でも、それだけではない。
自分が全部やらなくてもいい。誰かができるようになった。それは、安心することでもあった。
◇
夜、中継拠点には何人かが残っていた。ミナは交換棚の記録をまとめている。ロウは明日の道路作業について話している。ドランは完成した金具を屋根の木材へ合わせている。シェルドは地図を見ている。
大和は入口の横に座った。それぞれ違うことをしているが、誰かが命令したわけではない。「お前はこれをやれ」と決めた人もいない。だが、得意だから、よく知っているから、必要だから、何度もやっているからという積み重ねで、少しずつ役割のようなものができている。
「仕事って、最初はこんな感じだったのかな」
大和が呟く。近くにいたシェルドが聞いた。
「何が」
「役割」
「何の話だ」
「俺の世界だと、仕事って最初から名前ついてたんだよ」
大和は指を折る。
「医者とか。大工とか。運転手とか。店員とか」
「大工はいる」
ドランが遠くから言った。
「そうだけど」
大和は笑う。
「多分、最初から名前があったわけじゃないんだろうなと思って」
誰かがよく作り、誰かがよく管理し、誰かがよく道を見て、誰かが人をまとめる。それが繰り返されるうちに、その人の役割になっていく。大和は周囲を見る。ロウ、ミナ、ドラン、シェルド。そして、自分。
「俺は何なんだろうな」
口に出た。シェルドがすぐ答える。
「面倒を増やす奴」
大和が振り返った。
「ひどくない?」
ドランが言う。
「間違ってない」
「そっちも!?」
ミナまで少し笑った。大和は頭を抱える。
「俺の役割それ?」
ロウが遠慮がちに言った。
「新しいこと言う人……とか?」
「ロウだけ優しい」
「でも、だいたい面倒になりますよね」
「撤回」
周囲に笑いが起きる。大和も笑った。何をする人なのか、まだ決まっていない。それでいい気がした。必要になったら考える。
今は、誰かの役割が増えていくのを、少し嬉しく、少し寂しく思いながら見ていられれば、それで十分だった。




