学生も楽じゃない-5
あの時は分からなかったのだが、コイツは焦るとひどく無口になる。
私は逆に、考えていることが全部口から出るタイプなので…初めてその事実を知った時は、「は?」と言う感じであった。
焦ってるなら、もっと焦ってる風に見せろ!?
いつも澄ましたような顔をしている奴なため、そんな違い分かるわけもない。
まあ今ではそんな顔からも、ある程度感情を読めるようになってしまったのだが…正直、全く嬉しくない。
相変わらず、無言を貫く奴をチラリと見て、小さくため息を吐く。
一人で考え込んだところで、ろくなことにはならないのは、身をもって知ったはずだろうに。
でなければ私は、初めてのダンジョン探索でドラゴンと戦う羽目になっていないのだ。
それに、らしくない行動まで取って…
誰に対しても優しい貴公子様のらしくない行動は、周囲から見ても驚きだったのだろう。
ギャラリーも結構いたし、もうすでに噂になっている気がする…まあコイツなら上手く誤魔化すとは思うが。
できればこちらに被害は来ないようにしていただきたい。
長い廊下には私たちの靴音だけが鳴り響く。
もうずっと誰ともすれ違っていないのをみるに、随分と奥まった所まで来てしまったらしい。
この学園は国内最大規模を誇るだけあって、ものすごく広い。そして私にはもう、ここがどこだか分かるわけもない。
無駄に曲がったり、降りたり、登ったり…?
あんなの全て覚えられる訳がないだろ!?
つまりは、コイツの腕を無理矢理振り払ったとしても、生徒会室はおろか、先ほどの場所にすら戻ることはできないと言うことだ。
詰んだ…
さらに迷って、警備の人に救出されるのがオチだろう。
流石にそれは恥ずかしすぎる…と言うか!?
「会議…!?」
なんかもう色々とありすぎて、肝心なことを忘れてしまっていた。
いや絶対忘れちゃダメなのだが。
しかも、いつの間にか奴に取られた箱の中身は、確か今日使うはずのやつで…
「心配しなくても殿下には伝えたから…今日は休みってことになったよ」
「ほんと!?」
よかった…首の皮一枚繋がったようである。ほっと一息撫で下ろす。
いやまあ私の所為で会議が延期になっている時点で、何も良くはないのだが…二人を待ちぼうけさせる事態にはならず、ひとまず安心である。
「と言うか、やっと喋ったわね?」
ジロリと奴を睨め付ける。
あれほど話しかけても、うんともすんとも言わなかったくせに、殿下たちのことに関しては教えてくれるのか。
親切なのか不親切なのか…コイツは本当によくわからない。
「それで?どこ向かってるの…これ?」
だがまあそれは今更の話か…コイツはこう言う奴だと思っておいた方が色々と楽である。
迷いのない足取りを見る限り、目的地はちゃんと存在しているのだろう。
会議より優先すべきことがあるのかは知らないが。
「まだ内緒」
「ソウデスカー」
こう言った奴が頑として話さないことは、もう経験上としてよく知っている。
何も言われずに連れ出され、帰り道も分からず、結局最後までついていく羽目になるのは…まあいつもの事なのである。腹立つことに。
と言うか、今更ながらの話ではあるが…
コイツ…ちゃんと帰り道覚えてるんだよね?
学園内で遭難とか、普通に笑えないのだが?
最終手段はいくらでもあるが…二人で遭難とか最悪の想像をしてしまい、思わず苦い顔をする。
「俺は君みたいに方向音痴じゃないよ」
「はぁ!?私は方向音痴じゃない!?」
一瞬でそれは、怒りの表情へと切り替わったが。
相変わらず、腹立つ…!?
素直に道は覚えてるとだけ教えてくれればいいのに、なんで毎度毎度私を貶さなければいられないのか。
本当に嫌味な奴である。
そもそもこんな道順、方向音痴とか関係なく覚えれる訳ないし!?
「毎度シアが迷子になるたびに、探しに行かされた俺たちの気持ちを考えてほしいものだね」
「…え?みんなが勝手に居なくなったんでしょ?」
「はあ…自覚がないのが一番厄介」
ものすごい疲れた顔でため息を吐かれるのは納得いかない。
私は普通に歩いていただけなのに、気が付いたらみんな居なくなっているのだ。
断じて私が方向音痴なわけではない。
ーーーガチャ
「ちょ…」
そうこうしているうちに、なぜか屋外へ?
あんなにグルグルと校内を回った意味は?
絶対に無意味だったとしか思えない。そして、外に出てもここどこか分からない。
しかも綺麗な庭園だと言うのに…まるで人気がないのはなぜだろう?
肌を焦がすような日差しに、思わず目を細めていると…
「…ん?」
途端に影ができた。
雲一つない青空だったため、太陽が雲で隠れたわけもない。
つまりは隣の奴の仕業か。
見上げれば、その手に持つのは上品な白い日傘。
「一体、何がどうなったら入れ替わるわけ?」
私のためにさしてくれるのは結構だが…さっきの箱どこへやった?
失くしても私は責任持たないぞ?
「淑女の嗜みだよ」
そして、答えになっていない答えが返ってくるのである。
私のこと、淑女とか絶対に思ってないくせに…
日傘が貴族の女性にとって必需品であることは知っているが、あいにくこちとら平民なのである。
そんなものさすくらいなら、目的地までダッシュで走る。
そもそも街中でそんなものさしてたら邪魔だ。人混み舐めてんのか!?と言う感じである。
でもまあ、下手に日焼けするとばあやさんに怒られてしまうため…ここは素直に従っておこう
あの笑ってるのに笑ってない、ばあやさんのお説教はかなり心にくる。
この前も、門限過ぎて怒られたばかりだし…
その時はコイツがいたため、いつもよりは短く済んだが…と言うかそもそも、コイツが全ての元凶だ!?
直ぐに終わるって話だったのに、普通に日付跨いだぞ!?
改めて思い返しても、なぜ素直に着いて行ったのか…
「ほら、見えてきたよ。あそこが…」「もう絶対にコイツには着いて行かない」
「「…」」
図らずとも会話が被ってしまい、無言で顔を見合わせる。
「…いや、現在進行形で着いて来てるよね?」
「これはノーカンで」
帰れないのだから仕方ないじゃないか。
ひとまず過ぎたことはさておき…アイツから視線を外し、正面へと顔を向ける。
そこにあったのは…
「…温室?」
庭園のど真ん中に佇んでいる、ガラス張りの大きな建物なのであった。




