体育祭-9
そのまま本部テントに戻った私は、特に滞りなく仕事を進めた。運営の指示だし、得点の集計、競技進行のアナウンスなど…頼まれるがままに引き受け、全てそつなくこなした。そんな私にドン引きしていた人たちもいたが、本当に心の底から興味がない。大方嫌がらせ目的で仕事を押し付けてきたのだろうが。
「エルシア…仕事はきちんと割り振ってあるんだから、断っていいんだぞ?」
「いえいえ、もう競技は出ませんし大丈夫ですよ~」
むしろ忙しい方が無駄に考え込まなくて済む。
笑みを浮かべながら軽い口調で言ったつもりだったのだが、隣に座ってきた殿下はどこか難しい顔をしている。どうやら納得してくれていないらしい。まあそうだろう。私なんかの笑みで殿下を欺けるはずもない。
「なあ、さっき倉庫で…」
一体何があった?
そう殿下は聞こうとしたのだろう。けれどそれは最後まで言葉にならなかった。他ならぬ私が拒絶したから。大人気なく、一般人に向けるべきではない圧をかけて。殿下は僅かに顔を顰めてため息を吐く。
「分かった。俺は何も聞かない…だが、これだけは言わせてもらおう」
圧は緩めたが、警戒心は解かずにじっと殿下を見つめる。
「ちゃんとウィルと話し合えよ」
「…善処します」
「いやそれ絶対話し合う気ないやつだな?」
察しのよろしいことで。殿下の呆れたような視線は見なかったことにする。
だって話し合いなんてするだけ無駄だ。話は平行線、どちらも折れることは決してないのだから。
それに…今私たちが険悪な空気になることは、殿下にとってもそう悪くない状況だろう。
「今度の夜会」
ーーービクっ
あなたは全てを知っている側なのだから。
あからさまに反応してしまい、バツの悪そうな顔をしている殿下に構うことなく言葉を続ける。
「隣国の王女殿下があれに一目惚れしたのでしょう。まあ見た目だけはいいですからね」
今に始まったことでもないので別に驚きはしない。意外なのは、アイツ自身が拒んでいることくらいだ。
「今度の夜会は、お茶会にすら顔を出そうとしないアイツを呼び出すためだとか」
いつもなら適当にあしらうだろうに、こうもあからさまに拒絶するのは珍しい。お茶会くらい付き合ってあげればいいものを。いや、そんなことを言う資格はないな。その約束を蹴ってまで、アイツは私の隣にいたのだから。
下手したら外交問題に発展しそうな事態にまでなっているなんて、本当にらしくない。その原因が私だと言うことにもほとほと嫌気がさす。
「まあ国王陛下主催であれば行くしかないでしょうね」
いくらアイツが高位貴族であっても、国王陛下からの招待を拒否するわけにはいかない。出席は義務だ。逆に言えば、この話は国王陛下も乗り気だと言うこと。一貴族に拒否権はない。あっても拒否するべきではない。
「…誰から聞いた?」
「アイツじゃないことだけは確かですよ」
殿下からの探るような視線を軽く交わし、私はただただ手元のペンを走らせる。
この反応を見るに、あの不審者からの情報は正しかったのだろう。そして、学園内でこう言った類の噂を聞かないと言うことは、まだ公表されていない…一部の者達しか知らない極秘事項。なるほど、ますますあの不審者の怪しさが増したな。
まあ殿下の私に対する不信感も増したと思うが。
「そんな顔されなくても何もしませんよ。私はただの平民ですから」
苦い顔をするばかりで、殿下の反応は芳しくない。
疑われてるなぁ…まあ、そういう風に仕向けたのは私だが
殿下も色々と私のために動いていてくれたことは、何となく察している。でもこれ以上はお世話になれない。なるべきではない。
「私はどの国にも着くつもりはありません」
私は何も返せないのだから。
「どうかこれ以上、私に時間を割かないでくださいね?」
だかららしくない笑みを浮かべるのだ。
「両国が友好な関係を築けることを、一国民として願っていますよ」
私とあなた達は違うのだと明確に線引きして。
「…ウィルにも似たようなことを言ったな?」
「ふふ、さあどうでしょうか?」
いつになく鋭い視線を向けてくる殿下に返せるのは偽りの笑みだけ。下手なことを言えば、それこそ余計に目をつけられてしまう。まあもう遅いとは思うが。
「少なくとも、あなた方が私と共に過ごすべきではないことだけは確かですよ」
今ならまだ間に合う。彼らだけなら本来歩むはずだった道に戻れる。私は恩を仇で返すほど薄情な人間ではない。
「殿下、今一度よく考えてください」
殿下は優しい人だ。
「たかが平民のため、あなたが負うべき責はありません」
止められなかったことを、何もできずに送り出してしまったことを悔いているのだろう。でも私は覚えている。
「この国には殿下のような方が必要です」
あの時唯一、幼い私のことを気にかけてくれた同じ年頃の少年のことを。
「私はあの時、確かにあなたの言葉に救われたのですから」
誰も彼もが聖女と言う名の都合の良い道具として見る中、唯一エルシア自身の心配をしてくれたのは殿下だけだった。
「ウィルを旅のメンバーにねじ込んだのは、殿下なのでしょう?」
証拠があるわけではないが、確信はある。
なぜなら現段階で、アイツが旅のメンバーに入ったメリットがまるでないからだ。レオは勇者として名をあげているが、ウィルは勇者一行の魔法使いという肩書きを公にしていない。しかも貴族は幼い頃から家同士の繋がりのため、交友関係を築くのが一般的らしいが、アイツはそれが全くできなかった。
「まあ上としても、監視及び籠絡の手段としては最適だと思ったのでしょうが…」
生きて帰れるかも分からないのに、わざわざ公爵家の嫡子を危険な旅には出さないだろう。アイツの魔力の高さを考えると尚のこと。
「結果はご覧の通りです」
アイツは自分の意思で生きることを選び、私はくだらないことで騒ぎ合える友を得た。
「あの頃からずっと感謝しているんですよ…カイゼルには」
生きて帰ろうと思った。
心優しい少年が罪悪感に苛まれないように。あんなろくでもない大人達の思い通りにならないために。
ただの平民と交わした口約束を、今もなお、守ろうとしてくれているカイゼルになら…
「ウィルのこと、よろしくお願いしますね」
あのバカも託せる。
いつになく穏やかな笑みでそう言ったエルシアを、カイゼルはただただ呆然と見つめるしかなかった。
その姿は奇しくもウィルと似通っており、「流石従兄弟…」とエルシアは謎に感心していたと言う。




