あの後… sideウィリアム
疲れた顔で部屋に戻って来たシアが、俺の顔を見た途端、目を零れんばかりに見開く。
どうやら、こちらが先回りしていることは予想外だったらしい。
と言うよりも、「なぜ女子寮にいる!?」って感じか。
正確に言えばここは女子寮ではないのだが、シアがそんなことを知るわけもない。
「お邪魔してるよ」
そう言いながら優雅に紅茶を啜る俺に、シアがものすごい形相で近付いてくるが…
「エルシア様、お帰りなさいませ。制服がシワになってしまいますので、どうぞ部屋着にお着替えください」
「え、ちょ…」
待機していたばあやに、あっという間に隣の部屋まで連れ去られてしまった。
流石ばあや、手際がいい
長年、あのお転婆な母上のそば付きをしていただけあって、相変わらず仕事にそつがない。
口の硬さは言わずもがな、あの歳で現役の騎士ともやり合えるほどだし…シアのそば付きとしては、これ以上ない人材だろう。
ばあやを推薦してくれた母上には、感謝しかない。
「ほらほら、エルシア様。坊っちゃま、もう1時間ほど前から待たれてたんですよ?」
坊っちゃま呼びは、そろそろやめてほしいが
視線を上げれば、薄手の部屋着を身に纏ったシアが、プルプルと拳を震わせながら目の前のソファーに座る。
どうやらばあやの手前、殴りかかるのはマズイと思ったのか、何とか気持ちを抑え込んでいるらしい。
「では、ばあやはこれで」
そんなシアの気持ちなど知りもしないばあやは、彼女の前に紅茶を置き、俺にグッドサインを送りながら隣の部屋へと消えていった。
普通、婚約者でもない未婚の男女を、こうした密室空間に2人っきりにするのは良くないのだが…まあ、気を遣われた結果なのだろう。
いまだに両手の拳を握りしめながら、下を向いているシアを見て、どうしたものかと首を傾げる。
下手に声を掛ければ、今すぐにでも殴り掛かられる未来は、火を見るより明らかなのである。
少し考え込んだ後…音を立てないように静かに席を立ち、何食わぬ顔で彼女の真隣に腰掛けた。
「…!?」
ソファーは柔らかく、人が座ればもちろん沈む。
シアがこちらに倒れて来るのも…まあある程度予想がつく話だ。
驚いた顔で、硬直したまま倒れ込んできた彼女をしっかりと受け止め、俺はずるい言葉を吐く。
「ごめん」
「…っ」
ビクリと肩が震えるが、それに構うことなくシアの肩口に顔を埋める。
あの頃とシャンプーは変わっているはずなのに、昔と変わらないほんのりと甘い香りがするのは、彼女自身の香りだからか。
まあそんなことを言えば、シアはまたドン引きした顔をするのだろうが…クルクルと変わるあの表情は、どれだけ見ていても飽きることはない。
「今は言えない」
言わないのではなく言えない。
こう言えばシアは、絶対に聞いてこないことを俺は知っている。
昔からそうだ。自分が立ち入るべきじゃない線を、きっちりと弁えている。いっそこちらが寂しさを感じてしまうほどに。
「…そう」
シアの優しさに漬け込む俺は、相変わらず最低だな
彼女は知っているのだ。俺が謝罪する時は決まって、どうにもならなかったことだと言うことを。
それを分かった上で、意味のない謝罪をする俺は…とんでもない性悪だ。
縋り付くように背中に手を回すが、いつもなら飛んでくる怒声の代わりに、差し出されるのは少しひんやりとした手。
あやすように頭を撫でられるのは、何もこれが初めてのことではない。
日頃から散々「子供扱いすんな!?」と吠えてくるのはシアだが…実際、子供扱いされているのは俺の方なのだろう。
知っているのだ。男だとすら思われていないから、この距離感が許されているのだと。
シアにとって俺は、ただのパーティーメンバであり、どこまで行ってもただの腐れ縁でしかないのだから。
「私の学園での扱いはどうなってるの?」
「…ど田舎からやって来たおのぼりさん」
「間違ってないけど腹立つわね」
シアは甘い…どんなに嫌いな奴でも、相手が弱っている時は決して突き放さない。
…お人好し
そんなことは昔から分かっていた。彼女は文句の一つも言わずに、世界を救う旅に出たのだから。
シアは俺たちとは違う。責任ある立場に生まれたわけではない。
ただ神々から愛されてしまったが故に、本来背負うはずのない重圧を押し付けられたのだ。
「ねえ…」
「なに?」
顔をゆっくりと上げて、彼女の瞳を真っ直ぐに見る。
透明度の高い碧眼の瞳に、実は金色の小さな粒が舞っていることを、知っている者はあまりいない。
かなり近距離でなければ気が付けないし、困ったことに本人にも自覚がないのだ。
彼女らしいと言えば彼女らしいが…もう少し自分のことに気を配るべきだと思う。
シアの目元をゆっくりとなぞる。
これはいわゆる残り香なのだろう…始めは俺もそう思っていた。
だが、どれだけ経っても消える様子はない。
そこでようやく察したのだ。
役目が終わったとしても、神々が彼女を手放すことはありはしないのだと。
この光の粒は、シアがこの世界を救った者の証であり…彼女を縛り付ける呪いなのだと。
「シアは何も心配しなくていいから」
俺の言葉に彼女の顔が歪んだ。
予想通りの反応すぎて、思わず笑ってしまいそうになる。
シアは昔からそうだ。俺に護られるのを執拗に嫌がる。
他のパーティーメンバーにはそうでもないのに。
戦闘中に助けに入っただけで、ものすごく嫌そうな顔をするのだか手に負えない。
『俺が間に入らなかったら…君、今頃灰になってこの世から消えてたよ?』
『炎熱耐性くらい付与してたわよ!?』
こんなことがしょっちゅうなのだ。
いくら炎熱耐性があってとしても、あの熱量だったら、皮膚が焼け焦げ爛れるくらいは普通にいっただろう。
まあそのくらいなら、怪我にも入らないと言い張るのがシアなのだが。
すぐに治療できるからって、流石に肝が座りすぎ…
どこの世界に、怪我覚悟で前衛に躍り出る後衛職がいるのか?と言う話だ。切実にもっと自分の身を大切にしてほしい。
「私はアンタの重荷になったつもりはないんだけど?」
「助け合うのがパーティーってものでしょ」
「…もうそんなものないわよ」
そう言ったシアの目は、どこか寂しそうだった。
なんだかんだ言って、俺たちとの旅はそう悪いものでもなかったのだろう。
「ちょっと、何笑ってるのよ?」
「…え?」
怪訝な顔の彼女に、何を言われたのか分からなかったのだが…口元に手を当てると、なぜか口角が上がっていた。
ああ、そうか俺は…
「シアが少しでも、あの旅を名残惜しく思ってくれたのが…嬉しかったのかな?」
疑問系になってしまったが、多分そう言うことなのだろう。
俺からの予想外の言葉に面食らったシアは、しばしの沈黙の後…
「…なっ!?」
少し青白かった頬を、一瞬で綺麗な紅色に染め上げるのであった。




