第13話 救援
その日の朝、大和はアキトと一緒に畑にいた。鍬を土へ差し込み、持ち上げ、ひっくり返す。少し前までなら、一振りで必要以上に深く掘り返してしまっていただろう。今は違う。力を抜き、道具が壊れない程度に身体を動かすことを覚えてきた。
「うまくなったな」
隣で同じように畑を耕していたアキトが言った。大和は手を止め、少し得意そうに笑う。
「でしょう?」
「ようやく普通になった」
「褒め方が悪いなあ」
大和は柄を握り直し、もう一度鍬を入れた。狙った深さで土が返った。
「ヤマト!」
遠くから声がした。レティが走ってくる。いつものように勢いはある。だが、表情が違った。笑っていない。大和は鍬を止めた。
「どうした?」
「シェルドが呼んでる」
「倉庫?」
「違う。外の村から人が来た」
大和は一瞬、聞き返しそうになった。
「別の村?」
「うん」
アキトもすぐに鍬を置いた。
「どこの村だ」
「カダ村」
その名前を聞いた途端、アキトの表情が変わった。
「行こう」
大和も鍬を置き、二人の後を追った。
◇
広場にはすでに人が集まっていた。その中心に、一人の若い男が座っている。若い男の犬耳が、疲れたように伏せていた。服は泥まみれで、何かに引っ掛けたのか何か所も破れている。左腕には布が巻かれ、その隙間から血が滲んでいた。
かなり急いで来たらしい。男はシェルドから水を受け取り、何度かむせながら飲んでいた。大和たちが近づくと、男が顔を上げた。まずアキトを見る。次に大和を見た。その視線が止まった。男の目が大和の頭や服を確かめるように動いた。
それなのに、ほんの僅かに表情から緊張が抜けた。大和には、もう見覚えのある反応だった。
「……その人が」
男が言った。
「怪物を殺せるっていう……」
シェルドが大和を指す。
「藤原大和だ」
男は大和をじっと見たあと、名前を繰り返した。
「ヤマト……」
「藤原大和です」
大和が軽く頭を下げると、男も頭を下げた。
「俺はロウ。カダ村から来た」
「よろしく」
そう返した直後。ロウはさらに深く頭を下げた。
「助けてほしい」
大和の表情から笑みが消えた。シェルドが椅子を引き寄せる。
「最初から話せ」
ロウは頷いた。三日前。カダ村の北側にある水場へ、一体の怪物が現れた。最初は村の者たちで追い払った。傷を負わせ、動けなくし、その間に水を確保した。
翌日。二体になった。そして昨日。
「四体いた」
大和が眉を寄せる。
「増えてる?」
「分からない。同じ奴が戻ってきてるのか、別の奴なのかも」
怪物は傷を負わせても死なない。追い払うことはできる。だが、しばらくすればまた現れる。カダ村には井戸がない。川そのものは近くにあるが、生活用の水を安全に確保できる場所は限られていた。
そこを怪物に塞がれた。別の場所から水を取ることもできる。ただし遠い。しかも量が少ない。
「あと二日くらいなら何とかなる」
ロウが言った。
「その先は?」
シェルドが尋ねる。ロウは答えなかった。答える必要もなかった。水がなければ村では暮らせない。大和は腕を組んだ。
「怪物は水場にいるだけ?」
ロウの顔が僅かに強張った。
「昨夜、一体だけ村まで来た」
アキトがすぐ反応する。
「誰か狙われたか」
ロウは少し黙った。
「……姉だ」
大和の脳裏にレティの姿が浮かんだ。村まで来た怪物。周囲に何人もいるのに、レティだけを追い続けた。
「他にも人はいた?」
「ああ」
「でも、お姉さんだけ?」
ロウが頷く。
「みんなで止めた。俺の腕も、その時やられた」
巻かれた布を見る。深い傷ではなさそうだ。だが、大和のように数分で治るわけではない。
「お姉さんは?」
「生きてる」
大和は少しだけ安心した。シェルドが知識蔵から周辺地図を持ってこさせた。ロウが現在地を確認し、指を置く。カダ村は北東。大和たちの村から、それほど遠くはない。歩けば半日程度。その間に森と丘がある。
古い道も一本通っているらしい。
「カダ村って、どれくらい人がいる?」
大和が尋ねた。
「六十人くらい」
「結構いるな」
「ここより少し多い」
「犬型が多い?」
「ほとんど犬だ。猫も何人かいる」
大和は少しだけ興味を引かれた。地図の印を、六十人が暮らす場所として見直した。
「怪物は四体か」
シェルドが呟いた。大和も同じことを考えていた。これまで怪物と戦ったことはある。何体も殺した。だが、一度に相手をしたのは一体だけだ。四体。しかもロウが確認できた数に過ぎない。もっといる可能性もある。
「大和」
シェルドがこちらを見る。
「どうする」
シェルドは続きを言わず、返事を待っていた。ロウを見る。泥だらけの服。怪我をした腕。疲れ切った顔。その向こうに、水を失いかけている村がある。
「行きます」
答えはすぐに出た。ロウが顔を上げる。
「本当か?」
「水がないのはさすがに困るでしょ」
大和はそう言ってから、指を一本立てた。
「ただし、俺一人では行かない」
「当然だ」
シェルドが即答した。少し離れた場所から声がする。
「俺も行く」
ルシアンだった。いつの間に来たのか、大和には分からない。
「聞いてた?」
「途中から」
「四体いるらしい」
「四体とは限らない」
ルシアンが淡々と言う。
「痕跡を見ないと分からない」
アキトも頷いた。
「俺も行く」
シェルドが地図を畳む。
「俺も行く。いつもの四人だ」
大和は三人を見た。三人が来ると聞いて、肩の力が少し抜けた。
「私も行くニャ」
当然のように声がした。大和は振り返った。アビナがいる。
「どこから出てきた」
「ずっといたニャ」
「ダメだ」
シェルドが言った。即答だった。アビナの耳が伏せる。
「なんでニャ!」
「今回は移動距離が長い。怪物の数も分からない。他の村で何が起きているのかも分からない」
「だから見に行くニャ」
「見なくていい」
「ずるいニャ!」
大和は少し笑った。何がずるいのかは分からない。レティは少し離れたところで地図を見ていた。アビナが抗議するたび顔を上げるが、何も言わない。
「レティ」
「何?」
「村の方、頼む」
レティが少し驚いた。それから、すぐに笑う。
「うん!」
尻尾も少し動いた。知識蔵の入口にはノルアが立っていた。大和と目が合う。
「ヤマト」
「ん?」
「帰ってくる?」
大和は笑った。
「帰ってくるよ」
「本当に?」
「水車、まだ改良途中だから」
ノルアも少し笑う。
「それが理由?」
「十分だろ」
「じゃあ」
ノルアは小さく頷いた。
「待ってる」
「はい」
大和は少しだけ照れた。
◇
準備を済ませ、昼前には村を出た。いつもの四人に、案内役のロウが加わった。ロウは腕を負傷しているため、戦闘には参加しないことになった。本人は最後まで戦えると言ったが、大和が止めた。
「歩けるのと戦えるのは違うよ」
そう言ったあと、大和はルシアンを見た。
「何だ」
「いや。前に似たようなこと言われた気がして」
「学習したならいい」
「上からだなあ」
村の入口までアビナたちが見送りに来ていた。
「ヤマト!」
アビナが叫ぶ。
「お土産ニャ!」
「何が欲しいんだよ!」
「怪物の変なの!」
「いらないだろ!」
「いるニャ!」
大和は笑いながら手を振った。そして森へ入った。最初のうちは見慣れた道だった。しかし一時間も歩けば、景色は変わっていく。大和の知らない森。大和の知らない道。
「本当に別の村があるんだな」
大和が言った。ロウが振り返る。
「あるよ」
「他にも?」
「ある」
「どれくらい?」
ロウは少し考えた。
「分からない」
「分からない?」
「遠い村までは行かないから」
アキトが補足する。
「怪物が増えてから、行き来できる場所が減った」
「昔は?」
大和が聞く。ロウが答えた。
「北の平原にも行った。東の森の向こうにも村がある。南にも」
「今は?」
「道が使えないところが多い」
大和は知識蔵の地図を思い出す。赤い印。怪物が頻繁に現れる場所。使われなくなった道。近づけなくなった古い建物。一つの村だけではなかった。この世界では、怪物が人の移動そのものを分断している。
「じゃあ」
大和が言った。
「怪物を減らせば、また行ける?」
ロウは少しだけ大和を見た。
「殺せるなら」
その言葉が妙に残った。大和は今まで、村を守るために怪物を倒してきた。道が通れるようになったら、水車を見に来る人もいるだろうか。今歩いている道も、昔は荷物や人が行き交っていたのかもしれない。
「……結構、大事な仕事かも」
思わず呟く。シェルドが前を歩いたまま答えた。
「今さら気づいたか」
「言い方」
大和は笑った。先頭のルシアンが手を上げた。全員が止まる。ルシアンは土へしゃがみ、大きな足跡を指した。
「怪物?」
ロウの顔が強張った。跡は一つではなかった。
「新しい。三体だと思う」
「カダの水場にいる奴?」
大和が聞くと、ロウは首を振った。
「分からない。この辺では見たことがない」
足跡はカダ村と少し違う方向へ続いていた。シェルドが周囲を見回す。
「目的はカダ村だ。無理に戦う必要はない」
大和も頷き、足跡を避けて道を変えた。十分ほど歩いた時、背中に寒気が走った。
「待って」
アキトが槍へ手を掛ける。
「どうした」
木々が風に揺れている。鳥の声もした。何も見えないのに、大和はそこから動けなかった。
「いる」
「どこ」
ルシアンが目を細めた。
「分からない。でも……」
右の茂みが弾けた。葉を散らして、細長い六本脚の怪物が飛び出してくる。最初に戦ったものに似ていたが、小さく、そのぶん速かった。
「ロウを下げろ!」
シェルドが叫ぶ。アキトが前へ出る間に、怪物の目が動いた。三人を順に見て、大和のところで止まる。
「やっぱ俺!?」
横へ跳ぶと、爪が後ろの木を深く裂いた。着地した時には、もう怪物が反転していた。
「速っ!」
右腕に変化はない。
「また出ない!」
拳を振っても、怪物はその下を抜けた。背中を裂かれ、大和は前へ転がる。
「ぐっ!」
傷は塞がり始めたが、痛みで顔が歪んだ。
「こいつ、本当に速い!」
ルシアンの刃が脚を掠めた。浅い傷はすぐ閉じる。アキトの槍を避けた怪物が、また大和へ向いた。
「何でそんな俺好きなの!」
「目で追うな!」
ルシアンが叫んだ。
「え?」
「動き始めを見ろ!」
「どこを!」
「脚!」
六本全部を見るのは無理だった。大和は一番前の脚に目を据えた。姿勢が沈み、その脚が地面を押す。来る。横へ動くと、爪は当たらなかった。着地した怪物が振り向く。また脚が沈んだ。今度は一歩早く避け、拳を当てた。
「当たった!」
「喜ぶな!」
「はい!」
思わず笑った。まだ速いが、何を見ればいいかは分かってきた。次の踏み込みが、妙によく見えた。脚が力を溜め、土を蹴る。さっきまで残像のようだった動きが、遅くなった気さえした。
「……あれ?」
避けようと地面を蹴ると、大和の方が予想以上に遠くへ飛んだ。
「うわっ!」
着地した土が抉れる。ズボンが張り、太腿もふくらはぎも太くなっていた。
「脚が変わってる」
ルシアンの声がした。
「また勝手に?」
考える間もなく怪物が来る。今度は自分から蹴り出したが、近づきすぎた。止まれず肩からぶつかり、怪物と一緒に転がる。
「速いけど使いにくい!」
「慣れろ!」
「簡単に言うな!」
立ち上がり、少し力を抑えて踏み込んだ。側面へ回れる。拳を叩き込むと、骨を砕く感触が返った。怪物が落ちる。だが、その傷はもう治りかけていた。
「これじゃ終わらない」
右腕へ目を落とした時、左の森で音がした。
「もう一体!」
四本脚の大きな怪物が現れた。肩から骨の突起が伸びている。一体目が起き上がる向こうで、大型も突進してきた。
「分ける!」
シェルドとアキトが大型へ向かい、ルシアンが大和側へ来た。
「大和は速い方を止めろ!」
「はい!」
大和は六本の脚へ視線を戻した。踏み込みを見て避ける。もう一度避けても、身体はついてきた。右腕が熱い。
「来た」
白い刃が伸びるのを待ちきれず、前へ出た。怪物も動いたが、側面へ回り込めた。
「遅い」
思わず声が出た。速く動けるようになったのは、自分の方だ。首元を深く斬ると怪物が崩れた。再生しかけた胸へ、もう一度刃を突き入れる。
「まだ!」
ここで終わらせる。そう思うと腕の熱が増し、刃が微かに変わった。組織が黒ずみ、怪物が痙攣して動かなくなる。
「一体!」
振り返ると、アキトの槍が折れていた。シェルドの肩からは血が流れている。
「行く!」
地面を蹴った。一瞬で距離が縮み――通り過ぎた。
「うわっ!」
怪物の横から数メートル先まで行って、ようやく止まる。
「何をしてる!」
「新しい力!」
「使えるようになってから来い!」
「今覚えてる!」
向きを変えると、大型の目も大和を向いていた。
「あっちも俺かよ!」
今度は小さく横へ避け、横腹を殴った。硬い。ほとんど動かなかった。
「硬っ!」
前脚に掴まれ、持ち上げられた。そのまま地面へ叩きつけられる。背中の中で何かが折れる感触がした。
「痛っ!」
転がって次の一撃を避ける。背中に熱が広がり、折れたものが戻っていくようだった。
「こいつ、力も強い!」
「だから一人で突っ込むな!」
アキトが短くなった槍を脚へ刺した。シェルドも反対から斬る。
「右肩」
ルシアンが言った。
「右肩だけ動きが悪い」
確かに、右前脚が僅かに遅い。その付け根には、骨と肉が厚く盛り上がっていた。
「傷?」
「違う。形がおかしい」
「そこ?」
「分からない」
「分からないの!?」
「試せ」
「雑だな!」
側面へ飛び込み、右肩に刃を振り下ろした。途中で止まった。衝撃が腕に返り、振り払われた身体が木へ激突する。幹が折れ、大和は地面へ落ちた。
「大和!」
「平気!」
起き上がって刃を見ると、先が欠けていた。
「……折れた」
怪物の肩では傷が閉じ始めている。さっきは速さが足りず、脚が変わった。今度はこの刃では足りない。
「もっと硬くしろ」
変わらなかった。
「そういう言い方じゃ駄目か」
突進を避けながら、肩を見た。広く切ろうとして止まったのなら、一か所を突き抜けばいいのではないか。右腕の白い先端が細くなった。
「……お」
「変わった」
ルシアンも見ていた。
「やっぱり」
次の突進をぎりぎりまで待ち、横へ出る。通り過ぎる右肩へ、細くなった刃を突き出した。さっきより深く入った。
「いける!」
暴れる怪物から離れず、腕を押し込む。筋肉が膨らみ、硬い組織が割れる感触があった。ここを壊す。
「もっと!」
刃が震え、肩が黒く変色した。振り払われて転がる大和の横へ、怪物の右前脚が落ちた。今度は戻らなかった。
「当たり!」
「何がだ!」
「分かんないけど効いた!」
体勢を崩した怪物へアキトが槍を突き込む。シェルドが叫んだ。
「今!」
胸元へ飛び込み、細く長い刃を深く刺した。
「終われ!」
怪物が震えた。再生しかけた肉が止まり、黒い変色が広がる。巨体がゆっくり倒れた。距離を取り、待った。十秒ほど経っても動かない。シェルドが慎重に近づいた。
「死んでいる」
「二体……」
息を吐くうちに、刃は縮み、脚も元の太さへ戻り始めた。ルシアンが脚を見る。
「今の」
「何だった?」
「お前に聞いてる」
「俺も知らない」
「途中から速くなった。怪物が遅くなったわけじゃない」
「じゃあ、身体が変わった?」
「見れば分かる」
「そうだけど」
ルシアンの耳が動いた。
「待て」
遠くで葉が擦れた。別の方向からも聞こえる。
「まだいる?」
「いる」
「何体」
「分からない」
大和は右手を握った。脚の使い方も、刃の出し方も、さっきよりは分かる。
「来るなら――」
「大和」
アキトの声に顔を向けた。
「分かってます。無理しない」
直後、三方向で葉が揺れた。
「三体!」
左と正面、そして上だった。見上げると、長い四肢で枝を掴んだ怪物がいた。隣の木へ跳び移る。
「木の上までいるのかよ!」
「アキト、左! ルシアン、上を見ろ! 大和!」
「はい!」
「正面を潰せ!」
正面の一体に向き直った。怖さはある。けれど、この脚でどこまで動けるのか、試したい気持ちもあった。地面を踏むと、筋肉が膨らんだ。
「慣れてきたかも」
一気に距離を詰め、腹を殴る。浮いた身体を追って、伸びた刃を胴へ振った。怪物が転がり、再生を始める前にもう一度胸へ突き入れた。組織が黒く崩れ、動きが止まる。
「一体!」
「上!」
ルシアンの声に顔を上げた。樹上の怪物が真上から降ってきた。
「うわっ!」
横へ避けた場所に爪が突き刺さる。怪物はすぐ枝へ戻った。
「それ、ずるくない!?」
枝から枝へ跳ぶ相手は、脚を見るだけでは読めなかった。どこに降りてくるのかも分からない。
「ルシアン!」
「右! 次、前!」
言われた場所へ目を向けると、怪物が来た。避けて、また枝を追う。
「次!」
「左上!」
今度は上へ跳んだ。枝が一気に近づき、怪物が目の前にいた。相手の動きが一瞬止まったように見えた。大和は空中で拳を振り、横顔を殴った。怪物が地面へ落ちる。自分も落ち始めた。
「待って、着地!」
高すぎた。迫る地面へ足を向けた瞬間、脚の筋肉がさらに膨らむ。膝が曲がり、土が深く沈んだ。それでも、立っていた。
「……できた」
「何が!」
「知らない!」
落ちた怪物が起きかけていた。すぐ駆け寄り、首元を斬ってから深く刺す。黒ずんだ組織が崩れた。
「二!」
アキトたちは最後の大型に押されていた。大和が向かおうとすると、アキトが叫んだ。
「来るな!」
「何で!」
「後ろ!」
振り返ると、最初に倒した一体が這っていた。身体の半分が黒く崩れ、再生してはいない。それでも大和へ近づいてくる。
「嘘だろ。しつこい!」
戻って頭部を押さえ、もう一度深く刺した。動かなくなるまで手を離さなかった。
「三体同時は、結構きついな」
「感想は後!」
「はい!」
最後の一体の目が、大和を捉えた。
「こっち!」
走ると追ってくる。シェルドがアキトを右へ回らせた。
「脚が長い! 直線は速いが、方向転換が遅い!」
ルシアンの声を聞きながら、大和は真っ直ぐ走った。追いつかれる直前に、強化した脚で一気に横へ出る。怪物は曲がりきれなかった。アキトが槍を脚へ掛け、体勢を崩す。
「今!」
大和は反転して跳んだ。左手で右腕を支え、太くなった刃を上から胸へ突き刺す。先端が地面へ達する衝撃が伝わった。
「止まれ!」
暴れる怪物を押さえ続けた。刃の根元が僅かに広がり、傷の周りが黒くなる。やがて身体から力が抜けた。刃を抜いて離れ、ルシアンが周囲を調べるのを待った。
「もういない」
大和は座り込んだ。
「疲れた……」
「身体が?」
アキトに聞かれ、頭を指した。
「こっち」
身体はまだ動きそうだった。むしろ戦う前より軽い。だが、新しい速さで動きながら三体を見るのは、頭がついていかなかった。ロウが近づき、死体と大和を交互に見た。
「本当に、怪物を殺せるんだな」
「そのために来たんでしょ」
ロウの目が潤んだ。
「カダを助けてくれ」
大和は立ち上がった。
「行こう」
◇
夕方、森を抜けて少し高い場所へ出た。ロウが谷の向こうを指す。
「あそこ」
家々から煙が上がり、柵の外には畑が広がっていた。大和たちの村より少し大きい。
「カダ村……」
大和は歩を緩めた。初めて見る別の村だった。だが、何かがおかしい。
「……静かじゃない?」
外に人が見えない。この時間なら、畑から帰る人や食事を用意する人がいるはずだ。
「おかしい」
ロウも村を見つめていた。
「この時間なら、もっと外に人がいる」
アキトが槍を握り直し、シェルドがロウの前へ出た。
「先に行くな」
道を下って近づくと、入口の柵が壊れていた。地面に黒い液体や血がある。怪物のものか、誰かが怪我をしたのか、見ただけでは分からなかった。走り出しかけたロウを、シェルドが掴んだ。
「待て!」
「でも!」
村の中から叫び声が上がった。
「来るぞ!」
家の壁が内側から吹き飛んだ。破片の間から、怪物が飛び出してくる。人の数倍はあった。左右の腕の数が違い、背中にも脚のようなものが生えている。身体の横には、半分だけ肉に埋まった顔があった。
「……何だよ、あれ」
怪物が口を開く。その奥で、別の歯列がもう一つ動いた。
「知らない。こんなの……カダにはいなかった」
ロウの顔から血の気が引いた。
「身体が、一体じゃない」
ルシアンの言葉に、大和も見直した。腕も脚も皮膚も、場所によって違う。いくつもの怪物を無理に繋いだようだった。横に埋まった顔の目が、瞬きをした。
「……生きてる?」
怪物の目が動いた。逃げる村人、ロウ、アキトたちを見て、すべてが一斉に大和へ向く。背中が冷えた。今までの怪物にも同じように見られたが、これはもっと強い。嫌悪か、怒りか、何なのか分からない。
低い声が響いた。鳴き声のはずなのに、何かを言おうとしたように聞こえた。
「……こいつ」
さっきまで、強くなった自分の身体を試すのが少し楽しかった。その気持ちは消えていた。
「強そうだな」
シェルドが武器を構える。
「見れば分かります」
「右腕と左腕で形が違う」
ルシアンはまだ見ていた。アキトも槍先を上げる。
「脚も。数がおかしい」
右腕と脚に熱が集まった。怪物が地面を蹴る。あの大きさなのに、速かった。
「散れ!」
横へ跳んだ大和のすぐ脇を巨体が抜け、土を抉った。着地した時には、もう向きを変えている。
「嘘だろ」
多すぎる腕のどれが動くか、まるで読めなかった。
「最悪だな」
笑ったつもりだった。後ろにはカダ村があり、ロウの姉もいるかもしれない。地面を踏む。脚が膨らみ、右腕から白い刃が伸びた。
「やるしかないか!」
怪物が走る。大和も前へ出た。夕暮れの村の入口で、正面からぶつかった。




