夢と現実の狭間-1
もし過去に戻れたら
誰もが一度は考える事だろう。
あの頃を懐かしみたい
自分の未来をより良くしたい
理由は色々あるだろうが、あくまでそれは仮定の話。そんなことは実際に起こり得ないと分かっているから、あれやこれやと好きに想像を膨らませるのだ。
そう、過去に戻れるなんてあってはならない…なぜなら過去が変われば、未来も変わってしまうのだから
寒い…
夏なのになぜか肌がひんやりとして、寝ぼけ眼に布団らしき物を手探りで引き寄せる。
冷房の効きすぎか?
「ちょ…」
しかも布団が固い。暖かいは暖かいのだが…まあ保健室の布団にあまり求めるものでもないか。
「ねえ、シア」
しかも絶賛喧嘩中?で、この場に居るはずのない奴の声まで聞こえて来る始末だ。
やっぱり疲れてるのかな…
幻聴が聞こえて来るレベルとはかなりやばいだろう。本格的に身体は休息を欲しているらしい。と言うことで、二度寝に入ろう。
「いい加減起きて」
「嫌、まだ寝る」
「はあ、また出発が遅れるんだけど…」
反射的に返事をしてしまったわけだが…
ん?会話が成立してないか?
しかもこんな感じの会話をアイツと昔した覚えがものすごくある。まさか幻聴で再現するとは…私のウィルへの解像度が高すぎるみたいでちょっと嫌だ。
「ねえ、今顔顰めたよね?もうほとんど起きてるよね?」
これは何がなんでも一回起きた方がいいやつらしい。このまま微睡んでいたら、いつまで経ってもやけにリアルな幻聴は消えてくれなさそうである。
「はいはい…起きればいいんでしょ」
嫌々ながら瞼を開く。
そして真っ先に目に入ったのは…
「は?」
無駄に整ったアイツの顔だったのである。
まつ毛長!?肌白!?
本当に女に生まれていたら傾城の美姫になっていたことだろう。いや、今でも割と似たようなものだが。実際その美貌で外交問題にまで発展させてる奴である。ちょっとは慎ましく生きろ。
「人の顔見てその反応は傷付くんだけど」
どうやら無意識に睨みを利かせていたらしい。
「いや、思ってもいないこと口にするな」
「相変わらずだね」
そして反射的にツッコミを入れていたのだが、なぜか呆れたような顔をされてしまった。
解せない…と言うか、なんであんたがここに?
あんなことがあった後に、堂々と顔を合わせられるほどコイツの面の皮は厚くない。案外打たれ弱いため、今は絶賛傷心中だろう。まあ元凶たる私が言うべきことでは絶対ないと思うが。
「別に俺がベットに潜り込んだわけじゃないからね?」
そんな心配は別にしていないのである。ウィルは基本紳士的…まあ距離感はバグっていると思うが。
となるとやはり夢か?
覚醒したと思ったら、実は夢だったパターンもなくはない。
実際に現実と区別のつかないほどの夢…予知夢を見たこともあるのだ。予知夢とは読んで名の如く、未来を予知する夢のことである。先生によると予知夢も聖女の能力の一種らしいが…自分でも自由に見ることは出来ないのか、割とどうでもいいことばかりしか見たことがない。次の日の夕食の光景だとか、数時間後に雨に降られてびしょ濡れになるとか。基本的には何の役にも立たない、本当にただのやけにリアルな夢なのである。だから先生くらいしか、予知夢のことについては話していない。
でも今回は少し違う気がするな?
まあ体感的なものなのだが。何より、聖女の力はもうほとんど使えないのだ。予知夢を見ることもまずあるまい。
と言うことは、やはり現実?
え、何…結構思いっきり突き放したのに、まさかのノーダメージ?
「…何で一緒のベッドに?」
奴の真意を確かめるためにも、まずは現状の把握に努めようとしたのだが…
「シアが寒いからって、呼びに来た俺を引き寄せたんでしょ」
「あー…」
残念なことにひどく身に覚えがあってしまったのだ。
私、ウィルを布団だと思ったのか…
流石に寝ぼけ過ぎてて何も言えない。
いやその前に、私に引き寄せられたからって、素直に布団に入って来るなと言う話だが。
「とにかく早く準備しなよ。みんなはもう下で待ってるから」
「ぎゃ…!?」
そのまま勢いよく腕を引っ張られ、無理矢理起き上がらせられる。そして勢い余って、アイツの胸に鼻をぶつけた。
痛い…
「結構身体冷えてるな…だからもっと厚着したらって言ったのに」
本物の布団がずり落ち、そのあまりの肌寒さに身体を震わせたのだが、アイツが触れた腕だけなぜかひどく暖かい。
「それよりも冷房切ってよー」
この寒さには耐えきれず、無意識のうちに温もりを求めてウィルの方へと擦り寄っていたわけだが…
「は?冬に冷房なんてかけるわけがないでしょ?」
どうやら寝ている間に季節は反転してしまったらしい。
…は?
ほとんど真上にいるウィルを怪訝な顔で見上げるが、なぜかあちらも怪訝な顔でこちらを見下ろして来る。しばしお互いに無言で見つめ合った後…
「外見たら」
アイツの指先を追って、窓の方へと視線を向けた。
「…白くて何も見えないんだけど」
そこに広がっていたのは白い世界。本当に一面真っ白で、景色も何もない。
いや、と言うか待って?ここ保健室じゃない?
今更ながらに違和感の正体に気が付いてしまった。
「また吹雪出したか…出発は延長だね」
座っているベッドは保健室のような簡易ベッドではなく、木の温もりを感じられるしっかりとした作りのベッド。足元にかかっている布団は、おそらくマザーグースの羽毛を使った寒冷地でよくみられるとても暖かい布団である。さらに視線をずらせば、薪のくべられた暖炉が見え…
『不滅の炎』
ーーーボッ
決して消えることのない神の炎が、静かにその場に灯ったのであった。
「何してるの…普通こんなことで聖女の力を使わないでしょ。せっかく教えてあげたんだから、生活魔法の方を使いなよ」
ウィルの呆れたような声が聞こえて来るが、今はそれどころではない。だって使えてしまったのだ。聖女の力が…呪いが全く進行せずに。
いや、と言うよりも…
そもそもこの身体には呪いの影形もない
自身の身体を見下ろして、私は震える声でウィルに尋ねる。
「ねえ…今って確か、フリグス高原で足止めされてるとこだっけ?」
「そうだけど」
最後にフリグス高原へ行ったのは、今から約5年前。
信じたくはないのだが…どうやら私は、過去に戻って来てしまったと言うことらしい。




