第二十話 準備
中継地点を作る話そのものは、意外とあっさりまとまった。
さっそく翌日、俺とリオンとフィーレアの三人で、村へ向かう道をたどっていった。
森の中の獣道を抜けて、人間たちの村へ続く細い街道に合流する、いつものルートだ。
「荷車で街道まで移動可能な立地が理想的だ」
前を歩きながら、リオンが振り返らずに言う。
「荷を背負って歩いても、そこまで時間のかからない場所。
それでいて、街道からそう遠くない位置」
条件だけ聞くと簡単そうだが、実際に歩いて探すと、なかなかぴったりの場所は見つからない。
「ここはどうですか?」
少し開けた場所を見つけるたびに立ち止まり、斜面の角度や周りの木立を見回す。
道から外れて少し入ったところに、獣人たちの足跡が薄く残っているのが見えた。
「普段から狩りで通う道だな。
ここなら、荷を背負ってでも往復しやすい」
リオンがそう言うと、フィーレアが首をかしげる。
「ただ、傾斜が少しきついですね。
建物を立てるなら、もう少し平らな場所がいいんじゃないですか?」
たしかに、足元はゆるやかに傾いていて、建設するには不向きにも思えた。
「傾斜であっても土を盛れば、建てるのは難しくないさ。少し手間はかかるが、ここは立地としては理想的だ」
リオンはしゃがみこみ、土をつまみ上げた。
リオンの中ではもうここで決まっているようだ。
「村に続く街道までもそう遠くない。荷車用に多少切り拓く必要はあるが、建材として利用することにしよう」
リオンはそう言って、ゆっくりと立ち上がった。
「こういったことは、慣れてる人の感覚に任せたほうがよさそうですね。リオンはここが気に入ったようですし、ここで決まりかもしれませんね」
フィーレアはリオンの背中を見ながら囁くように言ってきた。
レンから聞いているが、リオンは大工仕事もよくやるらしい。経験者の意見なら信用もある。
俺も見回してみる。
森の奥の集落ほど深くもなく、かといって村に近すぎもしない。
人間の目からは隠れつつ、獣人たちにとっては通いやすい、ちょうど境目のような場所だった。
「ここに……小屋、建てるのか」
口に出してみると、なんだか急に現実味が増した。
今はただの平地にしか見えない場所に、これから荷車が出入りして、品物が積まれていく。
「よし、ここを中継地点にする」
リオンが短く言う。
村と集落のあいだ。
森の匂いと、人間たちの世界の空気が混ざる、ちょうど真ん中あたり。
その一点が、今決まった。
◇
集落に戻ったあと、俺とリオンとフィーレア、それから長老を交えて、もう一度話し合いの場が持たれる。
「集落からは少し離れていますが、我々獣人の足なら問題ありません。
人間の目からも隠れやすい場所でした」
リオンが、俺たちが見つけた平地の位置を説明する。
「村までのちょうど半ば、か。悪くない」
長老は短くそう評した。
そこに、小さな小屋と倉庫をひとつ。
干し肉や薬草、それから新たに取引に加えることになった品々を、定期的にそこまで運んで溜め込んでおく。
荷車は、集落ではなく、その小屋に置いておく。
森の奥まで引き入れず、街までの区間だけを往復させるためだ。
取引に使う品の“顔ぶれ”も、少しだけ増えた。
これまで通りの干し肉と薬草に加えて、日持ちする干し果物や、傷薬用の軟膏、小さな布束など。
「一定の量が溜まったら、村を経由して街に回す」
それが、新しい決まりだった。
「森の外に出る荷が増えるぶん、集落の中の配分にも気をつけないといけませんね」
フィーレアの言葉に、長老はうなずく。
「足りなくなっては本末転倒だ。そこは、集落の者たちと相談しながら決めていけ」
中継地点の話がまとまったところで、その日のうちに建設の準備が始まった。
◇
中継地点を作る場所は、集落から少し離れた緩やかな斜面の途中にある。
森の匂いは同じでも、足元の土の硬さや、木々の間隔が、いつもと違う。
ここにこれから、新しい「小屋」がひとつ増えるのだと考えると、不思議な感じがした。
木を何本か伐って、土を盛り、平らな地面を作る。
斧が幹に食い込むたびに、鈍い音が斜面に響く。
倒した木をみんなで引きずって運び、根っこを掘り起こし、石をどける。
狩人たちや力自慢の獣人たちが、汗を光らせながら動いていた。
「俺も、なにか――」
転がしておいた丸太を持ち上げようとした。が、思っていたよりもずっと重く持ち上がらなかった。
男たちがあまりにも軽々と持ち上げてるものだからてっきり自分でも出来るだろうだなんて思っていた。
「やめとけ」
リオンだった。
「おまえじゃ力が足りない。腰を痛めるだけだ」
そうこちらに視線も向けることなく言うと、ひょいと軽々丸太を持ち上げるリオン。
実際、持ち上がっていないのだから正論だ。
これでは仮に持ち上げられても転ばせて、木を折るか誰かの足を巻き込むのがオチだ。
近くでは、年季の入った狩人が二本いっぺんに木を担ぎ上げている。
肩に食い込んでいるはずの重さをものともしない足取りで、斜面を登っていく。
「いやいや、俺、畑で鍛えられてますから! 俺だって――」
言いかけたところで、リオンが振り返った。
「アイト」
いつもと同じ落ち着いた声なのに、その一言だけで口が止まる。
「ここは狩人と大工の仕事だ。おまえの腕力では、足手まといだ」
はっきりと言い切られて、胸のあたりにぐさっと刺さった。
「畑のほうが人手が足りていない。今日はそっちを手伝え」
それ自体は正しい判断なのは分かっている。
俺がこの場で無理に丸太を触れば、誰かに怪我をさせるかもしれない。
分かっているのに、「男として情けないな」と、喉の奥が熱くなった。
「……分かりました」
返事はしたものの、現場から追い返されたみたいで、少しだけ肩が落ちる。
丸太を軽々と担いでいくリオンの背中を見送りながら、
さっきまで胸の奥でちくちくしていたものが、じわじわと広がっていくのを感じた。
ここに建つ小屋は、きっと集落にとって大事な場所になる。
そこに、今の俺はまともに一本の丸太も運べない。
畑へ向かう足取りは、行きの森道よりずっと重かった。
◇
畑仕事を手伝ったあと、夕方前の少し空いた時間に、俺は学舎の床に両手をついていた。
「いち、に、さん……」
腕立て伏せなんて、いつぶりだろう。
元いた世界では、筋トレなんて「体育の授業でやらされる面倒なもの」くらいの印象しかなかった。
ゲームの中なら、力のステータスにポイントを振れば一瞬で済んだのに、とどうでもいいことを思い出す。
ここでは、自分の腕と足を動かすしかない。
中継地点で丸太ひとつまともに持ち上げられなかった自分を思い出すと、どうにも胃のあたりがむずむずする。
これから荷車を押して、森と街を何度も往復するかもしれない。
それを考えれば、今のひょろひょろの腕じゃ話にならない。
「……せめて、荷車くらいは、自分で押せるようにならないとな」
半分自嘲で呟いて、腕を曲げる。
床に近づいた視界の端に、誰かの足が見えた。
「アイト、なにしてるの?」
背中のほうから、ココの声がした。
「見てのとおり、腕立て伏せだよ。ちょっとでも筋肉つけておかないとなって」
「ふーん……」
言いながら、ココが近づいてくる気配がする。
「ねえ、乗ってもいい?」
「は?」
聞き返す間もなく、背中にどすんと重みが乗った。
「お、おおお……!?」
思わず腕がぐらりと揺れる。
「わぁー、ゆれるー!」
ココはやたら楽しそうだ。
背中越しに伝わる小さな体温と重み。
荷車を押すどころか、子ども一人でこの有様か、と苦笑したくなる。
「ちょ、待って、今はほんとに落ちるから……!」
「がんばれアイトー!」
いつの間にか、学舎の入口から、他の子どもたちも顔を出していた。
「こらこら、ココちゃん。それくらいにしてあげてね。アイトさん潰れちゃうから」
フィーレアが苦笑しながら言う。
「だって、乗ったほうが“修行っぽい”かなって」
「いや、たしかに負荷は上がるけど……!」
悲鳴みたいな声を上げながら、それでもなんとか腕を伸ばす。
背中に乗ったココが、「おおー!」と拍手しているのが分かった。
せめてもう一回、そう思って踏ん張ったが俺は崩れ落ち、ココの下敷きになる。
「あらら、アイトもう限界?」
「うん……男して情けない限り」
目の端が熱くなる。畑仕事や森の収穫なんかでちょっとはもやしを卒業できたと思っていたが、そんなことはなかったようだ。
「はいはい。そろそろどいてあげなよ、ココ」
そう言ってユイリーがココの両脇を持ち、雑に持ち上げる。
ココはぶぅーと不満そうな表情をしていた。
「もう一セットやろう……」
床に突っ伏したままそう呟いたところで、影がひとつ、俺の前に落ちた。
「今日はそこまでにしておこうよ」
ユイリーが水の椀を差し出してきた。
「いきなり頑張りすぎると、明日全部筋肉痛で動けなくなるよ?」
「んー、仕事に支障が出かねないし、それは困るかも……」
水を一口飲んで、喉を潤す。
しぶしぶだが今日の筋トレはここまでにすることにした。
森の中でも、外に出るときでも、身体の弱さはどうしても足を引っ張る。
だったら、せめて“自分なりに”動けるようにはしておきたい。
今日できるのは、その一歩だけだ。
◇
学舎の窓から外を覗くと、相変わらず子どもたちが楽しそうに駆け回っていた。いつもの放課後だ。
今頃、現場では作業進行中だろう。
まだ建設は始まったばかりだが、リオンの話では一週間もあれば形になるらしい。
思っていたよりずっと早い。
完成後そこには、外との取引用の荷車が出入りするようになるのだ。
森と街をつなぐ、新しい中継地点。
丸太を担ぐことも、柱を立てることも、今の俺にはできない。
でも、荷車を押すこと。
相場を覚えて、どこに何を売るか考えること。
取引のあとで、金銭を仲間のもとに持ち帰ること。
それくらいなら、きっとできるようになる。
「……しっかりしないとな」
誰に聞かせるでもなく、ぽつりと呟く。
背中と腕の筋肉がじんじんしている。
それでも、昨日よりほんの少しだけ、「外に出る自分」が現実になった気がした。




