火曜日のシャンプー
100回カウントダウンですね!
# 火曜日のシャンプー
火曜の午後だった。
雨が続いていた。今日も一日、薄暗いままだった。午後三時を過ぎてもそれほど明るくならず、店の中の照明が夕方のように見えた。
客は女性が二人。四十代くらいだった。よく話す二人で、入ってきたときからすでに話の途中だった。席に着いて、コーヒーを頼みながらも続きを話していた。
「美容院で勧められたんですよ、シャンプー」
一人が言った。ショートカットの方だった。
「買いました?」
「買った。四千円くらいする」
「高いですね」
「高かった。でも美容師さんが、これにしたら頭皮が変わりますよって言うから」
「実際どうでした」
「正直よくわからない。使い心地はいいけど、四千円の効果があるかどうかは」
もう一人が少し考える顔をした。
「美容院で売ってるやつって、なんか特別なものが入ってるんですか」
「それが気になって調べたんですけど」
ショートカットの方が、少し声を落とした。
「成分を見ると、別に特別なものは入ってないんですよ。ドラッグストアで売ってるやつと大きくは変わらない」
「そうなの」
「界面活性剤の種類が違うとか、シリコンが入ってるかどうかとか、そういう差はあるけど。四千円と千円の差がどこから来るかというと、ほとんどブランドと香りと容器」
「それは」
「美容師さんは悪い人じゃないと思うけど、別にエビデンスを元に話してるわけじゃなくて。使ってみていいと思ったから勧めてくれてる。それはそれで正直だけど」
私はコーヒーを出した。
「頭皮のケアって、シャンプー選びだけじゃないですよね」
「そう。それも調べた。マッサージとか、洗い方とか、そっちの方が大事みたいで」
「マッサージするの」
「シャンプーするとき、爪を立てないで指の腹で洗うとか、ちゃんとすすぐとか。あと洗いすぎないとか」
「洗いすぎなんてあるかな」
「毎日洗わなくていいって話もあるくらいで。頭皮の皮脂を全部落としてしまうと、逆に皮脂が過剰に出るようになる」
「それは初めて聞いた」
「私も知らなかった。毎日洗った方がいいと思ってた」
もう一人が少し首を傾けた。
「でもベタつきが気になるから、毎日洗ってる人の方が多くないですか」
「多いと思う。でも高いシャンプーを毎日使うより、頭皮への負担を減らす洗い方をした方が、実質的には頭皮にいいかもしれない、って話があって」
「じゃあ四千円のシャンプーは」
「別に悪くはないけど、四千円である必要があるかどうかは、わからない」
ショートカットの方が少し苦笑した。
「本当のことが知りたければ、皮膚科に行けっていう話になるらしいんですけど」
「なんで皮膚科」
「頭皮のトラブルがあるなら、美容師じゃなくて医者に聞く方がいい。でも特にトラブルがなければ、そこまでしないから、美容師の話を信じることになる」
「そういうものか」
「美容師さんは髪を切るプロであって、頭皮の医療的なことのプロじゃない。でも身近にいて、よく見てるから、なんとなく信頼してしまう」
「それは確かに」
もう一人がコーヒーを一口飲んだ。
「成分って、どうやって見るんですか」
「裏に書いてある。ラウリル硫酸Naとか、ラウレス硫酸Naとか、並んでるやつ」
「読めない」
「だいたい読めない。でも調べると出てくる。ラウリル硫酸は洗浄力が強くて頭皮への刺激が強め、ラウレス硫酸はまだマイルド、グルコシドとかついてるやつはもっとマイルド、みたいな感じで」
「高いシャンプーはマイルドなものを使ってることが多い」
「そう。その分洗浄力が落ちる面もあるけど、頭皮への刺激は少ない。だからまあ、高いやつが意味ないわけじゃないけど、安くてもいいものはあるし、逆もある」
「調べるのが大変」
「大変。だから美容師さんの話を聞いてしまう」
ショートカットの方が少し笑った。
「結局そこに戻ってくる」
「戻ってくる。調べても迷うから、人の話を聞いて買って、よかったかどうかよくわからないままで終わる」
「四千円で」
「四千円で」
二人は少し黙った。雨音が聞こえた。
「でもまあ、いい匂いはする」
「それは大事じゃないですか」
「そう思うことにした」
しばらくして、もう一人が思い出したように言った。
「そういえばスカルプケアって言葉、最近よく見るけど」
「育毛系ですよね。シャンプーと兼用みたいなやつ」
「効くんですか」
「効くかどうかで言ったら、ちゃんと効くのは医薬品になる。薬局で売ってるやつか、処方されるやつ。化粧品として売ってるスカルプシャンプーは、厳密には効能をうたえない」
「じゃあ何なの」
「予防とか、環境を整えるとか、そういう位置付けになる。薄毛が気になりだしたら、スカルプシャンプーじゃなくて皮膚科か専門のクリニックに行く方が早い」
「でも行きにくい」
「行きにくいから、シャンプーを変えることになる」
もう一人がため息をついた。ため息というより、納得した息だった。
「なんか、そういう話ばかりですよね。本当に効くものは敷居が高くて、手が届きやすいものは効果が曖昧で」
「そういうものかもしれない」
「とりあえず今のシャンプー、なくなるまでは使います」
「それでいいんじゃないですか」
二人は伝票を取った。
「ごちそうさまでした」
「またどうぞ」
ドアが閉まった。雨はまだ続いていた。
私も実は最近になり美容院で勧められたシャンプーを使っている。頭皮のマッサージを意識したことも、ほとんどなかったが、気になって調べてやり始めたところだった。本当のことを知りたければ皮膚科に行けばいいというのは知らなかった。本当なのか嘘なのか、そういうことが、生活の中にいくつもある。




