第44話 少子化
住宅区域の調査を始めてから、古い建物を見る時の目的が少し変わっていた。最初は、道路や建物、古代文明の設備など、使えるものを探していた。次に、人が暮らしていた痕跡を見るようになった。そして今は、なぜその人たちが減っていったのかを探している。
地域生活管理センターの中で、ルシアンが壁面表示を見ながら言った。
「人口の記録はない?」
大和が振り返る。
「人口?」
「人が減ったなら、数が残ってるかもしれない」
「なるほど」
大和は表示を見る。前回は、統合や閉鎖の記録を追った。学校、診療所、居住棟。その理由に、児童数減少や地域人口減少という言葉があった。なら、実際に何人いたのか、その記録が残っていてもおかしくない。
「探してみるか」
大和は読める表示を順番に確認していった。地域運営、居住管理、施設利用、生活支援。その中に目的の項目があった。
「……地域人口統計」
あった。
「これだ」
ルシアンが近づく。ノルアも横から覗く。
「数字いっぱい?」
「多分」
大和が表示に触れる。動くかどうか分からない。一度触れても反応はなく、もう一度試した。
画面の一部が弱く光った。
「動いた」
「読める?」
「待って」
古い表示の文字は欠け、一部は見えない。それでも、総人口、世帯数、年齢区分など、いくつかの項目は読めた。大和は少しずつ内容を追う。
「これ、年ごとの人数だ」
ノルアが聞く。
「減ってる?」
「……減ってる」
一気にではなく、毎年少しずつ減っている。ある年はほとんど変わらず、別の年には少し大きく減る。その繰り返しだが、全体として見ると明らかに下がっている。ルシアンが聞いた。
「どれくらい」
「正確には分かんない。途中消えてるところあるから」
大和は画面を見る。
「でも、一回じゃないな」
災害や戦争、感染症といった一度の出来事で急激に減った形ではない。少なくとも、この表示だけを見る限り、長い時間をかけて人が少なくなっている。
「前に見た記録と同じだ」
ノルアが言う。
「学校とか?」
「うん」
大和は頷いた。だから学校をまとめた。診療所をまとめた。住宅を閉じた。そこまでは、もう分かっている。
「原因まではないか」
大和が言った。ルシアンは別の項目を指した。
「これは?」
「年齢別?」
大和が表示を切り替える。数字、棒のような表示。年齢の区分らしい。正確なところは欠けている。ただ、大和は少し眺めて、眉を寄せた。
「……あれ」
「何?」
ノルアが聞く。
「若いところ、減り方大きくない?」
ルシアンも見る。
「どこ」
大和が指したのは、子供に相当する年齢だった。そこが総人口より早く減っている。別の年にはさらに減り、その次の年もまた減っていた。大和の目が止まった。
「これ」
「何?」
「少子化じゃない?」
ノルアが首を傾げた。
「しょうしか?」
「子供が少なくなること」
「そのまま?」
「そのまま」
大和はもう一度数字を見る。
「俺のいた頃の日本でも、ずっと言われてた」
ルシアンが聞く。
「人が減ってた?」
「もう減り始めてたと思う」
大和は自分の記憶を探した。思い出したのは、ニュースやテレビ、ネットで何度も聞いた「少子高齢化」「人口減少」「出生数」という言葉だった。
「子供が生まれる数が減ってたんだよ」
ノルアが聞く。
「何で?」
「いろいろ」
「いろいろ?」
「俺も詳しくない」
大和は頭を掻いた。
「結婚する人が減ったとか、子供を持つ人が減ったとか。お金とか仕事とか、そういう話もしてた」
「大和は?」
「何が?」
「子供」
大和が止まる。
「俺?」
「いた?」
「いない」
「結婚は?」
「してない」
ノルアが少し笑った。
「じゃあ、大和も減る方」
「そういう言い方する?」
「違う?」
「……違わないけど」
アキトが少し離れたところで笑った。大和が振り返る。
「何で笑うんだよ」
「いや」
「絶対何かあるだろ」
「ない」
大和は少し不満そうな顔をしたが、すぐ表示へ戻った。冗談はともかく、これは見覚えのある現象だった。
◇
別の項目を見る。「出生」という文字は読めたが、数字の多くは欠けている。
「これ、子供が生まれた数じゃないかな」
ルシアンが聞く。
「減ってる?」
「減ってる」
一定ではなく、少し戻る年もある。だが、長く見ると下がっている。ノルアが言った。
「じゃあ、本当に子供が減ってた?」
「そう見える」
大和は腕を組み、前に確認した記録と頭の中で繋げる。子供が減れば学校を統合する。その少ない子供が成長すれば、若い世代そのものが少なくなり、さらに次の子供も減る。人口が減れば診療所をまとめ、住宅を閉じ、使われない場所が増えていく。
「……これなら」
大和が呟いた。ルシアンが見る。
「何」
「説明つくんじゃない?」
「何が」
「人が減った理由」
大和は表示を指す。
「俺のいた頃から、日本は少子化してた」
「うん」
ノルアが頷く。
「それがずっと続いたら」
大和は続ける。
「子供が減る。若い人も減る。そのまま人口も減る」
「それで街が小さくなる?」
「そう」
前に確認した記録が、すべて一本に繋がる。
「学校が減ったのも」
「子供がいないから」
「診療所は?」
「使う人が減ったから」
「家は?」
「住む人が減ったから」
ノルアは住宅区域の外を見る。
「じゃあ、突然いなくなったわけじゃない?」
大和も外を見る。
「少なくとも」
少し考える。
「減り始めた理由は、これで説明できるかも」
それは、かなり納得できる答えだった。大和の時代に始まっていた問題。それが未来まで続いた。未来社会でも、子供が生まれなければ、人は減る。高度な文明でも、そこは同じだ。
「何か」
大和が少し笑った。
「すごい未来の話だと思ってたけど、俺の時代から続いてただけなのかもな」
ルシアンは表示を見ている。何も言わない。
「何?」
大和が聞く。
「説明にはなる」
「だろ?」
「確定はしない」
「またそれ?」
「原因は書いてない」
大和は表示を見る。確かに、出生数が減っている。子供が減っている。人口も減っている。それは見える。
だが、なぜ出生数が減ったのか、そこまでは、ここにはない。
「でも、かなりそれっぽくない?」
「それっぽい」
「じゃあいいじゃん」
「記録には、可能性」
「厳しいな」
大和は笑った。
◇
少しして、ノルアが別のことを聞いた。
「でも」
「何?」
「昔の人、年を取らなくなったんじゃなかった?」
大和が止まる。
「……あ」
アキトも見る。ルシアンは何も言わない。ノルアが続ける。
「前に見た」
「不老化」
「そう。それ」
大和は考える。確かに、病院の記録には、百三十歳を超えても若い見た目の者や、百五十歳、百七十歳、二百歳を超える例、老化を抑える技術があった。もし人が死ななくなるなら、子供が減っても人口は簡単には減らない。
「でも」
大和はすぐに一つ思い出した。
「高かった」
「何が?」
「不老化の治療」
大和が説明する。
「俺たちが見た記録だと、あの頃はかなり高い治療だった」
ノルアが聞く。
「みんなはできない?」
「多分」
「多分?」
「そこはまだ分からない」
大和は少し考える。
「でも、最初から全員が受けられたわけじゃないと思う」
ルシアンが聞く。
「後から安くなった可能性は?」
「ある」
「全員に広がった可能性は?」
「それもある」
「分からない」
「うん」
大和は少し困った。だが、そこまで大きな矛盾には思えなかった。不老化できるのは一部の金持ち、一部の人だけで、普通の人たちはこれまで通り年を取る。子供が減れば、普通の人口も減る。
「だったら」
大和は言った。
「不老になれた人は一部だったのかも」
ノルアが見る。
「それなら減る?」
「普通の人が多いなら」
「なるほど」
大和自身も、それで納得できた。むしろ、その方が自然に思えた。高額な治療。全員が受けられるわけではない。大和の時代にも、新しい医療技術が最初から全員に行き渡るとは限らなかった。
「じゃあ」
ノルアが聞く。
「大和の時代から少しずつ減って、そのままずっと?」
「かもしれない」
大和は頷いた。
「何百年もかけて」
その言葉を口にすると、少し重くなった。自分が眠っている間、世界は一気に壊れたのではなく、少しずつ人を減らしていたのかもしれない。
◇
ルシアンは表示の前で記録を書いていた。大和が覗く。
「何書いた?」
「人口減少」
「うん」
「出生数減少」
「うん」
「児童人口減少」
「うん」
「原因」
大和は待つ。ルシアンが書く。少子化の可能性、確定不可。大和は少し顔をしかめた。
「そこまで慎重にする?」
「原因の記録がない」
「でも、かなり合ってると思うけど」
「大和の時代に同じ現象があった」
「そう」
「今回も同じ原因とは限らない」
大和は少し黙った。理屈は分かる。だが、今まで何も分からなかった。それに比べれば、これはかなり強い答えに見える。
「俺は結構これだと思う」
大和が言った。ルシアンは普通に答える。
「そう思ってることも書く」
「それも?」
「大和の仮説」
「恥ずかしいから名前は書かなくていいよ」
「書く」
「何で」
「誰の推測か分かった方がいい」
「そこまで管理する?」
「必要」
大和はため息をついた。ノルアが笑った。
◇
建物を出ると、住宅区域は今日も静かで、人も子供もいない。
学校へ向かう者も、診療所へ行く者も、家から出てくる者もいない。だが、以前とは違う。大和には、そこへ至る過程が少しだけ見えた気がしていた。まず子供が減り、学校が余る。若い人が減り、住む人が減り、施設をまとめる。使われない家が増えて街が小さくなり、そしていつか、誰もいなくなる。
「長いな」
大和が言った。アキトが聞く。
「何が」
「人がいなくなるまで」
「どれくらい?」
「分かんない」
大和は少し笑う。
「でも、一日とか一年じゃないんだろうな」
ノルアが住宅を見る。
「少しずつ?」
「多分」
その方が怖い気もした。突然世界が終わるのなら、何か大きな出来事を探せばいい。だが、毎年少しずつ子供が減り、住む人が減り、使わない施設を閉じる。その一つ一つが普通の判断として続いていたのなら、どこからが崩壊なのか分からない。
「俺のいた頃も」
大和が言う。
「学校がなくなるとか、人口が減るとか、ニュースでやってたけど」
少し考える。
「世界が終わる話だとは思ってなかったな」
ノルアが聞く。
「困ってなかった?」
「困ってる人はいたと思う」
「大和は?」
「俺は……」
大和は少し考えた。
「ニュースで見るくらいだった」
それが正直な答えだった。自分の生活や仕事、病気になる前の日常の中で、人口問題など自分が何かできる話だとは思っていなかった。今、何百年後かもしれない場所で、その続きを見ている。もし本当に同じ問題だったなら、妙な感じだった。
◇
中継拠点へ戻る途中、大和は少し気が軽くなっている自分に気づいた。答えが出たわけではない。それでも、今までよりは分かる形になった。怪物も、消えた人間も、壊れた文明も、すべてが正体不明だった。だが、人口減少だけなら大和は知っている。少子化も知っている。自分が生きていた時代にもあった。
「何か分かってきたな」
大和が言った。ルシアンが横を歩いている。
「何が」
「人が減った理由」
「可能性」
「はいはい」
「まだ原因を見てない」
大和は笑った。
「本当に慎重だな」
「大和が早い」
「そうかな」
「そう」
少し前をノルアとアキトが歩いている。ノルアは振り返らない。だが、二人の会話は聞こえていた。大和は少子化だと思い、ルシアンはまだ決めていない。
ノルアは、どちらも覚えておこうと思った。最近、同じものを見ても、誰がどう考えたのかが後で大事になる気がしていた。住宅区域が遠くなる。大和は一度だけ振り返った。
「少子化、か」
自分の時代から聞き慣れていた言葉が、未来の廃墟と繋がった。少なくとも今の大和には、それが一番自然な答えに見えていた。




