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この世界に残るもの  作者: 深空 律
第一部 知らない世界
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13/72

第13話 救援

その日の朝、大和はアキトと一緒に畑にいた。鍬を土へ差し込み、持ち上げ、ひっくり返す。少し前までなら、一振りで必要以上に深く掘り返してしまっていただろう。今は違う。力を抜き、道具が壊れない程度に身体を動かすことを覚えてきた。


「うまくなったな」


隣で同じように畑を耕していたアキトが言った。大和は手を止め、少し得意そうに笑う。


「でしょう?」


「ようやく普通になった」


「褒め方が悪いなあ」


大和は柄を握り直し、もう一度鍬を入れた。狙った深さで土が返った。


「ヤマト!」


遠くから声がした。レティが走ってくる。いつものように勢いはある。だが、表情が違った。笑っていない。大和は鍬を止めた。


「どうした?」


「シェルドが呼んでる」


「倉庫?」


「違う。外の村から人が来た」


大和は一瞬、聞き返しそうになった。


「別の村?」


「うん」


アキトもすぐに鍬を置いた。


「どこの村だ」


「カダ村」


その名前を聞いた途端、アキトの表情が変わった。


「行こう」


大和も鍬を置き、二人の後を追った。


◇


広場にはすでに人が集まっていた。その中心に、一人の若い男が座っている。若い男の犬耳が、疲れたように伏せていた。服は泥まみれで、何かに引っ掛けたのか何か所も破れている。左腕には布が巻かれ、その隙間から血が滲んでいた。


かなり急いで来たらしい。男はシェルドから水を受け取り、何度かむせながら飲んでいた。大和たちが近づくと、男が顔を上げた。まずアキトを見る。次に大和を見た。その視線が止まった。男の目が大和の頭や服を確かめるように動いた。


それなのに、ほんの僅かに表情から緊張が抜けた。大和には、もう見覚えのある反応だった。


「……その人が」


男が言った。


「怪物を殺せるっていう……」


シェルドが大和を指す。


「藤原大和だ」


男は大和をじっと見たあと、名前を繰り返した。


「ヤマト……」


「藤原大和です」


大和が軽く頭を下げると、男も頭を下げた。


「俺はロウ。カダ村から来た」


「よろしく」


そう返した直後。ロウはさらに深く頭を下げた。


「助けてほしい」


大和の表情から笑みが消えた。シェルドが椅子を引き寄せる。


「最初から話せ」


ロウは頷いた。三日前。カダ村の北側にある水場へ、一体の怪物が現れた。最初は村の者たちで追い払った。傷を負わせ、動けなくし、その間に水を確保した。


翌日。二体になった。そして昨日。


「四体いた」


大和が眉を寄せる。


「増えてる?」


「分からない。同じ奴が戻ってきてるのか、別の奴なのかも」


怪物は傷を負わせても死なない。追い払うことはできる。だが、しばらくすればまた現れる。カダ村には井戸がない。川そのものは近くにあるが、生活用の水を安全に確保できる場所は限られていた。


そこを怪物に塞がれた。別の場所から水を取ることもできる。ただし遠い。しかも量が少ない。


「あと二日くらいなら何とかなる」


ロウが言った。


「その先は?」


シェルドが尋ねる。ロウは答えなかった。答える必要もなかった。水がなければ村では暮らせない。大和は腕を組んだ。


「怪物は水場にいるだけ?」


ロウの顔が僅かに強張った。


「昨夜、一体だけ村まで来た」


アキトがすぐ反応する。


「誰か狙われたか」


ロウは少し黙った。


「……姉だ」


大和の脳裏にレティの姿が浮かんだ。村まで来た怪物。周囲に何人もいるのに、レティだけを追い続けた。


「他にも人はいた?」


「ああ」


「でも、お姉さんだけ?」


ロウが頷く。


「みんなで止めた。俺の腕も、その時やられた」


巻かれた布を見る。深い傷ではなさそうだ。だが、大和のように数分で治るわけではない。


「お姉さんは?」


「生きてる」


大和は少しだけ安心した。シェルドが知識蔵から周辺地図を持ってこさせた。ロウが現在地を確認し、指を置く。カダ村は北東。大和たちの村から、それほど遠くはない。歩けば半日程度。その間に森と丘がある。


古い道も一本通っているらしい。


「カダ村って、どれくらい人がいる?」


大和が尋ねた。


「六十人くらい」


「結構いるな」


「ここより少し多い」


「犬型が多い?」


「ほとんど犬だ。猫も何人かいる」


大和は少しだけ興味を引かれた。地図の印を、六十人が暮らす場所として見直した。


「怪物は四体か」


シェルドが呟いた。大和も同じことを考えていた。これまで怪物と戦ったことはある。何体も殺した。だが、一度に相手をしたのは一体だけだ。四体。しかもロウが確認できた数に過ぎない。もっといる可能性もある。


「大和」


シェルドがこちらを見る。


「どうする」


シェルドは続きを言わず、返事を待っていた。ロウを見る。泥だらけの服。怪我をした腕。疲れ切った顔。その向こうに、水を失いかけている村がある。


「行きます」


答えはすぐに出た。ロウが顔を上げる。


「本当か?」


「水がないのはさすがに困るでしょ」


大和はそう言ってから、指を一本立てた。


「ただし、俺一人では行かない」


「当然だ」


シェルドが即答した。少し離れた場所から声がする。


「俺も行く」


ルシアンだった。いつの間に来たのか、大和には分からない。


「聞いてた?」


「途中から」


「四体いるらしい」


「四体とは限らない」


ルシアンが淡々と言う。


「痕跡を見ないと分からない」


アキトも頷いた。


「俺も行く」


シェルドが地図を畳む。


「俺も行く。いつもの四人だ」


大和は三人を見た。三人が来ると聞いて、肩の力が少し抜けた。


「私も行くニャ」


当然のように声がした。大和は振り返った。アビナがいる。


「どこから出てきた」


「ずっといたニャ」


「ダメだ」


シェルドが言った。即答だった。アビナの耳が伏せる。


「なんでニャ!」


「今回は移動距離が長い。怪物の数も分からない。他の村で何が起きているのかも分からない」


「だから見に行くニャ」


「見なくていい」


「ずるいニャ!」


大和は少し笑った。何がずるいのかは分からない。レティは少し離れたところで地図を見ていた。アビナが抗議するたび顔を上げるが、何も言わない。


「レティ」


「何?」


「村の方、頼む」


レティが少し驚いた。それから、すぐに笑う。


「うん!」


尻尾も少し動いた。知識蔵の入口にはノルアが立っていた。大和と目が合う。


「ヤマト」


「ん?」


「帰ってくる?」


大和は笑った。


「帰ってくるよ」


「本当に?」


「水車、まだ改良途中だから」


ノルアも少し笑う。


「それが理由?」


「十分だろ」


「じゃあ」


ノルアは小さく頷いた。


「待ってる」


「はい」


大和は少しだけ照れた。


◇


準備を済ませ、昼前には村を出た。いつもの四人に、案内役のロウが加わった。ロウは腕を負傷しているため、戦闘には参加しないことになった。本人は最後まで戦えると言ったが、大和が止めた。


「歩けるのと戦えるのは違うよ」


そう言ったあと、大和はルシアンを見た。


「何だ」


「いや。前に似たようなこと言われた気がして」


「学習したならいい」


「上からだなあ」


村の入口までアビナたちが見送りに来ていた。


「ヤマト!」


アビナが叫ぶ。


「お土産ニャ!」


「何が欲しいんだよ!」


「怪物の変なの!」


「いらないだろ!」


「いるニャ!」


大和は笑いながら手を振った。そして森へ入った。最初のうちは見慣れた道だった。しかし一時間も歩けば、景色は変わっていく。大和の知らない森。大和の知らない道。


「本当に別の村があるんだな」


大和が言った。ロウが振り返る。


「あるよ」


「他にも?」


「ある」


「どれくらい?」


ロウは少し考えた。


「分からない」


「分からない?」


「遠い村までは行かないから」


アキトが補足する。


「怪物が増えてから、行き来できる場所が減った」


「昔は?」


大和が聞く。ロウが答えた。


「北の平原にも行った。東の森の向こうにも村がある。南にも」


「今は?」


「道が使えないところが多い」


大和は知識蔵の地図を思い出す。赤い印。怪物が頻繁に現れる場所。使われなくなった道。近づけなくなった古い建物。一つの村だけではなかった。この世界では、怪物が人の移動そのものを分断している。


「じゃあ」


大和が言った。


「怪物を減らせば、また行ける?」


ロウは少しだけ大和を見た。


「殺せるなら」


その言葉が妙に残った。大和は今まで、村を守るために怪物を倒してきた。道が通れるようになったら、水車を見に来る人もいるだろうか。今歩いている道も、昔は荷物や人が行き交っていたのかもしれない。


「……結構、大事な仕事かも」


思わず呟く。シェルドが前を歩いたまま答えた。


「今さら気づいたか」


「言い方」


大和は笑った。先頭のルシアンが手を上げた。全員が止まる。ルシアンは土へしゃがみ、大きな足跡を指した。


「怪物?」


ロウの顔が強張った。跡は一つではなかった。


「新しい。三体だと思う」


「カダの水場にいる奴?」


大和が聞くと、ロウは首を振った。


「分からない。この辺では見たことがない」


足跡はカダ村と少し違う方向へ続いていた。シェルドが周囲を見回す。


「目的はカダ村だ。無理に戦う必要はない」


大和も頷き、足跡を避けて道を変えた。十分ほど歩いた時、背中に寒気が走った。


「待って」


アキトが槍へ手を掛ける。


「どうした」


木々が風に揺れている。鳥の声もした。何も見えないのに、大和はそこから動けなかった。


「いる」


「どこ」


ルシアンが目を細めた。


「分からない。でも……」


右の茂みが弾けた。葉を散らして、細長い六本脚の怪物が飛び出してくる。最初に戦ったものに似ていたが、小さく、そのぶん速かった。


「ロウを下げろ!」


シェルドが叫ぶ。アキトが前へ出る間に、怪物の目が動いた。三人を順に見て、大和のところで止まる。


「やっぱ俺!?」


横へ跳ぶと、爪が後ろの木を深く裂いた。着地した時には、もう怪物が反転していた。


「速っ!」


右腕に変化はない。


「また出ない!」


拳を振っても、怪物はその下を抜けた。背中を裂かれ、大和は前へ転がる。


「ぐっ!」


傷は塞がり始めたが、痛みで顔が歪んだ。


「こいつ、本当に速い!」


ルシアンの刃が脚を掠めた。浅い傷はすぐ閉じる。アキトの槍を避けた怪物が、また大和へ向いた。


「何でそんな俺好きなの!」


「目で追うな!」


ルシアンが叫んだ。


「え?」


「動き始めを見ろ!」


「どこを!」


「脚!」


六本全部を見るのは無理だった。大和は一番前の脚に目を据えた。姿勢が沈み、その脚が地面を押す。来る。横へ動くと、爪は当たらなかった。着地した怪物が振り向く。また脚が沈んだ。今度は一歩早く避け、拳を当てた。


「当たった!」


「喜ぶな!」


「はい!」


思わず笑った。まだ速いが、何を見ればいいかは分かってきた。次の踏み込みが、妙によく見えた。脚が力を溜め、土を蹴る。さっきまで残像のようだった動きが、遅くなった気さえした。


「……あれ?」


避けようと地面を蹴ると、大和の方が予想以上に遠くへ飛んだ。


「うわっ!」


着地した土が抉れる。ズボンが張り、太腿もふくらはぎも太くなっていた。


「脚が変わってる」


ルシアンの声がした。


「また勝手に?」


考える間もなく怪物が来る。今度は自分から蹴り出したが、近づきすぎた。止まれず肩からぶつかり、怪物と一緒に転がる。


「速いけど使いにくい!」


「慣れろ!」


「簡単に言うな!」


立ち上がり、少し力を抑えて踏み込んだ。側面へ回れる。拳を叩き込むと、骨を砕く感触が返った。怪物が落ちる。だが、その傷はもう治りかけていた。


「これじゃ終わらない」


右腕へ目を落とした時、左の森で音がした。


「もう一体!」


四本脚の大きな怪物が現れた。肩から骨の突起が伸びている。一体目が起き上がる向こうで、大型も突進してきた。


「分ける!」


シェルドとアキトが大型へ向かい、ルシアンが大和側へ来た。


「大和は速い方を止めろ!」


「はい!」


大和は六本の脚へ視線を戻した。踏み込みを見て避ける。もう一度避けても、身体はついてきた。右腕が熱い。


「来た」


白い刃が伸びるのを待ちきれず、前へ出た。怪物も動いたが、側面へ回り込めた。


「遅い」


思わず声が出た。速く動けるようになったのは、自分の方だ。首元を深く斬ると怪物が崩れた。再生しかけた胸へ、もう一度刃を突き入れる。


「まだ!」


ここで終わらせる。そう思うと腕の熱が増し、刃が微かに変わった。組織が黒ずみ、怪物が痙攣して動かなくなる。


「一体!」


振り返ると、アキトの槍が折れていた。シェルドの肩からは血が流れている。


「行く!」


地面を蹴った。一瞬で距離が縮み――通り過ぎた。


「うわっ!」


怪物の横から数メートル先まで行って、ようやく止まる。


「何をしてる!」


「新しい力!」


「使えるようになってから来い!」


「今覚えてる!」


向きを変えると、大型の目も大和を向いていた。


「あっちも俺かよ!」


今度は小さく横へ避け、横腹を殴った。硬い。ほとんど動かなかった。


「硬っ!」


前脚に掴まれ、持ち上げられた。そのまま地面へ叩きつけられる。背中の中で何かが折れる感触がした。


「痛っ!」


転がって次の一撃を避ける。背中に熱が広がり、折れたものが戻っていくようだった。


「こいつ、力も強い!」


「だから一人で突っ込むな!」


アキトが短くなった槍を脚へ刺した。シェルドも反対から斬る。


「右肩」


ルシアンが言った。


「右肩だけ動きが悪い」


確かに、右前脚が僅かに遅い。その付け根には、骨と肉が厚く盛り上がっていた。


「傷?」


「違う。形がおかしい」


「そこ?」


「分からない」


「分からないの!?」


「試せ」


「雑だな!」


側面へ飛び込み、右肩に刃を振り下ろした。途中で止まった。衝撃が腕に返り、振り払われた身体が木へ激突する。幹が折れ、大和は地面へ落ちた。


「大和!」


「平気!」


起き上がって刃を見ると、先が欠けていた。


「……折れた」


怪物の肩では傷が閉じ始めている。さっきは速さが足りず、脚が変わった。今度はこの刃では足りない。


「もっと硬くしろ」


変わらなかった。


「そういう言い方じゃ駄目か」


突進を避けながら、肩を見た。広く切ろうとして止まったのなら、一か所を突き抜けばいいのではないか。右腕の白い先端が細くなった。


「……お」


「変わった」


ルシアンも見ていた。


「やっぱり」


次の突進をぎりぎりまで待ち、横へ出る。通り過ぎる右肩へ、細くなった刃を突き出した。さっきより深く入った。


「いける!」


暴れる怪物から離れず、腕を押し込む。筋肉が膨らみ、硬い組織が割れる感触があった。ここを壊す。


「もっと!」


刃が震え、肩が黒く変色した。振り払われて転がる大和の横へ、怪物の右前脚が落ちた。今度は戻らなかった。


「当たり!」


「何がだ!」


「分かんないけど効いた!」


体勢を崩した怪物へアキトが槍を突き込む。シェルドが叫んだ。


「今!」


胸元へ飛び込み、細く長い刃を深く刺した。


「終われ!」


怪物が震えた。再生しかけた肉が止まり、黒い変色が広がる。巨体がゆっくり倒れた。距離を取り、待った。十秒ほど経っても動かない。シェルドが慎重に近づいた。


「死んでいる」


「二体……」


息を吐くうちに、刃は縮み、脚も元の太さへ戻り始めた。ルシアンが脚を見る。


「今の」


「何だった?」


「お前に聞いてる」


「俺も知らない」


「途中から速くなった。怪物が遅くなったわけじゃない」


「じゃあ、身体が変わった?」


「見れば分かる」


「そうだけど」


ルシアンの耳が動いた。


「待て」


遠くで葉が擦れた。別の方向からも聞こえる。


「まだいる?」


「いる」


「何体」


「分からない」


大和は右手を握った。脚の使い方も、刃の出し方も、さっきよりは分かる。


「来るなら――」


「大和」


アキトの声に顔を向けた。


「分かってます。無理しない」


直後、三方向で葉が揺れた。


「三体!」


左と正面、そして上だった。見上げると、長い四肢で枝を掴んだ怪物がいた。隣の木へ跳び移る。


「木の上までいるのかよ!」


「アキト、左! ルシアン、上を見ろ! 大和!」


「はい!」


「正面を潰せ!」


正面の一体に向き直った。怖さはある。けれど、この脚でどこまで動けるのか、試したい気持ちもあった。地面を踏むと、筋肉が膨らんだ。


「慣れてきたかも」


一気に距離を詰め、腹を殴る。浮いた身体を追って、伸びた刃を胴へ振った。怪物が転がり、再生を始める前にもう一度胸へ突き入れた。組織が黒く崩れ、動きが止まる。


「一体!」


「上!」


ルシアンの声に顔を上げた。樹上の怪物が真上から降ってきた。


「うわっ!」


横へ避けた場所に爪が突き刺さる。怪物はすぐ枝へ戻った。


「それ、ずるくない!?」


枝から枝へ跳ぶ相手は、脚を見るだけでは読めなかった。どこに降りてくるのかも分からない。


「ルシアン!」


「右! 次、前!」


言われた場所へ目を向けると、怪物が来た。避けて、また枝を追う。


「次!」


「左上!」


今度は上へ跳んだ。枝が一気に近づき、怪物が目の前にいた。相手の動きが一瞬止まったように見えた。大和は空中で拳を振り、横顔を殴った。怪物が地面へ落ちる。自分も落ち始めた。


「待って、着地!」


高すぎた。迫る地面へ足を向けた瞬間、脚の筋肉がさらに膨らむ。膝が曲がり、土が深く沈んだ。それでも、立っていた。


「……できた」


「何が!」


「知らない!」


落ちた怪物が起きかけていた。すぐ駆け寄り、首元を斬ってから深く刺す。黒ずんだ組織が崩れた。


「二!」


アキトたちは最後の大型に押されていた。大和が向かおうとすると、アキトが叫んだ。


「来るな!」


「何で!」


「後ろ!」


振り返ると、最初に倒した一体が這っていた。身体の半分が黒く崩れ、再生してはいない。それでも大和へ近づいてくる。


「嘘だろ。しつこい!」


戻って頭部を押さえ、もう一度深く刺した。動かなくなるまで手を離さなかった。


「三体同時は、結構きついな」


「感想は後!」


「はい!」


最後の一体の目が、大和を捉えた。


「こっち!」


走ると追ってくる。シェルドがアキトを右へ回らせた。


「脚が長い! 直線は速いが、方向転換が遅い!」


ルシアンの声を聞きながら、大和は真っ直ぐ走った。追いつかれる直前に、強化した脚で一気に横へ出る。怪物は曲がりきれなかった。アキトが槍を脚へ掛け、体勢を崩す。


「今!」


大和は反転して跳んだ。左手で右腕を支え、太くなった刃を上から胸へ突き刺す。先端が地面へ達する衝撃が伝わった。


「止まれ!」


暴れる怪物を押さえ続けた。刃の根元が僅かに広がり、傷の周りが黒くなる。やがて身体から力が抜けた。刃を抜いて離れ、ルシアンが周囲を調べるのを待った。


「もういない」


大和は座り込んだ。


「疲れた……」


「身体が?」


アキトに聞かれ、頭を指した。


「こっち」


身体はまだ動きそうだった。むしろ戦う前より軽い。だが、新しい速さで動きながら三体を見るのは、頭がついていかなかった。ロウが近づき、死体と大和を交互に見た。


「本当に、怪物を殺せるんだな」


「そのために来たんでしょ」


ロウの目が潤んだ。


「カダを助けてくれ」


大和は立ち上がった。


「行こう」


◇


夕方、森を抜けて少し高い場所へ出た。ロウが谷の向こうを指す。


「あそこ」


家々から煙が上がり、柵の外には畑が広がっていた。大和たちの村より少し大きい。


「カダ村……」


大和は歩を緩めた。初めて見る別の村だった。だが、何かがおかしい。


「……静かじゃない?」


外に人が見えない。この時間なら、畑から帰る人や食事を用意する人がいるはずだ。


「おかしい」


ロウも村を見つめていた。


「この時間なら、もっと外に人がいる」


アキトが槍を握り直し、シェルドがロウの前へ出た。


「先に行くな」


道を下って近づくと、入口の柵が壊れていた。地面に黒い液体や血がある。怪物のものか、誰かが怪我をしたのか、見ただけでは分からなかった。走り出しかけたロウを、シェルドが掴んだ。


「待て!」


「でも!」


村の中から叫び声が上がった。


「来るぞ!」


家の壁が内側から吹き飛んだ。破片の間から、怪物が飛び出してくる。人の数倍はあった。左右の腕の数が違い、背中にも脚のようなものが生えている。身体の横には、半分だけ肉に埋まった顔があった。


「……何だよ、あれ」


怪物が口を開く。その奥で、別の歯列がもう一つ動いた。


「知らない。こんなの……カダにはいなかった」


ロウの顔から血の気が引いた。


「身体が、一体じゃない」


ルシアンの言葉に、大和も見直した。腕も脚も皮膚も、場所によって違う。いくつもの怪物を無理に繋いだようだった。横に埋まった顔の目が、瞬きをした。


「……生きてる?」


怪物の目が動いた。逃げる村人、ロウ、アキトたちを見て、すべてが一斉に大和へ向く。背中が冷えた。今までの怪物にも同じように見られたが、これはもっと強い。嫌悪か、怒りか、何なのか分からない。


低い声が響いた。鳴き声のはずなのに、何かを言おうとしたように聞こえた。


「……こいつ」


さっきまで、強くなった自分の身体を試すのが少し楽しかった。その気持ちは消えていた。


「強そうだな」


シェルドが武器を構える。


「見れば分かります」


「右腕と左腕で形が違う」


ルシアンはまだ見ていた。アキトも槍先を上げる。


「脚も。数がおかしい」


右腕と脚に熱が集まった。怪物が地面を蹴る。あの大きさなのに、速かった。


「散れ!」


横へ跳んだ大和のすぐ脇を巨体が抜け、土を抉った。着地した時には、もう向きを変えている。


「嘘だろ」


多すぎる腕のどれが動くか、まるで読めなかった。


「最悪だな」


笑ったつもりだった。後ろにはカダ村があり、ロウの姉もいるかもしれない。地面を踏む。脚が膨らみ、右腕から白い刃が伸びた。


「やるしかないか!」


怪物が走る。大和も前へ出た。夕暮れの村の入口で、正面からぶつかった。


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