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この世界に残るもの  作者: 深空 律
第一部 知らない世界
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15/72

第15話 カダ村

翌朝、大和が目を覚ました時、最初に感じたのは匂いだった。借りた寝具に、いつもと違う匂いが染みついている。木と布の匂いに、どこか獣を思わせるものが混じっていた。目を開けると、低い天井と太い梁が見えた。大和たちの村で使っている家より、全体的に頑丈そうだ。


「……そうか」


昨日の夕方、カダ村へ着いた。そこで異形の怪物と戦い、村の空いている家を借りて眠ったのだった。身体を起こし、服を見る。ひどい。破れ、血で汚れ、あちこちに穴が開いている。左腕を食いちぎられた場所など、服だけがごっそりなくなっていた。


それなのに身体はいつも通りだ。傷一つない。


「服も治れば便利なのにな」


自分で言って少し笑う。さすがに、そこまでは無理らしい。外へ出ると、すでに村は動き始めていた。昨日は怪物に襲われていたせいで気づかなかったが、カダ村は大和たちの村とは少し雰囲気が違う。


まず、犬型が圧倒的に多かった。立った耳。垂れた耳。大柄な者もいれば細身の者もいる。毛の色も様々だ。猫型もいるが、かなり少ない。そして朝から動きが揃っている。水を運ぶ者。壊れた柵を直す者。畑を見る者。見張りに立つ者。


誰かが指示を出すと、すぐに複数人が動く。


「なんか、シェルドがいっぱいいる感じ」


「聞こえてるぞ」


後ろから声がして振り返ると、本人がいた。


「おはようございます」


「朝から失礼なことを言うな」


「褒めてるんですよ」


「そうは聞こえなかった」


大和は笑った。


「アキトたちは?」


「外だ」


「怪物?」


「昨日の死体」


大和の表情が変わる。


「ルシアンも?」


「当然」


「行きます」


◇


村の外には、昨日の巨大な死体がまだ残っていた。朝の光で見ると、夜よりさらに異様だった。一つの身体だと思おうとすると無理がある。皮膚の色も質感も場所によって違う。骨格も揃っていない。腕も脚も、同じ生き物のものには見えなかった。


そして身体の側面には、半分埋まった顔がある。ルシアンはすでに死体のそばへしゃがみ込んでいた。アキトとロウ、それからカダ村の者も数人、少し離れて見ている。


「どう?」


大和が近づいて聞くと、ルシアンは顔を上げずに言った。


「見ろ」


「何を?」


「ここ」


脇腹の切断面を指している。大和もしゃがんだ。黒く崩れた組織の奥に骨が見える。一本ではない。向きの違う骨が重なっている。その横にも細い骨があり、途中から別方向へ伸びていた。


「骨が二つある?」


「もっとある」


大和は顔をしかめた。


「身体の中で重なってる?」


「そう見える」


ルシアンは別の場所へ移る。背中に埋まった顔だ。


「これも」


大和は近くで見る。怪物の顔には違いない。だが、本体の顔とは形が違う。口も目も骨格も違い、首から下だけが本体の中へ埋まっている。


「元は別?」


ルシアンはすぐに断定しなかった。


「可能性は高い」


アキトが少し離れた場所を指した。


「昨日、大和が切った腕も違う」


地面には切断された腕が残っている。確かに、本体の他の腕とは形が違った。


「ロウ。この辺で怪物同士が戦うことある?」


大和が聞くと、ロウは少し考えて頷いた。


「ある」


「食べてるところは?」


「見たことはない」


「死体は?」


「残らない」


大和が止まった。


「残らない?」


「怪物同士が戦った跡はある。黒い液体も、倒れた木も残る。でも怪物の身体は残ってない」


大和は目の前の死体を見る。追い払うだけでは死なない怪物が、互いに戦う。片方が動けなくなったあと、何が起きるのだろう。昨日の光景が蘇った。異なる腕。異なる脚。埋まった顔。そして、自分の骨刃まで傷口へ取り込もうとした。


「食ってる」


大和が言う。ロウがこちらを見る。


「怪物が?」


「多分、他の怪物を」


大和は死体を指した。


「それで、食った相手の身体まで自分に取り込んでる。だから別の怪物の特徴が一つの身体に混ざってるんじゃないか」


ルシアンが静かに答える。


「それなら説明はできる」


「でも証明はできない?」


「今はな」


大和は背中に埋まった顔を見た。目は閉じている。昨日、最後まで自分を見ていた目。そして、あの声。


「……にん」


小さく呟くと、ルシアンが顔を上げた。


「まだ気にしているのか」


「うん」


「俺は聞いていない」


「分かってる」


アキトも少し表情を変えた。


「何と言ったんだ?」


「分からない。『にん』って、そこまで」


「その先は?」


「聞こえなかった」


ルシアンが少し考える。


「鳴き声を言葉に聞き間違えた可能性はある」


「ある。俺もそう思う」


それでも完全には捨てきれない。大和は死体を見ながら言った。


「知識蔵があったら書いとくんだけどな」


シェルドがすぐ答える。


「戻ったら書け」


「覚えてたら」


「忘れるから書くんだろ」


「確かに」


大和は少し笑った。ロウが不思議そうに聞く。


「知識蔵?」


大和が説明しようとしたところで、シェルドが遮った。


「帰ってからでいい」


「何で」


「今は水場だ」


「あ」


大和は本来の目的を思い出した。異形を倒すために来たわけではない。怪物に塞がれた水場を取り戻すために来たのだ。


「何体いる?」


「最後に見た時は四体」


ロウが答える。


「今朝は?」


「まだ見に行けてない」


シェルドはすぐに決めた。


「偵察する」


ルシアンが立つ。


「俺が行く」


「俺も」


ロウが言うと、シェルドは即答した。


「駄目だ」


「道を知ってる」


「案内だけだ」


大和も横から釘を刺す。


「戦わない」


ロウは少し不満そうだった。


「分かってる」


大和は巻かれたままの腕を見る。


「本当に?」


「分かってる」


◇


出発する時、カダ村からもう一人加わった。犬型の女性だった。大和は最初、誰か分からなかった。ロウが紹介する。


「姉」


大和は女性を見る。


「ロウが言ってた、お姉さん?」


女性が頷いた。


「ミナ」


「大和です」


「知ってる」


即答されて、大和は少し気まずくなる。


「有名?」


「昨日のこと見てた人がいるから」


「なるほど」


ミナは大和を見る。大和の姿を確かめても距離は取らなかった。ただ、ロウより強い目で、じっと顔を見てくる。


「本当に行くの?」


「そのために来たから」


「死ぬかもしれない」


「多分」


大和は少し笑う。


「俺、結構死ににくい」


ミナは笑わなかった。


「そういう意味じゃない」


大和も表情を変える。


「村の人が、あなたが来たら何とかなるって言ってる」


ミナの視線が、大和の右腕へ一度落ちた。


「だから、みんな期待してる」


大和は少し黙った。


「嫌?」


「怖い」


「何が?」


「期待しすぎること」


ミナは前を見ながら続けた。


「あなたが来る前も、私たちはここで暮らしてた。怪物がいた。追い払った。水を守った。人も失った」


大和はアキトが以前言ったことを思い出した。お前が来る前から、俺たちはここで生きている。


「だから、あなたが来たから全部大丈夫って思うのは違う気がする」


大和は少し笑った。


「アキトみたい」


後ろのアキトが反応する。


「何だ」


「何でもない」


ミナも少し笑った。大和は続ける。


「俺も一人で何とかするつもりないですよ。昨日だって、俺だけなら負けてた」


ミナは少しだけ安心したように頷いた。水場へ向かう道で、大和はカダ村の違いをさらに見つけた。道が広い。柵が多い。見張り台もいくつかある。


「防御すごいな」


ロウが答える。


「怪物が多い」


「昔から?」


「ここ数年」


大和は気になった。


「増えてる?」


「そう思う」


アキトとシェルドの表情が僅かに変わった。


「うちでも増えた」


アキトが言う。


「何で?」


誰も答えられなかった。また一つ、分からないことが増える。やがて先頭のルシアンが足を止めた。


「近い」


ロウが頷く。


「この先」


水の音が聞こえる。森を抜けると、思ったより大きな川が現れた。


「結構大きいな」


岸には平らな場所があり、壊れた桶や洗い物をしていた痕跡が残っている。そして怪物もいた。一体は川辺で伏せている。二体目は少し離れた木の根元。三体目は対岸だった。


「三?」


大和が小声で言う。


「前に来た時は四体いた」


ロウが答える。ルシアンは岸の泥を見た。


「もう一体分の跡がある」


「どこにいる?」


「まだ分からない」


シェルドが全員を下がらせる。


「先に観察する」


大和は頷いた。昨日までとは少し違う。敵の数も位置も、ある程度分かっている。考えてから戦える。一体目は身体の低い四脚。二体目は細長い六脚。昨日、道中で戦った高速の個体に似ている。対岸の三体目は大きく、背中を骨の板が覆っていた。


「役割分けよう」


大和が言った。シェルドが少しだけこちらを見る。


「どうする」


聞かれたことが少し嬉しい。大和は六脚を指した。


「速いのは俺。昨日やったから」


次に対岸の大型。


「大きいのはアキトとシェルドで止めて。ルシアンは最初、全体見てほしい」


ルシアンが言う。


「お前が指示するのか」


「ダメ?」


少し間があって、シェルドが言った。


「続けろ」


大和は少し笑う。


「一体目の低い奴は?」


ルシアンが見る。


「分からない」


「じゃあ最初は触らない。一体ずつやる」


シェルドが頷いた。


「悪くない」


「初めて褒められた?」


「調子に乗るな」


「はい」


問題は、一体だけをどう引き離すかだった。大和は少し考える。


「俺が出る?」


全員がこちらを見る。怪物は大和を優先して狙うことが多い。シェルドが眉を寄せる。


「危険だ」


「でも、俺を見たら来る可能性高い」


ルシアンが頷く。


「試す価値はある」


アキトが言った。


「無理ならすぐ戻れ」


「分かってる」


大和は一人で森から出た。開けた水場へ進む。怪物はすぐに反応した。一体目が顔を上げる。六脚も起きる。対岸の大型まで目を動かした。そして全ての目が大和を見る。


「……やっぱ人気だな」


嫌な笑いが出る。最初に動いたのは六脚だった。


「来た」


大和は後ろへ下がり、森へ戻る。六脚が追う。他の二体は動かない。


「一体だけ!」


シェルドの声。予定通りだ。大和はさらに奥へ入り、待っていたアキトたちの位置まで怪物を引き込んだ。六脚が来る。速い。だが昨日見た速度だった。大和の脚に熱が集まる。身体はもう覚えている。


「こっち!」


六脚が踏み込む。大和はその前に横へ動いた。アキトの槍が進路を塞ぐ。怪物が反転する。そこへ大和が追いついた。昨日とは違う。動きが完全に見える。


「遅い」


踏み込みの前に動き、側面から拳を叩き込む。怪物が転がる。立ち上がる頃には、大和はもう目の前にいた。右腕から骨刃が伸びる。それも昨日より早い。自分の意図が身体へ伝わる感覚が、少しずつ分かってきた。


「終わらせる」


先を細く尖らせ、突き刺しやすい形にする。一度、胸へ入れる。怪物の再生が始まる。角度を変え、もう一度深く突く。刃が微かに震え、組織が黒く変色した。怪物が止まる。大和自身が驚いた。


「早くなってる」


ルシアンがすぐに言う。


「何が?」


「再生を止めるまでの時間」


「前より?」


「前より」


大和は死体を見る。


「身体、覚えてる」


怖さもある。だが、それ以上に手応えがあった。戦った経験が次の戦いで使える。


「次」


シェルドはもう切り替えていた。


◇


二体目は、身体の低い四脚だった。大和が再び水場へ出る。今度の怪物は反応が少し遅い。一歩近づくと、ようやく立ち上がった。


「来い」


怪物が動いた。遅い。そう思った次の瞬間、姿が消えた。


「え?」


地面が盛り上がる。一直線に大和へ向かってくる。


「地下!?」


足元が爆発した。怪物が真下から突き上げる。


「うわっ!」


大和の身体が空へ飛ぶ。腹が裂けた。怪物は地面から姿を出している。前脚の爪が異様に大きく、明らかに掘るための形だった。


「そういうタイプ!?」


落下する。大和は脚を強化して衝撃を受けた。地面へ深く沈むが、立てる。怪物はすぐにまた潜った。


「見えない!」


ルシアンが叫ぶ。


「地面!」


「分かってる!」


盛り上がった土が右へ、左へと走る。目で追おうとしても遅い。その時、大和は足の裏に伝わる細かな揺れに気づいた。


「……振動?」


あえて止まる。怪物が土を掘る振動が地面を通して伝わってくる。右。大和は跳ぶ。直後、その場所から怪物が飛び出した。


「お」


また潜る。今度は目で追わない。足の裏へ意識を向ける。土が震える。近づく。


「そこ!」


横へ跳ぶ。怪物が出る。外した。ルシアンが驚く。


「何で分かる!」


「地面!」


「どうやって!」


「知らない!」


また身体が何かを変えている。見た目は変わらない。でも、足の感覚が明らかに鋭くなっている。大和は少し面白くなった。怪物がまた潜る。今度は逃げない。待つ。振動が近づく。真下。大和は一気に跳んだ。


怪物が地面を破って出る。空中で身体を捻り、骨刃を下へ向ける。


「そこ!」


怪物の背中へ突き刺す。怪物はそのまま地面へ戻ろうとした。大和も引きずられる。


「うわ!」


「行かせるか!」


刃を抜けない形にしたい。その意図に反応して、骨刃の根元が枝のように僅かに広がった。怪物の内部へ引っ掛かる。大和自身が目を見開く。


「そんな形にもなるの?」


大和は両脚を踏ん張った。地面を削りながらも、引きずられる身体を止めた。アキトが叫ぶ。


「大和、離れろ!」


「今!」


大和はさらに刃を深く押し込む。再生を止めろ。組織が黒くなり、怪物の動きが弱くなる。刃を抜く。怪物は地面へ倒れた。


「二体」


大和は息を吐く。


「地面はずるい」


シェルドが言う。


「次から分かる」


「そういう問題?」


ルシアンは怪物ではなく大和の足元を見ていた。


「足」


「俺の?」


「さっき、裸足でもないのに地面の中が分かった」


「振動だと思う」


「身体が?」


「多分」


大和は自分の足を見る。外見は普通だ。


「見た目変わってない」


「中かもしれない」


その言葉に、大和は少しぞくりとした。筋肉や骨刃のような見える変化だけではない。足の裏で感じるものまで変わっている。


「俺、どこまで変わるんだろ」


誰も答えられなかった。


◇


最後に残ったのは対岸の大型だった。四体目はまだ見つからない。


「先に三体目を終わらせる」


シェルドが言う。浅い場所をロウに教えてもらい、川を渡る。大型の怪物が立ち上がる。背中を骨板が覆っている。大和は昨日戦った硬い個体を思い出し、最初から骨刃を細い形へ変えた。ルシアンが言う。


「学習したな」


大和は笑う。


「俺もね」


怪物が走ってくる。速度はそれほどでもない。だが重い。大和は避け、側面へ刃を突き込む。入る。しかし浅い。


「まだ硬い!」


怪物が身体を振る。大和は離れる。アキトが脚を槍で止め、シェルドが反対側から斬る。ルシアンは全身を見ていた。


「腹!」


「どこ!」


「下!」


背中、肩、脚には骨板がある。だが腹側の皮膚は薄い。


「了解!」


大和は怪物の下へ滑り込み、骨刃を上へ突き刺した。深く入る。


「入った!」


怪物が脚を踏み下ろす。大和は横へ転がって避け、刃を抜いた。傷はすぐに再生し始める。


「まだ」


同じ場所を狙おうとする。今度は怪物が身体を低くして腹を守った。


「学習してる?」


「反応だ!」


ルシアンが訂正する。


「じゃあ」


大和は正面から走った。怪物は腹を守るように身体を下げる。直前で大和は強化した脚を使って跳んだ。背中へ。


「今度はこっち!」


骨板へ攻撃するためではない。大和が背中に乗ると、怪物は頭を反らし、振り落とそうと身体を揺すった。腹が地面から離れる。


「アキト!」


アキトが身を低くした。下から槍を深く突き込む。怪物が暴れる。シェルドも傷を広げる。大和は背中から降り、開いた腹の傷へ一気に骨刃を突き入れた。深く。さらに押し込む。組織が黒く変色し、怪物の身体から力が抜けた。


「三」


大和は少し嬉しくなった。戦いが早くなっている。そして連携もいい。最初は一体の怪物を倒すだけで死にかけた。今は特徴の違う三体を、順番に倒した。しかも一人ではない。ルシアンの声に、アキトの槍とシェルドの刃が動く。その間へ、前より迷わず飛び込めた。


「俺たち、結構強くなってない?」


大和が笑うと、アキトが言った。


「調子に乗るな」


「またそれ」


その時、ロウが水場の周囲を見回した。


「四体目がいない」


シェルドが言う。


「逃げた可能性は?」


ルシアンは首を振った。


「痕跡がある」


岸の泥に、大きな何かを引きずった跡が残っていた。


「どこへ?」


跡は森ではなく、川沿いに下流へ続いている。大和たちは追った。少し進むと黒い体液が増えた。木も倒れている。そして匂いがした。大和が昨日嗅いだ死体の腐臭とは違う。生の肉の匂い。ルシアンが足を止めた。


「いる」


「四体目?」


大和も声を落とす。茂みの向こうから音が聞こえる。何かを噛みちぎる湿った音。硬い骨が割れる音。全員が静かに近づく。木々の間に怪物の背中が見えた。最初、大和は普通の大型個体だと思った。


四脚。その前の地面に、何かが横たわっている。別の怪物だった。死体ではない。脚が一本、まだ動いている。四体目の怪物は、その身体へ顔を埋めていた。噛む。引き裂く。飲み込む。


「……本当に」


大和が小さく言う。


「食ってる」


だが、それだけではなかった。捕食する怪物の腹が波打った。飲み込むたびに皮膚が盛り上がり、内側から何かが押しているように見える。やがて白い骨が身体の横から現れ、少しずつ形を作り始めた。


ルシアンが息を呑む。


「取り込んでる」


大和は昨日の異形を思い出した。推測ではなく、今まさに目の前で起きている。怪物は他の怪物を食う。そして食った身体を、自分の身体へ混ぜる。食われている怪物の顔が地面へ横向きになっていた。


目が開いている。まだ生きている。大和の背中が冷たくなった。


「止める」


一歩出ようとすると、シェルドが腕を掴んだ。


「待て」


「何で」


「観察する」


大和は食われている怪物を見る。


「まだ生きてる」


「怪物だ」


「分かってる」


目が動く。口も僅かに開く。声は出ない。昨日の「にん」という音が頭へ戻った。


「……嫌だ」


シェルドが大和を見る。


「何が」


「分かんない。でも、これ見てるの嫌だ」


大和は右手を握る。その時、食べていた怪物が顔を上げた。大和を見る。口の周りは黒い体液で濡れている。同時に身体が大きく反応した。背中が膨らむ。食べかけの怪物の脚が、途中まで取り込まれた状態で自分の身体へ繋がり、新しい脚として伸び始める。


大和は思わず一歩引いた。


「うわ。今、増えた」


ルシアンが低く言う。


「まだ途中だ」


シェルドも怪物の変化を確認した。


「観察は終わりだ。完成する前にやる」


大和は少し笑う。


「結局やるんじゃん」


「見る必要はあった」


「了解」


怪物が立ち上がる。脚は五本。いや、形成途中のものを含めれば六本になろうとしている。大和の右腕から骨刃が伸びる。脚にも熱が集まる。もう、その変化はかなり自然に起きるようになっていた。


「じゃあ」


怪物が低く鳴く。大和は構える。


「食事中悪いけど、そこまでにしようか」


地面を蹴る。怪物も大和へ向かって飛び出した。


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