第42話 暮らしていた場所
朝、大和たちは中継拠点を出た。空は明るい。だが、村からここまで歩いてきた時とは違う。もう疲れていない。荷物も軽い。
必要な物の多くは、最初から拠点に置いてある。大和は西へ続く道を見た。
「いつもなら」
アキトが横を見る。
「何だ」
「今頃まだ、ここに向かって歩いてる時間だなって」
アキトも少し考えた。
「そうだな」
「結構違うね」
「だから泊まった」
「分かってる」
大和は笑った。昨日までなら、朝に村を出て拠点まで来ると、少し休んでから調査を始めていた。だが今日は違う。朝から、もう先へ進める。シェルドが全員を見る。
「昨日より西へ入る。戻る時間は変えない」
「はい」
大和が答える。
「大和だけに言ってない」
「分かってるって」
レティが少し笑った。ルシアンは地図を持つ。ノルアは荷物を背負い直す。六人は歩き始めた。
◇
最初のうちは、昨日までに見た場所だった。崩れた壁、遺跡の道路、建物の残骸、地図にある分岐。そこを越えると、少しずつ知らない場所になっていく。
木が増える。道路の端が見えにくい。根が路面を持ち上げている場所もあった。それでも、古い道は残っている。完全に森へ戻ったわけではない。
「こっち」
ルシアンが言う。左、細い道。大通りほど広くない。でも人が通るには十分。大和は周囲を見る。
「何か増えてない?」
レティが聞く。
「何が?」
「建物」
確かに、少し前までは、大きな建物が離れて残っていることが多かった。今は違う。左右に似たような大きさの建物がいくつも並んでいる。一つ、二つ、その先にも。
「ここ何なんだろ」
大和が言う。シェルドが止まる。建物を見る。入口、窓、間隔。
「同じようなものが多い」
ルシアンも周囲を見る。
「形も近い」
大和は一番近い建物を見る。大きすぎない。白い区画の病院とは全然違う。中央区域の巨大施設とも違う。
「倉庫?」
ノルアが聞く。
「倉庫なら、もっと入口広くない?」
大和が言う。シェルドが答える。
「物による」
「じゃあ工場?」
「機械がない」
ルシアンが言う。
「壊れてなくなっただけかもしれない」
「それもあるか」
大和は少し困った。古代文明の建物を見ると、つい何かの施設だと思ってしまう。病院、研究所、道路、地下と、今まで見つけたものがそうだったからだ。
「中見る?」
レティが聞く。シェルドが頷く。
「一つだけ」
◇
入口は半分崩れていた。扉はない。中へ入る。大和が先に行こうとする。アキトが横へ並ぶ。
「一人で行くな」
「はいはい」
「返事」
「分かってます」
二人で入る。ルシアンが続く。中は暗く、広くはない。最初に小さな空間があり、その先に部屋、さらに奥にも別の部屋があった。
「何か」
大和が言う。
「狭いな」
レティが後ろから見る。
「そう?」
「施設って感じしない」
「何が違う?」
「うーん」
大和は考えるが、うまく言えない。病院には廊下や診察室、大きな区画があり、人が何人も動く前提の作りだった。ここは違う。
もっと、小さい。個人の空間に近い。壁際に、何かの跡。棚だったのかもしれない。一部は残っている。
床には部屋を区切っていた線が残り、奥には別の小さな部屋がある。大和は足を止めた。
「……家?」
ノルアが聞く。
「家?」
「多分」
大和は周囲を見る。
「何か、そんな感じする」
ルシアンが壁を見る。
「根拠は?」
「狭さ」
「それだけ?」
「あと部屋の分かれ方」
大和は奥を見る。
「みんなで使う施設っていうより、一組が使う感じ」
「一組?」
「家族とか」
レティが聞く。
「ここに住む?」
「そう」
大和は言ってから外を見た。向かいにも、その隣にも、さらに奥にも、似たような建物が並んでいる。
「……これ、全部?」
誰も答えない。だが、もし全部が住む場所なら、かなりの人数がここで暮らしていたことになる。
◇
次の建物へ入る前。ルシアンが少し離れた場所で立ち止まった。
「大和」
「何?」
「読める?」
半分倒れた古い板があった。表面は汚れ、苔の間から文字の一部が見えている。
大和は近づいた。手で軽く汚れを払う。読める。
「……居住棟」
ノルアが聞く。
「何て?」
「人が住む建物って意味」
「じゃあ」
大和は周囲を見る。
「やっぱり家だ」
さらに小さな数字と文字もある。
「三号棟」
「番号?」
ルシアンが聞く。
「多分」
「他にもあるかもしれない」
大和は別の建物を見る。少し離れたところ。似た板。
「じゃあ、本当に」
大和は言う。
「ここ、人が住んでた場所だ」
シェルドが周囲を見回す。
「どれくらい」
「分かんない」
建物は見える範囲だけでも多く、木に隠れているものもある。さらに奥まで続いていた。レティが聞いた。
「全部、大和みたいな人が住んでたの?」
大和は少し考える。
「多分」
「多分?」
「ここにいた昔の人間が、俺と同じ人間だったなら」
レティは建物を見る。
「たくさんいたんだ」
「うん」
大和は少し笑う。
「俺みたいって言っても、別にみんな俺みたいだったわけじゃないよ」
「どういう意味?」
「普通の人」
「大和も普通?」
レティが聞く。大和が止まる。アキトが少し笑った。
「今は普通じゃないな」
「そこじゃなくて」
大和は少し困る。
「昔は普通だった」
ルシアンが言う。
「病気だった」
「それは普通とは違うけど」
「じゃあ普通じゃない」
「そういう意味じゃなくて」
大和は頭を掻いた。
「俺と同じ見た目の人間が、普通にたくさんいたってこと」
レティは納得したような。していないような顔をする。
「今はいない」
「うん」
大和は建物を見る。そこだけは、簡単に答えられた。
◇
住宅区域を少しずつ進む。傾いている建物や屋根が落ちている建物、地下がある建物など、危険な場所には入らず、外から記録するだけにした。中を見るのは比較的形が残っているところだけで、どこも小さな部屋や壁、棚、窓がよく似ている。場所によっては、壊れて形の分からなくなった物が床に残っていた。
「これ何だろ」
ノルアが低い位置に残った小さな構造物を見る。大和もしゃがむ。
「分かんない」
「昔の道具?」
「かも」
ルシアンが言う。
「子供用かもしれない」
全員が見る。
「何で?」
大和が聞く。
「低い」
「それだけ?」
「それだけ」
「じゃあ分からないね」
「分からない」
大和は少し笑って外へ出た。建物の間に、木の生えた開けた場所がある。草や石の中には、地面から斜めに突き出た変な形の金属と、曲がった枠が残っていた。
「これ」
大和が近づく。
「何か見たことある気がする」
アキトが聞く。
「何」
「公園とかにあるやつ」
「こうえん?」
ノルアが聞く。
「子供が遊ぶ場所」
「これで?」
「多分」
大和は金属を見る。形はもうほとんど分からず、遊具だったのか、別のものなのかも分からない。
「でも違うかも」
ルシアンが言う。
「分からない?」
「うん」
「なら書かない」
「いや、場所は書いといて」
「何て」
「広場」
「公園じゃなくて?」
「公園か分からないから」
ルシアンが頷く。大和は少し満足した。前なら、知っている形に似ていたら、すぐ答えを付けていたかもしれない。今は似ていても、分からないものは分からない。それでいい。
◇
昼、一行は建物の影で休んだ。食料も水も、中継拠点から持ってきたものだ。大和が壁にもたれると、ノルアが周囲を見る。
「こういうところだった?」
「何が?」
「大和が帰りたかった場所」
大和は少し止まる。中継拠点で夜を越した時、帰る場所の話をした。ノルアは覚えていた。
「俺の家?」
「昔の」
大和は建物を見る。
「全然違う」
「違う?」
「俺が住んでたところは、もっと建物が密集してた」
「ここも多い」
「もっと」
大和は少し考える。どう説明するか。
「道路ももっと車が走ってたし」
ノルアが聞く。
「車?」
「前に話したやつ」
「ああ」
「人も多かった」
「ここより?」
「多分」
大和は笑った。
「比べようがないけど」
ノルアは少し黙る。
「じゃあ、こういうところに住んでた人も」
「普通に生活してたと思うよ」
「普通に?」
「朝起きて」
大和は指を折る。
「仕事行ったり。学校行ったり。飯食ったり」
「学校?」
「子供が勉強する場所」
「知識蔵みたいな?」
「ちょっと違うけど」
「何が違う?」
大和は困る。
「……人が多い」
「それだけ?」
「違うけど」
ノルアが少し笑う。大和も笑った。
「説明難しいな」
少し考える。
「でも」
大和は住宅を見た。
「そんなに俺たちと違わないと思う」
ノルアが見る。
「私たちと?」
「暮らすって意味では」
家があり、食事や仕事がある。誰かと話し、寝て、起きて、困り、怒り、笑う。大和の時代も今も、すべてが違うわけではない。
「すごい技術あったけど」
大和は言う。
「ずっとナノマシンとか不老とか見てると、昔の人って何かすごい人ばっかりだったように見えるけど」
少し笑う。
「多分、普通の人の方が多かったよ」
ノルアは住宅を見る。
「大和みたいなのが普通だった?」
「見た目だけなら」
「やっぱり今は普通じゃない」
「そこ引っ張る?」
ノルアが笑う。レティが横から言った。
「私も今の大和しか知らない」
「それはそうだろ」
「昔の大和、弱かった?」
「病気になる前は普通」
「怪物と戦えない?」
「無理」
「高く跳べない?」
「無理」
「腕から骨出ない?」
「出たら病院行くよ」
レティは少し笑った。アキトも笑う。
「今の方が便利だな」
「便利って言うな」
大和も笑った。昔、誰かが暮らしていた住宅の間で、今は別の誰かが休み、笑っている。大和は少し不思議な感じがした。
◇
午後はさらに奥を見た。建物や道路、広場、それに何かの小さな店舗だったかもしれない場所がある。だが文字は読めず、壊れていて、何も動かない。
端末もない。ナノマシンの情報もない。未来の技術らしいものは、ほとんどない。大和は途中で言った。
「何もないな」
シェルドが見る。
「何が」
「使えそうなもの」
「ある」
「何?」
「建物」
「ああ」
「道路」
「それもか」
「場所」
大和は少し考える。確かに、生活拠点として見れば、価値はある。だが、それだけではない気がした。
「ここ」
大和は周囲を見る。
「調べる意味あるよね」
ルシアンが聞く。
「何で?」
「人が住んでたから」
「それだけ?」
「それだけ」
大和は自分でも少し変な答えだと思った。だが、そうだった。病院で、人間の技術を見た。不老、再生、ナノマシン。それらは重要だった。
だが、ここには、何もすごいものがない。それでも、人間がいた。暮らしていた。それ自体が、今の大和には、重要に見えた。
「人が消えたなら」
大和が言う。
「こういう場所見た方が、分かることもあるかもしれない」
ルシアンが聞く。
「何が?」
「分からない」
「分からないのに?」
「うん」
大和は笑った。
「でも、病院だけ見ても人の生活は分かんないし」
ルシアンは少し考えてから言った。
「記録する」
大和が見る。
「何を?」
「住宅」
「それだけ?」
「最初は」
大和は笑った。
「それでいいか」
◇
帰る前。ルシアンは地図を広げた。新しく確認した範囲、道路、建物、広場、危険箇所、その一角。まだ名前がない。
「何て書く?」
ルシアンが聞く。大和は少し考えた。
「住宅区域」
「そのまま?」
「そのままでいいでしょ」
シェルドも頷く。ルシアンが書く。住宅区域。それだけ。大和は地図を見る。
これまでは、白い区画、中央、地下道、道路、中継拠点と、機能で名前を付けることが多かった。今回初めて、人が暮らしていた場所としての名前が増えた。
レティが建物を見る。
「ここにも人がいたんだね」
大和が答える。
「うん」
「今はいない」
「うん」
それ以上言えることはない。いつまで住んでいたのか、なぜいなくなったのか、最後に何があったのか、何も分からない。だが、いた。それだけは分かった。
大和は地図の文字を見る。住宅区域。その文字の下には、建物がいくつも描かれている。昔、そこには普通の人間が暮らし、食べて、寝て、働いて、子供を育てていたのだろう。多分、自分たちとそれほど変わらない生活をしていた。大和は地図を閉じるルシアンを見た。
「次もここ見る?」
「見る」
「何か見つかるかな」
「分からない」
「だよね」
一行は歩き始めた。中継拠点へ、その先には村がある。昔の住宅区域を背に、今の帰る場所へ、大和は一度だけ振り返った。古い建物、木、草。誰もいない。
だが、もうただの遺跡には見えなかった。そこは昔、誰かが暮らしていた場所だった。




