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この世界に残るもの  作者: 深空 律
第一部 知らない世界
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17/72

第17話 道

カダ村へ戻ると、昨日とは空気がまるで違っていた。怪物に壊された柵や家はまだそのままだし、村人の中には怪我をしている者もいる。それでも、水場が戻ったという知らせはすでに広がっていた。広場では何人もの村人が桶を並べている。久しぶりに十分な水を使えるからなのか、子供たちは朝から水を掛け合って怒られていた。


「昨日まで怪物いた場所の水なんだけどな」


大和が言うと、隣を歩いていたロウが笑った。


「川は怪物のものじゃない」


「それもそうか」


村の中央にある一番大きな家へ案内される。昨日、大和に頭を下げた老人が待っていた。カダ村のまとめ役らしい。大和は勝手に村長だと思っていたが、実際に聞くと少し違った。


「村長ではない?」


「そういう呼び方はしない」


老人は答えた。名前はガルド。カダ村では、家々の代表から何人かを選び、その中で最も長く村の調整を担っている者が中心になるらしい。最終的にガルドが話をまとめることが多い。ただし、何でも一人で決められるわけではない。


大和は少し感心した。


「ちゃんとしてるな」


「何がだ」


シェルドが聞く。


「いや、もっと村長が全部決める感じかと思ってた」


「そんな村は長く続かない」


「ですよね」


自分が思っていたより、亜人の社会はずっと普通だった。普通という言い方が正しいかは分からない。少なくとも、大和が勝手に想像していた「異世界の小さな村」よりは、ずっと現実的だった。ガルドの家には大和たちだけでなく、カダ村の者が七人ほど集まっていた。ロウとミナもいる。


机の上には粗い紙のようなものが広げられている。地図だった。大和たちの村にあるものより簡単だが、周辺の川、森、丘、道らしき線が描かれている。ガルドがその一本を指した。


「昔は、この道を使っていた」


カダ村から西へ延びる線。途中で森を抜け、大和たちの村の方向へ続いている。大和が覗き込んだ。


「俺たちが来た道とは違う?」


ロウが頷く。


「昨日は近道を使った」


「こっちの方が遠い?」


「少しだけ」


ガルドが説明する。昔は荷物を運ぶために使われていた、幅の広い道らしい。しかし数年前から怪物の目撃が増えた。一度は荷を運んでいた一団が襲われ、何人も怪我をした。それ以降、使う者が減った。


草木が伸び、今では一部しか残っていない。


「だから新しい道を作りたい?」


大和が聞いた。ガルドは首を振った。


「違う」


地図の線をもう一度なぞる。


「昔の道を戻したい」


大和は少し笑った。水場と同じだった。新しいものを作るのではない。怪物に奪われ、使えなくなったものを取り戻す。


「それなら分かりやすい」


シェルドが聞く。


「道の周辺に怪物は何体いる」


ガルドは別の男を見る。男が答えた。


「正確には分からない。最近確認したのは三体」


「融合したものは?」


その質問に、部屋が少し静かになった。ガルドが大和たちを見る。


「昨日のようなものを言っているのか」


「そうだ」


シェルドが頷く。ガルドは首を振った。


「私は初めて見た」


他の者も同じだった。ロウも言う。


「俺も」


ミナも頷く。


「昔から?」


ルシアンが尋ねた。ガルドはしばらく考えた。


「怪物にも大きいもの、小さいもの、硬いもの、速いものはいる。だが、昨日のあれのように身体がいくつも混ざったものは知らない」


大和とルシアンが顔を合わせた。


「一回も?」


大和が念を押す。


「少なくとも、この村では聞いたことがない」


シェルドが腕を組む。昨日、大和たちは一つの可能性を考えた。怪物は他の怪物を食う。食えば強くなる。なら、放置すればどんどん強い怪物が増えるのではないか。


しかし、目の前のカダ村は、長い間怪物と付き合ってきた。それなのに、融合個体を誰も知らない。大和は首を傾げた。


「じゃあ、昨日の奴って相当珍しい?」


ルシアンがすぐに答える。


「まだ分からない」


「ですよね」


「一つの村が知らないだけかもしれない」


「うん」


「逆に、本当に少ないのかもしれない」


大和は地図を見る。


「じゃあ昨日考えた、放っとくと全部ああなるっていうのも?」


「分からない」


「そればっかりだな」


「分からないことを決める方がおかしい」


「それはそう」


大和は素直に頷いた。現時点で分かっているのは、あの怪物が別の怪物を食い、その身体を取り込んだ。それだけだ。全部の怪物がそうするのか、一部だけなのか、どれくらい頻繁に起こるのか。何も分からない。


シェルドが話を戻す。


「道を確認しよう」


ガルドが頷く。


「こちらからも人を出す」


「何人」


「二人」


それから少し話し合い、カダ村からはロウと、もう一人の男が同行することになった。男の名前はバル。大柄な犬型で、普段は狩りと周辺の見回りを担当しているらしい。大和はバルを見た。


「怪我は?」


「ない」


「走れる?」


バルが怪訝な顔をする。


「お前よりは遅い」


「そこ基準にしなくていいです」


昨日から、大和の速度は明らかにおかしい。比較されても困る。ガルドが地図を畳もうとした時、大和は気になっていたことを聞いた。


「道が戻ったら、何を運ぶんです?」


「麦」


ガルドは即答した。


「ここは麦が多い。そちらは?」


大和はシェルドを見る。自分の村なのに、自分よりシェルドの方が当然詳しい。


「木材。薬草。川魚もある」


「塩は?」


「少ない」


「こちらもだ」


大和は聞きながら少し楽しくなってきた。村によって取れるものが違う。なら交換できる。そんな当たり前のことが、怪物のせいで難しくなっていた。


「水車も見せたいな」


思わず口に出す。ガルドが聞き返した。


「水車?」


「あ」


大和はシェルドを見る。「説明していい?」という視線を送ったつもりだった。シェルドはため息をついた。


「昨日から何度も話そうとしていたな」


「だって便利だから」


「説明しろ」


大和は笑った。


「じゃあ」


地図の端。空いているところへ指で円を描く。


「うちの村で、水の力を使って石臼を回すものを作ったんです」


「水が石臼を?」


「直接じゃなくて……」


そこで大和は止まった。説明するのは苦手だった。


「見た方が早いです」


ルシアンが横から言う。


「こいつに説明させると余計分からなくなる」


「そこまで?」


「昨日も水車の仕組みを説明できなかっただろ」


「結果できたじゃん」


「ドランが作った」


「俺が言い出した!」


少し笑いが起きた。大和も笑う。ガルドは興味を持ったようだった。


「それも道が通れば見られる?」


「もちろん」


大和が答えた瞬間、少しだけ実感が湧いた。道が繋がれば、大和たちがカダ村へ来られるだけではない。カダ村の者もこちらへ来られる。人が行き、物が行き、知識も行く。知識蔵に残したものをカダへ持っていき、逆に向こうの知識も持ち帰れる。


「面白くなってきたな」


大和が呟く。シェルドが横目で見る。


「まだ道を確認していない」


「分かってます」


「怪物もいる」


「それも分かってます」


「なら行くぞ」


「はい」


◇


カダ村を出たのは昼前だった。今回は六人。大和、アキト、シェルド、ルシアン。カダ村からロウとバル。目的は討伐そのものではない。


昔使われていた道を確認し、怪物がいるなら位置と数を調べる。倒せるものは倒す。危険なら戻る。シェルドが最初にそう決めた。大和は以前なら「全部倒せばいい」と考えたかもしれない。


今は違う。怪物を倒すことは手段であり、目的は道を戻すことだ。森へ入って一時間ほどで、バルが立ち止まった。


「ここだ」


大和は周囲を見る。


「道?」


最初は分からなかった。見えるのは普通の森と、低い藪に埋もれた細長い空間だけだ。だが、よく見ると木々の間だけ不自然に幅があり、左右には古い排水溝のような窪みも残っていた。


「昔はもっと広かった」


バルが草を踏み分けると、その下から硬い路面が現れた。大和はしゃがみ込み、土を払う。色は灰色に近いが、石を敷いたものでも、彼が知るアスファルトやコンクリートでもない。表面は長い年月で傷み、ところどころ割れている。それでも、割れた部分には薄い層と細い繊維のようなものが見え、かなり広い範囲が一体の構造として残っていた。


「古い道?」


ロウが頷いた。


「多分」


「これ、作ったの?」


「昔の人が」


大和は路面を指で叩いた。硬い。用途は道路だと分かるのに、何でできているのかは分からない。


「俺のところにも舗装した道はあったけど、これは違うな」


アキトが聞く。


「作れるか?」


「無理。そもそも材料が分からない」


気にはなったが、今日は遺跡を調べに来たわけではない。重要なのは、この古い路面がまだ荷車を通せる状態で残っていることだった。草を取り除けば、地面から新しく道を作る必要はない。


「これ、かなり使えるんじゃない?」


シェルドも道幅を確認している。


「木を切る必要はある」


「でも地面はある」


バルが言った。


「北側は崩れている場所もある」


「そこだけ直せばいい?」


「多分」


大和は少し笑った。またゼロから作るのではなく、残っているものを使う。最近はそればかりだ。しばらく進むと、道は何度も草木や倒木、土砂に隠れた。一部では完全に土の下へ消えている。


それでも大まかな方向は追える。途中でルシアンが止まり、大和も足を止めた。


「いる?」


「一体」


「どこ」


「前」


全員が武器を構える。大和も右腕へ意識を向けたが、まだ刃は出さない。倒木の向こうから、中型の四脚怪物が現れた。特別大きくもなく、身体に融合した痕跡もない。最近見慣れてきた「普通の怪物」だ。


そう考えてから、大和は少し嫌な気持ちになった。こんなものを普通だと感じるようになっている。怪物の視線がバル、ロウ、アキト、シェルド、ルシアンと移り、最後に大和で止まった。


「はいはい」


大和は一歩前へ出た。


「俺だよね」


怪物が走り出した。大和は慌てない。速くもなく、地中へ潜るわけでも、腕が増えているわけでもない。ただ正面から突っ込んでくる。


「大和、右へ」


シェルドの指示に従い、大和は怪物を引きつけて右へ動いた。怪物が追う間に、左側へ回ったアキトの槍が脚へ入る。体勢が崩れた。大和はすぐ戻り、右腕から細長い刺突形の骨刃を伸ばす。この相手なら、もう意識しなくても身体が適した形を選ぶ。


胸へ一撃。怪物が暴れたため一度離れ、再生が始まった同じ場所へもう一度、今度は深く刺す。組織が黒く変色し、怪物は数秒後に崩れ落ちた。


「終わり?」


ルシアンが少し待ってから頷いた。


「終わり」


バルが怪物と大和を交互に見る。


「……早いな」


大和も死体を見る。


「俺もそう思う」


最初は一体の怪物相手に逃げ回り、腕を裂かれ、何度も死ぬと思った。今は仲間がいる。怪物の動きも分かり、身体も戦い方を覚えている。


「慣れたくはないんだけどな」


アキトが言う。


「慣れなければ死ぬ」


「それもそう」


死体は道の外へ移した。大和が殺した怪物はもう戻らない。少なくとも、この場所の危険は一つ減った。さらに一時間ほど進んだところで、今度は怪物の方が先に大和たちへ気づいた。茂みから六脚の個体が飛び出す。


速い。


「大和!」


アキトが叫ぶ。


「分かってる!」


大和の脚が熱を持つ。地面を蹴り、怪物の突進を横へかわした。以前なら驚いた速度でも、今は見える。怪物が反転する前に距離を詰め、側面へ拳を叩き込む。怪物が転がり、大和は追った。


骨刃が伸びる。だが、まだ刺さない。


「アキト!」


大和が叫ぶと、アキトはすぐ意味を理解した。槍で前脚を止め、シェルドが後ろ脚へ入る。怪物の動きが一瞬止まったところで、大和が胸へ深く骨刃を刺した。一度引き、もう一度。黒い変色が広がり、戦いは終わった。


本当に早い。バルがまた大和を見る。


「昨日の話を聞いた時は」


「何?」


「もっと一人で全部やるのかと思った」


大和は怪物の死体から刃を抜く。


「無理ですよ」


「でも殺したのはお前だ」


「最後だけ」


大和はアキトたちを見る。


「止めてくれる人いないと、普通に食らうんで」


シェルドが言う。


「食らっても治るだろう」


「痛いんですよ」


「なら避けろ」


「最近みんな厳しくない?」


ルシアンが答えた。


「最初から」


大和は笑った。バルも少し笑う。最初に会った時より表情が柔らかくなっていた。今日倒した二体は、どちらも通常個体だった。融合の痕跡はない。


さらに道を進むと、足跡や木の傷、黒い体液など怪物の痕跡はいくつか見つかった。それでも融合個体らしいものは見当たらない。夕方近く、バルが道の脇を指した。


「ここ」


古い木の幹に、深い傷が残っていた。


「前に襲われた場所だ」


ロウの表情も少し硬くなる。


「荷を運んでた人たちが?」


「ああ」


大和は周囲を見回したが、怪物の姿はない。


「その時の怪物は?」


「分からない」


「一体?」


「二体見た」


「今は?」


ルシアンが周辺を調べる。しばらくして戻ってきた。


「新しい痕跡はない」


シェルドが地図へ印を付ける。


「ここは現時点では問題なし」


大和は少し考える。


「怪物、もっといると思ってた」


ロウも頷いた。


「昔はここを避けてたから」


危険だと思われた場所は、長い間誰も使わなくなる。すると実際の状況が分からないまま、頭の中では危険だけが大きくなっていく。怪物が何十体もいるような場所に思えてくる。だが実際に来て確認すると、今日見つけたのは二体だけだった。


「調べないと分からないもんだな」


大和が言った。ルシアンが横で頷いた。


「だから記録する」


「知識蔵向きだね」


「帰ったら書く」


「俺も?」


「お前も」


「文字まだ遅いんだけど」


「練習になる」


「逃げ道ないな」


その日のうちに、大和たちは道のほぼ全体を確認した。完全に塞がれている場所が二か所、荷車では通れない倒木が五か所、小規模な崩落が一か所、怪物は二体、両方討伐。少なくとも今日見た範囲では、融合個体はゼロ。シェルドがまとめる。


「人を出せば戻せる」


バルが聞いた。


「何日くらいだ」


「人数次第だ」


「カダから十人出せる」


アキトが言う。


「こちらからも出せる」


大和は二人を見る。


「もう決まってる感じ?」


シェルドが答える。


「問題がないならやる」


「早いなあ」


「何を待つ」


「いや、別に」


大和は笑った。こういう時は、自分よりシェルドたちの方がずっと早い。大和が「村が繋がったら面白そうだ」と考えている間に、彼らは必要な人数と作業量を考える。役割が違う。それでいい。


古い道を抜けると、見覚えのある森へ戻った。日が傾き始めた頃、木々の間から村の屋根が見える。


「帰ってきた」


大和は思わず言った。ロウが聞く。


「ここがお前たちの村?」


「そう」


何となく、少し誇らしい。木々の間から村の入口が見えた。そこに猫耳の影がある。大和が目を細めるより早く、向こうもこちらに気づいた。


「ヤマト!」


アビナが走ってくる。


「帰ってきたニャ!」


「ただいま」


目の前まで来ると、アビナは大和の顔から両腕、服まで順番に確認した。


「怪我した?」


「いっぱい」


耳が伏せる。


「でも治った」


すぐに戻る。


「怪物の変なのは?」


「第一声それ?」


「お土産!」


「持ってきてないよ!」


アビナは露骨に不満そうな顔をした。


「何でニャ!」


「持って帰りたくないだろ、あんなの!」


その声を聞いたのか、村の中からレティ、ノルア、ドランたちも出てくる。レティが真っ先に走ってきた。


「ヤマト!」


「ただいま」


「遅い!」


「一泊したから」


「聞いた!」


「誰から?」


「知らない!」


「それ絶対聞いてないだろ」


レティは笑い、大和も笑った。少し離れたところにいたノルアとも目が合う。


「帰ってきた」


大和が言う。


「うん」


ノルアも少し笑った。


「水車直す?」


「そこ覚えてた?」


「帰ってくる理由にしてたから」


「覚えてるなあ」


そこでアビナが、大和たちの後ろに立つロウとバルに気づいた。


「誰ニャ?」


「ああ。カダ村の人」


村人たちの視線が二人へ向く。ロウとバルも少し緊張したように姿勢を正した。大和は続ける。


「道を見てきた」


シェルドがその先を引き取った。


「昔の道を戻せる」


村人たちの空気が変わった。カダ村とは昔、交流があった。怪物が増え、使えなくなった道。それが再び使えるかもしれない。ドランがすぐに聞く。


「荷車は通れるか」


「直せば」


「倒木は?」


「五か所」


「大きさは?」


「明日見せる」


「分かった」


大和はそのやり取りを聞きながら笑った。やっぱり早い。


「それと、カダ村に水車を見せたい」


ドランが一瞬止まる。


「水車を?」


「うん」


「持っていくのか」


「持ってかないよ! 見に来てもらう」


ドランは少し考えた。


「作りたいのか」


「多分」


ロウが横から言う。


「村の人が興味持ってた」


「なら見ればいい」


ドランの答えも早かった。道があるだけで話が進む。人が来れば、水車を見せられる。作り方を伝えられる。逆に、カダ村のやり方も知れる。


アビナが大和の横へ来た。


「カダ村、面白い?」


「犬が多い」


「ニャ……」


明らかに微妙な顔をする。


「何その反応」


「猫は?」


「少しいる」


「ならいいニャ」


「何が?」


「行ってみたい」


「結局それか」


大和は村を見た。昨日まで、自分たちの村の外はほとんど知らなかった。今はカダ村を知っている。水場を知っている。そこへ続く道も知っている。


世界が少し広くなった。不思議なのは、広くなったぶん、この村が前よりはっきり「帰る場所」に見えることだった。


◇


その夜、大和たちは知識蔵へ集まった。カダ村で起きたことを一つずつ整理する。融合個体。共食い。水場、道、そして大和の身体に起きた変化。


ノルアが大和の話を文字へ直し、ルシアンが怪物の形を描く。シェルドは地図へ道を書き足した。大和も覚えたばかりの文字で記録を手伝う。かなり遅い。


「これ、いつ終わる?」


ノルアが大和の板を見る。


「その字、違う」


「先に言って」


「今気づいた」


「全部消す?」


「そこだけ」


「よかった」


その横では、ルシアンが別の板を作っていた。


「何それ」


「融合個体」


「何書いてる?」


「確認数」


「一」


大和は首を傾げた。


「一? 今日の奴も融合してたよね」


「完全な融合個体として確認したのは一体。途中の個体は別に記録する」


「細かいな」


「必要だ」


ルシアンは項目を分けた。共食い確認、一。融合途中、一。大型融合、一。数字にして並べると、思っていたより少ない。


昨日の大和の頭の中では、怪物があちこちで食い合い、そのうち強い個体ばかりになるようなイメージができていた。だが、カダ村ではあの巨大な融合個体を誰も見たことがなかった。今日、道で出会ったのも通常個体だけだ。


「やっぱり、まだ分からないな」


ノルアが聞く。


「何が?」


「怪物の共食い。昨日は、放っておけばどんどんああなるのかと思ったけど」


ルシアンが言う。


「そうとは限らない」


「うん。思ってたのと違うかも」


「だから記録する」


大和は少し笑った。


「便利だな、知識蔵」


「お前が作れと言ったんだろ」


シェルドが言う。


「そうだけど。自分の考えが間違ってた時にも使えるんだなって」


ノルアが顔を上げた。


「間違ったことも残す?」


大和は少し考えた。


「残した方がいいと思う」


「どうして?」


「何でそう思ったか分かるから」


昨日、怪物が別の怪物を食い、身体を取り込むところを見た。だから、時間が経てばもっと強くなるのではないかと考えた。その推論自体は、見たものから考えれば不自然ではない。でも、新しい情報が増えれば結論は変わる。


「正解だけ残すより、その時どう考えたかも残した方が、後で分かりやすそう」


ルシアンが少しだけ大和を見る。


「珍しくいいこと言った」


「珍しくはいらない」


ノルアは笑いながら新しい板を取り、その一番上に文字を書いた。


「何て書いた?」


「考えたこと」


「そのまま?」


「分かりやすいでしょ」


「確かに」


知識蔵に、新しい種類の記録が増えた。見たもの。作ったもの。失敗したもの。そして、その時に考えたこと。その夜、二つの村を結ぶ道が地図の上へ一本の線として加わった。


まだ草に埋もれ、倒木もあり、崩れた場所もある。昨日までは使えない道だった。今は、戻せる道になった。


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