第22話 起動
遺跡都市を見つけてから、知識蔵の地図は急に狭くなった。もちろん、紙そのものが小さくなったわけではない。今まで大和たちが歩いた範囲が、遺跡で写した図と比べるとあまりにも小さかったのだ。
「俺たち、ここしか知らなかったのか」
大和は机に両手をついた。大和たちの村、カダ村、それを繋ぐ道、水場、最初の遺跡、そして前回確認した遺跡都市の外縁部。それなりに広い範囲を歩いたつもりだった。だが遺跡から写してきた図へ重ねると、ほんの一角に過ぎない。遺跡都市らしき範囲はさらに北と西へ広がり、特に中央部には大小の構造物が密集して何本もの太い線が集まっている。
「ここが中心だったんだろうな」
大和が指すと、ルシアンが答えた。
「可能性は高い」
「でも遠い」
ノルアが横から地図を覗く。
「距離だけなら、行けないほどじゃない」
シェルドが言った。
「問題は道だ」
遺跡で写した図には道がある。現在も存在するとは限らない。建物が倒れているかもしれない。地面そのものが崩れているかもしれない。そして何より。
怪物がいる。
「だから今日は、ここまで」
シェルドが中央部へ向かう太い線の途中を指した。前回調べた場所から、さらに西へ伸びている古い道。そこを追い、中央部へ向かえるか確認する。遺跡の内部調査ではない。中心部攻略でもない。
ただの道調べ。
「地味だな」
大和が言うと、シェルドが見る。
「嫌なら残るか」
「行きます」
即答した。ノルアが少し笑った。今日は彼女も同行する。遺跡内部へ入らないこと、危険があればすぐ戻ること、その条件で人数を一人増やした。大和、アキト、シェルド、ルシアン、ノルア。
アビナは当然のように抗議したが、前回行ったので今回は留守番になった。出発直前まで、
「不公平ニャ」
と言っていた。
「平等だよ」
大和はそう答えたが、
「レティはまだ一回も行ってないニャ」
と言われ、返事に困った。そのうちレティも連れていく必要がありそうだった。
◇
前回確認した遺跡都市の外縁部までは、かなり歩き慣れてきた。白灰色の道路、森の中から現れる人工物、建物の基礎、広場らしき空間。最初は一つ見つけるたびに足を止めていた大和も、今では少し慣れている。それでも、理解できるようになったわけではない。
「やっぱりすごいよな」
大和は道路へ視線を落とした。巨大な木の根が下へ入り込んでいる。路面は押し上げられていたが、完全には割れていない。何層もの素材がゆっくり曲がったような形で残っている。どれほど長い間、誰も補修せずにいたのかは分からない。それでも道が道として残っている。
「俺のいたところなら、もっとボロボロになってそう」
ノルアが聞いた。
「ヤマトのところの道は弱かった?」
「弱いっていうか、普通に壊れるよ。穴も開くし、直してたし」
「これは直さなくてよかった?」
「分かんない。でも」
大和は足元を軽く踏んだ。
「作った人たちは、長く使うつもりだったんじゃないかな」
ルシアンが振り向く。
「どれくらい」
「それが分かったら苦労しない」
大和は笑った。以前から気になっていることがある。この古代文明の遺物は、どれも異常に長持ちしている。道、外壁、黒い柱、薄い板、乗り物かもしれない細長い構造物。自分の時代より高度な技術なら、百年や二百年単位の耐久性を最初から求めていたとしても不思議ではない。
大和の中で、古代文明の像が少しずつ具体的になる。長く使える物を作り、少ない手入れで巨大な都市を維持していた文明。それほどの文明が、今はない。その落差だけは、何度考えても気味が悪かった。
◇
前回の地点から西へ進む。遺跡で写した図では大きな道が続いている。実際にも、しばらくは追えた。だが、一時間ほど進んだところで――
「これは無理だな」
大和が立ち止まった。道の前方が、地面ごと大きく落ちている。幅は数十メートルあり、深さもかなりある。古い川筋かと思ったが、水はほとんど流れていない。崖の断面には、白や黒の管、蜂の巣のような空洞、何層にも重なった構造など、大量の人工物が露出していた。
「道の下にこんなにあったのか」
大和は崖の縁から覗き込む。見た目は道路だった。だがその下には、大量の設備らしきものが埋め込まれていた。
「この線」
ルシアンが遺跡の図を見る。
「道だけじゃなかった可能性がある」
「水とか電気とか?」
大和が言う。
「お前のところでは?」
「道路の下に色々通してた。水道とか、ガスとか、電気とか」
アキトが崖を見る。
「これも同じ?」
「考え方は似てる。でも規模が違いすぎる」
直径一メートル近い管まであるが、何に使うのかは分からない。しかも金属に見えるものはほとんどなく、白、黒、半透明と材質もさまざまだ。どれも長期間露出していたとは思えないほど形を保っている。大和は一つの破断面を覗いた。外側の層の内側に細い繊維が走り、そのさらに内側にも別の層がある。
「古代文明、何でも一体化して作ってるな」
「一体化?」
ノルアが聞く。
「俺のいたところだと、もっと部品が分かれてる感じ。これは壁も道も設備も、最初から全部まとめて作ったように見える」
本当にそうなのかは分からない。だが、大和にはそう見えた。シェルドが左右を確認する。
「迂回路を探す」
遺跡の図には、少し南にもう一本細い線がある。そこを使えば崩落部の向こうへ回れる可能性がある。大和たちは引き返し、南へ入った。
◇
細い線の正体は、道ではなかった。少なくとも、地上には何もない。ルシアンが周辺を確認しながら言った。
「位置はこの辺り」
大和も地図を見る。
「でも森しかない」
ノルアが少し先へ行き、地面を見た。
「これ」
ノルアが草を退けると、地面に真っ直ぐ伸びる黒い線が現れた。幅は指二本ほどで、そのまま地面へ埋め込まれている。線を追うと、数メートル先で大きな円形を描き、その向こうに低い白い壁があった。ほとんど地面と同化している。
「入口?」
大和が言った。壁の中央には高さ二メートルほどの黒い面があり、左右に細い継ぎ目が見える。扉のようだが取っ手はない。前回の遺跡でも見た形だった。
「地下道かもしれない」
大和は少し興奮した。シェルドがすぐ言う。
「今日は内部調査ではない」
「分かってるって」
大和は扉の前まで行った。何も起きない。
「やっぱり壊れてるか」
ノルアも横から覗き込む。壁には取っ手も穴もなく、押せそうな場所すら見当たらない。
「開けられる?」
ルシアンに聞かれ、大和は肩をすくめた。
「俺に聞かれても。こういうの、俺の時代なら近づいたら勝手に開いたんだけど」
半分冗談で言いながら、黒い面へ手をついた。
――ピッ。
小さな音がした。全員が止まる。大和も手を離した。
「……今の何?」
音は消えた。ルシアンがすぐに言う。
「もう一度」
「実験みたいになってない?」
「いいから」
「はい」
もう一度、同じ場所へ触れる。
――ピッ。
今度は確かだった。扉の脇を細い光が走る。一本、二本と増え、白い壁の内部から青白い線が浮かび上がった。
「うわ」
ノルアが一歩下がり、アキトが武器へ手を掛ける。シェルドも大和へ声を飛ばした。
「離れろ」
「俺もそう思う」
大和が手を離しても、光は消えなかった。壁の奥から、低い振動音が響く。長い間止まっていたはずの何かが動き始める。中央の黒い線が左右へ分かれ、扉がゆっくり開いた。
「……動いた」
大和は思わず笑った。中は暗い。森の湿った空気とは違う、乾いた空気がわずかに流れ出してくる。さらに奥では、床に埋め込まれた細い光が一つずつ点き始めた。
「すげえ」
それしか出なかった。自分の時代にも自動扉や自動照明はあった。だが、目の前にあるものは、いつ作られたのかも分からない古代文明の設備だ。森に埋もれたまま、それでもまだ動く。
「古代文明、本気でおかしいだろ」
大和が笑う一方、ノルアは扉ではなく大和を見ていた。
「何でヤマトが触ったら動いたの?」
大和の笑みが少し止まる。
「……それは俺も知りたい」
ルシアンがノルアを見る。
「同じ場所を触って」
ノルアは慎重に手を置いた。何も起きない。もう一度。やはり反応しない。アキト、シェルド、ルシアンも順番に試したが、結果は同じだった。
最後に大和が触れる。
――ピッ。
壁の光が一瞬だけ強くなる。全員が黙った。
「……俺だけ?」
「今のところは」
ルシアンが答える。大和は自分の手と扉を見比べた。
「何を見てるんだろうな、これ」
温度か。触れ方か。身体から出ている何かなのか、あるいは、単に大和が何か偶然の条件を満たしているだけなのか。候補はいくらでも考えられるが、どれも確かめる方法がない。
「異世界に来た時の能力と関係あったりして」
大和が半分冗談で言うと、シェルドが冷静に返した。
「根拠は?」
「ありません」
「なら決めるな」
「はい」
ルシアンは記録板へ短く、「設備は大和にのみ反応、条件不明」と書いた。大和は横から確認して頷く。
「それでいい。今分かるのはそこまで」
◇
開いてしまった以上、中を見たくなる。大和は暗い通路を覗き込んだ。床の光は奥へ続いている。
「駄目ですよね」
横を見なくても答えは分かっていた。
「駄目だ」
シェルドが即答する。
「今日は道の確認だ」
「分かってます」
三秒ほど中を見た。
「ちょっとだけ――」
「駄目だ」
「最後まで言ってない」
「言わなくても分かる」
ノルアが笑った。
「アビナと同じ」
「違うって」
今回は本当に入らなかった。代わりに入口だけを確認する。扉はかなり厚い。内部には植物がほとんど入り込んでおらず、床にも思ったほど埃が積もっていない。アキトが奥を見た。
「怪物の跡もない」
「閉じてたなら入れなかったのかも」
大和が答える。ルシアンは遺跡の図を広げていた。
「この細い線」
昨日まで用途が分からなかった線が、今いる入口付近から都市の内側へ伸びている。大和も地図を覗く。
「地下道?」
「可能性はある」
「これが向こう側まで続いてたら、崩れた道を迂回できるな」
シェルドが頷く。
「次は中を調べる」
大和は嬉しそうに言った。
「次は入っていいんだ」
「準備してからだ」
「分かってます」
今日の目的は中央部へ向かう道を探すことだった。地上の道は崩れていた。代わりに、まだ動く古代文明の経路らしきものを見つけた。それだけでも十分な成果だった。
◇
帰る前に、扉が閉じるかだけ確認することになった。しばらく待っても開いたままだ。大和がもう一度、最初に触れた場所へ手を置く。
――ピッ。
扉がゆっくり閉じ始めた。
「おお」
完全に閉じると光も消える。試しにもう一度触れる。
――ピッ。
また開いた。大和は少し笑った。
「俺、鍵みたいになってる」
ノルアが聞く。
「嬉しい?」
「ちょっと面白い。でも、ちょっと怖い」
それが本音だった。理由が分からない。それでも、今はそれ以上考えても答えは出ない。大和は最後に扉を閉じた。
「帰ろう」
◇
知識蔵へ戻ったのは、日が落ちる少し前だった。話を聞いたアビナは予想通り騒いだ。
「動いたニャ!?」
「動いた」
「光った?」
「光った」
「扉も?」
「開いた」
「何で私がいない時に!」
「そこ?」
アビナは本気で悔しそうだった。ドランの反応は別方向だった。
「まだ動くのか」
「少なくとも、扉と灯りみたいなものは」
「外せないか」
「いきなり解体しないでください」
「構造を見たい」
「俺も見たいけど、まず使えるか調べましょう」
その横で、ルシアンが記録をまとめる。遺跡都市西側、地上経路は大規模崩落。地下、あるいは建物内部を通る経路らしき入口を確認。設備の一部は現在も稼働。そして最後に、「大和にのみ反応、条件不明」と書き添えた。ノルアがその一文を見る。
「気になる?」
大和も板を見る。
「気にはなる。でも、考えても分かんない」
レティが聞いた。
「ヤマトのいた世界と関係ある?」
大和は首を振る。
「これと同じものは、俺のいた世界にはなかったよ。俺が知らない仕組みで動いてるんだから、今は古代文明の技術って考えるしかないだろ」
それ以上の結論は出さなかった。理由は分からない。なら、記録して次に確かめればいい。その夜、知識蔵の地図には新しい線が一本加わった。地上ではない。
遺跡都市の下を通っているかもしれない経路。その入口には、他の遺跡とは違う印と、「動く」という一語が付けられた。長い間、森に埋もれていた古代文明の設備が、大和たちの前で初めて起動した。




