第18話 道を戻す
翌朝、大和が目を覚まして外へ出ると、村の入口が妙に騒がしかった。男たちが斧や鋸を運び、荷車には縄や木材が積まれている。ドランまで大きな工具箱を抱えて歩いていた。
「何してるんです?」
大和が尋ねると、ドランが足を止めた。
「道を直す」
「今日?」
「昨日、直せると分かったんだろう」
「いや、そうなんだけど……早くない?」
ドランは不思議そうな顔をした。
「遅くする理由があるのか?」
「ないです」
最近、この村では同じような返答を何度も聞いている気がする。できると分かった。必要だと分かった。ならやる。大和が頭の中で「そのうち」と考えている間に、シェルドたちはもう人数と道具を決めてしまう。
村の入口には二十人近くが集まっていた。アキトとシェルドもいる。ルシアンは荷物の確認をしていた。
「アビナは?」
大和が辺りを見る。
「いるニャ」
真上から声がした。見上げる。入口の木の枝にアビナが座っていた。
「何でそこにいるの?」
「見てるニャ」
「降りて手伝えよ」
「出発したら手伝う」
「今も作業中なんだけど」
アビナは聞こえなかったように遠くを見る。その少し後ろでは、レティとノルアが食料を籠へ詰めていた。大和は意外に思う。
「二人も行くの?」
レティが振り返る。
「行くよ!」
「危なくない?」
「怪物が出たら前に出ない」
「本当に?」
「本当!」
横からシェルドが言った。
「今日は討伐隊ではない」
大和が振り返る。
「分かってます」
「道を直すための人員が必要だ。怪物が出た場合だけ、俺たちが対応する」
「なるほど」
そこまで聞いて、大和はようやく今日の意味を理解した。怪物を倒しに行くのではない。昨日確認した道を、本当に使える状態へ戻す。そのためには戦える者だけでは足りない。木を切る者、土を均す者、荷物を運ぶ者、食事を用意する者。
村の仕事として、多くの人手が必要になる。
「なんか本格的だな」
大和が呟くと、アキトが笑った。
「遊びで道は戻らない」
「ですよね」
やがて一行は村を出た。
◇
最初の倒木までは、昨日と同じ道だった。大和たちが怪物を倒した場所には、すでに死体がない。正確には、死体は道からかなり離れた場所へ移してある。怪物の死体をどう処理するかは、まだ決まっていなかった。燃えるのか、腐り切るのか、毒があるのか、何も分からない。
そのため今は、生活圏から遠ざけて記録だけ残している。
「これも調べた方がいいよな」
大和が言うと、ルシアンが頷いた。
「腐り方も」
「そこまで見る?」
「普通の動物と違うかもしれない」
「確かに」
知識蔵を作ってから、ルシアンは以前にも増して何でも記録したがるようになった。大和が言い出したことなのに、今では自分より熱心な気がする。最初の倒木へ到着すると、作業はすぐ始まった。大木が道を横切るように倒れている。大和が見上げる。
「これ、俺が持ち上げた方が早くない?」
ドランが即答した。
「持ち上げるだけならな」
「どかせばいいんじゃないの?」
「どこへ置く」
「……横?」
「その横に木がある」
見ると、確かにある。
「じゃあ、その木も――」
ドランが大和を見る。
「全部お前がやるのか?」
大和は止まった。
「いや」
「なら、誰でもできる方法で直す」
「はい」
まただ。大和なら力任せに動かせる。でも、それでは大和がいない時に同じことができない。ドランたちは倒木を短く切り、何本かの丸太に分けてから道の外へ運ぶ方法を選んだ。
「じゃあ俺は何すれば?」
「切ったものを運べ」
「結局力仕事じゃん」
「向いている」
「否定できない」
大和は切り分けられた太い幹を抱えた。かなり重いが、今の身体なら問題なく持てる。以前なら力加減を誤り、運ぶ前に木を壊していたかもしれない。今は、持ち上げて歩き、必要な場所へ壊さず置ける。
「上達したニャ」
横からアビナが言う。
「何で偉そうなの?」
「前は何でも壊してた」
「最近壊してないだろ」
「昨日怪物いっぱい壊したニャ」
「それはいいんだよ」
アビナが笑う。作業は思ったより早く進んだ。倒木を切り分け、伸びた枝と草を払っていくと、昨日見つけた古い路面が少しずつ姿を現した。大和は作業の途中でしゃがみ、表面を叩いてみた。
「やっぱり石じゃないよな」
灰色がかった表面は硬いが、一枚岩ではない。欠けた断面にはいくつもの薄い層と細い繊維状のものが見える。道路としての役割は分かるのに、材料は大和の知識にない。ノルアが隣へ来た。
「ヤマトのところにもあった?」
「舗装した道はあった。でも、これと同じものは見たことない」
「作れる?」
「無理。何でできてるかも分からないし」
答えが早すぎたのか、ノルアが笑った。大和は路面を撫でる。昨日は道を戻すことばかり考えていたが、改めて見ると妙に気になる。それでも今は、誰がいつ作ったのかを考えるより、使えるものを使う方が先だった。昼前には最初の区間が通れるようになった。
試しに荷車を走らせる。車輪が古い路面の上を進む。森の土より明らかに軽い。ドランが後ろから荷車を見ていた。
「使えるな」
「でしょ?」
大和がなぜか得意になる。
「お前が作ったわけじゃない」
「分かってるよ」
それでも、道があり、そこを荷車が通れるだけで運べる量は大きく変わる。大和は一輪車を作った時のことを思い出した。便利な道具一つでも仕事は変わる。道そのものなら、その影響はもっと大きい。
◇
午後になる頃、カダ村側からも人が来た。ロウを先頭に十人ほどだ。両方の村が別方向から道を整え、途中で合流する予定になっている。
「早かったな」
大和が言う。ロウが笑った。
「そっちも」
「シェルドたちが朝からやるって」
「こっちもガルドが同じこと言った」
大和は少し笑った。村が違っても、考えることは似ている。カダ村側は大和たちより道の状況をよく知っていた。崩落箇所では土を戻すだけではなく、木を組んで端を補強する。水が流れ込む場所には小さな溝を掘る。
大和はそれを見て感心した。
「ちゃんと道路工事してる」
ロウが聞く。
「道路工事?」
「道を直す仕事」
「それならそうだ」
「俺の世界だと専門の人がやってた」
「ヤマトは?」
「見てただけ」
ロウが笑った。
「本当に何も作れないんだな」
「最近みんな遠慮なくなってない?」
そこへレティが笑いながらやって来た。
「ヤマトは壊すの得意だよ!」
「味方いないの?」
それでも大和は楽しかった。木を切る者がいて、運ぶ者がいて、土を均す者や道幅を測る者もいる。昨日までほとんど知らなかった二つの村の住人が、同じ場所で一緒に働いていた。
「こういうのが交流ってやつか」
大和が言うと、シェルドが横から答える。
「まだ道を直しているだけだ」
「細かいなあ」
「道が完成して、実際に人と物が動いてからだ」
「はいはい」
だがシェルドの言う通りだった。道は作るだけでは意味がない。人と物が行き来し、それが続いて初めて二つの村は本当に繋がる。大和がそう考えていた時、ルシアンが作業の手を止めた。大和もすぐに気づく。
「いる?」
ルシアンが森を見る。
「音が消えた」
周囲から鳥や虫の声が減っている。シェルドが手を上げると、作業は一斉に止まった。武器を持たない者は道の中央へ集まり、戦える者が外側を固める。昨日までなら大和は真っ先に前へ出ていただろう。今日は待った。
ルシアンが気配を探り、アキトが槍を構え、シェルドが全体を見ている。大和も広い道の上で、自分の位置を決めた。
「来る」
ルシアンの声とほぼ同時に、森から一体の怪物が現れた。四脚。頭部から長い骨が伸びている。見たことのない形ではあるが、融合した痕跡はなく、身体は一個体としてまとまっていた。昨日の巨大な異形を見た後では、それだけで少し安心してしまう。
怪物の目が作業中の者たちを順番に追い、やがて一人のところで止まった。大和ではない。
「誰?」
視線の先にいたのは、カダ村から来た若い男だった。まだ少年に近い。大和も名前を知らない。怪物が低く身体を沈める。
「下がれ!」
シェルドが叫ぶ。少年が走り出し、怪物もその後を追った。
「また特定の人を!」
大和は地面を蹴り、すぐに怪物へ追いついた。その瞬間、怪物の側面から長い骨が突き出す。大和が身体を反らすと、鋭い先端が胸のすぐ前を通り過ぎた。
「危なっ!」
大和が一度距離を取る間に、アキトが怪物の進路を塞ぎ、槍を肩へ入れた。怪物はいったんアキトへ攻撃を返したが、すぐに標的の少年へ向き直った。
「やっぱり狙ってる!」
大和の右腕から骨刃が伸びる。シェルドの声。
「大和、右から!」
「了解!」
以前より、連携の形が身体に入っている。シェルドが怪物の動きを制限し、アキトが少年との間へ入る。ルシアンは長い骨の攻撃範囲を見ている。大和は正面を避け、側面へ回った。怪物が気づいて骨を振る。
かわしてさらに一歩入ると、標的だった少年から怪物の視線が外れた。
「今!」
アキトが槍を脚へ入れ、怪物の体勢を崩した。大和は胸へ骨刃を深く突き刺し、すぐに抜く。暴れた怪物が長い骨を振るうが、それを避けて同じ場所へもう一度入った。新しい能力は必要ない。何をすれば怪物の再生を止められるかは、もう知っている。
傷口が黒く変色し、再生が止まる。数秒後、怪物は地面へ倒れた。
「……早いな」
自分でも思う。シェルドが死体を確認する。
「終わりだ」
作業していた者たちの緊張が少しずつ解ける。狙われた少年は、その場に座り込んでいた。大和が近づく。
「大丈夫?」
少年は頷いた。顔が青い。あれだけ狙われれば当然だった。
「怪我は?」
「ない」
「よかった」
少年は大和を見た後、地面に倒れた怪物へ視線を移した。
「俺を狙ってた」
「そうみたい」
「何で?」
大和は答えられない。
「分からない」
少年の耳が少し伏せる。レティ、ミナ、そして今度はこの少年。怪物が特定の亜人を狙う現象は何度も起きている。それでも、理由は全く分からない。大和はルシアンを見る。
「記録する?」
ルシアンはもう板を出していた。
「当然」
「早いな」
名前、年齢、村、場所、怪物の形。怪物が誰をどの順番で見て、最終的に誰を狙ったのか、ルシアンは分かる限り記録していく。大和はそれを見て、少しだけ気持ちが楽になった。分からないなら残しておく。後で情報が増えれば、何か見えてくるかもしれない。
シェルドが周囲を見回した。
「作業を再開する」
大和が驚く。
「もう?」
「他にいる気配はない」
「いや、そうだけど」
「道を直しに来た」
いつも通りの答えに、大和は笑った。
「はいはい」
◇
夕方、二つの村から伸ばしていた作業区間がついに繋がった。最後に残っていたのは、道の中央へ倒れた一本の木だった。大和たちはその周囲に集まっていた。ドランが幹を見る。
「切る」
大和が聞く。
「俺が持ち上げたら?」
ドランが大和を見る。
「今日はよく働いた」
「じゃあ?」
「持ち上げろ」
「やった」
大和は太い幹の下へ手を入れた。かなり重いが、力を入れるとゆっくり持ち上がる。
「うおっ」
以前なら勢い余って投げていたかもしれない。今は周囲を確認しながら横へ運び、道の外へ静かに下ろせる。それでも地面は、どん、と大きく揺れた。大和は手を払った。
「完璧」
アビナが言う。
「壊さなかったニャ」
「そこ褒めるのやめて」
笑い声が広がる。大和たちの前には一本の道が続いていた。まだ完全ではない。草も残り、崩れた場所も応急処置にすぎない。それでも歩ける。
荷車も通れる。カダ村から大和たちの村まで、道が繋がった。シェルドが道を見る。
「明日、荷車を通す」
カダ村のバルが頷く。
「麦を持ってくる」
ドランが言う。
「こっちから木材を出せる」
レティが手を上げた。
「パン!」
大和が笑う。
「それは麦が来てからだろ」
「じゃあ明日!」
「早いな!」
すぐに皆が、何を運ぶか、誰が行くか、荷車へどれだけ積めるかを話し始める。大和は少し離れ、道の真ん中に立った。目覚めた時は一人だった。人を探して村を見つけ、その村が今、別の村と一本の道で繋がった。それだけで、昨日までより世界が大きくなったように見えた。
「ヤマト」
ノルアが隣へ来る。
「何?」
「嬉しそう」
「そう?」
「うん」
大和は少し考え、森の向こうへ続く道を見た。
「なんか、増えた感じがする」
「何が?」
「行ける場所」
少し間を置く。
「知ってる人も」
ノルアは道を見る。
「まだ増える?」
大和は笑った。
「多分」
怪物を減らせば、道が戻る。道が戻れば、さらに先へ行ける。そこには別の村があるかもしれない。古い建物や、自分のことを知る手掛かりがあるかもしれない。それでも今、大和が一番楽しみにしていたのは、明日カダ村の人たちが荷車を引いてこの村へ来ることだった。
◇
翌日の昼前、村の入口で子供の声が上がった。
「来た!」
大和は知識蔵から外へ飛び出した。道の向こうに荷車が見える。一台、二台、三台。犬型の亜人たちの中には、ロウとバルもいた。荷台には麦の袋が積まれ、後ろには帰りに木材などを載せるための空荷の車も続いている。
「本当に来た」
大和は思わず笑った。レティが横を走り抜ける。
「ロウ!」
アビナも出てきた。
「カダの人ニャ!」
村人たちが集まる。カダ村の者たちも少し緊張しているようだったが、表情は明るい。ロウが大和を見つけて手を上げた。
「ヤマト!」
大和も手を上げる。
「ようこそ!」
言ってから、少し恥ずかしくなった。自分は村の代表でもない。まあ、いいか。荷車が村へ入り、その日初めてカダ村の麦が大和たちの倉庫へ運び込まれた。代わりに、木材、薬草、干した川魚が帰りの荷へ積まれていく。
そしてカダ村の者たちは、水車を見に行った。
「これ?」
ロウが聞く。
「これ」
大和が少し得意そうに答える。水が流れ、車輪が回り、その回転が軸を通して石臼へ伝わる。ロウは口を開けたまま眺め、バルも黙って構造を追っている。カダ村から来た職人らしい男はすぐ水車へ近づき、ドランと話し始めた。軸の太さや水量、使う木材、向こうの川ならどこへ置くか。途中から大和にはよく分からなくなった。
「俺いらないな」
ルシアンが横で答える。
「最初からそこまで必要ない」
「もうちょっと言い方ない?」
でも、それでいい。大和が知っていた「水車」という考え方は、この村でドランたちの手によって実物になった。今度はそれがカダ村へ渡り、向こうの川や材料に合わせて別の形になるかもしれない。その方が面白い。大和は知識蔵へ目を向けた。
水車だけではない。記録も持っていける。一輪車も見せられる。逆にカダ村で使われている方法や知識も、こちらへ持ち帰れる。
「シェルド」
少し離れた場所で荷の確認をしていたシェルドが振り返る。
「何だ」
「カダ村にも知識蔵を作らない?」
シェルドが一瞬止まった。
「なぜ」
「こっちの記録を全部持っていくの大変でしょ。向こうにも写して置いておけばいい」
「向こうで変えたところも記録する」
シェルドが先を言った。
「そう。それをまたこっちへ持ってくる」
シェルドはしばらく黙った。大和も最近、この沈黙の意味が分かってきた。考えている。
「やる」
「早い」
「問題があるか」
「ないです」
大和は笑った。一本の道が繋がっただけだ。それなのに、人が動き、物が動き、技術が動く。記録まで二つの村を行き来しようとしている。村の中には昨日までいなかった人が歩き、知らない声が聞こえる。
荷車の出入りも増えた。少しだけ騒がしい。大和は、その騒がしさが嫌いではなかった。世界が動き始めている。そんな気がした。




