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土曜日の台風

テーマで取り上げて欲しいものがあればコメントで教えてください。

# 土曜日の台風


台風が来たのは、今月の頭だった。


六月に台風が直撃するというのは珍しいと思った。大きな被害はなかったが、雨と風が一晩中続いた。翌朝、商店街の植木鉢が二つほど倒れていた。自転車が一台、電柱に寄りかかっていた。


土曜日の昼過ぎ、男性が二人入ってきた。四十代くらいで、どちらも作業着を着ていた。一人は首にタオルを巻いていた。「ブレンドを二つ、ください」と言ってカウンターに座った。


コーヒーを出すと、タオルを外しながら「屋根はもう大丈夫です」と言った。もう一方に向かって言っているらしかった。


「瓦が飛んだんですか」と私は聞いた。


「二枚ほど。今日やっと直せました」


「それは大変でしたね」


「あれで済んだのはまだよかった。近所は木が倒れてフェンスがへこんだ」


しばらく台風の話が続いた。


「六月に台風って、珍しいですよね」ともう一方が言った。


「珍しい。でも最近は増えてる気がする」と一方が言った。


「増えてるのかな。昔からあったのかな」


「昔もあったらしいけど、海水温が上がってるから早い時期に来るようになった、という話で。台風は暖かい海水から力をもらうから、海が暖かいと早く発達する」


「なんか、台風って迷惑なものだと思ってたけど」ともう一方が言った。


「迷惑ですよ」と一方が言った。「瓦が飛んだし」


「でも、必要なこともある、という話をどこかで読んで」


「必要なこと」


「ダムを満たすんだって。梅雨と台風で、日本の水の大部分が補われてる。台風が来ない年は渇水になりやすい、とも聞いた」


「そうですね」と私は言った。「梅雨がないと水不足になる、という話をされていたお客さんがいて。台風も同じことで」


「梅雨と台風で、水を確保してるんですか」


「そういうことになりますかね」


「しかも、台風は熱を運んでいる、という話もあって」とも一方が続けた。「赤道付近の暑い空気を高緯度の方に運んで、バランスを取ってる」


「台風が地球の体温調節をしてるのか」


「してるらしい。台風がなかったら、赤道付近はもっと暑くて、極の方はもっと寒くなる、という話で」


「それは考えたことなかった」と一方が言った。「害しかないと思ってた」


「台風の肩を持ちたくはないですけど」ともう一方が言った。


「屋根の瓦を飛ばされたから」


「そうなんですよ」


私はグラスを拭きながら聞いていた。


「過去の台風で、特に大きな被害があったのはいつですか」と一方が聞いた。


「伊勢湾台風が特に大きかったようですね」とスマホで調べながら私は言った。「一九五九年で、死者と行方不明者が五千人以上とか」


「五千人」


「今より堤防の整備が進んでいなかったし、予報のシステムも今ほどじゃなかった。しかも満潮のタイミングと重なって、海岸沿いが大水に浸かった」


「逃げられなかったんですか」


「夜だったというのもあって。浸水が来るのが速くて、逃げる時間がなかった人も多かったとか」


「五千人か」ともう一方が言った。「最近の台風ではそれほどにはならないですよね」


「亡くなる方の数は減っています。でも農業の被害や建物の被害が大きい年はある。二〇一九年の台風でも、かなりの浸水がありましたから」


「台風と地震って、どっちが怖いですか」と一方が突然言った。私に向かって言っているらしかった。


「難しいですね」と私は言った。


「どっちも怖いけど、性格が違う気がして」


「台風は来るとわかる」と私は言った。「数日前から、どこに来るかが予報される。逃げる時間がある」


「地震は突然ですね」


「突然で、どこが揺れるかもわからない。その違いが大きいと思って」


「台風は逃げられるけど、家や畑は守れない」ともう一方が言った。「地震は逃げられないけど、建物が残ることもある」


「そういうことですね」


「でも、逃げる時間があっても、逃げない人がいる」と一方が言った。「台風の被害でも、逃げなくてやられることがある」


「そうですね」


「なんで逃げないんですかね」


「まあ大丈夫だろう、という気持ちがあるのかもしれないですね」と私は言った。「今まで大丈夫だったから、今回も大丈夫、という」


「慣れが一番怖い、ということか」


「そうかもしれないですね」


「地震は慣れようがないですけど」ともう一方が言った。「来るとわかってないから、毎回驚く」


「驚くから動けることもある、というのは逆にあるかもしれないですね」と私は言った。


「構える時間がない分、体が先に動く」


「台風は時間があるから、考えすぎて逃げ遅れることもある」


「どっちが安全というのはない」


「ないですね」と私は言った。


「なんか、台風で瓦が飛んだことは良かったのかもしれない」ともう一方が言った。


「どういう意味ですか」


「怖い、ということを実感したから。次は早めに逃げようと思った」


「瓦二枚で済んで、教訓になった」


「高い授業料ではあるけど」


「そうですね」と私は言った。


二人はコーヒーを飲み終えた。帰り際に「おいしかった。また来ます」と一方が言った。「台風が来なければ、ここに来ることもなかったかもしれない」ともう一方が言った。


「台風に感謝しますか」と私は言った。


「できないですけど」と男性が笑った。「でも、まあ」と言って出ていった。


台風も、来るとわかっているから備える。地震が怖いのは、来るとわからないからだと思う。コーヒーの豆が届かないことがある。届かないとわかっていれば、別の豆を用意できる。わからないことの方が、たいていもっと困る。



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