第17話 道
カダ村へ戻ると、昨日とは空気がまるで違っていた。怪物に壊された柵や家はまだそのままだし、村人の中には怪我をしている者もいる。それでも、水場が戻ったという知らせはすでに広がっていた。広場では何人もの村人が桶を並べている。久しぶりに十分な水を使えるからなのか、子供たちは朝から水を掛け合って怒られていた。
「昨日まで怪物いた場所の水なんだけどな」
大和が言うと、隣を歩いていたロウが笑った。
「川は怪物のものじゃない」
「それもそうか」
村の中央にある一番大きな家へ案内される。昨日、大和に頭を下げた老人が待っていた。カダ村のまとめ役らしい。大和は勝手に村長だと思っていたが、実際に聞くと少し違った。
「村長ではない?」
「そういう呼び方はしない」
老人は答えた。名前はガルド。カダ村では、家々の代表から何人かを選び、その中で最も長く村の調整を担っている者が中心になるらしい。最終的にガルドが話をまとめることが多い。ただし、何でも一人で決められるわけではない。
大和は少し感心した。
「ちゃんとしてるな」
「何がだ」
シェルドが聞く。
「いや、もっと村長が全部決める感じかと思ってた」
「そんな村は長く続かない」
「ですよね」
自分が思っていたより、亜人の社会はずっと普通だった。普通という言い方が正しいかは分からない。少なくとも、大和が勝手に想像していた「異世界の小さな村」よりは、ずっと現実的だった。ガルドの家には大和たちだけでなく、カダ村の者が七人ほど集まっていた。ロウとミナもいる。
机の上には粗い紙のようなものが広げられている。地図だった。大和たちの村にあるものより簡単だが、周辺の川、森、丘、道らしき線が描かれている。ガルドがその一本を指した。
「昔は、この道を使っていた」
カダ村から西へ延びる線。途中で森を抜け、大和たちの村の方向へ続いている。大和が覗き込んだ。
「俺たちが来た道とは違う?」
ロウが頷く。
「昨日は近道を使った」
「こっちの方が遠い?」
「少しだけ」
ガルドが説明する。昔は荷物を運ぶために使われていた、幅の広い道らしい。しかし数年前から怪物の目撃が増えた。一度は荷を運んでいた一団が襲われ、何人も怪我をした。それ以降、使う者が減った。
草木が伸び、今では一部しか残っていない。
「だから新しい道を作りたい?」
大和が聞いた。ガルドは首を振った。
「違う」
地図の線をもう一度なぞる。
「昔の道を戻したい」
大和は少し笑った。水場と同じだった。新しいものを作るのではない。怪物に奪われ、使えなくなったものを取り戻す。
「それなら分かりやすい」
シェルドが聞く。
「道の周辺に怪物は何体いる」
ガルドは別の男を見る。男が答えた。
「正確には分からない。最近確認したのは三体」
「融合したものは?」
その質問に、部屋が少し静かになった。ガルドが大和たちを見る。
「昨日のようなものを言っているのか」
「そうだ」
シェルドが頷く。ガルドは首を振った。
「私は初めて見た」
他の者も同じだった。ロウも言う。
「俺も」
ミナも頷く。
「昔から?」
ルシアンが尋ねた。ガルドはしばらく考えた。
「怪物にも大きいもの、小さいもの、硬いもの、速いものはいる。だが、昨日のあれのように身体がいくつも混ざったものは知らない」
大和とルシアンが顔を合わせた。
「一回も?」
大和が念を押す。
「少なくとも、この村では聞いたことがない」
シェルドが腕を組む。昨日、大和たちは一つの可能性を考えた。怪物は他の怪物を食う。食えば強くなる。なら、放置すればどんどん強い怪物が増えるのではないか。
しかし、目の前のカダ村は、長い間怪物と付き合ってきた。それなのに、融合個体を誰も知らない。大和は首を傾げた。
「じゃあ、昨日の奴って相当珍しい?」
ルシアンがすぐに答える。
「まだ分からない」
「ですよね」
「一つの村が知らないだけかもしれない」
「うん」
「逆に、本当に少ないのかもしれない」
大和は地図を見る。
「じゃあ昨日考えた、放っとくと全部ああなるっていうのも?」
「分からない」
「そればっかりだな」
「分からないことを決める方がおかしい」
「それはそう」
大和は素直に頷いた。現時点で分かっているのは、あの怪物が別の怪物を食い、その身体を取り込んだ。それだけだ。全部の怪物がそうするのか、一部だけなのか、どれくらい頻繁に起こるのか。何も分からない。
シェルドが話を戻す。
「道を確認しよう」
ガルドが頷く。
「こちらからも人を出す」
「何人」
「二人」
それから少し話し合い、カダ村からはロウと、もう一人の男が同行することになった。男の名前はバル。大柄な犬型で、普段は狩りと周辺の見回りを担当しているらしい。大和はバルを見た。
「怪我は?」
「ない」
「走れる?」
バルが怪訝な顔をする。
「お前よりは遅い」
「そこ基準にしなくていいです」
昨日から、大和の速度は明らかにおかしい。比較されても困る。ガルドが地図を畳もうとした時、大和は気になっていたことを聞いた。
「道が戻ったら、何を運ぶんです?」
「麦」
ガルドは即答した。
「ここは麦が多い。そちらは?」
大和はシェルドを見る。自分の村なのに、自分よりシェルドの方が当然詳しい。
「木材。薬草。川魚もある」
「塩は?」
「少ない」
「こちらもだ」
大和は聞きながら少し楽しくなってきた。村によって取れるものが違う。なら交換できる。そんな当たり前のことが、怪物のせいで難しくなっていた。
「水車も見せたいな」
思わず口に出す。ガルドが聞き返した。
「水車?」
「あ」
大和はシェルドを見る。「説明していい?」という視線を送ったつもりだった。シェルドはため息をついた。
「昨日から何度も話そうとしていたな」
「だって便利だから」
「説明しろ」
大和は笑った。
「じゃあ」
地図の端。空いているところへ指で円を描く。
「うちの村で、水の力を使って石臼を回すものを作ったんです」
「水が石臼を?」
「直接じゃなくて……」
そこで大和は止まった。説明するのは苦手だった。
「見た方が早いです」
ルシアンが横から言う。
「こいつに説明させると余計分からなくなる」
「そこまで?」
「昨日も水車の仕組みを説明できなかっただろ」
「結果できたじゃん」
「ドランが作った」
「俺が言い出した!」
少し笑いが起きた。大和も笑う。ガルドは興味を持ったようだった。
「それも道が通れば見られる?」
「もちろん」
大和が答えた瞬間、少しだけ実感が湧いた。道が繋がれば、大和たちがカダ村へ来られるだけではない。カダ村の者もこちらへ来られる。人が行き、物が行き、知識も行く。知識蔵に残したものをカダへ持っていき、逆に向こうの知識も持ち帰れる。
「面白くなってきたな」
大和が呟く。シェルドが横目で見る。
「まだ道を確認していない」
「分かってます」
「怪物もいる」
「それも分かってます」
「なら行くぞ」
「はい」
◇
カダ村を出たのは昼前だった。今回は六人。大和、アキト、シェルド、ルシアン。カダ村からロウとバル。目的は討伐そのものではない。
昔使われていた道を確認し、怪物がいるなら位置と数を調べる。倒せるものは倒す。危険なら戻る。シェルドが最初にそう決めた。大和は以前なら「全部倒せばいい」と考えたかもしれない。
今は違う。怪物を倒すことは手段であり、目的は道を戻すことだ。森へ入って一時間ほどで、バルが立ち止まった。
「ここだ」
大和は周囲を見る。
「道?」
最初は分からなかった。見えるのは普通の森と、低い藪に埋もれた細長い空間だけだ。だが、よく見ると木々の間だけ不自然に幅があり、左右には古い排水溝のような窪みも残っていた。
「昔はもっと広かった」
バルが草を踏み分けると、その下から硬い路面が現れた。大和はしゃがみ込み、土を払う。色は灰色に近いが、石を敷いたものでも、彼が知るアスファルトやコンクリートでもない。表面は長い年月で傷み、ところどころ割れている。それでも、割れた部分には薄い層と細い繊維のようなものが見え、かなり広い範囲が一体の構造として残っていた。
「古い道?」
ロウが頷いた。
「多分」
「これ、作ったの?」
「昔の人が」
大和は路面を指で叩いた。硬い。用途は道路だと分かるのに、何でできているのかは分からない。
「俺のところにも舗装した道はあったけど、これは違うな」
アキトが聞く。
「作れるか?」
「無理。そもそも材料が分からない」
気にはなったが、今日は遺跡を調べに来たわけではない。重要なのは、この古い路面がまだ荷車を通せる状態で残っていることだった。草を取り除けば、地面から新しく道を作る必要はない。
「これ、かなり使えるんじゃない?」
シェルドも道幅を確認している。
「木を切る必要はある」
「でも地面はある」
バルが言った。
「北側は崩れている場所もある」
「そこだけ直せばいい?」
「多分」
大和は少し笑った。またゼロから作るのではなく、残っているものを使う。最近はそればかりだ。しばらく進むと、道は何度も草木や倒木、土砂に隠れた。一部では完全に土の下へ消えている。
それでも大まかな方向は追える。途中でルシアンが止まり、大和も足を止めた。
「いる?」
「一体」
「どこ」
「前」
全員が武器を構える。大和も右腕へ意識を向けたが、まだ刃は出さない。倒木の向こうから、中型の四脚怪物が現れた。特別大きくもなく、身体に融合した痕跡もない。最近見慣れてきた「普通の怪物」だ。
そう考えてから、大和は少し嫌な気持ちになった。こんなものを普通だと感じるようになっている。怪物の視線がバル、ロウ、アキト、シェルド、ルシアンと移り、最後に大和で止まった。
「はいはい」
大和は一歩前へ出た。
「俺だよね」
怪物が走り出した。大和は慌てない。速くもなく、地中へ潜るわけでも、腕が増えているわけでもない。ただ正面から突っ込んでくる。
「大和、右へ」
シェルドの指示に従い、大和は怪物を引きつけて右へ動いた。怪物が追う間に、左側へ回ったアキトの槍が脚へ入る。体勢が崩れた。大和はすぐ戻り、右腕から細長い刺突形の骨刃を伸ばす。この相手なら、もう意識しなくても身体が適した形を選ぶ。
胸へ一撃。怪物が暴れたため一度離れ、再生が始まった同じ場所へもう一度、今度は深く刺す。組織が黒く変色し、怪物は数秒後に崩れ落ちた。
「終わり?」
ルシアンが少し待ってから頷いた。
「終わり」
バルが怪物と大和を交互に見る。
「……早いな」
大和も死体を見る。
「俺もそう思う」
最初は一体の怪物相手に逃げ回り、腕を裂かれ、何度も死ぬと思った。今は仲間がいる。怪物の動きも分かり、身体も戦い方を覚えている。
「慣れたくはないんだけどな」
アキトが言う。
「慣れなければ死ぬ」
「それもそう」
死体は道の外へ移した。大和が殺した怪物はもう戻らない。少なくとも、この場所の危険は一つ減った。さらに一時間ほど進んだところで、今度は怪物の方が先に大和たちへ気づいた。茂みから六脚の個体が飛び出す。
速い。
「大和!」
アキトが叫ぶ。
「分かってる!」
大和の脚が熱を持つ。地面を蹴り、怪物の突進を横へかわした。以前なら驚いた速度でも、今は見える。怪物が反転する前に距離を詰め、側面へ拳を叩き込む。怪物が転がり、大和は追った。
骨刃が伸びる。だが、まだ刺さない。
「アキト!」
大和が叫ぶと、アキトはすぐ意味を理解した。槍で前脚を止め、シェルドが後ろ脚へ入る。怪物の動きが一瞬止まったところで、大和が胸へ深く骨刃を刺した。一度引き、もう一度。黒い変色が広がり、戦いは終わった。
本当に早い。バルがまた大和を見る。
「昨日の話を聞いた時は」
「何?」
「もっと一人で全部やるのかと思った」
大和は怪物の死体から刃を抜く。
「無理ですよ」
「でも殺したのはお前だ」
「最後だけ」
大和はアキトたちを見る。
「止めてくれる人いないと、普通に食らうんで」
シェルドが言う。
「食らっても治るだろう」
「痛いんですよ」
「なら避けろ」
「最近みんな厳しくない?」
ルシアンが答えた。
「最初から」
大和は笑った。バルも少し笑う。最初に会った時より表情が柔らかくなっていた。今日倒した二体は、どちらも通常個体だった。融合の痕跡はない。
さらに道を進むと、足跡や木の傷、黒い体液など怪物の痕跡はいくつか見つかった。それでも融合個体らしいものは見当たらない。夕方近く、バルが道の脇を指した。
「ここ」
古い木の幹に、深い傷が残っていた。
「前に襲われた場所だ」
ロウの表情も少し硬くなる。
「荷を運んでた人たちが?」
「ああ」
大和は周囲を見回したが、怪物の姿はない。
「その時の怪物は?」
「分からない」
「一体?」
「二体見た」
「今は?」
ルシアンが周辺を調べる。しばらくして戻ってきた。
「新しい痕跡はない」
シェルドが地図へ印を付ける。
「ここは現時点では問題なし」
大和は少し考える。
「怪物、もっといると思ってた」
ロウも頷いた。
「昔はここを避けてたから」
危険だと思われた場所は、長い間誰も使わなくなる。すると実際の状況が分からないまま、頭の中では危険だけが大きくなっていく。怪物が何十体もいるような場所に思えてくる。だが実際に来て確認すると、今日見つけたのは二体だけだった。
「調べないと分からないもんだな」
大和が言った。ルシアンが横で頷いた。
「だから記録する」
「知識蔵向きだね」
「帰ったら書く」
「俺も?」
「お前も」
「文字まだ遅いんだけど」
「練習になる」
「逃げ道ないな」
その日のうちに、大和たちは道のほぼ全体を確認した。完全に塞がれている場所が二か所、荷車では通れない倒木が五か所、小規模な崩落が一か所、怪物は二体、両方討伐。少なくとも今日見た範囲では、融合個体はゼロ。シェルドがまとめる。
「人を出せば戻せる」
バルが聞いた。
「何日くらいだ」
「人数次第だ」
「カダから十人出せる」
アキトが言う。
「こちらからも出せる」
大和は二人を見る。
「もう決まってる感じ?」
シェルドが答える。
「問題がないならやる」
「早いなあ」
「何を待つ」
「いや、別に」
大和は笑った。こういう時は、自分よりシェルドたちの方がずっと早い。大和が「村が繋がったら面白そうだ」と考えている間に、彼らは必要な人数と作業量を考える。役割が違う。それでいい。
古い道を抜けると、見覚えのある森へ戻った。日が傾き始めた頃、木々の間から村の屋根が見える。
「帰ってきた」
大和は思わず言った。ロウが聞く。
「ここがお前たちの村?」
「そう」
何となく、少し誇らしい。木々の間から村の入口が見えた。そこに猫耳の影がある。大和が目を細めるより早く、向こうもこちらに気づいた。
「ヤマト!」
アビナが走ってくる。
「帰ってきたニャ!」
「ただいま」
目の前まで来ると、アビナは大和の顔から両腕、服まで順番に確認した。
「怪我した?」
「いっぱい」
耳が伏せる。
「でも治った」
すぐに戻る。
「怪物の変なのは?」
「第一声それ?」
「お土産!」
「持ってきてないよ!」
アビナは露骨に不満そうな顔をした。
「何でニャ!」
「持って帰りたくないだろ、あんなの!」
その声を聞いたのか、村の中からレティ、ノルア、ドランたちも出てくる。レティが真っ先に走ってきた。
「ヤマト!」
「ただいま」
「遅い!」
「一泊したから」
「聞いた!」
「誰から?」
「知らない!」
「それ絶対聞いてないだろ」
レティは笑い、大和も笑った。少し離れたところにいたノルアとも目が合う。
「帰ってきた」
大和が言う。
「うん」
ノルアも少し笑った。
「水車直す?」
「そこ覚えてた?」
「帰ってくる理由にしてたから」
「覚えてるなあ」
そこでアビナが、大和たちの後ろに立つロウとバルに気づいた。
「誰ニャ?」
「ああ。カダ村の人」
村人たちの視線が二人へ向く。ロウとバルも少し緊張したように姿勢を正した。大和は続ける。
「道を見てきた」
シェルドがその先を引き取った。
「昔の道を戻せる」
村人たちの空気が変わった。カダ村とは昔、交流があった。怪物が増え、使えなくなった道。それが再び使えるかもしれない。ドランがすぐに聞く。
「荷車は通れるか」
「直せば」
「倒木は?」
「五か所」
「大きさは?」
「明日見せる」
「分かった」
大和はそのやり取りを聞きながら笑った。やっぱり早い。
「それと、カダ村に水車を見せたい」
ドランが一瞬止まる。
「水車を?」
「うん」
「持っていくのか」
「持ってかないよ! 見に来てもらう」
ドランは少し考えた。
「作りたいのか」
「多分」
ロウが横から言う。
「村の人が興味持ってた」
「なら見ればいい」
ドランの答えも早かった。道があるだけで話が進む。人が来れば、水車を見せられる。作り方を伝えられる。逆に、カダ村のやり方も知れる。
アビナが大和の横へ来た。
「カダ村、面白い?」
「犬が多い」
「ニャ……」
明らかに微妙な顔をする。
「何その反応」
「猫は?」
「少しいる」
「ならいいニャ」
「何が?」
「行ってみたい」
「結局それか」
大和は村を見た。昨日まで、自分たちの村の外はほとんど知らなかった。今はカダ村を知っている。水場を知っている。そこへ続く道も知っている。
世界が少し広くなった。不思議なのは、広くなったぶん、この村が前よりはっきり「帰る場所」に見えることだった。
◇
その夜、大和たちは知識蔵へ集まった。カダ村で起きたことを一つずつ整理する。融合個体。共食い。水場、道、そして大和の身体に起きた変化。
ノルアが大和の話を文字へ直し、ルシアンが怪物の形を描く。シェルドは地図へ道を書き足した。大和も覚えたばかりの文字で記録を手伝う。かなり遅い。
「これ、いつ終わる?」
ノルアが大和の板を見る。
「その字、違う」
「先に言って」
「今気づいた」
「全部消す?」
「そこだけ」
「よかった」
その横では、ルシアンが別の板を作っていた。
「何それ」
「融合個体」
「何書いてる?」
「確認数」
「一」
大和は首を傾げた。
「一? 今日の奴も融合してたよね」
「完全な融合個体として確認したのは一体。途中の個体は別に記録する」
「細かいな」
「必要だ」
ルシアンは項目を分けた。共食い確認、一。融合途中、一。大型融合、一。数字にして並べると、思っていたより少ない。
昨日の大和の頭の中では、怪物があちこちで食い合い、そのうち強い個体ばかりになるようなイメージができていた。だが、カダ村ではあの巨大な融合個体を誰も見たことがなかった。今日、道で出会ったのも通常個体だけだ。
「やっぱり、まだ分からないな」
ノルアが聞く。
「何が?」
「怪物の共食い。昨日は、放っておけばどんどんああなるのかと思ったけど」
ルシアンが言う。
「そうとは限らない」
「うん。思ってたのと違うかも」
「だから記録する」
大和は少し笑った。
「便利だな、知識蔵」
「お前が作れと言ったんだろ」
シェルドが言う。
「そうだけど。自分の考えが間違ってた時にも使えるんだなって」
ノルアが顔を上げた。
「間違ったことも残す?」
大和は少し考えた。
「残した方がいいと思う」
「どうして?」
「何でそう思ったか分かるから」
昨日、怪物が別の怪物を食い、身体を取り込むところを見た。だから、時間が経てばもっと強くなるのではないかと考えた。その推論自体は、見たものから考えれば不自然ではない。でも、新しい情報が増えれば結論は変わる。
「正解だけ残すより、その時どう考えたかも残した方が、後で分かりやすそう」
ルシアンが少しだけ大和を見る。
「珍しくいいこと言った」
「珍しくはいらない」
ノルアは笑いながら新しい板を取り、その一番上に文字を書いた。
「何て書いた?」
「考えたこと」
「そのまま?」
「分かりやすいでしょ」
「確かに」
知識蔵に、新しい種類の記録が増えた。見たもの。作ったもの。失敗したもの。そして、その時に考えたこと。その夜、二つの村を結ぶ道が地図の上へ一本の線として加わった。
まだ草に埋もれ、倒木もあり、崩れた場所もある。昨日までは使えない道だった。今は、戻せる道になった。




