↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この世界に残るもの  作者: 深空 律
第二部 残された世界
PR
49/71

第49話 交換

中継拠点の棚が、また一つ増えていた。大和は入口で足を止める。食料、道路作業、宿泊、水。そこまでは知っている。だが、一番端に見慣れない棚がある。


上には木板があり、短く一語だけ書かれていた。交換。


「……何これ」


棚の前にいたミナが振り返る。


「交換するもの」


「それは見れば分かる」


棚には干した肉、布、小さな袋、乾燥させた植物、木製の器。いくつかの品物が並んでいる。


「いつできたの?」


「昨日」


「また俺の知らないところで」


「大和、昨日いなかったから」


「それ言われると何も言えない」


アビナとの外出を思い出し、大和はそれ以上聞かなかった。代わりに棚を見る。


「で、どうやって使うの?」


ミナが一枚の木板を見せた。誰かの名前、持ってきた物、その横に別の印。


「これ持ってきた人?」


「そう」


「こっちは?」


「持っていった物」


大和は少し考える。


「物々交換?」


「何それ」


「物と物を直接交換すること」


「そう」


「でも、交換する相手いないじゃん」


「ここに置く」


ミナは棚を指した。


「欲しい人が持っていく」


「じゃあ何と交換するの?」


「自分も何か持ってくる」


大和はもう一度、木板を見る。


「なるほど」


誰かと直接、肉と布を交換する形ではない。肉を持ってきた人が棚へ置き、別の誰かが肉を持っていく。その人は代わりに別の物を置くため、交換相手が同じである必要はない。


「誰が考えたの?」


「分からない」


「分からない?」


「最初は余ったものを置いてただけ」


ミナが棚を見る。


「持っていく人が、代わりに何か置くようになった」


「勝手に?」


「うん」


大和は少し笑った。まただった。誰かが仕組みを作ろうとしたわけではない。使っているうちに形ができている。


◇


昼前、最初の問題が起きた。


「これじゃ足りない」


ドランが言った。手には小さな金具がある。何かの留め具らしい。棚の前には、カダとは別の村から来た男が立っていた。男の前には布が一束。


「布三つ」


男が言う。ドランが首を振る。


「足りん」


「何で」


「作るのに時間がかかる」


「布も時間かかる」


「同じじゃない」


大和は少し離れたところで聞いていた。


「何の話?」


ミナが答える。


「交換」


「揉めてる?」


「少し」


大和は二人の方へ行く。


「何交換したいの?」


ドランが金具を見せる。


「これ」


男は布を指す。


「これと」


大和は両方を見る。


「三つじゃ駄目?」


ドランが言う。


「鉄を使う」


「ああ」


村には小規模な鍛冶があり、すでにある金属を熱し、叩いて、道具や金具に加工している。だが、木工ほど簡単ではなく、金属そのものも大量にあるわけではない。


「じゃあ布いくつならいいの?」


「五つ」


男がすぐ言う。


「多い」


「じゃあ四つ?」


ドランが黙る。男も黙る。大和は少し笑った。


「交渉だな」


二人が見る。


「何だそれ」


「いや、今やってるやつ」


結局、布四つに乾燥した薬草を一袋加えることで話がまとまった。大和は横で見ていて、少し面白かった。問題は解決した。


ただ、棚を見ると、もっと面倒なことが起きそうだった。


◇


午後、別の問題が起きた。今度は肉だった。カダから持ってきた干し肉を欲しがる者がいる。だが、その者が持ってきたのは木製の器。肉を置いた者は、その器を欲しがっていない。


「これどうするの?」


大和が聞く。ミナは少し考えた。


「置いていく」


「器を?」


「そう」


「でも肉持ってきた人、器いらないんでしょ?」


「別の人が使う」


「じゃあ肉の人は?」


「後で欲しいもの持っていく」


大和は止まった。


「それ、成立する?」


「今のところ」


「誰がどれくらい持ってきたか覚えてる?」


ミナが木板を見せる。


「書いてる」


そこには名前と品物が並んでいる。肉、布、器、薬草、道具。大和は木板を手に取った。


「増えたな」


「何が?」


「書くこと」


棚が増え、人が増え、品物が増えれば、記録も増える。以前は麦の数を記録するだけだったが、今は誰が何を持ってきて、何を持っていったかまで残している。


「木板、場所取らない?」


ミナが棚の横を見る。すでに何枚か重ねられていた。


「取る」


「だよね」


「でも必要」


「紙があればなあ」


「紙?」


「前にも言ったけど、薄くて書けるやつ」


「作れる?」


「知らない」


ミナが大和を見る。


「知らないの?」


「知ってるのと作れるのは違うんだよ」


大和は木板を戻した。今はこれでやるしかない。


◇


夕方、シェルドが戻ってきた。交換棚の前で、しばらく記録を見る。大和が横から言った。


「結構ややこしくなってきた」


「何が」


「交換」


「見れば分かる」


「みんなそれ言うな」


シェルドは一枚の木板を持つ。


「これは誰の肉だ」


ミナが名前を一つ挙げて答える。


「この器は?」


ミナは別の名前を答える。


「布は?」


今度はまた別の名前だった。シェルドは少し考えた。


「直接交換していないのか」


「そうみたい」


大和が答える。


「肉欲しい人が器しか持ってなくても、とりあえず器置いて肉持っていく。器は別の人が持っていく」


シェルドが棚を見る。


「誰が損したか分からなくならないか」


「そこなんだよ」


大和は木板を指す。


「今はミナが書いてるから分かる。でも、これ人増えたらかなり面倒」


シェルドは少し黙った。


「お前の世界ではどうしていた」


大和はすぐ答えた。


「お金」


「金?」


「金属の金じゃなくて」


言ってから止まる。


「いや、金属を使うこともあったけど」


シェルドが見る。大和は考えながら説明する。


「物そのものを交換する代わりに、みんなが価値があるって認めたものを間に挟む」


「どういうことだ」


大和は棚から干し肉を一つ指す。


「俺がこれ欲しい」


次に、木の器を指す。


「でも持ってるのはこれだけ」


「今と同じだ」


「そう。でも肉を持ってきた人が器いらなかったら困る」


「今は棚に置く」


「うん。でも昔の俺の世界だと、器を誰かに売って、お金にする。そのお金で肉を買う」


シェルドが少し考える。


「その金は何に使える」


「大体何にでも」


「誰でも受け取る?」


「基本は」


「なぜ」


大和が止まった。


「なぜって……」


大和は考える。紙幣、硬貨、銀行口座に記された数字。自分はそれらを当然のものとして使っていた。


「次の人も受け取ってくれるから」


シェルドが眉を寄せる。


「それだけか」


「かなり大事だよ」


「食えるのか」


「食えない」


「道具になる?」


「ならない」


「ならなぜ価値がある」


大和は少し笑った。


「みんなが価値あると思ってるから」


シェルドは納得していない顔をした。


「変な仕組みだな」


「俺も今説明しててそう思った」


横で聞いていたミナが言う。


「じゃあ作る?」


「何を?」


「お金」


大和はすぐ首を振った。


「まだいいと思う」


シェルドが見る。


「なぜ」


「誰が作るの?」


二人とも答えない。


「何を使う?」


二人はまた答えない。大和は続ける。


「金属なら作れなくはないだろうけど、金具とか道具に使う方が大事だろ」


ドランが近くから言った。


「当たり前だ」


いたらしい。


「じゃあ木?」


ミナが聞く。大和は棚に積まれた木板を見る。


「それだと同じの簡単に作れる」


「駄目?」


「勝手に増やせる」


シェルドが理解した。


「価値がなくなる」


「多分ね」


「じゃあ誰かが管理する?」


「そうすると、その人を信用しないといけない」


ミナが少し嫌そうな顔をする。


「面倒」


「でしょ」


大和は笑った。


「今の人数なら、無理に作らなくてもいいと思う」


◇


話はそこで終わらなかった。やって来たルシアンも、交換棚と木板を見て、説明を聞く。


「物の価値を合わせる必要がある」


ルシアンが言った。


「そう」


大和が答える。


「でも全部同じ基準にはできない」


ドランが言う。


「当たり前だ」


「鉄の金具と布じゃ、作る手間も材料も違う」


「だから話して決める」


ドランは簡単に答えた。シェルドが言う。


「今はそれで足りる」


「人が増えたら?」


大和が聞く。


「その時考える」


その答えに、大和は少し笑った。最近、この言葉が増えた。先の全部を決めない。困ったところだけ変える。水の時もそうだった。


交換も同じなのかもしれない。


「じゃあ、とりあえず今のやり方続ける?」


ミナが聞くと、シェルドが頷く。


「ただし記録は残す」


「誰が何持ってきたか?」


「それと持っていったもの」


「価値は?」


少し考える。


「揉めた時だけ話す」


ドランが言った。


「それでいい」


大和も頷いた。完全な仕組みではない。だが、今は使える。


◇


夜、交換棚には朝より品物が増えていた。干し肉は減っている。代わりに布がある。木の器も一つ減った。その場所には小さな袋が置かれていた。


大和は木板を見る。朝とは違う名前が並んでいる。肉を持ってきた者、肉を持っていった者、器を持ってきた者、器を持っていった者。直接会っていない者同士の間で、物が動いている。


「面白いな」


隣にいたルシアンが見る。


「何が」


「誰と交換したか分からないのに、交換できてる」


「記録があるから」


「うん」


大和は棚を見る。最初は余ったものを置いただけだった。次に代わりの物を置くようになり、それを記録するようになった。誰かが最初から考えたわけではない。


必要になったからこそ、少しずつ形ができた。


「お金作らないの?」


後ろからアビナの声。大和が振り返る。


「聞いてたの?」


「途中から」


「作らない」


「何でニャ」


「まだいらないから」


アビナは交換棚を見る。


「便利そうなのに」


「便利だと思う。でも、そのために面倒なことも増える」


「じゃあ面倒になったら作る?」


大和は少し考えた。


「多分」


「また多分ニャ」


「最近これでいい気がしてきた」


アビナが笑う。大和は棚へ目を戻した。必要になる前に、昔の仕組みをすべて持ち込むことはない。今ここにいる人たちが困った時に、今あるものを使って考える。


それで足りなくなったら、また変える。中継拠点の片隅では、今日も誰かが物を置き、別の誰かが持っていく。まだ市場でも店でもなく、もちろんお金もない。ただ、交換する場所だけが、少しずつ出来上がっていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。