第34話 掃討
翌朝、知識蔵の机には、遺跡都市周辺の地図が広げられていた。大和たちの村、カダ村、その間を繋ぐ街道、地下道、中心区域、そして白い区画。少し前までは、地図の大半が空白だった。今は違う。
通った道、見つけた建物、怪物の痕跡、危険な場所。一つずつ書き込まれている。シェルドが中心区域の外側を指した。
「まずここから片付ける」
大和が覗き込む。
「病院の周り?」
「お前の言う病院を含めて、この一帯だ」
大型個体がいた頃、その周辺には普通の怪物がほとんど近づかなかった。しかし、縄張りの主がいなくなった。このままなら、外側にいた怪物が少しずつ入り込んでくる可能性がある。すでに新しい足跡も確認されていた。
「せっかく入れるようになったのに、また怪物だらけになるのは嫌だな」
大和が言う。
「だから先にやる」
今日集まった人数は多い。大和、アキト、シェルド、ルシアン。カダからバルとロウ。さらに、両方の村から戦える者が数人ずつ参加している。ただし、全員で怪物へ突っ込むわけではない。
大和が地図を見る。
「前みたいに班で分ける?」
「そうする」
シェルドが答えた。怪物を探す班、戦う班、連絡する者、負傷者を運ぶ者。役割はすでに決めてある。以前なら、大和が前へ出て怪物を見つけ、全部自分で倒す方が早かった。今はそうしない。
「俺がいなくても動けるようにしたいんだよね」
「お前が毎回全部やる方がおかしい」
「それもそうか」
大和は苦笑した。ドランが壁際から言う。
「怪物を倒すだけなら、お前一人でもいい」
「じゃあ何でこんなにいるの?」
「道を使うのはお前一人じゃない」
大和は少し黙った。その通りだった。今日やるのは討伐だけではない。怪物を倒した後、危険な場所を記録する。通れる道を確認する。
崩れた場所を直す。今後、村の者がここへ来られるようにする。そういう作業まで含まれている。大和は地図の白い区画を見る。動く端末、残された情報。
その向こうには、まだ調べていない建物が大量にある。そこに何が残っているかは分からない。
「じゃあ、ちゃんと取り戻す感じか」
シェルドが大和を見る。
「何を」
「この辺」
大和は遺跡都市の中心を指した。
「怪物がいるから行けない場所じゃなくて、俺たちが普通に使える場所にする」
シェルドは少し考えてから頷いた。
「そのつもりだ」
大和も頷いた。その答えが、思ったより嬉しかった。
◇
最初の怪物を見つけたのは、中心区域から東へ少し離れた場所だった。小型の四脚、通常個体。大和たちに気づくと、すぐに向きを変えた。
「来るぞ!」
前に出たのは大和ではない。アキトとロウ。二人が左右へ分かれる。怪物は一瞬だけ迷い、ロウへ向きを変えた。
「右!」
シェルドの声。ロウが下がる。アキトの槍が横から入った。深い。怪物が転倒する。
普通なら、ここで傷が戻り始める。実際、槍を抜いた部分から黒い組織が動いていた。
「大和!」
「はい!」
大和が入る。右腕から骨刃。短い。必要以上に大きくしない。首の付け根へ刺す。
黒い組織の動きが止まった。数秒。怪物は動かなくなる。
「終わり」
大和が刃を抜く。ロウが怪物を見る。
「やっぱり違うな」
「何が?」
「俺たちが刺した傷は戻る。大和が刺したところは戻らない」
それ自体はもう何度も確認している。ただ、今は大和にも別のことが気になった。骨刃と怪物の身体との接触、昨日見た資料、外部材料。大和は死体を見た。
「ルシアン」
「何」
「ちょっと試していい?」
ルシアンはすぐ意味を理解したらしい。
「昨日の話?」
「うん」
シェルドが近づく。
「何をする」
大和は簡単に説明した。怪物へ骨刃を深く刺したままにする。自分の身体に何か変化があるかを見る。
「怪我していないだろう」
「だから分かりにくいんだけど」
大和は腕を見る。
「戦ったら少しは使ってると思う」
骨刃を作る。脚を強くする。それだけでも身体の材料は使っているはずだ。
「危険は?」
アキトが聞く。
「分かんない」
「ならやるな」
「でも、自分が何してるか分からないまま怪物倒し続けるのも嫌なんだよ」
アキトは黙った。大和自身も、自分の言葉に少し驚いた。以前なら、能力が使えて便利だというだけで終わっていた。
今は違う。自分の身体について、少しでも知りたい。シェルドが言った。
「短時間だけだ」
「分かった」
大和は死んだ怪物へ骨刃を刺した。深く。昨日見た大型個体ほどではない。胸部の柔らかい場所。そのまま待つ。
十秒。何もない。二十秒。大和は眉を寄せた。
「分かんないな」
「何も起きない?」
ルシアンが聞く。
「多分」
さらに待つ。三十秒ほど経ったところで、大和は少しだけ違和感を覚えた。それは骨刃を出している右腕ではなく、身体全体にあった。疲れが薄くなったような感覚がある。
「……ん?」
「どうした」
「ちょっと楽になった?」
自分でも曖昧だった。朝から歩いた疲れ。戦闘で使った力。その程度なら、気のせいでも説明できる。大和は骨刃を抜いた。
「これじゃ分かんないな」
ルシアンが記録する。
「変化の可能性。断定不可」
「うん。それでいい」
今日は確認できなかった。それでも良かった。無理に答えを出す必要はない。
◇
二体目、三体目。どちらも通常個体だった。戦い方も以前とは違う。大和が先に全部受けるのではない。アキトたちが止める。
シェルドが位置を指示する。大和は最後に再生を止める。それだけ。
「俺、止め刺す係になってない?」
三体目を倒した後、大和が言った。バルが笑う。
「一番重要だろう」
「何か地味」
「死なない怪物を死なせるんだぞ」
「そう言われるとすごいな」
大和は少し満足した。戦闘そのものは、大型個体との戦いに比べればずっと楽だった。しかし、この方が良い。誰かが吹き飛ばされ、腕を失い、死ぬかもしれない。そんな戦いを毎回する必要はない。少しずつ、確実に怪物を減らす。
それでいい。昼前、探索班から合図が来た。少し大きな個体、建物の中。大和たちはそちらへ向かう。
◇
怪物は古代建造物の一階部分に入り込んでいた。体格は通常個体より一回り大きい。六本脚、背中に白い板状の組織。融合している様子はない。
「強化個体か?」
大和が小声で聞く。ルシアンが答える。
「まだ分からない」
「そうだった」
見ただけでは決めない。それもすっかり癖になった。シェルドが建物を見る。入口は広い。だが内部には柱のような構造が多い。
「中では戦わない」
「外へ出す?」
「ああ」
ロウとバルが左右へ回る。アキトが正面。大和は少し後ろ。まず石を投げる。反応なし。
もう一つ。怪物が動いた。頭部が入口へ向く。アキトが一歩前へ出る。怪物が飛び出した。
速い。通常個体より明らかに速かった。アキトが避ける。怪物はそのまま大和へ来る。
「やっぱ俺?」
骨刃を出す。前脚。避ける。横、別の脚。大和の身体が先に反応した。
踏み込みが変わる。身体を捻る。骨刃の形も途中で短くなる。大型個体との戦いで起きた変化。もう珍しくない。
「左!」
シェルドの声。ロウが横から槍を入れる。怪物の身体が傾く。バルも反対側から刺す。二人の武器が入った部分がすぐに動き始める。
再生。だが、怪物の速度が落ちた。
「今!」
大和が踏み込む。骨刃、首。深く刺す。怪物が暴れる。抜かない。
大和は意識して、そのまま押し込んだ。十秒。怪物の動きが弱くなる。二十秒。黒い組織が広がる。
その時、大和は左腕の痛みに気づいた。いつ付いたのか分からない。小さな裂傷で、戦闘中に脚が掠めたらしい。血が滲んでいる。
大和はその傷を見る。皮膚が閉じていく。速い。いつもの速度。だが、比較できる。
「ルシアン!」
「見てる」
骨刃を抜かない。さらに待つ。裂傷はほぼ消えた。大和は刃を抜いた。怪物は動かない。
「どう?」
ルシアンが大和の左腕を見る。
「傷が小さすぎる」
「やっぱり?」
「普段でも治る」
「だよなあ」
確認にはならない。ただ、大和は妙な感覚を覚えていた。腹が減っていない。むしろ、戦う前より身体が軽い。
「でもさ」
「何」
「やっぱり何か戻ってる気がする」
ルシアンが記録に書き加えた。
「主観」
「それも書くの?」
「必要」
「はいはい」
大和は倒れた怪物を見る。怪物から何かを取っている。本当にそうなら、気持ちがいい話ではない。だが、昨日ほど嫌ではなかった。理由は分からない。
多分、怪物を食べて身体そのものを混ぜているわけではない。少なくとも、見た目には何も変わっていない。そして、自分がやらなければ、この怪物はまた起きる。誰かを襲う。その事実の方が大きかった。
「帰ったらもう一回資料見よう」
「確認する?」
「うん」
大和は怪物から離れた。
「気持ち悪いからって、知らないままにする方が嫌になってきた」
ルシアンは何も言わなかった。ただ、その言葉も記録しているような気がした。
◇
午後、中心区域の東側から南へ、大和たちは少しずつ進んだ。怪物を見つければ倒し、見つからなければ道を確かめる。崩れた場所や危険な建物、使えそうな通路、水が溜まる場所には印を付け、一つずつ地図へ加えていった。
戦わない者たちも後から入り、倒木を除き、簡単な目印を立て、分岐に記号を残す。遺跡都市の中に、少しずつ今を生きている者たちの痕跡が増えていく。ドランが遺跡の道路の端を見ていた。
「ここは直せる」
「本当に?」
「完全には無理だ。ただ、荷車が通る程度なら」
「じゃあ直そう」
大和は即答した。シェルドが振り返る。
「今日は討伐だ」
「後で」
「ならいい」
「最近ちゃんとしてるでしょ」
「前よりは」
大和は笑った。その先には白い区画が見える。さらに奥には、まだ名前も分からない建物が続いている。何があるのか、どんな情報が残っているのか、分からない。
だが、そこへ行く道を作れる。怪物を減らせる。使えるものを探せる。持ち帰れる知識があるかもしれない。今まで、大和は、自分が異世界へ来たと思っていた。
だから、ここは自分の世界ではないという感覚がどこかにあった。人を助け、ここで暮らし、仲間を守っていても、元の世界とは別だった。今は違う。ここも地球だ。壊れ、森になり、怪物だらけになった。それでも、自分が生きる場所と、自分が生まれた世界が初めて一つになった。大和は歩きながら言った。
「ここ、ちゃんと使えるようにしたいな」
アキトが横を見る。
「病院を?」
「それだけじゃなくて」
大和は都市を見回した。
「この辺全部」
アキトは少しだけ笑った。
「広いぞ」
「少しずつでいいよ」
道を一本戻す。怪物を一体減らす。知識を一つ持ち帰る。それを続ければいい。大和には、それが今までよりずっと自然に思えた。




