学生も楽じゃない-3
「ちょっとそこの平民!」
「…」
「無視してんじゃないわよ!?」
「…おっと」
突然後ろから肩を掴まれ、一体何だ?と怪訝な顔で振り返る。
あいにくこちとら使いっ走りにされて、今ようやく生徒会室に行けるところなのだ。
今日は会議するって言われてたのに…
もうすでにこの時点で、遅刻確定なのである。あいつに嫌味を言われる未来しか見えない。
「このわたくしが声を掛けてあげたって言うのに…無視するだなんて、一体どう言う教育を受けてますの!?」
振り返った先に居たのは、ものすごい形相の複数人の女子生徒たち。
あいにく顔も名前も覚えちゃいないが…
「私の名前は「平民」ではありませんよ?」
あっちも覚えていないのだからお互い様だろう。
平民とはまた主語のでかい呼び方をしたものだ。名前が分からないにしても、もう少し特徴を絞ってほしいものである。
この学園に通う生徒の半数は、私と同じ平民なのだから。
「いや、それは知ってますわよ!?あなたの名前はエルシアさんでしょう!?」
…あら?
どうやらあちらは、私の名前を知ってくれていたらしい。
これは予想外も予想外…お貴族様が、一平民の名前まで覚えているとは思わなかった。
「そうでしたか…ではこれから名前でお呼びください。そうすれば、すぐに気が付けますので」
「わ、分かったわ…?」
貴族令嬢は毒気が抜かれたように、何とも言えない顔で頷いてくれた。
ふむ…これでひとまず、相手に気が付かずスルーしてしまったなどと言う事態は防げるだろう。
あ、そうそう…質問にはちゃんと答えておかないと
「あとうちの教育方針は「実践あるのみ」です」
「…いや、あれはそう言う意味じゃないわよ!?」
素直に答えたのだけだったのだが…どうやら彼女たちの反応を見るに、かなりズレた回答をしてしまったらしい。
いやまあ、確かに一般的な回答ではないのか?
私は単純に時間が無さすぎて、ぶっつけ本番が日常だった人間なだけだ。
おかげで、人間極限状態に置かれれば、大抵のことは何とかなるのだと身に染みて実感したが…まあ、一歩間違えれば死しかないのは言うまでもない。
「一身上の都合で、私は今まで学校には通えませんでしたので…」
「あ、あら…そうなの…」
貴族令嬢たちの勢いが、目に見えてなくなったのはなぜ?
ちなみにこの国の教育制度は、世界的に見てもかなり高度な水準で整っているらしい。
そのため平民と言えど、学校に通えないのは…私みたいに仕事を押し付けられた人間か、ひどく病弱な子供くらいだ。
「と言うことで、模範回答を教えていただいてもよろしいですか?」
「いや、そんなものないわよ!?」
そして、模範回答なんてものは、はなから存在しなかったらしい。
貴族の会話って難しい…
これなら動物たちとの会話の方が、まだ話が噛み合う気がする。
あと普通に癒される。好きなだけモフモフさせてくれるし。
まあ…「この虫が美味しいの!」とか言われて見せられた時には、普通に卒倒したが。
あの光景は今でもトラウマである。
「あれはどう言う教育を受けたのか、知りたかったのではなくって…」
何やら気まずげな顔で、口篭っているが…
「あ」
「…突然なんですの?」
なるほど、そこ言葉でようやく察した。
「育ちの悪さについて言いたかったのですね?」
「…!?」
「否定はしませんよ。先ほど言った通り、ろくに学校にも通えませんでしたし…あなた方から見たらそう見えるのは当然でしょう」
ようやくスッキリした。どうやら話が噛み合わない原因は私だったらしい。
いやまあ、もう少しわかりやすくストレートに言ってくれたら、良いだけの話ではあるのだが。
こう言う貴族の遠回しな?回りくどい言い方はあんまり好きじゃない。なぜなら毎度察せないから。
だが、ここまでくれば流石に私でも察する。
「となると…そんな人間が生徒会に所属しているのが許せない、と言った話ですかね?」
ーーービクリ
彼女たちの表情があからさまに変わったのを見るに、どうやら図星なのだろう。
生徒会に指名された直後は、こんなことはしょっちゅうだったのだが…最近は減って来ていたため、普通に油断してしまっていた。
「まあこれも繰り返しになってしまうのですが…そう言うことは、私を指名した生徒会長に言ってください。平民の私には、生徒会を抜ける権利も…まして直訴する権利も持ち合わせていませんから」
もう何度言ったかも分からない定型文を並べながら、軽く周囲を見渡し、予想以上に人が集まってしまったなと途方に暮れる。
貴族って言うのはみんな暇人なのか?こんなつまらないものを見て、一体何が面白いんだか。
箱を抱えている腕も痺れてきたため、もう正直なところ、無理矢理にでもこの人だかりを掻き分けて立ち去ってしまいたい。
ちょうど、そんなことを考えていた時…
「…うわよ」
「え?」
聞き取れないような声でボソリと何か呟かれ、首を傾げながらご令嬢の方を見た。
肩がブルブルと震えているけど…もしかして寒いのかな?
「違うわよ!?私が言いたいのは、ウィリアム様に馴れ馴れしくすんなって話よ!?」
「アー、ソッチカー」
これまた何度言われたか分からない苦言に、思わずスンとした表情になる。
正直生徒会関連よりも、アイツの所為で呼び出されることの方が多いのは…いったいなぜだ?
マジでアイツろくなことしねー
「ウィリアム様の隣の席で…」
「それは学校側に文句言ってもらえます?」
「生徒会も一緒…」
「それは殿下に」
「いつも仲睦まじく話しているじゃない!?」
「一方的に絡まれてるだけですけど???」
何をどう見たら、仲睦まじく見えるのか切実に教えてほしい…いややっぱ、知りたくないかも。
前半二つは完全なる不可抗力だし。
それで私を責めてくるのは、どう考えても理不尽すぎやしないか?
「ちなみに、後ろの皆さんは…あ、はい。同じ意見で…」
念の為に聞いてみたのだが、ものすごい深く頷かれてしまった。どうやらこれが彼女たちの総意らしい。
…なんで私がアイツの所為で、こんなに苦労しなければならないんだよ!?
割とマジで、そろそろキレても良い気がする。
私は深いため息を吐きながら、これまたいつもと同じような言葉を紡ぐ。
「何を心配されているのかは知りませんが…この学園を卒業したら、もう二度と会うことはないですよ」
「…え?」
毎度ここで驚いた顔をされる理由は、いまだに分からないが。
「貴族と平民は住む世界が違います。その在り方も生き方も…根本的に何もかもが違うのですよ」
そう私は知ってる。
「国のために生きるあなた方と、明日の生活のために生きる私たち…まあ話が噛み合わないのも当然でしょう」
たかだか国のために、その身を躊躇なく犠牲にする奴がいることを。
「この国の将来を担う公爵家のご子息と私とでは、はなから立場が違うのですよ」
私はそれが理解できないし…理解したいとも思えない。
「あ、私が役人になるかも?なんてことは心配しなくていいですよ~。元々この身じゃ、国に仕えることなんて出来やしませんから」
元々制約の多い身だ。正直、この学園に通えていることすら奇跡である。
いやまあ、私が望んだわけではないのだが…
と言うか、顔色どんどん悪くなってないか?
よくよく見たら、彼女たちの顔は真っ青を通り越して真っ白である。
全員一斉に体調不良とは、何とも珍しいが…これは早めに話を打ち切きって、今すぐ保健室まで連れて行くべきだろう。
「えーと、だから…そう!私はもう消える側の人間ですから、あなた方がいちいち気にする相手では…んぐっ!?」
だが突然、背後から何者かに口元を押さえつけられてしまった。
頭の中は完全にパニック…
全然気配感じなかった!?
これはマジもんの不審者かもしれない…!
なんてこともない。むしろ感動している節さえある?不謹慎すぎるが。
そんな私は、両手は塞がってて使えないよな?と冷静に思い、不審者に向かって足払いをかけようとしたのだが…
「それはシアが決めることじゃないよ…もちろん君たちもね」
なぜかいつになく機嫌の悪い奴の声が、すぐ耳元で響くのであった。
…いや、またお前かよー!?
もう奴は暗殺者に転身するべきだと割と本気で私は思う。




