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この世界に残るもの  作者: 深空 律
第二部 残された世界
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第43話 集約

住宅区域の調査は、その後も続いた。一度に見られる範囲は広くない。建物の状態を確認し、危険な場所には入らず、道路と建物の位置を地図へ追加する。その繰り返しだった。前回と違うのは、大和の見方だった。


もう、並んでいる建物を見て「何の施設だろう」とは思わない。窓の位置、入口、建物同士の間隔、小さな広場。そこに人が暮らしていたことを前提に見る。そうすると、以前なら気にも留めなかったものが目に入った。


「ここ、道が集まってるな」


大和が立ち止まる。住宅の間を通っていた細い道が、何本も同じ方向へ伸びている。その先に、周囲の住宅より少し大きな建物があった。白い医療施設ほどではなく、中心区域の建物と比べれば小さい。それでも、この住宅区域の中では明らかに目立つ。シェルドが周囲を見る。


「人が集まる場所だったのかもしれない」


「行ってみる?」


大和が聞く。


「外から確認してからだ」


「分かってる」


最近は言われる前に答えるようになった。アキトが少し笑った。大和が見る。


「何?」


「いや」


「絶対何かあるだろ」


「ない」


大和は納得していない顔をしたが、そのまま建物へ向かった。


◇


入口付近は比較的きれいに残っていた。文字もある。大和が汚れを払う。


「地域生活管理センター」


ノルアが横から覗く。


「何するところ?」


「名前だけだと、俺もよく分からない」


「読めても分からない?」


「そういうこともある」


大和は少し考えた。


「この辺に住んでる人の手続きとか、生活に必要なことをまとめてやる場所だったんじゃないかな」


ルシアンが聞く。


「まとめる?」


「役所みたいなものかも」


「やくしょ?」


「……説明が増えるな」


大和は頭を掻いた。


「住んでる人が何か申請したり、困った時に相談したりするところ」


ノルアは建物を見る。


「知識蔵とは違う?」


「違う」


「病院とも?」


「違う」


「何か面倒だね」


「昔は色々あったんだよ」


大和自身、そのすべてを詳しく説明できるわけではない。使ったことがあるもの。名前だけ知っているもの。自分にはほとんど関係なかったもの。同じ時代に生きていても、社会の仕組みを全部知っていたわけではない。


それでも、ここが住宅区域の中で何らかの共同施設だったことくらいは想像できた。シェルドが中を確認する。


「入れそうだ」


一行は慎重に内部へ入った。


◇


中には、小さな窓口のような場所がいくつも並んでいた。機械はほとんど残っていない。一部の壁面表示だけが生きていた。光は弱い。文字も欠けている。


それでも、大和には読める。


「……各種地域窓口の統合」


大和が声に出す。ルシアンが近づく。


「統合?」


「いくつかあったものを、一つにまとめること」


「何で?」


大和は表示の続きを見る。行政手続き、生活相談、医療相談案内、居住管理と、いくつかの業務名が並んでいる。


「便利にするためじゃない?」


大和が言った。ノルアが見る。


「便利?」


「今まで別々の場所へ行かないといけなかったことを、ここへ来れば一度に済ませられるとか」


シェルドが周囲を見る。


「管理する側も一か所で済む」


「そうそう」


大和は頷いた。


「未来だし、そういう効率化は進んでたんじゃないかな」


言われてみれば、大和の時代にも似た発想はあった。窓口をまとめる。施設を一緒にする。一か所で複数の用事を済ませられるようにする。技術が進めば、もっと効率的になっていても不思議ではない。


「これも未来の便利なやつか」


大和は少し納得した。ルシアンは表示を見る。


「そうかもしれない」


「否定しないんだ」


「否定する材料がない」


「それはそうか」


さらに奥へ進む。似た表示がいくつか残っている。地域保管設備の集約、相談窓口の統合、居住管理区域の再編。


「やっぱり、まとめるの好きだったんだな」


大和が言った。


「好き?」


ノルアが聞く。


「言い方悪かった。効率よくしてたってこと」


少なくともその時点では、大和にとって、それで説明できた。


◇


建物の二階。奥の壁に、大きな案内表示が残っていた。いくつかは完全に消えている。読めるものだけを見る。大和の目が一つの項目で止まった。


「第三初等教育施設……統合のお知らせ」


「学校?」


ノルアが聞く。


「多分、小学校みたいなところ」


前に説明した。子供が勉強する場所。ノルアも覚えている。


「学校もまとめた?」


「みたいだね」


大和は表示を読む。第三初等教育施設を第二初等教育施設へ統合。大和は最初、そのまま読み流しかけた。また統合。それだけ。


「学校も大きいところにまとめたのかな」


アキトが聞く。


「その方がいいのか?」


「人数とか設備によるけど、一か所にまとめれば先生とか設備もまとめられるし」


大和は続きを見る。そこで、少し止まった。


「……ん?」


ルシアンが見る。


「何」


大和はもう一度読む。理由、短い文章、対象地域における児童数の継続的減少、施設運営の効率化、教育資源の集約。


「子供が減ったからだ」


ノルアが聞く。


「学校をまとめた理由?」


「そう書いてある」


「さっきと違う?」


大和は少し考えた。


「いや」


違うとまでは言えない。効率化も書いてある。子供が少なくなったから、一つにまとめる。それも十分合理的だ。


「この辺だけ子供が減ってたのかも」


大和は言った。ルシアンが聞く。


「なぜ?」


「そこまでは書いてない」


「なら分からない」


「うん」


大和は表示をもう一度見る。少し引っかかる。だが、まだそれだけだった。


◇


別の部屋には、地域施設の一覧らしきものが残っていた。大和が読めるものだけを拾う。診療所、保育施設、共同保管施設、生活支援施設。いくつかの横には、「閉鎖」「統合」「移転」という文字がある。


「また統合」


レティが言った。


「多いな」


大和も答える。


「これも便利にするため?」


ノルアが聞く。


「多分……」


大和は診療所の項目を見る。地域診療所を中央診療施設へ統合、理由、地域人口減少に伴う利用者数の低下。


「……あれ」


今度は、さっきより長く止まった。ルシアンが近づく。


「また減った?」


「うん」


「子供?」


「いや」


大和は文字を指す。


「地域の人口」


「人全部?」


ノルアが聞く。


「そう」


レティが住宅のある方向を見る。


「ここに住んでる人?」


「多分」


大和は続きも読む。診療所そのものが壊れたのではなく、利用者が減ったため、単独運営を続けるより別の診療施設へ機能をまとめる。そういう内容だった。


「これも効率化ではあるけど」


大和は呟く。最初に見たものとは少し意味が違う。便利だからまとめるのではなく、使う人が減ったため、そのまま維持する必要がなくなったのだ。


「同じ統合でも、理由が違う?」


ノルアが聞いた。


「……そうかもしれない」


大和は答えた。ルシアンは何も言わない。まだ材料が少ない。それを分かっている。


◇


さらに記録を見ると、その中に居住棟の一覧があった。大和は少し嫌な予感がした。一号棟、二号棟、三号棟と数字が続き、その一部には「利用停止」「居住者移転」「管理対象外」とある。


「何これ」


大和が近づく。表示には、居住区域再編のお知らせ。入居率の低下に伴い、複数の居住棟を閉鎖。残る居住者は、近隣の指定棟へ移転。維持管理対象を縮小する。


大和は黙って読んだ。


「大和?」


アキトが聞く。


「家もだ」


「何が」


「まとめてる」


人が暮らしていた住宅区域の中で、人が少なくなった建物を閉じる。残っている人を別の建物へ移し、使わなくなった場所は管理しない。シェルドが表示を見る。


「人がいなくなった建物を維持しないのは普通だ」


「うん」


大和は答える。それは今の自分たちにも分かる。道も中継拠点も、水も食料も、使うだけでは駄目で、維持する人間が必要だった。


建物も同じだ。誰も住まず、誰も使わなくても、維持するには人と物が必要になる。だったら、使う場所を減らす。


「これ」


大和は少し離れた。学校、診療所、住宅。頭の中で並べる。


「俺、最初勘違いしてたかも」


ノルアが聞く。


「何を?」


「統合」


最初に見た地域窓口、生活相談、管理を、大和は未来社会の効率化だと思った。それ自体は間違っていないかもしれない。だが学校では子供が減り、診療所では地域人口が減り、住宅では入居者が減っていた。すべてが同じ方向を向いている。


「便利にするためにまとめてたのもあったと思う」


大和は言う。


「でも」


表示を見る。


「人が減ったから、まとめざるを得なかったものもある」


ルシアンが聞く。


「どちらが多い?」


「分からない」


「いつから?」


「それも」


大和は記録の日付を見る。学校、診療所、住宅は同じ年ではなく、それぞれ違っている。


「一回じゃない」


ルシアンも見る。


「何年もある」


「うん」


大和は少し眉を寄せた。一つの災害や事故、一日のうちに起きた崩壊。そういうものではない。少なくとも、ここに残っている記録では、人が少しずつ減ることを前提に社会の形を変えている。


◇


外へ出ると、昨日までただ人が住んでいた場所に見えた住宅区域が、今日は少し違って見える。ノルアが建物を見ながら聞いた。


「人が減ったら、家が余るんだね」


「そうなるね」


大和が答える。


「学校も?」


「子供が減れば」


「診療所も?」


「使う人が少なければ」


シェルドが言う。


「道も同じだ」


大和が見る。


「道?」


「使う者が少なくなれば、直す場所を減らす」


大和は周囲を見る。今、自分たちも道路を使い、壊れたら直している。人が通り、荷物を運ぶから維持する。逆に誰も通らないなら、その道に限られた人手を使う理由は薄くなる。


「なるほど」


大和は小さく呟いた。ノルアが聞く。


「大和のいた時も、こういうことあった?」


「少しなら」


大和は記憶を探す。


「人が減って、学校が一つになるとか。店がなくなるとか。そういう話はあった」


「昔も?」


「うん」


「未来だけじゃない?」


「そうだね」


大和は少し笑った。高度な未来文明、ナノマシン、不老、再生。そんなものを見てきたから、何でも今とは違うように感じていた。だが、人が減れば、学校を維持できない。診療所を維持できない。


住宅が余る。道を維持する人も減る。それは、今の自分たちにも理解できる話だった。ルシアンが大和を見る。


「高度でも同じ?」


「多分」


大和は答える。


「便利なものがあっても、使う人がいなかったら意味ないし」


ルシアンは少し考えた。それから地図へ何かを書いた。


「何書いた?」


「人口減少の可能性」


「もう書くの?」


「可能性だから」


「なるほど」


大和は少し笑った。以前なら、ルシアンは一人で考えて、あとで必要になった時だけ話したかもしれない。最近は、見つけたものを、その場で共有することが増えた。大和には理由は分からない。ただ、話しやすくなった気はしていた。


◇


帰る前に、もう一度、地域生活管理センターへ戻った。大和は最初に見た表示を見る。各種窓口の統合、生活相談、医療相談、居住管理。最初は単純な効率化に見えた。


今も、それは間違いではないかもしれない。ただ、同じ「統合」という言葉の中に、違う意味が混ざっていた。便利だからまとめる。人が減ったからまとめる。維持できないからまとめる。


「一緒に見えるな」


大和が言った。ノルアが聞く。


「何が?」


「外から見たら」


大和は表示を指す。


「どっちも統合って書いてある」


だが、理由を見ると違う。ルシアンが言う。


「理由を見なければ同じ」


「うん」


大和は頷いた。最初、自分は文字だけを見て、未来社会の便利な仕組みだと決めた。それは間違っていた。いや、すべてが間違いとも言えない。そこが余計に分かりにくい。


「人が減ってたんだな」


レティが言った。大和はすぐには頷かなかった。


「この辺では」


ルシアンが大和を見る。大和も気づいて言い直す。


「この辺では、少なくとも減ってたみたい」


「全部の街は分からない」


ルシアンが言う。


「うん」


「いつまで続いたかも」


「分からない」


「原因も」


「分からない」


大和は少し笑った。


「今日は分からないこと増えたな」


「でも一つ分かった」


ノルアが言う。


「何?」


「人がいなくなる前から、少なくなってた」


大和は少し考える。


「そうか」


完全にいなくなった理由は、まだ分からない。だが、いきなり全員が消えたわけではないのかもしれない。学校や診療所をまとめ、家を閉じるほどに、人が減っていく時間があった。大和が以前ぼんやり考えていた「何か大きな失敗による文明崩壊」という言葉だけでは、説明できないものが増え始めていた。


◇


帰り道、住宅区域の建物が少しずつ遠くなる。ノルアが一度振り返った。


「昨日は、たくさん住んでた場所に見えた」


大和も見る。


「うん」


「今日は、減っていった場所に見える」


大和は少し黙った。同じ建物、同じ道。何も変わっていない。変わったのは、知っていることだけだ。


「何があったんだろうな」


大和が言う。ルシアンが答える。


「まだ分からない」


「うん」


大和は今度は否定しなかった。人が減っていた。それは分かった。だが、なぜ減ったのか、そこには、まだ何も届いていない。一行は中継拠点へ向かって歩いた。


背後には、使われなくなった家や閉じられた施設など、まとめられていった生活の跡が残っていた。それは文明が壊れた後の姿ではなく、もしかすると、壊れるより前から少しずつ小さくなっていた社会の姿だった。


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