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この世界に残るもの  作者: 深空 律
第一部 知らない世界
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第23話 地下道

地下への入口を見つけた翌朝、大和は昨日より少し大きな荷物を背負っていた。レティが横から覗き込む。


「重くない?」


「全然」


「じゃあ、もっと持てる?」


「そういう意味じゃない」


大和は笑った。食料と水、灯りの予備、縄、帰り道を示すための布、簡単な工具。地下で何が起きるか分からないので、今回は少しでも異常を感じたら引き返すことになっている。大和が「地下だと空気が悪くなることもある」と言ったせいで、シェルドは昨日からその点も気にしていた。


「お前のところでは、そういうことがあったのか」


「事故とかでは。狭い地下に変な空気が溜まるとか」


「見れば分かる?」


「分からない」


「役に立たないな」


「そこまで言う?」


大和にも地下施設の専門知識などない。知っているのは、危ないことがあるという程度だった。今日の調査隊は大和、アキト、シェルド、ルシアン。そして――


「今日は私」


レティが嬉しそうに手を上げた。前回アビナに「レティはまだ一度も行っていない」と言われたこともあり、今回は彼女が同行する。大和は念を押した。


「中で走り回るなよ」


「走らない」


「知らないもの触るなよ」


「触らない」


「勝手にいなくなるなよ」


「ならない」


横からアビナが口を挟む。


「私の時より条件多いニャ」


「信用の差」


「ひどいニャ!」


シェルドが出発を促した。


「遊びに行くんじゃないぞ」


「分かってます」


大和が答えると、アビナがすぐに言った。


「ヤマトが一番分かってないニャ」


「今日は勝手に触らないって」


ルシアンが大和を見る。


「昨日、扉を触った」


「あれは触らないと始まらなかったでしょう」


「結果論」


「最近ルシアン厳しくない?」


「前から」


「そうだった」


◇


地下入口へ着いたのは昼前だった。周囲は昨日と変わらない。森の中に埋もれた低い白い構造物。その中央に、継ぎ目だけが見える黒い扉がある。大和が前へ出た。


「じゃあ、開けるよ」


昨日と同じ場所へ手を置く。


――ピッ。


細い光が壁の中を走り、低い音とともに扉が左右へ開いた。床の光が奥へ向かって順番に点いていく。レティの耳が立った。


「本当に動いた!」


「昨日も言っただろ」


「見てないから」


レティは扉より大和の手を見ている。


「ヤマトが触らないと駄目?」


「今のところは」


「すごい」


「何で動くか分かってないから、そんなに喜べないけど」


そう言いながら、大和自身は少しだけ嬉しかった。異世界の古代文明、失われた技術、なぜか自分だけが起動できる設備。物語なら、それらしい展開ではある。


「古代遺跡に選ばれた主人公、とか」


小さく呟く。シェルドが聞いた。


「何だ」


「何でもないです」


◇


中へ入る。先頭は大和。その少し後ろをルシアン、中央をレティが歩き、アキトとシェルドが後ろを警戒する。昨日は入口から覗いただけだった。今日は初めて奥へ進む。


床に埋め込まれた細い光は、大和たちの少し先までしか点いていない。大和が進むと、その先が新しく点く。立ち止まれば、光もそれ以上増えない。再び一歩進むと、また先が点いた。


「……ついてくる」


レティが言った。ルシアンが大和だけを前へ行かせて確認する。確かに、大和が進むと先の光が増えた。大和が戻ると、しばらくして遠い場所から順番に暗くなっていく。


「必要なところだけ点けてるみたいだな」


大和が床を見る。


「俺のところなら電気を節約してるって考えるけど」


アキトが聞く。


「電気?」


「力を送って、灯りとか機械を動かすやつ」


「これも?」


「分からない。似た役割の何かかもしれない」


それより不思議なのは、まだ動いていることだった。大和の時代でも、長い間放置された機械が普通に使えるとは思えない。この文明がいつ滅びたかさえ分からないのに、扉も灯りも生きている。


「古代文明、しぶとすぎない?」


レティが笑った。


「ヤマトみたい」


「俺?」


「壊れても治る」


「一緒にしないでほしい」


大和も笑った。古代文明の設備が残ることと、自分の身体が治ることに関係があるとは思わない。ただ、どちらも自分の常識から外れている。今はそれだけだった。


◇


地下通路は予想以上に広かった。五人が横に並んでもまだ余裕がある。壁は白灰色で、地上の遺跡と同じように継ぎ目がほとんどない。ところどころに黒い面が埋め込まれているが、その多くは大和が近づいても反応しなかった。


「全部動くわけじゃないんだ」


レティが聞く。


「壊れてる?」


「多分。それか、俺たちが使い方知らないだけか」


空気も思っていたほど悪くない。むしろ外より乾いており、微かに風まで感じる。大和は天井を見上げた。


「換気してるのかな」


穴らしいものは見当たらない。壁にも目立った隙間はない。それでも、空気はゆっくり動いている。


「どこかでまだ設備が動いてる?」


ルシアンが言う。


「可能性はある」


今度は大和が先に答えた。ルシアンが少しだけ見る。


「覚えた」


「最近それ褒められてるのか分からないんだけど」


◇


しばらく進むと、通路が三方向へ分かれた。正面、左、右。ルシアンが昨日写した遺跡の図を広げる。


「位置はこの辺り」


大和も覗き込む。地下経路と思われる細い線が、ここで何本か分かれている。


「右かな」


「多分」


右側へ進もうとすると、また扉があった。大和は少し嫌そうな顔をする。


「また俺?」


シェルドが答える。


「他に方法がない」


「鍵扱いが定着してきたな」


扉の横へ手を置く。


――ピッ。


光が走った。だが、今度はすぐには開かない。代わりに、壁の黒い面へ細かな線が現れた。


「うわ」


大和は一歩下がる。白い線、円、いくつもの図形。読めない文字のようなもの。それらが次々に現れては消える。


「何してるんだろ」


レティが聞く。


「分かんない」


大和も黒い面を見つめる。画面に見えなくもない。ただし、大和の時代の表示方法とはまるで違う。文字なのか、機械同士の記号なのか、それすら判断できない。しばらくすると、中央に一つだけ光る部分が残った。


大和はシェルドを見る。


「触る?」


「昨日と同じだ。慎重に」


「ちゃんと許可取ったからな」


大和が指先で触れる。淡い光が広がる。何かが大和の周囲で一瞬だけ動いたように感じた。風。いや、空気ではない。


「今、何かした?」


大和が振り返る。アキトが首を振る。


「見えなかった」


ルシアンも黒い面を見ている。


「続けて」


「簡単に言うなあ」


数秒後。


――ピッ。


音が変わった。扉が開く。大和は自分の手を見る。何も変わっていない。


「何を確認したんだ?」


シェルドが聞く。


「俺に聞かないでください」


ルシアンが記録板へ書く。大和が横から読む。


「大和接触後、表示変化。数秒後に開放。条件不明」


「それだけ?」


「それ以上分からない」


「ですよね」


昨日と同じだった。大和に反応している。何を見ているのかは分からない。それ以上の答えを今ここで作る必要もない。


◇


扉の向こうは、さらに幅の広い通路だった。数百メートル進んだところで、左側の壁が突然途切れる。大和は足を止めた。


「……何これ」


巨大な空間が広がっていた。奥が見えない。かなり下まで掘り下げられた人工空間。その底に、何本もの黒く滑らかな帯が平行に続いている。一本ずつが数メートルはある。


人が歩くための通路にしては広すぎる。大和は身を乗り出さないよう気をつけながら下を見る。


「何か走らせてた?」


レティが聞く。


「何を?」


「分かんないけど。道みたい」


大和も同じことを考えていた。自分の時代なら道路や線路を想像する。だが、レールも車線もない。黒い帯の左右には一定間隔で用途不明の構造物が並び、上部にも何本か細い線が走っている。


「乗り物用かな」


アキトが聞く。


「お前のところにもあった?」


「地下を走る乗り物はあった。でも、こんなのじゃない」


大和はしばらく眺めた。用途は分からない。ただ、これだけ大きな設備を作る以上、大量の何かを移動させる必要があったのだろう。人なのか、荷物なのか、別の何かなのか。


「もし移動用なら」


ルシアンが遺跡の図を見る。


「この線は中央部まで続いている」


大和も覗き込んだ。


「街の中心まで行ける?」


「通路が残っていれば」


大和の顔が明るくなる。地上の道路は崩れていた。地下には、それとは別の巨大な経路がある。


「古代文明、本当に街ごと作り方が違うな」


自分の時代にも地下鉄や地下道はあった。似た発想はある。しかし、実物はまるで別物だ。それが大和には面白かった。


「また言ってる」


レティが笑う。


「何が?」


「面白いって顔」


「だって面白いだろ」


「うん」


レティも笑った。


◇


巨大な空間の端に沿って進むと、途中で壁の一部が崩れていた。そこから土と木の根が入り込み、森の匂いが流れてくる。


「外と繋がってる」


アキトが周囲を確認する。怪物の痕跡は見当たらない。さらに先には上へ続く斜面と段差があった。階段に似ているが、大和の時代のものとは少し構造が違う。広い段差の間に緩い斜面が挟まっている。


「上に出られそう」


五人で進む。一番上には、また扉があった。大和が触れると、今度はすぐ開いた。外から強い光が差し込み、全員が目を細める。大和が先に外へ出た。


「……おお」


そこは、昨日まで立ったことのない場所だった。遺跡の道路にあった大きな崩落部を、完全に越えた反対側。ルシアンが地図を確認する。


「合ってる」


「使えるじゃん」


大和は嬉しくなる。地下経路を通れば、崩落した地上道路を迂回できる。中央部へ向かう道が一つ開いた。シェルドが周囲を見る。


「今日はここまでだ」


大和は素直に頷いた。


「うん」


文句を言う必要はなかった。目の前の景色だけで十分だったからだ。森の向こうに、今までとは比べものにならない数の巨大な構造物が見えている。一本ではない。二本、三本。


さらに奥にもある。白、黒、灰色。木々の間から異様な形の建造物が何本も突き出し、一部は高い場所で別の建物と繋がっている。橋のようなものも見える。崩れている場所も多い。


それでも、都市全体の輪郭は残っていた。


「あれ全部、遺跡?」


レティが聞く。大和はしばらく見上げた。


「多分」


そして笑う。


「本当に街だったんだな」


今まで見ていたのは外側だった。ここから先は、遺跡都市の建物が明らかに密集している。大和の時代にも大都市はあった。だが、目の前の構造はどれとも似ていない。自分の時代より先へ進んだ、異世界の古代文明。


大和の中では、その認識がますます強くなっていた。


◇


村へ戻ると、知識蔵に新しい記録が加わった。地下経路の一部は現在も利用可能、設備の一部が稼働。大和が接触すると起動する箇所が複数ある。条件は不明。地下には大規模な移動設備らしき空間がある。


地上の崩落部は迂回可能。その先に、建造物が密集する大規模な都市区域を確認。アビナは最後の項目に食いついた。


「街あったニャ!?」


「でかかった」


「どれくらい?」


「説明難しい」


「ヤマトより大きい?」


「比較がおかしいだろ」


レティが横から言う。


「すごくいっぱいあった」


「レティも説明下手ニャ」


「何で!」


知識蔵が少し騒がしくなる。大和はその横で、ルシアンが書いた「一部設備は大和にのみ反応、条件不明」という記録を見ていた。気にはなる。


だが、今のところ答えはない。ノルアが隣へ来た。


「怖い?」


「少しは」


「でも行く?」


大和は地図を見る。地下経路の先、今日初めて見えた都市の中心方向。


「行く」


迷いはなかった。古代文明の正体を知りたい。自分がなぜ設備を動かせるのかも、そのうち分かるかもしれない。ただし、それはまだ別の話だ。今は、この世界の過去を調べている。


大和はそう思っていた。地図には、地下道を示す新しい線が一本引かれた。その線は、これまで空白だった遺跡都市の中心部へ向かって伸びていた。


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