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この世界に残るもの  作者: 深空 律
第一部 知らない世界
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18/71

第18話 道を戻す

翌朝、大和が目を覚まして外へ出ると、村の入口が妙に騒がしかった。男たちが斧や鋸を運び、荷車には縄や木材が積まれている。ドランまで大きな工具箱を抱えて歩いていた。


「何してるんです?」


大和が尋ねると、ドランが足を止めた。


「道を直す」


「今日?」


「昨日、直せると分かったんだろう」


「いや、そうなんだけど……早くない?」


ドランは不思議そうな顔をした。


「遅くする理由があるのか?」


「ないです」


最近、この村では同じような返答を何度も聞いている気がする。できると分かった。必要だと分かった。ならやる。大和が頭の中で「そのうち」と考えている間に、シェルドたちはもう人数と道具を決めてしまう。


村の入口には二十人近くが集まっていた。アキトとシェルドもいる。ルシアンは荷物の確認をしていた。


「アビナは?」


大和が辺りを見る。


「いるニャ」


真上から声がした。見上げる。入口の木の枝にアビナが座っていた。


「何でそこにいるの?」


「見てるニャ」


「降りて手伝えよ」


「出発したら手伝う」


「今も作業中なんだけど」


アビナは聞こえなかったように遠くを見る。その少し後ろでは、レティとノルアが食料を籠へ詰めていた。大和は意外に思う。


「二人も行くの?」


レティが振り返る。


「行くよ!」


「危なくない?」


「怪物が出たら前に出ない」


「本当に?」


「本当!」


横からシェルドが言った。


「今日は討伐隊ではない」


大和が振り返る。


「分かってます」


「道を直すための人員が必要だ。怪物が出た場合だけ、俺たちが対応する」


「なるほど」


そこまで聞いて、大和はようやく今日の意味を理解した。怪物を倒しに行くのではない。昨日確認した道を、本当に使える状態へ戻す。そのためには戦える者だけでは足りない。木を切る者、土を均す者、荷物を運ぶ者、食事を用意する者。


村の仕事として、多くの人手が必要になる。


「なんか本格的だな」


大和が呟くと、アキトが笑った。


「遊びで道は戻らない」


「ですよね」


やがて一行は村を出た。


◇


最初の倒木までは、昨日と同じ道だった。大和たちが怪物を倒した場所には、すでに死体がない。正確には、死体は道からかなり離れた場所へ移してある。怪物の死体をどう処理するかは、まだ決まっていなかった。燃えるのか、腐り切るのか、毒があるのか、何も分からない。


そのため今は、生活圏から遠ざけて記録だけ残している。


「これも調べた方がいいよな」


大和が言うと、ルシアンが頷いた。


「腐り方も」


「そこまで見る?」


「普通の動物と違うかもしれない」


「確かに」


知識蔵を作ってから、ルシアンは以前にも増して何でも記録したがるようになった。大和が言い出したことなのに、今では自分より熱心な気がする。最初の倒木へ到着すると、作業はすぐ始まった。大木が道を横切るように倒れている。大和が見上げる。


「これ、俺が持ち上げた方が早くない?」


ドランが即答した。


「持ち上げるだけならな」


「どかせばいいんじゃないの?」


「どこへ置く」


「……横?」


「その横に木がある」


見ると、確かにある。


「じゃあ、その木も――」


ドランが大和を見る。


「全部お前がやるのか?」


大和は止まった。


「いや」


「なら、誰でもできる方法で直す」


「はい」


まただ。大和なら力任せに動かせる。でも、それでは大和がいない時に同じことができない。ドランたちは倒木を短く切り、何本かの丸太に分けてから道の外へ運ぶ方法を選んだ。


「じゃあ俺は何すれば?」


「切ったものを運べ」


「結局力仕事じゃん」


「向いている」


「否定できない」


大和は切り分けられた太い幹を抱えた。かなり重いが、今の身体なら問題なく持てる。以前なら力加減を誤り、運ぶ前に木を壊していたかもしれない。今は、持ち上げて歩き、必要な場所へ壊さず置ける。


「上達したニャ」


横からアビナが言う。


「何で偉そうなの?」


「前は何でも壊してた」


「最近壊してないだろ」


「昨日怪物いっぱい壊したニャ」


「それはいいんだよ」


アビナが笑う。作業は思ったより早く進んだ。倒木を切り分け、伸びた枝と草を払っていくと、昨日見つけた古い路面が少しずつ姿を現した。大和は作業の途中でしゃがみ、表面を叩いてみた。


「やっぱり石じゃないよな」


灰色がかった表面は硬いが、一枚岩ではない。欠けた断面にはいくつもの薄い層と細い繊維状のものが見える。道路としての役割は分かるのに、材料は大和の知識にない。ノルアが隣へ来た。


「ヤマトのところにもあった?」


「舗装した道はあった。でも、これと同じものは見たことない」


「作れる?」


「無理。何でできてるかも分からないし」


答えが早すぎたのか、ノルアが笑った。大和は路面を撫でる。昨日は道を戻すことばかり考えていたが、改めて見ると妙に気になる。それでも今は、誰がいつ作ったのかを考えるより、使えるものを使う方が先だった。昼前には最初の区間が通れるようになった。


試しに荷車を走らせる。車輪が古い路面の上を進む。森の土より明らかに軽い。ドランが後ろから荷車を見ていた。


「使えるな」


「でしょ?」


大和がなぜか得意になる。


「お前が作ったわけじゃない」


「分かってるよ」


それでも、道があり、そこを荷車が通れるだけで運べる量は大きく変わる。大和は一輪車を作った時のことを思い出した。便利な道具一つでも仕事は変わる。道そのものなら、その影響はもっと大きい。


◇


午後になる頃、カダ村側からも人が来た。ロウを先頭に十人ほどだ。両方の村が別方向から道を整え、途中で合流する予定になっている。


「早かったな」


大和が言う。ロウが笑った。


「そっちも」


「シェルドたちが朝からやるって」


「こっちもガルドが同じこと言った」


大和は少し笑った。村が違っても、考えることは似ている。カダ村側は大和たちより道の状況をよく知っていた。崩落箇所では土を戻すだけではなく、木を組んで端を補強する。水が流れ込む場所には小さな溝を掘る。


大和はそれを見て感心した。


「ちゃんと道路工事してる」


ロウが聞く。


「道路工事?」


「道を直す仕事」


「それならそうだ」


「俺の世界だと専門の人がやってた」


「ヤマトは?」


「見てただけ」


ロウが笑った。


「本当に何も作れないんだな」


「最近みんな遠慮なくなってない?」


そこへレティが笑いながらやって来た。


「ヤマトは壊すの得意だよ!」


「味方いないの?」


それでも大和は楽しかった。木を切る者がいて、運ぶ者がいて、土を均す者や道幅を測る者もいる。昨日までほとんど知らなかった二つの村の住人が、同じ場所で一緒に働いていた。


「こういうのが交流ってやつか」


大和が言うと、シェルドが横から答える。


「まだ道を直しているだけだ」


「細かいなあ」


「道が完成して、実際に人と物が動いてからだ」


「はいはい」


だがシェルドの言う通りだった。道は作るだけでは意味がない。人と物が行き来し、それが続いて初めて二つの村は本当に繋がる。大和がそう考えていた時、ルシアンが作業の手を止めた。大和もすぐに気づく。


「いる?」


ルシアンが森を見る。


「音が消えた」


周囲から鳥や虫の声が減っている。シェルドが手を上げると、作業は一斉に止まった。武器を持たない者は道の中央へ集まり、戦える者が外側を固める。昨日までなら大和は真っ先に前へ出ていただろう。今日は待った。


ルシアンが気配を探り、アキトが槍を構え、シェルドが全体を見ている。大和も広い道の上で、自分の位置を決めた。


「来る」


ルシアンの声とほぼ同時に、森から一体の怪物が現れた。四脚。頭部から長い骨が伸びている。見たことのない形ではあるが、融合した痕跡はなく、身体は一個体としてまとまっていた。昨日の巨大な異形を見た後では、それだけで少し安心してしまう。


怪物の目が作業中の者たちを順番に追い、やがて一人のところで止まった。大和ではない。


「誰?」


視線の先にいたのは、カダ村から来た若い男だった。まだ少年に近い。大和も名前を知らない。怪物が低く身体を沈める。


「下がれ!」


シェルドが叫ぶ。少年が走り出し、怪物もその後を追った。


「また特定の人を!」


大和は地面を蹴り、すぐに怪物へ追いついた。その瞬間、怪物の側面から長い骨が突き出す。大和が身体を反らすと、鋭い先端が胸のすぐ前を通り過ぎた。


「危なっ!」


大和が一度距離を取る間に、アキトが怪物の進路を塞ぎ、槍を肩へ入れた。怪物はいったんアキトへ攻撃を返したが、すぐに標的の少年へ向き直った。


「やっぱり狙ってる!」


大和の右腕から骨刃が伸びる。シェルドの声。


「大和、右から!」


「了解!」


以前より、連携の形が身体に入っている。シェルドが怪物の動きを制限し、アキトが少年との間へ入る。ルシアンは長い骨の攻撃範囲を見ている。大和は正面を避け、側面へ回った。怪物が気づいて骨を振る。


かわしてさらに一歩入ると、標的だった少年から怪物の視線が外れた。


「今!」


アキトが槍を脚へ入れ、怪物の体勢を崩した。大和は胸へ骨刃を深く突き刺し、すぐに抜く。暴れた怪物が長い骨を振るうが、それを避けて同じ場所へもう一度入った。新しい能力は必要ない。何をすれば怪物の再生を止められるかは、もう知っている。


傷口が黒く変色し、再生が止まる。数秒後、怪物は地面へ倒れた。


「……早いな」


自分でも思う。シェルドが死体を確認する。


「終わりだ」


作業していた者たちの緊張が少しずつ解ける。狙われた少年は、その場に座り込んでいた。大和が近づく。


「大丈夫?」


少年は頷いた。顔が青い。あれだけ狙われれば当然だった。


「怪我は?」


「ない」


「よかった」


少年は大和を見た後、地面に倒れた怪物へ視線を移した。


「俺を狙ってた」


「そうみたい」


「何で?」


大和は答えられない。


「分からない」


少年の耳が少し伏せる。レティ、ミナ、そして今度はこの少年。怪物が特定の亜人を狙う現象は何度も起きている。それでも、理由は全く分からない。大和はルシアンを見る。


「記録する?」


ルシアンはもう板を出していた。


「当然」


「早いな」


名前、年齢、村、場所、怪物の形。怪物が誰をどの順番で見て、最終的に誰を狙ったのか、ルシアンは分かる限り記録していく。大和はそれを見て、少しだけ気持ちが楽になった。分からないなら残しておく。後で情報が増えれば、何か見えてくるかもしれない。


シェルドが周囲を見回した。


「作業を再開する」


大和が驚く。


「もう?」


「他にいる気配はない」


「いや、そうだけど」


「道を直しに来た」


いつも通りの答えに、大和は笑った。


「はいはい」


◇


夕方、二つの村から伸ばしていた作業区間がついに繋がった。最後に残っていたのは、道の中央へ倒れた一本の木だった。大和たちはその周囲に集まっていた。ドランが幹を見る。


「切る」


大和が聞く。


「俺が持ち上げたら?」


ドランが大和を見る。


「今日はよく働いた」


「じゃあ?」


「持ち上げろ」


「やった」


大和は太い幹の下へ手を入れた。かなり重いが、力を入れるとゆっくり持ち上がる。


「うおっ」


以前なら勢い余って投げていたかもしれない。今は周囲を確認しながら横へ運び、道の外へ静かに下ろせる。それでも地面は、どん、と大きく揺れた。大和は手を払った。


「完璧」


アビナが言う。


「壊さなかったニャ」


「そこ褒めるのやめて」


笑い声が広がる。大和たちの前には一本の道が続いていた。まだ完全ではない。草も残り、崩れた場所も応急処置にすぎない。それでも歩ける。


荷車も通れる。カダ村から大和たちの村まで、道が繋がった。シェルドが道を見る。


「明日、荷車を通す」


カダ村のバルが頷く。


「麦を持ってくる」


ドランが言う。


「こっちから木材を出せる」


レティが手を上げた。


「パン!」


大和が笑う。


「それは麦が来てからだろ」


「じゃあ明日!」


「早いな!」


すぐに皆が、何を運ぶか、誰が行くか、荷車へどれだけ積めるかを話し始める。大和は少し離れ、道の真ん中に立った。目覚めた時は一人だった。人を探して村を見つけ、その村が今、別の村と一本の道で繋がった。それだけで、昨日までより世界が大きくなったように見えた。


「ヤマト」


ノルアが隣へ来る。


「何?」


「嬉しそう」


「そう?」


「うん」


大和は少し考え、森の向こうへ続く道を見た。


「なんか、増えた感じがする」


「何が?」


「行ける場所」


少し間を置く。


「知ってる人も」


ノルアは道を見る。


「まだ増える?」


大和は笑った。


「多分」


怪物を減らせば、道が戻る。道が戻れば、さらに先へ行ける。そこには別の村があるかもしれない。古い建物や、自分のことを知る手掛かりがあるかもしれない。それでも今、大和が一番楽しみにしていたのは、明日カダ村の人たちが荷車を引いてこの村へ来ることだった。


◇


翌日の昼前、村の入口で子供の声が上がった。


「来た!」


大和は知識蔵から外へ飛び出した。道の向こうに荷車が見える。一台、二台、三台。犬型の亜人たちの中には、ロウとバルもいた。荷台には麦の袋が積まれ、後ろには帰りに木材などを載せるための空荷の車も続いている。


「本当に来た」


大和は思わず笑った。レティが横を走り抜ける。


「ロウ!」


アビナも出てきた。


「カダの人ニャ!」


村人たちが集まる。カダ村の者たちも少し緊張しているようだったが、表情は明るい。ロウが大和を見つけて手を上げた。


「ヤマト!」


大和も手を上げる。


「ようこそ!」


言ってから、少し恥ずかしくなった。自分は村の代表でもない。まあ、いいか。荷車が村へ入り、その日初めてカダ村の麦が大和たちの倉庫へ運び込まれた。代わりに、木材、薬草、干した川魚が帰りの荷へ積まれていく。


そしてカダ村の者たちは、水車を見に行った。


「これ?」


ロウが聞く。


「これ」


大和が少し得意そうに答える。水が流れ、車輪が回り、その回転が軸を通して石臼へ伝わる。ロウは口を開けたまま眺め、バルも黙って構造を追っている。カダ村から来た職人らしい男はすぐ水車へ近づき、ドランと話し始めた。軸の太さや水量、使う木材、向こうの川ならどこへ置くか。途中から大和にはよく分からなくなった。


「俺いらないな」


ルシアンが横で答える。


「最初からそこまで必要ない」


「もうちょっと言い方ない?」


でも、それでいい。大和が知っていた「水車」という考え方は、この村でドランたちの手によって実物になった。今度はそれがカダ村へ渡り、向こうの川や材料に合わせて別の形になるかもしれない。その方が面白い。大和は知識蔵へ目を向けた。


水車だけではない。記録も持っていける。一輪車も見せられる。逆にカダ村で使われている方法や知識も、こちらへ持ち帰れる。


「シェルド」


少し離れた場所で荷の確認をしていたシェルドが振り返る。


「何だ」


「カダ村にも知識蔵を作らない?」


シェルドが一瞬止まった。


「なぜ」


「こっちの記録を全部持っていくの大変でしょ。向こうにも写して置いておけばいい」


「向こうで変えたところも記録する」


シェルドが先を言った。


「そう。それをまたこっちへ持ってくる」


シェルドはしばらく黙った。大和も最近、この沈黙の意味が分かってきた。考えている。


「やる」


「早い」


「問題があるか」


「ないです」


大和は笑った。一本の道が繋がっただけだ。それなのに、人が動き、物が動き、技術が動く。記録まで二つの村を行き来しようとしている。村の中には昨日までいなかった人が歩き、知らない声が聞こえる。


荷車の出入りも増えた。少しだけ騒がしい。大和は、その騒がしさが嫌いではなかった。世界が動き始めている。そんな気がした。


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