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この世界に残るもの  作者: 深空 律
第二部 残された世界
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第44話 少子化

住宅区域の調査を始めてから、古い建物を見る時の目的が少し変わっていた。最初は、道路や建物、古代文明の設備など、使えるものを探していた。次に、人が暮らしていた痕跡を見るようになった。そして今は、なぜその人たちが減っていったのかを探している。


地域生活管理センターの中で、ルシアンが壁面表示を見ながら言った。


「人口の記録はない?」


大和が振り返る。


「人口?」


「人が減ったなら、数が残ってるかもしれない」


「なるほど」


大和は表示を見る。前回は、統合や閉鎖の記録を追った。学校、診療所、居住棟。その理由に、児童数減少や地域人口減少という言葉があった。なら、実際に何人いたのか、その記録が残っていてもおかしくない。


「探してみるか」


大和は読める表示を順番に確認していった。地域運営、居住管理、施設利用、生活支援。その中に目的の項目があった。


「……地域人口統計」


あった。


「これだ」


ルシアンが近づく。ノルアも横から覗く。


「数字いっぱい?」


「多分」


大和が表示に触れる。動くかどうか分からない。一度触れても反応はなく、もう一度試した。


画面の一部が弱く光った。


「動いた」


「読める?」


「待って」


古い表示の文字は欠け、一部は見えない。それでも、総人口、世帯数、年齢区分など、いくつかの項目は読めた。大和は少しずつ内容を追う。


「これ、年ごとの人数だ」


ノルアが聞く。


「減ってる?」


「……減ってる」


一気にではなく、毎年少しずつ減っている。ある年はほとんど変わらず、別の年には少し大きく減る。その繰り返しだが、全体として見ると明らかに下がっている。ルシアンが聞いた。


「どれくらい」


「正確には分かんない。途中消えてるところあるから」


大和は画面を見る。


「でも、一回じゃないな」


災害や戦争、感染症といった一度の出来事で急激に減った形ではない。少なくとも、この表示だけを見る限り、長い時間をかけて人が少なくなっている。


「前に見た記録と同じだ」


ノルアが言う。


「学校とか?」


「うん」


大和は頷いた。だから学校をまとめた。診療所をまとめた。住宅を閉じた。そこまでは、もう分かっている。


「原因まではないか」


大和が言った。ルシアンは別の項目を指した。


「これは?」


「年齢別?」


大和が表示を切り替える。数字、棒のような表示。年齢の区分らしい。正確なところは欠けている。ただ、大和は少し眺めて、眉を寄せた。


「……あれ」


「何?」


ノルアが聞く。


「若いところ、減り方大きくない?」


ルシアンも見る。


「どこ」


大和が指したのは、子供に相当する年齢だった。そこが総人口より早く減っている。別の年にはさらに減り、その次の年もまた減っていた。大和の目が止まった。


「これ」


「何?」


「少子化じゃない?」


ノルアが首を傾げた。


「しょうしか?」


「子供が少なくなること」


「そのまま?」


「そのまま」


大和はもう一度数字を見る。


「俺のいた頃の日本でも、ずっと言われてた」


ルシアンが聞く。


「人が減ってた?」


「もう減り始めてたと思う」


大和は自分の記憶を探した。思い出したのは、ニュースやテレビ、ネットで何度も聞いた「少子高齢化」「人口減少」「出生数」という言葉だった。


「子供が生まれる数が減ってたんだよ」


ノルアが聞く。


「何で?」


「いろいろ」


「いろいろ?」


「俺も詳しくない」


大和は頭を掻いた。


「結婚する人が減ったとか、子供を持つ人が減ったとか。お金とか仕事とか、そういう話もしてた」


「大和は?」


「何が?」


「子供」


大和が止まる。


「俺?」


「いた?」


「いない」


「結婚は?」


「してない」


ノルアが少し笑った。


「じゃあ、大和も減る方」


「そういう言い方する?」


「違う?」


「……違わないけど」


アキトが少し離れたところで笑った。大和が振り返る。


「何で笑うんだよ」


「いや」


「絶対何かあるだろ」


「ない」


大和は少し不満そうな顔をしたが、すぐ表示へ戻った。冗談はともかく、これは見覚えのある現象だった。


◇


別の項目を見る。「出生」という文字は読めたが、数字の多くは欠けている。


「これ、子供が生まれた数じゃないかな」


ルシアンが聞く。


「減ってる?」


「減ってる」


一定ではなく、少し戻る年もある。だが、長く見ると下がっている。ノルアが言った。


「じゃあ、本当に子供が減ってた?」


「そう見える」


大和は腕を組み、前に確認した記録と頭の中で繋げる。子供が減れば学校を統合する。その少ない子供が成長すれば、若い世代そのものが少なくなり、さらに次の子供も減る。人口が減れば診療所をまとめ、住宅を閉じ、使われない場所が増えていく。


「……これなら」


大和が呟いた。ルシアンが見る。


「何」


「説明つくんじゃない?」


「何が」


「人が減った理由」


大和は表示を指す。


「俺のいた頃から、日本は少子化してた」


「うん」


ノルアが頷く。


「それがずっと続いたら」


大和は続ける。


「子供が減る。若い人も減る。そのまま人口も減る」


「それで街が小さくなる?」


「そう」


前に確認した記録が、すべて一本に繋がる。


「学校が減ったのも」


「子供がいないから」


「診療所は?」


「使う人が減ったから」


「家は?」


「住む人が減ったから」


ノルアは住宅区域の外を見る。


「じゃあ、突然いなくなったわけじゃない?」


大和も外を見る。


「少なくとも」


少し考える。


「減り始めた理由は、これで説明できるかも」


それは、かなり納得できる答えだった。大和の時代に始まっていた問題。それが未来まで続いた。未来社会でも、子供が生まれなければ、人は減る。高度な文明でも、そこは同じだ。


「何か」


大和が少し笑った。


「すごい未来の話だと思ってたけど、俺の時代から続いてただけなのかもな」


ルシアンは表示を見ている。何も言わない。


「何?」


大和が聞く。


「説明にはなる」


「だろ?」


「確定はしない」


「またそれ?」


「原因は書いてない」


大和は表示を見る。確かに、出生数が減っている。子供が減っている。人口も減っている。それは見える。


だが、なぜ出生数が減ったのか、そこまでは、ここにはない。


「でも、かなりそれっぽくない?」


「それっぽい」


「じゃあいいじゃん」


「記録には、可能性」


「厳しいな」


大和は笑った。


◇


少しして、ノルアが別のことを聞いた。


「でも」


「何?」


「昔の人、年を取らなくなったんじゃなかった?」


大和が止まる。


「……あ」


アキトも見る。ルシアンは何も言わない。ノルアが続ける。


「前に見た」


「不老化」


「そう。それ」


大和は考える。確かに、病院の記録には、百三十歳を超えても若い見た目の者や、百五十歳、百七十歳、二百歳を超える例、老化を抑える技術があった。もし人が死ななくなるなら、子供が減っても人口は簡単には減らない。


「でも」


大和はすぐに一つ思い出した。


「高かった」


「何が?」


「不老化の治療」


大和が説明する。


「俺たちが見た記録だと、あの頃はかなり高い治療だった」


ノルアが聞く。


「みんなはできない?」


「多分」


「多分?」


「そこはまだ分からない」


大和は少し考える。


「でも、最初から全員が受けられたわけじゃないと思う」


ルシアンが聞く。


「後から安くなった可能性は?」


「ある」


「全員に広がった可能性は?」


「それもある」


「分からない」


「うん」


大和は少し困った。だが、そこまで大きな矛盾には思えなかった。不老化できるのは一部の金持ち、一部の人だけで、普通の人たちはこれまで通り年を取る。子供が減れば、普通の人口も減る。


「だったら」


大和は言った。


「不老になれた人は一部だったのかも」


ノルアが見る。


「それなら減る?」


「普通の人が多いなら」


「なるほど」


大和自身も、それで納得できた。むしろ、その方が自然に思えた。高額な治療。全員が受けられるわけではない。大和の時代にも、新しい医療技術が最初から全員に行き渡るとは限らなかった。


「じゃあ」


ノルアが聞く。


「大和の時代から少しずつ減って、そのままずっと?」


「かもしれない」


大和は頷いた。


「何百年もかけて」


その言葉を口にすると、少し重くなった。自分が眠っている間、世界は一気に壊れたのではなく、少しずつ人を減らしていたのかもしれない。


◇


ルシアンは表示の前で記録を書いていた。大和が覗く。


「何書いた?」


「人口減少」


「うん」


「出生数減少」


「うん」


「児童人口減少」


「うん」


「原因」


大和は待つ。ルシアンが書く。少子化の可能性、確定不可。大和は少し顔をしかめた。


「そこまで慎重にする?」


「原因の記録がない」


「でも、かなり合ってると思うけど」


「大和の時代に同じ現象があった」


「そう」


「今回も同じ原因とは限らない」


大和は少し黙った。理屈は分かる。だが、今まで何も分からなかった。それに比べれば、これはかなり強い答えに見える。


「俺は結構これだと思う」


大和が言った。ルシアンは普通に答える。


「そう思ってることも書く」


「それも?」


「大和の仮説」


「恥ずかしいから名前は書かなくていいよ」


「書く」


「何で」


「誰の推測か分かった方がいい」


「そこまで管理する?」


「必要」


大和はため息をついた。ノルアが笑った。


◇


建物を出ると、住宅区域は今日も静かで、人も子供もいない。


学校へ向かう者も、診療所へ行く者も、家から出てくる者もいない。だが、以前とは違う。大和には、そこへ至る過程が少しだけ見えた気がしていた。まず子供が減り、学校が余る。若い人が減り、住む人が減り、施設をまとめる。使われない家が増えて街が小さくなり、そしていつか、誰もいなくなる。


「長いな」


大和が言った。アキトが聞く。


「何が」


「人がいなくなるまで」


「どれくらい?」


「分かんない」


大和は少し笑う。


「でも、一日とか一年じゃないんだろうな」


ノルアが住宅を見る。


「少しずつ?」


「多分」


その方が怖い気もした。突然世界が終わるのなら、何か大きな出来事を探せばいい。だが、毎年少しずつ子供が減り、住む人が減り、使わない施設を閉じる。その一つ一つが普通の判断として続いていたのなら、どこからが崩壊なのか分からない。


「俺のいた頃も」


大和が言う。


「学校がなくなるとか、人口が減るとか、ニュースでやってたけど」


少し考える。


「世界が終わる話だとは思ってなかったな」


ノルアが聞く。


「困ってなかった?」


「困ってる人はいたと思う」


「大和は?」


「俺は……」


大和は少し考えた。


「ニュースで見るくらいだった」


それが正直な答えだった。自分の生活や仕事、病気になる前の日常の中で、人口問題など自分が何かできる話だとは思っていなかった。今、何百年後かもしれない場所で、その続きを見ている。もし本当に同じ問題だったなら、妙な感じだった。


◇


中継拠点へ戻る途中、大和は少し気が軽くなっている自分に気づいた。答えが出たわけではない。それでも、今までよりは分かる形になった。怪物も、消えた人間も、壊れた文明も、すべてが正体不明だった。だが、人口減少だけなら大和は知っている。少子化も知っている。自分が生きていた時代にもあった。


「何か分かってきたな」


大和が言った。ルシアンが横を歩いている。


「何が」


「人が減った理由」


「可能性」


「はいはい」


「まだ原因を見てない」


大和は笑った。


「本当に慎重だな」


「大和が早い」


「そうかな」


「そう」


少し前をノルアとアキトが歩いている。ノルアは振り返らない。だが、二人の会話は聞こえていた。大和は少子化だと思い、ルシアンはまだ決めていない。


ノルアは、どちらも覚えておこうと思った。最近、同じものを見ても、誰がどう考えたのかが後で大事になる気がしていた。住宅区域が遠くなる。大和は一度だけ振り返った。


「少子化、か」


自分の時代から聞き慣れていた言葉が、未来の廃墟と繋がった。少なくとも今の大和には、それが一番自然な答えに見えていた。


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