第45話 集まる場所
大和が中継拠点へ着いた時、最初に思ったのは、「人が多い」ということだった。入口の前に荷車が一台。その横では、カダから来た男が荷物を下ろしている。少し離れた場所では、道路補修に出る者たちが道具を確認していた。建物の中からも声がする。
「……何かあるの?」
大和が聞いた。近くにいたロウが振り返る。
「何が?」
「いや、人多くない?」
ロウは周囲を見る。
「今日は普通じゃないですか?」
「普通?」
「はい」
大和はもう一度見回した。どう見ても、自分が覚えている中継拠点より、人が多い。
「いつから?」
「何がです?」
「こんなに人が来るようになったの」
ロウが少し考えた。
「いつからだろ」
「知らないの?」
「少しずつ増えたから」
それだけ言うと、ロウは荷物を持って建物へ入っていった。大和はその背中を見る。
「少しずつ……」
自分が住宅区域を調べている間に、こちらも何か変わっていたらしい。
◇
建物の中へ入ると、最初に作った頃と比べて、明らかに物が増えていた。壁際の棚には水、食料、縄、布、工具が置かれ、それぞれ置き場所も分けられている。
大和は立ち止まった。棚の一つに札がある。道路作業、隣には調査、さらに奥には宿泊と書かれていた。
「何これ」
ミナが振り返る。
「何って?」
「分けたの?」
「分けた」
「いつ?」
「この前」
「聞いてない」
「聞かれなかったから」
ミナは普通に答えた。大和は少し納得できない顔で棚を見る。以前は、必要な物をまとめて置き、誰かが使って減れば補充する。それで回っていた。だが、使う人も用途も増えたため、何が減ったのか分かりにくくなった。
「道路の人が布使ったのか、泊まった人が使ったのか分からなかったから」
ミナが言う。
「それで分けた?」
「そう」
「なるほど」
「あと、水も」
外の壁際には、以前より大きな水置き場ができていた。大和がそちらを見る。
「増えてる」
「人が増えたから」
「それは分かるけど」
「宿泊用と作業用を分けた」
「そこまで?」
ミナが大和を見る。
「一緒にして、なくなった時に困ったから」
「……ああ」
理由は単純だった。失敗したから変えた。それだけだ。
◇
外へ出ると、ドランが建物の横で木材を見ていた。
「何作ってるの?」
大和が聞く。
「屋根」
「屋根?」
「見れば分かるだろ」
「いや、何で」
ドランが建物の横を指す。簡単な柱が立ち、壁はなく、屋根だけを伸ばすような形になっている。
「雨の時、人が中に入りすぎる」
「中に入ればいいじゃん」
「荷物もある」
「じゃあ荷物どければ」
「毎回?」
大和が止まった。
「……面倒か」
「面倒だ」
道路作業に出る人、荷物を運んできた人、少し休むだけの人。その全員が建物の中へ入る必要はない。屋根だけあれば、雨を避けて食事もでき、道具も一時的に置ける。
「これくらいならすぐ作れる」
ドランはそう言って、また木材を見る。大和は建物と屋根の予定地を交互に見た。
「何か、どんどん増えるな」
「使うからだ」
「誰が決めてるの?」
ドランが顔を上げた。
「何を」
「こういうの」
「必要な奴が言う」
「それで作る?」
「必要なら」
大和は少し黙った。自分が知らないところで誰かが困り、誰かが案を出し、誰かが作る。もう、大和が毎回そこにいる必要はなかった。
◇
昼前、シェルドが戻ってきた。道路の確認に出ていたらしい。大和はすぐ聞いた。
「ここ、何か変わってない?」
シェルドが周囲を見る。
「変わった」
「やっぱり」
「使う人間が増えたからな」
「それは聞いた」
大和は棚の方を見る。
「でも、何で全部ここに集めることになったの?」
シェルドが一瞬、大和を見る。
「お前が言っていたからだ」
「俺?」
「昔の街の話」
大和は首を傾げた。
「何の?」
「統合」
少しして、大和は思い出した。地域の窓口、学校、診療所、住宅。古代社会が、いくつもの機能を一つにまとめていた。
「……あれ?」
「別々に置くより、一か所にした方が手間が少ないと言っていただろう」
「言ったけど」
正確には、最初にそう解釈したのは大和自身だった。未来社会は、機能をまとめて便利にしていたのだろうと考えていた。その後、少なくとも一部は、人口が減って維持できなくなったためにまとめられていたことが分かった。
「でも、昔のは人が減ったからまとめてたのもあったよ」
「知っている」
「じゃあ」
シェルドは簡単に言った。
「まとめると楽になることは変わらない」
大和が止まった。
「……まあ、そうだけど」
「理由が違うだけだ」
シェルドは中継拠点を見る。
「昔の人間は、維持する場所を減らすために集めた」
道路作業の者が道具を取りに来る。荷物を運んできた者が棚へ食料を置く。
「俺たちは、使う場所が増えたから、ここに集めた」
大和は何も言わずに周囲を見る。逆だった。古代社会は縮んでいく中で残す機能を集め、今の自分たちは広がっていく中で必要な機能を集めている。理由は逆だが、やっていることは似ていた。
「なるほどな」
大和が言った。
「それで全部ここに?」
「全部ではない」
シェルドが答える。
「ここで使うものだけだ」
「ああ」
「村に置いた方がいいものまで運ぶ意味はない」
「それもそうか」
大和は少し笑った。古代文明の仕組みをそのまま真似したわけではない。必要な部分だけを、今の暮らしに使ったのだ。
◇
ミナが記録板を持ってきた。
「シェルド、これ」
「何だ」
「補充」
棚ごとに、減った物が書かれている。以前より少し細かい。大和が横から見る。
「これも統合?」
ミナが怪訝そうな顔をする。
「何が?」
「いや、今そういう話してたから」
「これは違う」
「違うの?」
「分けた」
「逆じゃん」
「置く場所は一緒。中で分けた」
大和は少し考える。
「ああ」
確かに、全部を一つの山にすることと、一か所に集めて管理することは違う。
「集めた方がいいものは集める。分けた方がいいものは分ける」
ミナが言った。
「そういうこと?」
「そういうこと」
「何か俺より分かってない?」
「大和が難しく考えすぎ」
あっさり言われた。シェルドが少し笑った。大和が見る。
「また笑った」
「笑ってない」
「絶対笑った」
ミナは二人を無視して記録板を棚に掛けた。
◇
午後、アビナとレティがやってきた。二人とも探索に来たのではない。アビナは袋を、レティは布の束を持っている。
「何持ってきたの?」
大和が聞く。アビナが袋を上げる。
「食べ物ニャ」
「何で?」
「減ってるって聞いたから」
「誰に?」
「ミナ」
「そうなんだ」
レティは布を棚へ置く。
「こっちは使った分」
大和は二人を見る。
「今日調査じゃないよね?」
「違う」
レティが答える。
「じゃあ、これだけ持ってきたの?」
「ついで」
「何の?」
「こっちまで来る人がいたから」
アビナが横から言う。
「一緒に来たニャ」
大和は少し考える。物資を補充するためだけに、毎回一人が村からここまで歩く必要はない。ここへ来る人が持てる分を運び、集めておく。必要な人がそれを使う。簡単な仕組みだが、以前より確実に無駄が少ない。
「これも誰かが決めた?」
大和が聞く。レティが首を傾げる。
「何を?」
「来る人が持ってくるって」
「前からじゃない?」
「そうだっけ」
「大和、知らないこと多いね」
「最近ずっと西行ってたから」
アビナが笑った。
「大和がいない間も、みんな動いてるニャ」
「それは知ってる」
大和は答えた。少し前なら、その言葉に、別の意味を感じたかもしれない。今は、普通に聞ける。
「その方がいいよ」
そう言うと、アビナは少しだけ目を丸くしてから答えた。
「そうニャ」
◇
夕方、中継拠点にはさらに人が増えた。道路補修から戻った者、カダへ帰る前に休む者、明日西へ向かう者、泊まる者が、同じ場所にいる。
だが、全員が同じことをしているわけではない。一人は道具を手入れしている。一人は食料を確認している。外ではドランが屋根の柱を立てている。ロウは明日の道路作業について話している。
ミナは棚の記録を見ている。シェルドは地図を広げている。大和は、入口の横に座って、しばらくその様子を見ていた。
「何してるの?」
レティが隣に来る。
「見てる」
「何を?」
「ここ」
レティも見る。
「人多いね」
「うん」
最初、この場所は、遠くまで行く者が村まで戻らずに済むよう、荷物を置くために作った。次に泊まれるようになり、今では道路を直す人も、物を運ぶ人も、休む人も使っている。
「俺、西に行くための場所だと思ってた」
大和が言った。レティが見る。
「大和だけの?」
「いや、そういう意味じゃなくて」
大和は笑った。
「調査する人のための場所」
「今は違う?」
「違うね」
レティは周囲を見た。
「便利だから、みんな来る」
「うん」
それが一番簡単な答えだった。人を集めようとしたわけでも、誰かがここを大きな場所にしようと決めたわけでもない。ただ、道があり、物と水があり、休むことも泊まることもできる。必要なものを一か所に置くと、そこへ人が来る。
「集めたら、人も集まったのか」
大和が呟く。
「何?」
「何でもない」
◇
夜、宿泊する者たちが建物の中へ入る。外の屋根はまだ骨組みだけで、ドランは明日続きをすると言って帰った。大和は棚を見る。調査、道路作業、宿泊と、用途ごとに分けられている。
同じ建物の中に、違う目的の物が並んでいる。古い文明で見た「統合」を、大和は最初、便利にするためのものだと思った。その後で、人が減ったためにまとめられたものもあったと知った。
だから、自分の最初の考えは間違いだったと思った。だが、完全に間違っていたわけではない。まとめれば楽になることはある。その考え方を、シェルドたちは自分たちの暮らしに取り入れた。未来の機械も、自動化された設備もない。あるのは、棚、札、水、屋根、荷車、人。それだけでも、考え方は使える。大和は少し笑った。
シェルドが気づく。
「何だ」
「いや」
「何がおかしい」
「何も」
大和はもう一度周囲を見る。
「ただ」
少し考えてから続ける。
「ここ、もう中継するだけの場所じゃないな」
シェルドは普通に答えた。
「前からそうだ」
「俺だけ気づくの遅かった?」
「そうだな」
即答だった。大和は苦笑した。外からは、明日の荷物や道路の状態、水の残り、どこまで行くかを話す声が聞こえる。そのどれにも大和は加わっていないが、問題なく進んでいる。大和は壁にもたれた。
一つの目的で作った場所に、別の目的が増えた。必要な物が集まり、人が集まり、また別の使い方が生まれる。まだ名前は変わらない。中継拠点。今のところは、それで十分だった。




