月曜日の梅雨
梅雨はカビが生えるので嫌いです。
# 月曜日の梅雨
梅雨入りの発表から一週間ほどが経っていた。
月曜の昼過ぎ、雨は朝から降り続いていた。商店街を通る人の傘が、窓越しにいくつも流れていった。店の中は静かだった。湿気を含んだ空気が、少しコーヒーの香りを重くしていた気がした。
四十代くらいの男性が二人、傘を畳みながら入ってきた。ブレンドを二つ頼んで、窓際に座った。
「梅雨ですね」と一人が言った。
「梅雨です」とカウンターから私は言った。
「嫌いなんですよ、梅雨が」とその男性が言った。
「そうですか」
「洗濯物が干せない。カビが生える。気分がどんよりする」
「三拍子ですね」ともう一人が言った。
「三拍子。いいことが何もない」
コーヒーを持っていって、カウンターに戻った。
「でも農業には必要らしいですよ」と受け取りながらもう一方が言った。
「農業ね」
「水不足になるらしいです、梅雨がないと」
「梅雨がなかったらどうなるんですか」と梅雨が嫌いな方が言った。
「知らないですよ」
「なんか知ってそうに言ったから」
「知ってそうには言ってない」
「知ってますよ、みたいな言い方だった」
私はグラスを拭きながら聞いていた。
「調べたことがあって」ともう一方が言った。「水不足、深刻らしくて。日本は年間降水量が多い国なんだけど、ほとんど梅雨と台風で降る。梅雨がなくなると、年間の水の四割近くが消えるという話があって」
「四割」
「四割。ダムが空になる。水道が制限される。農作物が育たない」
「それは困る」
「困る。だから梅雨は大事で」
「大事なのはわかった。でも嫌い」
「嫌いでいいと思います」と私は言った。
「そうですよね」と梅雨嫌いの男性が言った。「大事でも嫌い、はあっていいですよね」
「あっていいと思います」
「安心しました」と男性が言った。
しばらくして、「空梅雨って経験ありますか」ともう一方が言った。
「あります。昔一度、梅雨が全然降らない年があって」と梅雨嫌いの方が言った。
「いつごろ」
「二十年くらい前かな。子どものころで。川が干上がって、ザリガニが取れなくなった」
「ザリガニ」
「よく取りに行ってたんですよ。でもその年は全然いなくて。水が少ないのと、水温が上がって、住めなくなったんだと思う」
「それは実感がある被害ですね」
「子どもにとっては深刻で。でも大人はもっと大変だったと思う。断水があった地域もあるって後で聞いた」
「断水か」
「水道が止まるんですよ。お風呂も入れない。洗い物もできない。給水車が来る」
「それは梅雨があった方がいいですね」
「それは、まあ」と梅雨嫌いの男性が言った。「断水に比べたら、洗濯物が干せないくらいは我慢できる」
「結論が出ましたね」
「出た。梅雨は嫌いだけど、梅雨のない世界はもっと嫌い」
「複雑な感情ですね」と私は言った。
「複雑なんですよ」と男性が言った。「なんで毎年こんな気持ちになるんだろう」
「毎年梅雨があるから」ともう一方が言った。
「そうか」
「梅雨が来るたびに、嫌いだけど必要だという気持ちになるんですよね」
「年中行事ですね」と私は言った。
男性が「年中行事」と繰り返した。「そう言えばそうですね。嫌な気持ちになることが、毎年決まった時期に来る。嫌な年中行事」
「でも、終わります」
「終わる。梅雨明けが来る」
「それを楽しみに」と私は言った。
「楽しみにするしかない」と男性が言って、コーヒーを飲んだ。
しばらくして、月曜のサラリーマンが傘を持って入ってきた。「今日は蒸しますね」と言った。
「梅雨、嫌いですか」と窓際の男性が声をかけた。
「嫌いです」とサラリーマンが即座に言った。
「でも必要なんです」
「知ってます。それが悔しいんです」
「わかります」と窓際の男性が言った。
三人が少し笑った。
窓際の二人は帰り際に「ごちそうさまでした」と言って出ていった。「梅雨、早く終わらないかな」と一人が言った。「終わりますよ」ともう一人が言った。「毎年必ず終わるから」。
サラリーマンはブレンドを飲みながら、窓の雨を見ていた。
嫌いだけど必要なものは、たくさんある。コーヒーも、苦みがなければコーヒーじゃない。苦みは嫌いな人がいる。でも苦みがあるから、甘みが際立つ。梅雨も、そういうものかもしれない。




