↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この世界に残るもの  作者: 深空 律
第一部 知らない世界
PR
32/72

第32話 再生

翌朝、大和が知識蔵へ行くと、いつもより人が多かった。アビナ、レティ、ノルア。アキトとシェルド。ルシアンは昨日の記録板を机の上に並べている。ドランまで壁際に座っていた。


「何で全員いるの?」


大和が聞く。アビナが答えた。


「昨日、何か分かったんでしょ」


今日は語尾にニャが付いていない。それだけで、少し真面目な話として待っていたことが分かる。大和は空いている椅子に座った。昨日、端末で見たものを思い返す。日本列島、東京、地球、自分が眠った後の日付。


知識蔵へ戻った時には簡単な記録だけ残した。詳しい話は、まだしていない。


「結論から言うと」


大和は一度言葉を止めた。


「ここ、異世界じゃなかった」


アビナの耳が少し動く。レティが首を傾げた。


「じゃあ、どこなの?」


「俺がいた世界」


誰もすぐには理解しなかった。当然だと思う。大和自身も、昨日まで理解していなかった。


「俺がいたところには地球っていう星があって、その中に日本っていう国があった」


ルシアンが昨日の記録を示す。


「端末の情報に、その名前があった」


「名前だけじゃなくて、地形も同じだった。俺が知ってる場所の名前も出た。それに、記録の日付が俺が眠った後だった」


シェルドが聞いた。


「どれくらい後だ」


「見つけた記録は百年以上。でも、今がその時代って意味じゃない」


「もっと後かもしれない?」


ノルアが聞く。


「うん」


そこはまだ分からない。大和が見たのは、保存された過去の記録だ。ニュースが作られた時期と、今が同じであるはずがない。目の前には廃墟しかない。


「だから俺は別の世界に来たんじゃなくて……ずっと同じ場所にいたみたい」


大和は自分で言いながら、少し変な気分になった。コールドスリープへ入った。次に目を覚ましたら森だった。それだけだった。途中に神様も、転生も、異世界への移動もなかった。


ただ時間だけが過ぎていた。アビナが聞いた。


「じゃあ、ヤマトの家もこの世界にある?」


大和は答えに詰まった。


「場所は……多分」


家があった土地は、今も地球のどこかに存在している。だが――


「家そのものは、もうないと思う」


「何で?」


「時間が経ちすぎてるから」


アビナは黙った。大和は続けた。


「家族も、多分いない」


その言葉だけは、自分で口にすると重かった。百年以上。それだけでも十分だ。今がさらに先なら、考えるまでもない。レティが大和を見る。


「会えないの?」


「うん」


「絶対?」


大和は少し迷った。昨日までなら、たぶん、と答えていたかもしれない。でもこれは違う。普通に考えれば、答えは一つだった。


「……多分、無理だと思う」


レティは何も言わなかった。代わりに大和の近くへ椅子を動かした。それだけだった。大和も何も言わない。慰められているのかもしれないが、そのくらいがちょうどよかった。


◇


話が終わった後も、しばらく誰も知識蔵を出なかった。アビナが昨日の記録を見ている。もちろん、日本語は読めない。


「ヤマトにはこれ全部読めるの?」


「端末に出てた文字なら」


「じゃあ、古代文明の本も読める?」


「残ってればね」


その言葉で、大和は少し考えた。昨日まで、古代文明の遺跡は、分からないものだった。建物を見て、道を見て、残った設備を見て、何に使ったのか想像する。それしかできなかった。でも今は違う。


文字が読める。端末が動けば調べられる。


「かなり色々分かるかもな」


「何が?」


「昔のこともだけど」


大和は知識蔵を見回した。水車、台車、道路、記録方法。自分たちは、自分たちで考えながら少しずつ作ってきた。だが、かつてこの世界には、もっと多くの知識があった。その一部がまだ残っている。


「使えるものもあるかもしれない」


ドランが反応した。


「建物か」


「それもだけど、作り方とか」


「昨日の端末にあるのか」


「病院だから医療が多そうだけど、別の施設にも動く端末があるなら」


そこでシェルドが言った。


「まず周辺を安全にする」


大和は頷いた。


「うん」


以前なら、先に遺跡を見に行きたいと言っていたかもしれない。今は少し違う。動く端末がある。知識が残っている。なら失いたくない。


怪物に壊されるのも嫌だった。


「中心区域の怪物、全部片付けようか」


シェルドが大和を見る。


「全部という言い方は簡単だ」


「分かってる」


中心区域の大型個体を倒したからといって、周辺の怪物が消えたわけではない。むしろ縄張りの主がいなくなったことで、普通の怪物が戻ってくる可能性もある。


「少しずつでいいよ」


大和は言った。


「道を広げて、危ないところを減らして。村から来ても大丈夫な場所にする」


アキトが頷く。


「それならカダにも声を掛けられる」


「うん」


大和は机の上の地図を見る。昨日まで、この都市は知らない場所だった。今は違う。ここも地球だ。自分が知っていた地球とは全く違う。


それでも、自分が生まれた世界の続きだった。


「怪物だらけのままにするの、何か嫌だな」


その言葉がぽつりと出た。誰も答えなかった。大和自身も、それ以上説明できなかった。ただ、今までより少しだけ、怪物を倒す理由が増えた気がした。


◇


その日の午後、大和、アキト、シェルド、ルシアンは白い区画へ向かった。今日はドランを連れていない。目的は端末の調査だけ。


「昨日の続き?」


アキトが聞く。


「うん。ナノマシン」


大和は自分の右腕を見る。世界の正体が分かった。次は自分だ。怪物へ刃を刺した時に回復した。その理由、自分の身体が勝手に変わる理由。


昨日見た資料が、本当に関係しているのか、知りたい。少し怖い。だが、もう「神様にもらった能力」で済ませることはできなかった。白い区画へ入り、端末のある部屋へ向かった。


大和が端末に触れると画面が点き、日本語が表示される。もう驚かない。


「医療情報」


大和は昨日見つけた「再生医療」を選ぶ。その中には、さらに多くの分類があった。組織修復、臓器再建、神経再生、医療用ナノマシン、細胞制御。大和は一覧を見ながら言った。


「こんなの俺に分かるかな」


「読めるんだろう」


シェルドが言う。


「読めるのと分かるのは別だから」


大和は医者でも研究者でもない。専門用語だらけなら、文字が読めても意味は分からない。とりあえず「一般向け」と書かれた項目を選んだ。


「これならいけそう」


映像が始まった。人の身体を簡略化した図、皮膚、筋肉、骨。そこに傷が入る。音声が流れた。


『組織再生では、損傷部位の情報を取得した後、残存組織を基礎として修復を行います』


大和は聞く。映像の傷が塞がっていく。


『小規模な損傷では、患者自身が持つ細胞および体内資源によって修復が可能です』


「体内資源」


大和が小さく言った。次に映ったのは大きな傷だ。今度は一部の組織が完全に失われている。


『一方、大規模な欠損では、再建に必要な物質量が患者自身の供給能力を上回ります』


映像では、傷の修復が途中で遅くなる。大和は画面を凝視した。アキトも気づいたらしい。


「止まった」


「うん」


中心区域の大型個体との戦いを思い出す。腹の傷、膝、肋骨。治っていた。だが、途中から遅くなった。まるで、今の映像と同じ。


音声が続く。


『このため、高速再建を維持するには、外部から水分、タンパク質、脂質、ミネラルその他の構成材料を供給する必要があります』


大和は画面へ近づいた。


「材料がいる」


昨日のニュースでも聞いた。だが、今日はもっとはっきりしている。


「身体を治すのにも、材料が必要なんだ」


ルシアンが記録する。


「当たり前?」


アキトが聞く。大和は少し考えた。


「言われれば当たり前かも」


腕一本がなくなった。それが戻る。なら、その腕を作る何かが必要だ。今までは、治るから治るとしか考えていなかった。


「俺……」


カダで失った左腕を見る。


「あの時、腕丸ごと生えたんだよな」


大量の肉、骨、皮膚、血管。それが数分もかからず戻った。どこから来たのか。その疑問を、今まで持っていなかった。


「何か食べていた?」


アキトが聞く。


「戦ってる最中に?」


「違う。その前」


大和は思い返す。普通に食事はしていた。だが、腕一本を作れるほど何かを食べた覚えはない。


「身体に貯めてた?」


可能性はある。大和は画面を見る。映像は次の説明へ進んだ。


『医療用ナノマシンによる高出力再生では、患者負担を軽減するため、供給された生体材料を必要な構成物質へ分解し、再利用する方式が用いられます』


映像が変わる。組織片が細かく分解され、必要なものだけが選ばれて傷の側へ運ばれる。


大和は黙り、中心区域の大型個体との戦いを思い返した。怪物の胸へ深く刺さった骨刃は、抜こうとしても身体が動かず、長い間そのまま繋がっていた。そして、その時から止まりかけていた傷が急に治り始めた。


「……これか?」


誰に聞いたわけでもない。ルシアンが大和を見る。


「何が」


大和は画面を指した。


「外から材料を取る」


それから自分の右腕を見る。


「俺も、やった?」


誰も答えられない。大和も答えを求めていない。仮説。それだけだ。だが、今までより説明できる。


「俺の中の材料がなくなって、治らなくなった」


ルシアンが記録する。


「仮説」


「うん」


「怪物へ深く刺した後、回復した」


「うん」


「外部材料を利用した可能性」


大和は少し嫌な顔をした。言葉にされると、急に生々しい。


「つまり俺、あいつ食ったみたいなもん?」


「食べてはいない」


シェルドが言う。


「材料を取ったなら似たようなもんじゃん」


アキトが大和を見る。


「嫌なのか」


「ちょっと」


怪物が怪物を食っていた姿を思い出す。身体を取り込む。混ざる。巨大になる。それを見て気持ち悪いと思った。


自分は違うのか。大和は右腕を見る。見た目は普通だ。


「俺も怪物みたいに何か取り込んでる?」


ルシアンがすぐに言う。


「同じとは決まっていない」


大和は少しだけ笑った。


「今日はそっちが止めるんだ」


「事実が足りない」


「そうだね」


その言葉に少し助けられた。同じとは決まっていない。だから、今はそれでいい。


◇


大和は資料をさらに進めた。次の映像には、大量に増える細胞が映った。大和には詳しいことは分からない。ただ、画面の見出しだけは読めた。


「癌細胞利用型再生研究」。大和の指が止まった。


「……癌?」


聞き間違いではない。画面にも書いてある。癌細胞。その文字は大和にとって、どんな古代文明の言葉よりもよく知っているものだった。


自分を殺すはずだった病気。眠りにつく理由になったもの。


「何て書いてある」


ルシアンが聞く。大和はしばらく答えなかった。画面を見たまま言った。


「俺が病気になった原因」


アキトの表情が変わる。


「これが?」


「うん」


大和は自分の胸へ手を当てた。癌、コールドスリープ、ナノマシン、再生、自分の身体。ばらばらだったものが、少しずつ同じ場所へ集まり始めていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。