日曜日の健康診断
募テーマ
# 日曜日の健康診断
六月の後半になった。梅雨は開けていなかった。
日曜の午後二時ごろ、カウンターに五十代くらいの男性が二人座っていた。どちらもポロシャツで、週末らしい格好だった。どこかから歩いてきた感じで、少し汗をかいていた。ブレンドを二つ頼んで、しばらくは黙って飲んでいた。
「健康診断、今年もやったんですか」
小柄な方が言った。
「先週。会社でやってくれるやつ」
もう一人が答えた。背が高くて、少し太った感じだった。
「どうでした」
「どうでしたって、まあ」
背の高い方がコーヒーカップを両手で持った。
「何も引っかからないってことはない、この歳になると」
「そうですよね」
「ありましたか、何か」
「毎年同じとこが引っかかりますよ。中性脂肪と、あとメタボの測定が怖くなってきた」
「腹囲」
「腹囲。メジャー出てきたときの緊張感ったらないですよ。あれ、なんで毎回あんなに緊張するんだろう」
「結果がわかってるのに」
「わかってるのに。測られる前から自分で大体の数字は見当がついてる。なのに巻かれた瞬間、ちょっと息を吸っちゃったりして」
小柄な方が少し笑った。
「血圧も、一発で取れないと焦りますよね」
「焦る焦る。あれが一番悪い」
「一回目で少し高めが出ると」
「二回目、絶対上がるんですよ。焦ったせいで。そして時間を取られる」
「三回やってもらったことある」
「あります。なんか申し訳なくて。それでまた緊張して、また上がって」
私はコーヒーを拭きながら聞いていた。
「血圧って、測る姿勢とか時間帯でも変わりますよね」
「変わる変わる。朝と夜でも違うし、座ってるか立ってるかでも違う。家で測ったらちゃんとした数字が出るのに、健診の場だとなぜか上がる」
「白衣高血圧ってやつですか」
「まさにそれです。白衣じゃなくてもそうなるけど、あの健診の雰囲気がそもそも緊張する。高かったらどうしようって」
背の高い方が、少し肩を落とした。
「法的義務だから行かないといけない。行ったら行ったで、緊張して余計悪い数字が出る可能性がある。何のためにやってるのか」
「でも行かないと」
「行かないといけない。わかってる。会社でやってくれるからまだいいけど、前の職場が外に受けに行く形で」
「自分で予約して行くやつ」
「そう。しかも費用が自分持ちで」
「それは嫌だ」
「嫌でしたよ。どこに行けばいいかもよくわからないし、予約は取りにくいし、費用も二万近くかかる」
「二万」
「オプションつけたら。補助が少しあったけど、それでも一万以上は自己負担で」
小柄な方が少し顔をしかめた。
「そのうえ悪い結果が出たら、さらに病院に行かないといけない」
「お金も時間もかかる。しかも休日に」
「面倒が勝ることもある」
「勝りますよ。正直に言うと。でも行かないと、本当に何かあったときに後悔するのはわかってるから」
「ジレンマですね」
「ジレンマ。この歳になるとそういうジレンマが増えてくる」
私はコーヒーのお代わりを聞いた。小柄な方だけ頷いた。
「今年は何か言われましたか」
「毎年同じことを言われる。体重を落としてください、適度な運動をしてください、塩分を控えてください」
「守れてますか」
「守れてたら引っかかってないですよ」
「そうですね」
「でもね」
背の高い方が少し真面目な顔をした。
「最近、前よりちゃんと聞くようにはなった。数値を見るようにもなった。三十代のころは全部ひとごとみたいな感じで、紙をもらっても見なかった」
「何か変わりましたか」
「周りで話が出るようになったから。同僚とか、知り合いとか。まったく他人事じゃない年齢になった」
「なるほど」
「だから面倒でも行くようにはしてる。行くだけ行くようにはしてる。結果をちゃんと生かせてるかどうかは、また別の話として」
小柄な方が軽く笑った。
「行くだけ行く。それで十分じゃないですか、とりあえず」
「十分だと思っておくことにしてます」
二人はそれきり別の話に移った。ゴルフの話になって、私にはよくわからなくなった。
しばらくして、二人は腰を上げた。
「ごちそうさまでした」
「またどうぞ」
ドアが閉まった。
私も健康診断を受けていた時期があった。以前の話だ。最後に受けたのがいつだったか、正確には思い出せない。個人でやっていると、自分で動かないとそういう機会がない。動く気力があるかどうかは、そのときの状態によった。
行くだけ行く。それで十分だと思っておく。そういう折り合いの付け方が、案外長く続けるためのやり方なのかもしれない。




