体育祭-3
「ちゃんと仕事してよね」
「してますー」
近づいて来た途端に嫌味を言いやがる奴を睨みつけるが、相変わらず効果は薄い。もう少し威圧感を出したらいいのか?どうやって出すのかは知らないが。
「俺にもお茶ちょうだい」
「来る途中に貰ってくればいいものを…」
女子生徒からタオルやらドリンクやら手渡されていたのだから、受け取ってあげればいいだろう。まあコイツのことだから「知らない人から貰えるわけないじゃん」とか平気で言うのだろうが。ちなみにこの場合、遠慮してとかではなく普通にコイツが嫌だからと言う意味だ。タオルはまだしも、飲食物は何を仕込まれるか分からないから嫌らしい。貴族こわっ!
仕方なしにグラスにお茶を注いで手渡す。ついでに自分の分も追加しておこうか。
「ねえタオルは?」
「いらないでしょ」
走って来たばかりだと言うのに、汗ひとつかいていないコイツにそんなもの必要ない。
絡んでくる奴の手を振り払いながら、今しがた届けられた結果を素早く集計して行く。そう仕事はちゃんとしているのだ。ただ競技の結果が届かないことには何もできないと言うだけで。決して暇人ではない。
「と言うか、何で救護テントの方にいるわけ?」
「隣なんだからどっちに居ても良いでしょ」
「いいけどよくない」
「…いやどっち?」
しれっと先生との間に無理やり入り込んで、意味の分からないことを言い出した奴に、呆れた顔をする。その後ろからは笑い声が聞こえるため、姿が見えなくなってしまった先生は相変わらずのようだが。
「ウィルは相変わらずだなー」
「気安く愛称で呼ばないでください」
「ひどいなぁ、昔はあんなに…」
「黙れ」
2人のやり取りを見て毎度思うのだが…絶対仲良いだろう?
私があった時にはもうすでに知り合いみたいだったし、付き合い自体は確実に長い。しかもここまでアイツが素を見せるのは…おそらく先生くらいだ。「黙れ」とか私でも言われた事がない。言い方は腹立つが、言葉遣いは基本丁寧なのである。まあ先生は見るからに楽しそうに揶揄ってくるため、普通に腹立つのも分からなくはないが。
「ねえ、シアちゃん。幼い頃のウィルは可愛かったよね?」
アイツの後ろからひょこっと顔を出した先生が、楽しそうな様子で訪ねてくる。どうやら私も巻き込む方向らしい。
「まあ顔だけは、文句なしに可愛かったですよねー」
そして、特に言い渋ることもないので素直に応えるのである。
「確かにシアちゃん、「ウィルが女の子だったら友達になったのにー」ってよく言ってたもんね~」
「だって天使みたいに可愛かったんですよ?見た目だけは」
頭の上に天使の輪っかが乗っているように見えたのは、私の幻覚ではないはずだ。まあその作られた表情を見た瞬間、気持ちは一気に冷めたわけだが。
「ふふ、初対面でウィルの本性を見抜いたのは、シアちゃんとレオくんだけだね」
先生はなぜか嬉しそうに笑っていた。
「私はレオみたいに寛大にはなれませんでしたけどねー」
いつもなら口を挟んでくるであろうアイツは、こちらを振り向くこともない。
「シアちゃんはそれで良いと思うよ…だからこそウィルは変わったんだろうから」
ひどく穏やかな顔で、そう告げた先生に対し…
「…え?これ何か変わりました?」
私は素っ頓狂な声を上げるしかないのであった。
「変わった変わった~。昔はこんなに感情表に出すタイプじゃなかったし」
「まあ、それは…」
確かにそうかもしれない
当時のことを思い出し、思わず苦い顔をする。
出会った時のコイツは、笑っていたけど笑えていなかった。まるでそうするべきだからとでも言う風に、ただ口元に笑みを浮かべているだけで。
「まあ私は、貴族じゃないから好き勝手言えただけですよ。レオの対応が正しかったことくらい今なら分かります」
この世界で偽りの仮面を付けることは、何も悪いことではない。誰もが生きるためにやっていること。
「だけどあの時ウィルに必要だったのは、嘘偽りないシアちゃんの言葉だったよ」
「大袈裟な…」
あまりにも真っ直ぐに、いつになく真剣な顔でそう告げて来る先生に流石に狼狽える。
私がしたことと言えば…暴言を吐く?ことくらいだ。改めて思い返してもろくなことしてないな。
「シアちゃんあの時言ってたよね?このままじゃウィルは、本当に自分の感情が分からなくなるって」
「…よく覚えてますね」
もう10年も前のことなのに
と言うか、なぜ今蒸し返す?本人ここにいるのだが?
いまだにピクリともしない奴が、色んな意味で恐ろしい。別に知られて恥ずかしいことはないが、コイツとしてもあまり気分のいいものではないだろう。だから、さりげなく話題を変えようとしたのだが…
「その言葉でようやく我に返ったよ。やっぱりあんなのは間違ってるって」
できなかった。
いつになく熱を込めて、そうはっきりと言い切った先生の顔が、どこか後悔しているように見えたから。その言葉の意味を正しく理解できたわけではない。だがあの時の私の言葉が、先生の中の何かを変えたことは察した。
「誰かのために生きることは悪いことではない。でもそこに自分の意思がないのは、ただの自己犠牲だ」
その言葉はよく覚えている。なぜならそれは、自分自身に向けられた言葉でもあったのだから。
「シアちゃんはこうも言ってたよ…「私は自己犠牲の旅に出たんじゃない、自分の大切な人たちを守る旅に出たんだ」って」
「よく覚えてますね…」
流石にそこまで覚えられていたとは思わなかった。嘘偽りない本心ではあるが、改めて言われると恥ずかしい。
若干火照り始めた頬を、手でパタパタと仰ぐ。
あれ?何でこんなことになってるんだっけ?
「ひと回り以上も違う女の子に気付かされるなんて、正直情けない話だけど…」
先生はここじゃないどこか遠くを見ていた。それは10年前のあの時なのか、それよりももっと昔なのか、私に知る術はない。
でも一つだけ、確実に言えることは…
「私の言葉がキッカケになろうが、実際に行動に移したのは先生ですよ」
「…え?」
予想外の言葉だったのか、先生は現実に引き戻され驚いたような顔をしていた。
「子供の私たちに出来ることなんて限られているのだから、先生が何かしら動いたことくらい分かります。それがウィルにとっていい影響を与えたことも」
見上げれば、いつの間にかこちらを向いていた奴と目が合う。
「照れ隠しで強く当たるのも結構だけれど…ちゃんと先生に感謝しなさいね?」
「…照れ隠しではない」
「いやそこ?」
流石に自覚はあるだろうから素直に頷くかと思ったのに、まさかの反撃をくらい面食らう。
「でも、感謝はしてる…」
「…!?」
珍しく素直になったアイツに感激したのか…
「ウィルー!」
「ちょ…!?」
先生が目をうるうるさせながら勢いよくウィルに抱きついた。抱きつかれた本人も焦った顔はしているが、振り解かないあたりまんざらでもないのだろう。やっぱり仲良し。
私はそんな2人を微笑ましく見ていたわけだが…
『きゃー!』
「…ん?」
なぜかそこかしこから歓声が上がってる?
「は!まさか防音結界しか張ってなかったってこと!?」
その辺は先生に全任せだったので特に気にしていなかったのだが、これ絶対見えてる。めっちゃ注目されてる。
私はギシギシとブリキ人形みたいにぎこちない様子で、この騒ぎの渦中にいる奴を改めて見上げたわけだが…
「…顔死んでる」
いい感じにまとまったと思ったのに、この様子だと2人の仲直り?はまだまだ先なのだろうなと…私は静かにため息を吐くのであった。




