↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この世界に残るもの  作者: 深空 律
第一部 知らない世界
PR
5/72

第5話 亜人の村

「まだ?」


大和が聞くと、前を歩いていたアビナが振り返った。


「もうちょっとニャ」


「さっきもそれ聞いた」


「そうだっけ?」


「聞いた」


アビナは少し考え、それから何事もなかったように答えた。


「じゃあ、今度こそもうちょっと」


「信用できないなあ」


大和はため息をついた。森の中を歩き始めてから、それなりに時間が経っている。とはいえ、一人で歩いていた時とはまるで違った。アビナは頻繁に道を外れた。見慣れない虫を見つければしゃがみ込み、花が咲いていれば顔を近づけ、木の実を見つければ枝を引き寄せる。


「それ何?」


大和が聞く。


「知らない」


「知らないのかよ」


「知らないから見てるニャ」


「なるほど」


大和は、怪物の刃も「見たい」と言っていたことを思い出した。この調子では、なかなか村へ着きそうにない。しばらく進むと、森の密度が少しずつ下がってきた。木々の間から差し込む光が増え、道幅も広くなる。地面は明らかに踏み固められ、脇の草も刈られていた。


「もうすぐ」


アビナが言った。


「今度は信じていい?」


「いいニャ」


今度は本当に、数分で森が開けた。家が一軒、その奥にも屋根がいくつも見えた。大和は足を止めた。


「……村だ」


思わず口に出した。大和が想像していたより、ずっと普通の村だった。


木と石で組まれた家が並び、その間を土の道が通っている。畑があり、柵があり、薪が積まれている。軒先には布が干され、道の脇には細い水路まで流れていた。煙突から煙が上がっている家もある。


荷物を運ぶ者や立ち話をする者の間を、子連れの姿が通っていく。遠くから見れば、人間の村にしか見えない。だが近づくにつれ、大和には違いが見えてきた。頭の上に耳がある。犬らしい大きな耳。


猫のような三角形の耳。その代わり、大和なら耳がある顔の横には何もない。腰の後ろからは尾が伸びている。鼻の形も少しずつ違った。犬型らしい者は、人間より鼻筋が少し高く、鼻先がわずかに前へ出ている。


猫型はアビナと同じように、鼻が小さく低い。腕や脚には薄く毛が生えているが、全身を覆うほどではない。皮膚は普通に見えている。大和は村人たちを見回した。アビナだけが特別なのではない。ここでは、これが普通なのだ。


「本当に異世界だな」


「また言ってるニャ」


アビナが横を見る。


「いや、ここまで来るとな」


大和は村を見ながら笑った。


「もう疑う方が難しいだろ」


アビナは当然のように首を傾げた。村へ入る。その瞬間、周囲の空気が変わった。歩いていた者が止まる。話していた者がこちらを見る。大和も足を止めかけた。当然だ。自分はどう見ても異物だ。耳の位置も服も違い、尾もない。


しかも森を歩き、怪物と戦ったせいで服は破れ、血まで付いている。警戒されて当たり前だった。実際、最初の反応はそう見えた。驚いて目を見開く者がいる。作業の手を止める者がいる。犬型の女性が、小さな子供を自分の後ろへ下げた。


大和も無意識にアビナの少し後ろへ立った。知らない村へ突然入ってきたのはこちらだ。下手に動かない方がいい。ところが、妙だった。誰も武器を取りに走らない。怒鳴り声も上がらない。大和を見つめていた村人の表情から、少しずつ強張りが消えていく。


子供など、母親の後ろから顔を出して、もう大和を覗き込んでいる。犬型の小さな男の子が一歩出た。母親が肩を掴む。


「こら」


だが、その声も思ったほど強くない。大和はアビナへ顔を寄せた。


「……俺、そんなに安全そうに見える?」


「うん」


「即答かよ」


「なんか大丈夫ニャ」


またそれだ。大和は眉を寄せた。


「この村、知らない奴に対して警戒心薄くない?」


「そう?」


「そうだと思うけどな」


少なくとも自分なら、見たことのない姿の男がいきなり集落へ入ってきたら、もう少し距離を取る。そう考えていると、人垣の奥から一人の男が歩いてきた。大和は自然に背筋を伸ばした。大きい。百七十五センチほどある大和でも見上げるほどだった。百八十センチは明らかに超えている。


犬型の男だった。短い濃茶色の髪。その上から同じ色合いの立ち耳が伸びている。顔立ちはやや精悍で、鼻筋も大和より明確に高い。肩幅が広く、胸板も厚い。ただ、大柄だからといって威圧的ではなかった。


頑丈そう。最初に浮かんだのは、その印象だった。男はアビナを見る。


「アビナ」


「ただいま」


「また一人で森へ行ったのか」


「うん」


「だから――」


そこで男の言葉が止まった。大和を見る。目が合った。男の表情が一瞬だけ硬くなる。その反応を見て、大和は少し安心した。そうだ。普通はそうなる。ところが男はそのまま大和を睨み続けることはなかった。


眉間に少し皺を寄せたまま、何か確かめるようにこちらを見る。それから大和の前まで来た。


「初めて見る」


低い声だった。大和は軽く頭を下げる。


「藤原大和です」


男は少し間を置いた。


「アキトだ」


近くで見ると、さらに大きい。大和より一回り以上体格がいい。その一方で、声や立ち方には妙な落ち着きがあった。


「アビナが森で見つけたのか?」


「見つけたニャ」


「拾われたみたいに言うな」


大和が言うと、アビナが笑った。アキトの口元も僅かに緩んだ。思ったより話しやすそうだ。


「森で迷ったのか?」


「それが、俺にもよく分からなくて」


「分からない?」


「目が覚めたら森の中だったんです」


アキトの耳が僅かに動いた。


「一人で?」


「はい」


「どこで?」


「壊れた建物みたいな場所です」


コールドスリープ装置と言っても通じそうにない。どう説明したものか考えていると、アキトの後ろから別の男が歩いてきた。同じ犬型。だが、アキトとはかなり印象が違う。身長はやはり大和より高い。


ただし体格は一回り細い。灰褐色の短い髪に、細く長めの立ち耳。鼻筋は高いが、アキトより顔全体がすっきりしている。服装も道具の位置もきちんとしていて、雑なところがない。視線は顔から服、手元へと動き、アビナとの間を測るように止まった。大和もつられて背筋を伸ばした。


「アキト」


男が声を掛ける。


「誰だ」


「森でアビナが会ったらしい」


「そうか」


男は大和を見る。


「シェルドだ」


「藤原大和です」


「どこから来た」


いきなり本題だった。


「それが分からなくて」


「自分がいた場所も?」


「はい」


「仲間は?」


「いません」


「家族は?」


大和は一瞬黙った。病室で見た両親の姿が頭をよぎる。


「……今は」


言葉を濁した。シェルドはそれ以上追わなかった。


「森を一人で歩いてきたのか」


「途中からアビナと」


「それ以前」


「ああ。はい」


「怪物には会ったか」


大和の動きが止まった。アビナがこちらを見る。アキトの表情も変わる。


「会いました」


「どこで」


「こっちへ来る途中です」


大和は森の方向を指した。


「襲われた?」


「はい」


シェルドの視線が大和の身体を上下する。


「怪我は」


「しました」


「しました?」


「治りました」


短い沈黙。シェルドが眉を寄せた。アキトも同じような顔をする。


「治った?」


「はい」


大和は左腕を見せた。


「ここ、かなりやられたんですけど」


当然、傷はない。シェルドは近づきはしない。離れたまま腕を見ている。


「見えない」


「もう消えたんで」


アキトが聞いた。


「怪物から逃げ切ったのか?」


大和は少し迷った。


「いや」


「?」


「倒しました」


周囲で様子を見ていた村人まで口を閉じた。アビナだけは、大和と周囲を交互に見ながら耳を立てていた。シェルドが聞く。


「倒した?」


「はい」


「一人で?」


「一人で」


「怪物を?」


「そうです」


「完全に?」


大和はその言葉に引っかかった。


「完全に?」


「動かなくなっただけではなく、死んだのか」


「死にました」


今度の沈黙は長かった。周囲から小さなざわめきが起きる。大和はアキトを見る。シェルドを見る。何かがおかしい。


「怪物って、そんなに珍しいんですか?」


「珍しくはない」


シェルドが答えた。


「倒す方が珍しい」


「そうなんですか?」


アキトが続ける。


「傷は付けられる」


少し間を置く。


「だが、死なない」


切った脚も頭も戻った、あの怪物を思い出した。最後の傷だけが治らなかった。


「……やっぱり」


「何がだ」


シェルドが聞く。


「俺が戦った奴も、傷がすぐ治ってたんです」


その時だった。


「ええっ!」


大きな声が飛んできた。大和が振り返る。犬型の若い女性がこちらへ走ってくる。明るい茶色の髪が肩の周りで跳ねる。その上のやや大きな立ち耳も、走るたびに動いている。身長は大和とそれほど変わらない。


女性としてはかなり背が高い方だろう。細すぎず、身体全体が引き締まっている。じっと立っている姿より、走っている姿の方が似合いそうな人物だった。その女性は勢いを落とすことなく、大和の目の前まで来た。


「怪物に襲われたの!?」


「え、あ、はい」


「怪我した!?」


「しましたけど」


「どこ!?」


「いや、もう」


「見せて!」


「治ったって!」


大和が身体を引くより先に、女性は腕を掴んでいた。左右を確認する。傷を探す。


「ない」


「だから治ったって」


「ほんとに?」


「ほんとに」


女性は大和の顔を見上げた。そして、心底安心したように笑った。


「よかった!」


「……ありがとう?」


大和は困った。初対面だ。名前すら知らない。なのに、どうしてここまで本気で心配されるのか。しかも近い。アビナとは別の意味で距離が近い。女性の後ろでは、茶色い尾が激しく左右へ動いている。


大和は思わずそこを見る。


「あ」


「なに?」


「いや……尻尾」


女性も自分の尾を見る。


「尻尾?」


「すごい動いてる」


「だって、よかったから」


当然のことのように答えた。大和はアビナを見る。アビナは肩をすくめる。


「犬だからニャ」


「やっぱりそういう感じなんだ」


「どういう感じ?」


女性が聞く。


「いや、何でもない」


アキトが少し困ったような顔をした。


「レティ」


「あ」


女性はようやく思い出したらしい。大和を見る。


「レティ!」


「藤原大和です」


「ヤマト?」


「そう」


「ヤマト!」


一度聞いただけで、すぐ名前を呼ぶ。大和も思わず笑った。


「覚えるの早いな」


「うん!」


レティも笑う。それにしても。大和は周囲を見た。アビナだけではない。初対面にしては、村全体の空気が柔らかい。自分でも、今の自分がかなり怪しいことは分かっている。森から突然現れた。出身不明。


怪物を殺したと言う。大怪我が勝手に治ったと言う。普通なら、もっと警戒されてもよさそうなものだ。少し離れた建物の壁際に、もう一人立っていることに気づいた。猫型の男だった。大和より少し小さい。


細身で、アビナと同じ猫型らしい軽い体つきをしている。短い髪は黒に近い濃い灰色。頭の上には細めの三角形の耳。尾も細く長い。明るい色のアビナとは正反対で、全体的に暗い色合いだった。


男は壁へ寄りかかったまま、近づいてこなかった。視線だけがアキトやシェルド、レティ、周囲の村人へ移り、また大和に戻る。


「……どうも」


大和が軽く手を上げる。男は視線を外さず、僅かに顎を動かした。


「ルシアンだ」


アビナが言った。


「へえ」


大和はもう一度手を上げる。


「よろしく」


「ああ」


それだけだった。大和はアビナへ小声で聞く。


「嫌われてる?」


「いつもあんな感じニャ」


「そうなの?」


「聞こえてるぞ」


ルシアンが言った。アビナは平然としている。


「聞こえるように言ったニャ」


大和は笑った。ルシアンは小さく息を吐いた。ただ、その視線は大和から離れない。


「怪物をどうやって殺した」


「やっぱり聞く?」


「聞く」


大和は右腕を見る。


「説明しにくいんだけど」


「説明できる範囲でいい」


「腕が変わった」


ルシアンの耳が僅かに動く。


「変わった?」


「刃みたいなのが出た。骨みたいなやつ」


レティの耳が止まった。アキトの表情も変わる。シェルドは何も言わず聞いている。


「それで斬った」


「今は?」


「出せない」


「出そうとした?」


「何回か」


「出なかった?」


「全然」


ルシアンは大和の右腕を見る。そこに何かあるわけでもない。大和から見ても、普通の腕だ。ルシアンはそれ以上聞かなかった。腕から顔へ戻った視線が、しばらくそこに留まった。その時、大和はまた別の視線を感じた。


家の陰。一人の女性が立っている。猫型。アビナと同じくらい小柄で、細身。肩より少し長い銀灰色の髪。その上に、同じ淡い色の三角耳がある。アビナほど耳は大きくない。細い尾も、落ち着いたまま身体の後ろに伸びている。


顔立ちは柔らかく、全体に穏やかな印象だった。青灰色の瞳が大和を見ている。目が合う。女性は少し驚いたように視線を逸らした。大和も前へ向き直る。数秒後。何となく、もう一度見る。また目が合った。


今度は大和が軽く会釈した。女性は少し迷うような間を置いてから、小さく頭を下げた。


「あの人は?」


大和がアビナへ聞く。


「ノルア」


「俺、何かした?」


「知らない」


「さっきから見られてる気がする」


アビナは大和を見る。


「ヤマト変だからニャ」


「それで全部片付けるのやめない?」


ノルアを見ると、今度は視線を逸らさなかった。警戒しているようにも見える。興味を持っているようにも見える。大和には判断できなかった。ただ、やはり逃げる様子はない。


「とりあえず」


アキトが言った。


「ここで立ち話を続けるのも何だ。中で話そう」


シェルドが大和を見る。少し考えてから頷いた。


「そうだな」


大和は逆に驚いた。


「いいんですか?」


「何が」


シェルドが聞く。


「いや」


大和は自分を指した。


「俺、明らかに怪しくないですか?」


誰もすぐには答えなかった。アビナが首を傾げる。レティまで大和を見直している。


「森から急に来た知らない男ですよ。怪物を殺したとか言ってるし、怪我も勝手に治るし」


自分で言っていて、かなり怪しい。シェルドは大和を見たまま答えた。


「話を聞いてから判断する」


「それなら分かります」


大和は頷いた。それでも、やはり少し引っかかった。追い返すという選択肢が、最初からあまり強く存在していないように見える。それがこの村の文化なのか。アビナが連れてきたからなのか。それとも単に、自分が考えすぎなのか。


今の大和には判断できなかった。案内された家には、大きなテーブルがあった。大和が椅子へ座る。向かいにアキトとシェルド。アビナは当然のように近くへ座った。レティもいる。ルシアンは少し離れた席。


しばらくしてノルアも入ってきた。大和は集まった顔を見る。


「……面接?」


レティが首を傾げる。


「めんせつ?」


「ああ、いや。こっちの話」


シェルドが質問を始めた。大和は覚えている範囲で話した。長く眠り、壊れた施設で目覚めたこと。森へ出て、怪物に襲われたこと。ただ、コールドスリープや病院の話になると説明が難しくなった。


癌。未来の医療。身体を冷やしたまま保存する技術。大和には当たり前だった言葉でも、相手には意味が伝わらない。何度か言い換えているうちに、自分でも説明が面倒になってくる。


「多分」


大和は言った。


「俺、一回死んでるんだと思います」


アキトの耳が少し動く。


「死んだ?」


「俺のいた世界では、治らない病気だったんです」


大和は少し笑った。


「でも今は元気」


レティの顔がぱっと明るくなる。


「じゃあ、よかった!」


「まあ、そうだな」


あまりに真っ直ぐ言われ、大和も笑った。シェルドはまだ納得していない顔をしている。


「元いた世界と言ったな」


「はい」


「ここではない?」


「多分」


大和はテーブルを囲む顔を見た。アビナの金色の猫耳も、レティの茶色い犬耳も、こちらを向いていた。


「少なくとも、俺のいたところに、こういう人はいなかった」


アビナの耳が動いた。


「猫はいたけど」


「ねこ?」


「アビナみたいなのじゃない」


「どんなの?」


大和は手で大きさを示す。


「もっと小さくて、四本足で歩いてた」


アビナの顔から笑みが消えた。


「……それ、ねこ?」


「俺の世界では」


「へんニャ」


「お互い様だ」


レティが笑った。アキトも少し口元を緩める。ノルアも僅かに笑っている。張っていた空気が少しだけ軽くなった。しばらく質問が続いたあと、シェルドが言った。


「怪物の死体は残っているか」


「多分」


「場所は分かる?」


アビナが聞く。


「通ってきた道を戻れば、大体は」


「大体か」


シェルドが言う。


「怪物に追われながら道覚えてる余裕なかったんで」


「それはそうだな」


意外にも素直に納得した。シェルドはアキトを見る。


「明日確認する」


アキトが頷く。


「俺も行く」


レティがすぐ手を上げた。


「私も!」


「必要ない」


シェルドが即答する。


「なんで!」


「確認だけだ」


「私も確認できる!」


「人数を増やす理由がない」


レティの耳が少し下がった。尾の動きも止まる。大和はその様子を見て、笑いそうになるのを堪えた。分かりやすい。その後、食事が出された。湯気の立つスープと焼いた肉、野菜。硬めのパンのようなものもあった。


大和は目の前に置かれた料理を見た。


「食べていいんですか?」


アキトが答える。


「もちろんだ」


「いや、何もしてないのに」


「腹が減っているだろう」


「まあ」


昼に果物をかなり食べたはずなのに、匂いを嗅ぐと腹が鳴りそうになる。


「いただきます」


誰も反応しない。大和は少し恥ずかしくなった。スープを口へ運ぶ。温かい。塩気がある。肉の味と、知らない香草の香り。


「……うまい」


思わず声が出た。レティの耳が立つ。


「おいしい?」


「うん」


「よかった!」


自分が作ったわけでもなさそうなのに、やけに嬉しそうだ。大和はパンをちぎり、スープへ浸した。汁を吸ったパンが、口の中でほどけた。こうして誰かの作った料理を食べるのは、いつ以来だろう。


隣から手が伸びた。アビナが大和の皿から肉を一つ取った。


「おい」


「なにニャ?」


「俺のだぞ」


「まだある」


「そういう問題じゃない」


アビナはもう食べている。


「うまいニャ」


「お前も同じのあるだろ」


「ヤマトの方がおいしそうだった」


「同じだろ!」


レティが笑う。アキトも笑った。ルシアンの口元まで僅かに動く。大和も笑った。ふと手が止まった。話し声の間で水が注がれ、アビナの伸ばした手を見てレティがまた笑う。食べながらこんなふうに騒いだのは、ずいぶん前だった。


最後に家族と食卓を囲んだのはいつだっただろう。病気が進んでからは食欲が落ちた。母親は何なら食べられるかを何度も聞いてきた。大和はスープへ目を落とした。さっきまで喋っていたのに、急に声が出しにくくなった。


「ヤマト?」


レティが聞く。大和は顔を上げる。


「ん?」


「どうしたの?」


「いや」


大和は笑った。


「うまいなと思って」


「ほんと?」


「ほんと」


レティの尾がまた動き始める。大和は今度こそ普通に笑った。


食事が終わると、寝る場所まで用意された。木の壁と屋根のある小さな部屋に、寝具が用意されていた。大和は入口で足を止めた。アキトが聞いた。


「何か足りないか?」


「いや、十分すぎます」


「なら休め」


「でも」


大和はアキトを見る。


「本当にいいんですか?」


「何がだ」


「俺がここにいて」


アキトは少しだけ考えた。


「困るのか?」


「いや」


「ならいい」


大和は笑った。


「そんな簡単でいいのかな」


アキトの口元も少し緩む。


「明日から働いてもらう」


「やっぱり?」


「当然だ」


「ですよね」


少し離れたところからシェルドが言った。


「何ができるかも確認する」


「はいはい」


「返事は一回」


「はい」


大和は思わず笑った。妙に懐かしかった。誰かに何かを言われる。文句を返す。それでも、ここにいていいらしい。アキトたちが去っていく。最後にアビナが入口から顔を出した。


「ヤマト」


「ん?」


「明日、森行く?」


「行かない」


即答した。アビナの耳が少し下がる。


「なんでニャ」


「怪物に殺されかけたばっかりなんだぞ」


「でも倒した」


「だからって、また行きたくなるわけじゃない」


「つまんない」


「勝手に行くなよ」


「考えとくニャ」


「それ絶対行くやつだろ」


アビナは笑って去っていった。大和は柔らかい寝床に横になった。壁の向こうから話し声と子供の足音が聞こえ、遠くでは何かを叩いていた。目を覚ました時は、暗闇の中に一人だった。外へ出ても森しかなかった。


怪物に襲われた。自分の身体まで変わった。何も分からなかった。今も分からないことだらけだ。ここが本当に異世界なのか。自分はなぜこんな身体になったのか。怪物は何なのか。なぜ自分だけが殺せたのか。


それでも、今日会ったばかりなのに、この村の者たちは妙に普通に接してくる。大和は天井を見る。


「……この村、人が良すぎないか?」


自分で言って、少し笑った。アビナの言う通り。なんとなく大丈夫。この村では、それで通るのかもしれない。食事をもらい、寝床まで借りた。外にはまだ人の気配があった。


「……明日考えればいいか」


大和は目を閉じた。眠気はすぐに来た。外ではまだ、村の生活音が続いていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。