秘密の花園…いや、魔境?
最近どんどん気温が上がっていているが、ここは常に空調が効いているおかげでとても快適である。
太陽の光を遮るものもないのに、そこまで暑いと感じないのは…一体何故なのだろうか?
「またここにいるの?」
聞き慣れた声に顔を顰める。
また来やがった…
その言葉、そっくりそのまま返したいと言うものである。
「どこに居ようが私の勝手でしょ」
振り返った先に居たのは予想通りの人物で、「暑い…」なんて言いながら制服の上着を脱いでいた。
「おいこら、第一ボタン…いや第二ボタンまで開けんな」
「別に他に誰も居ないし良いでしょ」
そう言う問題ではないのである。無駄に色気振り撒くなと言う意味なのである。
他の人が…特に女子生徒が見たら阿鼻叫喚だな
普段からキッチリと制服を着る奴だが、実際にはあまりそう言った服が好きではない。
いつものあの陰気臭いローブが1番とか言ってる奴だ。まあ確かにあれ全身隠れるから、中に何着てもいいし楽だと思うけど。
アイツから視線を外し、その場にしゃがみ込みながら葉っぱの観察を始める。
「ちょっと色が薄いし、元気なさそう…」
「いや違い分からないんだけど」
いつの間にか近づいて来たのか、奴が隣の株と見比べて怪訝な顔をしていた。
「いや見れば分かるでしょ」
さらに顔を近づけて観察し始めた奴を尻目に、腰に巻いたポーチから小指くらいの小さな瓶を取り出す。
透明な瓶の中には、鮮やかなオレンジ色の液体が入っており…
「それ何?」
「栄養剤」
蓋を親指で弾き、そのまま先を土にぶっ刺す。
「色すごいんだけど…」
いやまあ、それは否定しないが…
「自然界に存在してるものしか使ってないわよ」
断じてヤバい薬ではない。
なんか色々混ぜ合わせたら、こうなってしまっただけで…見た目はともかく効果は確かだ。
ここは薬草園…と言うか、コイツが魔法薬の材料を育てるために学園側から借りた温室である。
おかげで普通の植物の他に、魔法植物も多々紛れ込んでいるため…
ーーーキェー!
たまに奇声が上がる。
「はーい、ご飯ですね~」
ペロペロキャンディーみたいな形の植物が、ゆらゆらと揺れて私に食事を催促して来ていた。
立ち上がって机の上に置いてあったカゴを持って来た私は、その中に入っているカラフルな…甘くて、丸くて、溶けるとベトベトする食べ物を…その植物たちに向かって一斉にぶち撒ける。
ーーーキュエー!キュエー!
「おー、喜んでる~」
あとは各々、自分の好みに合わせて勝手に食べてくれるであろう。
「あ」
一粒狙いが外れてしまったものが、コロコロと転がって…
ーーーコツン
奴の足元にぶつかった。
それをゆっくりと拾い上げたアイツは、自分の目の前まで持って行って…
「…飴じゃん」
なんとも言えない顔で、ボソリと呟くのであった。
「飴だけど?」
何を当たり前のことを…
「共食いじゃん」
「…あ」
振り返ればそこに居るのは、美味しそうに飴を食べているペロペロキャンディー?
確かに共食い…めちゃくちゃシュールだ。
まさかの新事実である。こう言うものだと思ってたから、言われるまで気が付かなかった。
「と言うかそもそも、俺こんな魔法植物持って来た覚えないんだけど?」
「ペロちゃんは定番でしょ。需要も高いし」
「あれペロちゃんって言うんだ…」
好きな植物を育てていいと言ったのはそっちなのだから、そこに関しては文句を言われる筋合いはない。
ちなみにこのペロちゃん、収穫するとただのペロペロキャンディーになるので、そのまま食べることが出来る。
与えた飴によって効能が変わるため…今回は風邪薬にしてみた。
ちなみに私が作った飴は、効果重視なため普通に食べるとものすごく苦い。だから一旦ペロちゃんの中で消化?されることで、効能は3割り増しになって、ペロちゃんの味そのままを提供できるようになるのだ。
ペロちゃんは普通に食用として売られている飴で、子供達にも馴染みが深い。言ってしまえば、ただの普通に甘い飴である。おかげで子供たちが、薬とは知らずにすんなりと舐めてくれるため…子育て世代の方に、絶賛爆売れ中である。
え?もう商品化したのかって?
ねー、仕事早いよねー
これでも商会に伝手はあるため、そっちに全て丸投げしておいた。ちょっと難しいことはよく分からない。
そう言えば、コイツにそのこと言ってなかった気もするが…まあ別にいいか。このくらい、いちいち報告するほどでもないだろう。
奴は改めて温室内を見渡し、見覚えのない植物がチラホラ目に入ったのか…
「ここ魔境じゃないよね?」
呆れたように眉を顰めた。
「違うわよ。まあ、半分以上魔法植物だから…そう見えないこともないけど」
おおよそ普通の温室でないことは確かだろう。風流のカケラもない。
確かに調子乗って、色々と集め過ぎたが…
「文句言うなら私に任せんな」
全てはその一言に尽きる。
だってこんなに良い設備で、申請すれば大抵取り寄せてくれるのだから…フル活用しない手はないだろう。
「仕方ないでしょ。俺は君みたいに暇じゃないし」
「私も暇じゃないですけどー???」
生徒会の仕事の他にも、色々と覚えることもあるのだ。決して暇なわけではない。
アイツより忙しいかと問われれば、無言を貫くしかないが。
「あれから、ほぼ毎日入り浸ってる人がよく言うね」
「アンタもかなり高頻度で出現するでしょうが!?」
それが一番の謎なのである。
どうせ色々と抱え込んでいるのだから、コイツが忙しいのは明白だ。自分でも言ってるし。
にも関わらず、ほとんど毎日ここに顔を出している私と…同じくらいの頻度で現れてる気がする?
やはりコイツはよく分からない。
ソファーに座り込み、何やら難しい顔で資料と向き合っている奴の前に、自分のついでに入れた紅茶を置きながら対面に座る。
「仕事持ち込むくらいなら、わざわざ来んな」
「人来ないからちょうどいいんだよ」
それは確かに事実だが…私は知っている。コイツが自分の執務室を学園内に持っていることくらい。
コイツや殿下みたいに、上から仕事を任せられている者は、学園側に申請すれば貸し出してくれる。
その執務室もセキュリティーはしっかりしているらしいが…
「ここは自分で結界張ったし」
まあ機密事項とかも考えると、コイツとしてはこちらの方が安心なのだろう。私がいるのはスルーか!?と言う感じだが。
上空をよくよく目を凝らして見てみれば、薄い透明な膜が張っていることが分かる。
この温室…と言うか、庭園全体に張られた特殊な結界だ。人避けとか、情報遮断とか?あいにくそれ以上のことは読み取れないが。
魔法を本格的に習い始めたばかりの私が、コイツの魔法式を読み解くことなんて、どう考えても不可能なのである。
まあこの魔法式が、芸術的なほどに完成されていることだけは私でも分かるが。
アイツがたまに、ローブを着たおじさま方に詰め寄られていた理由も…今ならなんとなく察する。
「…ん、お茶淹れるのは上手いよね」
紅茶を一口飲んだ奴が呟いた言葉が…
…ん?
脳内処理されるのに、ものすごく時間がかかった。
だってコイツに褒められることなんてそうない。
むしろ初めてかレベル…???
コイツの舌は無駄に肥えてるし、私におべっかなんて使うわけもない。
「好きだからね」
だから素直に嬉しいと思って、心から微笑みをアイツに向けたのだ。
「…もう一回言って」
「は?」
一瞬で怪訝な顔に戻ったのは言うまでもない。




